防衛体制ブリーフィング
「それでお前が……例の増援ってわけか?」
鈴音は頷き、喉を鳴らして言葉を選んだ。
「上流で道を割りました。P504、二箇所。装輪は通れない。……それと、アルカガラのMLRSは潰しました」
男の眉が、ほんの少しだけ動いた。
「……それで、こっちがまだ生きてるのか」
驚きはない。確認のあとに来る、理解の息だけだった。
「だが、それでも――」
男が言いかけた瞬間、壁の奥で低い振動がした。
地上が遠いのに、音は近い。空気が一度だけ“押される”。ここは地下だ。まだ爆風は届かない。それでも、砲撃が始まったら――地上の廃墟は揺れる。
男は目を細めた。
「最初の砲撃で、ここは二つ潰れた」
淡々と語る口調が、ここまでで一番重い。
「囮のシェルターが二棟、本命が一棟あった。……当てずっぽうでも当たれば死ぬ。その中にいた奴らと地上作業組は、運がなかった」
誰も反応しない。反応していたら、ここでは生き残れないということだろうか。
「サーモバリックが混じってた。負傷にならない。備えがなければ肺もやられて確実に焼かれる。……片付ける時間もなかった」
鈴音は口を閉じた。視線を落とすと、足元の床に擦れ跡がある。担架ではない。引きずった跡。人の形を運び込んだ跡。
男は続ける。
「その後は常に砲撃に怯えて籠る生活だ。廃墟の使い方も変えた。上で“戦ってるふり”をしながら、下で生き延びる」
壁際の端末が、短く電子音を鳴らす。外の観測器が何かを拾ったのだろう。
「ドローンは小競り合いに留めてある。電力はあるが、弾と機体は有限だ。最初から本気で突っ込めば、敵の歩兵も車両ももっと削れる。……だが、こっちのパイロットが足りない。AIに任せるのも全てとはいかない。限度がある。長期戦を見たら結局こうなった」
言葉の端々に、「守る」というより「生き延びる」が滲んでいた。
「この区画の役割は三つ」
男は指を立てた。
「無人兵器の整備。通路の土木作業に出たエクステリアの格納と整備。あと、上の偽装の維持もだ。……さっき入口が動いたの見ただろ。あれも“演出”だ」
鈴音は頷く。
「本格砲撃が来たら、ここに伏せる。切れ目で退避できるように備える。削りあいは一進一退だが、劣勢になるとドローンの数で押し返すことにしている。だから次は砲撃でこちらを黙らせてからの突撃か、そうでなきゃ一生囲い続けるか。――攻め側の動きもそういう段階に入ってる」
男の言葉が終わる前に、リーゼが鈴音のHUDに小さなタイムラインを出した。
<砲撃→観測→補正→地上突撃。攻め側の“次の手順”はもう見えてるね>
鈴音は息を吸い、口を挟んだ。ここで言うべきことがある。
「……市街地北西の貯水池。水門側に爆破装置を仕込みました。西の川へ吐かせます。退路――北東には掛かりません」
一瞬だけ、空間の空気が変わった。眠りに落ちかけていた広場の空気がわずかに動く。整備の手も一瞬止まり、疲労のままに再開まで間が空いた。
男はゆっくりと頷いた。
「北西の貯水池か。いい場所選んだな。西へ吐かせれば、南西の包囲足場だけ洗える。北東の退路は生きたままにな」
理解の速さが、恐ろしいほど自然だった。ここで生きている人間は、地下迷路の中で耐えながら外の移動経路を思い描き続けてきたのだろう。
鈴音は続けて、短く足した。
「上流の堰もいくつか潰してあります。水は溜め直してる。……吐かせたら、一気に来ます」
男が、ウォッカをもう一口飲んだ。祝杯じゃない。喉を焼いて、恐怖と疲労を黙らせるための飲み方だ。
「……やるなら、車両が前に出たタイミングだ。足を絡めて首を刈る」
その言い方が、好戦的で古典な叙事詩的だった。
男は端末を一つ、鈴音の方へ滑らせた。小さな中継機。箱型。だが、内部は詰まっている。バッテリーではないようだ。ここは電力がある。光通信と低出力の無線、指向性アンテナのユニット。
「仕事を一つ任せる。その爆破との中継機の設置だ。ここに伏せたまま爆破できるようにする必要がある。君がやれ」
「……私が?」
「外から来た奴が、外に出るのが一番自然だ。こっちは手が塞がっている。敵はもう“この廃墟に何かいる”と疑って数も把握しているだろう。前線が薄いという意識を与えるわけには行けない。見つかったとしてもあくまで増えた奴が動いている印象を与えろ、できれば完全に潜伏しきって欲しいがな」
リーゼが、鈴音の耳元で囁いた。
<指揮官の言い方はともかく、方針は正しい。あなたは“まだ知られてない”ことが資産だよ>
男が、地図を壁に投影する。壁のプロジェクタではない。鈴音の端末にも同期される簡易レイヤ。北西の貯水池。西の川。南東まで回り込む包囲。北東の坑道入口。すべてが小さな円に収まる。
「撤退ルートはこれ。砲撃が始まったら、まずは地下で伏せて耐える。上の偽装は切り捨てる。市街地から北東へ引く。――その時、君の中継が生きてれば、外のドローンも、こっちの無人機も“目が繋がる”。そのように仕掛ける」
鈴音は中継機を受け取り、手の中で重みを確かめた。軽い。軽すぎる。これが生死を左右する、と考えると怖い。
「……了解」
男はそれ以上、何も言わなかった。励ましもない。疑いもしない。段取りだけがある。
「解散。各自、穴に戻れ。砲撃の切れ目が来たら、次の段階に入る。今は砲撃に巻き込まれないこと、砲撃のあと防衛を再度組み立てる道筋をつけろ」
地下の空間が、静かに分解されていく。整備の手が再開する。観測役の目と耳が、地上の様子を拾い続ける。
鈴音はエクステリアへ向かいながら、一度だけ全方位を見回した。
この場所は、避難所ではない。
“待機所”だ。地獄の手順の中で、息を整えるための部屋だ。
リーゼが、鈴音の耳に低く言った。
<ここから先は、鈴音の準備が「間に合う」かどうかで、町の死に方が変わる>
鈴音は中継機を握り直し、エクステリアの待機場所へ向かう狭いS字の通路へ身体を滑り込ませた。
地上では、廃墟がまだ立っている。
――だが、それは“立っているように見せている”だけだ。




