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砲撃戦

 時間は、音で進む。


 最初は遠雷みたいだった。

 地下壕に反響する、地上の廃墟の先、雪解けの湿った空気が“重いもの”を伝えてくる。

 前線のUAVやUGV、センサー類が統合しきれていなくて正確な座標や映像が円滑に共有されてこない。

 明示的に指定すればリンクできるカメラの一つが応答を返さなくなった。

 腹の底に響く低周波。まだ視界には何もないのに、身体だけが「来る」と理解してしまう。

 数秒遅れて応答不能になったカメラがMAPに点で表示された。

 リーゼから反応、明確な問いかけがないところを見ると、基地側からの情報共有ということらしい。


 エクステリアのコクピットで、鈴音はHUDの輝度をさらに落とした。

 夜間表示の緑が目に刺さる。耳の奥が、ずっと薄い圧力で押されている。


 <……来るよ>

 リーゼの声が、妙に静かだった。サブモニターにここまでの着弾結果と被害推定が表示される。

 隣のシェルターからそう遠くない位置、少なくとも攻め手から見れば「市街地」に着弾している。


 その直後、チェックしていた対比経路のカメラでは世界が一段、明るくなった。

 遠方の夜空が、瞬間的に白く滲んだ。雷光とは違う。もっと乾いていて、もっと人工的で、そして数が多い。


 MLRS。


 ロケットが空を裂く音は、遅れてやってくる。

 ヒュン、ではない。夜の空全体を引きちぎるような唸りが、連なって流れ込む。

 脳が音を理解する前に、歯が勝手に噛み合った。


「……始まった」

 鈴音が呟くと、自分の声がやけに遠い。


 市街地チームの有線が、短く鳴った。

 コクピットの横、外部通信盤の端子に繋がれた“古い線”が、戦場の体温を運んでくる。


 『市街地班、全員シェルター。地下への口を閉じろ。外のUGVはあきらめろ。遠隔で閉じられるところを閉じろ。人間は出るな、口開けろ耳覆え、伏せろ』

 若い下士官の声。いつもの調子のまま、声だけが硬い。


 鈴音は、言われる前から分かっていた。

 外に出て何かする時間じゃない。

 本格的な砲撃が始まれば“当たるかどうか”ではなく、“どこに当ててくるか”のゲームになる。

 どの建物が囮か。あるいは全部の建物を均等にならすか。


 鈴音はエクステリアを、簡易な掩蔽壕の中でさらに身を引いて瓦礫の陰へ機体を寄せた。

 関節保護パックの追加装甲が、伏せ移動でかなりの鈍さを返してくる。だが今を凌いだら、次はそれが必要になるはずだ。

 伏せたまま一歩這うたび、腐葉土が鈍く吸いつき、装甲の下面に泥がまとわりつく。


 市街地の地下へ繋がる車庫口――人間が入る本命の整備シェルターではなく、囮の出入り口の方へ。

 UGVが出入りするS字の狭い気密口が、暗闇の中で一瞬だけ衝撃を反射した。


 そして、来た。


 遠方のカメラから目が離せなくて無意識に見つめていた、

 市街地上空が、瞬間的に白く膨らみ、建物の影が強く尾を引いた。

 エクステリア本体のカメラからも、地面が持ち上がったように感じた。いや、実際にシミュレーターのシートが浮き上がっている。

 次の瞬間、落ちる。

 ヘッドセットから空気が叩きつけられ、外の瓦礫が跳ね、どこかでガラスが“遅れて”割れる音がした。

 サーモバリックの破裂は、爆発というより“肺を殴られる”感じに近い。


 囮シェルターの上にあった廃墟ビルが、燃えた。

 燃えるというより、内部の酸素が奪われて、火が一瞬で膨らんで、そして消える。

 残るのは、熱で歪んだ鉄骨と、焦げた粉塵と、圧でひしゃげた板。


 シェルター内の多脚UGVが一台、地上へ出る途中でひっくり返り、足をばたつかせた。

 その姿が、どこか滑稽に見えた瞬間、鈴音は自分の思考を叩き落とす。滑稽に見えるのは、精神が逃げている証拠だ。


 <市街地班、まだ耐えてる。被弾は――囮側に集中>

 リーゼが冷静に報告した。

 <敵は“人間がいる場所”をまだ読めてない。だから、当てずっぽうで囮を焼いてる。……でも、このあと交戦すれば必ず露見する>

 鈴音は唇を噛んだ。

 当てずっぽうのうちに、終わらせたい。


 有線がまた鳴る。


 『市街地班、今度は全員生存確認だ。エクステリアも出てないときでよかった……くそ、また囮が一つ潰れた。いい、いい。こっちが本命だってバレるまでは――』

 言葉が途切れる。外で何かが崩れた音。

 『……待て。反撃が入るだと』


 鈴音は、反射的に顔を上げた。

 HUDが勝手に外界の音源を拾い、基地内共有情報でMAPにベクトルを矢印で示す。


 市街地の東南東、丘の向こうの林。

 山影から、短い閃光が三つ、四つ。

 自走榴弾砲だ。


 射撃は短く、鋭かった。

 MLRSのような連打ではない。

 一発ごとの重量が違う。“叩く”というより、“正確に殴る”音。


 数秒遅れて、遠方の地平で火が上がったことがわかる。MAP上で第三はと思しき幹線道路付近に着弾マークが入る。

 敵のMLRSを殴り倒した。

 “先の砲撃で位置が割りだせた”――その事実が、火の色に乗って伝わってくる。


 『当たった……!』

 有線の向こうで、誰かが叫びそうになり、堪えた声。


 鈴音は息を止めた。

 反撃が入ったということは、味方が“秘匿していた札”を切ったということでもある。


 <……敵、ドローン出してる>

 リーゼの声が、少しだけ速くなった。

 <榴弾砲にまとわりつく気だ。数、十以上。偵察じゃない。“殺し”に来てる>


 鈴音のHUDに、光点が増える。

 夜間の空に、虫の群れみたいな小さな熱源。

 敵の小型UAV。自爆型。飽和で噛みちぎるタイプ。


 『随伴エクステリア、防空入ったぞ!砲撃後でないならこっちもUAVを出すものを!すまん!』

 市街地側からの叫びに返すように自走榴弾砲の随伴エクステリア側らしき声が有線から低く怒鳴り返す。

 『木の陰だ!落としきれんぞ』


 有線越しの遠くで、20mmの断続音が聞こえた。

 乾いた連打。空を切り裂く。

 だがドローンを示す光点がMAP上で、散る。ばらける。木々の影に潜り、熱源を落として、次の瞬間だけ現れる。


 鈴音は、ここがドローン戦のせめぎあいだと改めて理解した。

 対空戦闘は“上を撃つ”だけじゃない。

 森全体が敵になる。


 そして、嫌な予感は裏切らない。


 MLRSの唸りが、再び空を裂いた。

 今度はさっきより近い。狙いが明確だ。

 反撃位置を割って、ドローンで追い詰めながらそこへ叩き込んでくる。

 しかし、自走榴弾砲らしき叩きつけるような砲撃音もかすかに漏れ聞こえる。


 『退避! 退避――』

 エクステリアパイロットらしき有線軽油の声が途中で潰れる。


 丘の裏の林が、一瞬で白く膨らんだ。

 爆風が木を押し倒し、火が枝を舐め、次の瞬間には“火が消える”。

 サーモバリックの嫌なところは、爆発の見栄えが派手なのに、その後が静かすぎることだ。


 鈴音の喉が勝手に鳴った。

 飲み込む音。生きている証拠。


 <……榴弾砲、沈黙。随伴エクステリアも……熱源、消えた>

 リーゼが言った。

 普段と違うわずかながら感情の乗った声が、逆に残酷だった。

 <貴重なコアリツィヤちゃんだったんだけど>


 市街地班の有線が、しばらく鳴らない。

 誰も喋らない。喋れば、現実が確定してしまうからだ。


 だが、次の手は来る。


 <位置は割れた>

 リーゼが、ようやく声を戻す。

 <敵のMLRS。間際の一撃で自走榴弾砲が差し違えてもう一台やってくれてる。だからラスト1両。発射点の“確度”も上がってる。……カディクチャン本隊が動くはず。動かないとここからは殴られっぱなしになるから>


 鈴音のHUDに、別系統の通信が走った。

 今度は市街地部隊の有線ではなく、基地全体の閉域網。

 光ファイバーで繋がれた“本物”の神経。


 『全隊へ。MLRS座標確定。突入ドローン班、全力投入するぞ。目標残り一台のMLRSだ』

 基地司令部の声。短い。躊躇がない。

 『発射に合わせて突っ込め。UAVの帰還は計算するな。必ず目標をこの一波で“黙らせる”』


 鈴音は唇を開いたが、声が出ない。

 計算するな。

 それは、最も戦場らしい命令だ。


 数十秒後、夜空のどこかで、無数の小さな光が瞬いた。

 火花のように見えるが、あれは推進器だ。

 ドローンが、木々の間を縫って、地面すれすれを飛び、そして――


 遠方で、短い閃光が三つ、四つ、連なって弾けた。

 MLRSが燃える。

 炎が上がるというより、燃料と弾薬が順番に“破裂”する。

 ロケットが勝手に飛び出し、森に突き刺さり、二次爆発が散る。


 <……目標、着弾。完全停止>


 リーゼが、戦果を淡々と並べた。


 基地内の有線が、また鳴った。

 市街地班の若い下士官の声ではない。

 もっと上。もっと疲れていて、もっと冷たい声。


 『市街地班へ。……よく耐えた。MLRSは黙った。代わりに、包囲部隊が前進を始めた』

 短い呼吸。紙をめくる音。

 『敵全軍前進。散発戦闘を“突撃”に切り替える気だ。――各班、退避準備。坑道戦へ移行する。任せられるUGVは鉱山組に任せて足止めに使え。』


 鈴音は、コクピットの中で拳を握り締めた。

 地下シェルターのハッチを開けて覗く山側の夜は、変わらない。

 小川のせせらぎも、風の匂いも、タイガの黒い影も。


 だが、反対側、市街地戦場の様相が変わった。

 “砲撃にふさぎ込んで耐える”から、“踏み込まれる前に駆け出して形を変える”へ。


 <……ね>

 リーゼが、静かに言った。

 <ここまでで、やっと“前座”が終わった。次は本番だよ>


 有線の向こうで、誰かがウォッカの瓶を倒した音がした。

 鈴音は、視線を前に戻す。


 夜の廃墟の向こうで、敵のライトが動き始めていた。


2S35 コアリツィヤ-SV 152mm自走榴弾砲。2080年なので激レアのはず。

「ロシア」視点なら自国内陸、しかも周辺国は海を挟んでいるような地域に配備したいわけがないので、横流し品をオホーツク共和国側が頑張って隠しながらミャウンジャ付近まで持ってきたのかと思うと涙ぐましいです。

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