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カディクチャン合流2


 エクステリアは速度を落としたまま、誘導灯の方へ斜面を滑り降りる。足場が悪い。雪解け水が地表を薄く流れ、泥の上に石が転がっている。重量がかかるたび、地面がずるりと逃げる。


 鈴音は、つい脚部カメラの映像を拡大した。泥が靴底みたいに装甲に貼り付き、剥がれ、また貼り付く。ロボットの歩行が“滑らない”ことの価値が、今さら体感として刺さる。


 <右。……そこは踏むな。下、空洞。凍結した排水溝が落ちてる>


 リーゼが示すたびに、エクステリアの足が半歩ずつ修正される。AIが操縦しているわけではない。鈴音の意思決定が、細い修正として積み重なっていく。

 完全な自動運転で楽をさせてくれる時とそうでないとき、今一つ境界がわからなかった。


 誘導してくれた灯の近くまで来ると、宵闇の中でさらに廃墟の陰が濃くなった。

 

 地下空間の奥は、思ったより広かった。

 地下の空間は三つに分かれていて、ここは“整備用”の一つらしい。広さは車庫というより、地下駐車場の端を押し広げた程度。天井は低いが、梁が厚い。支柱が増設され、隙間に耐爆材が詰められている。床は濡れていない。排水路が走り、ポンプが生きている。

 そこに、人影が二つ。エクステリア用の“待避枠”に並んでいる。


 いや————“人影”のサイズではない。エクステリアが二機、地下駐車場の壁に寄りかかるようにして隠れていた。軍用ではない。開拓前線で使う、民間規格に毛が生えた程度の機体。それでも、武装の追加が見える。肩の小さな対空システム。センサーの追加。装甲板の継ぎ足し。何より、腕部にエクステリア対応規格の銃火器が付けられている。

 

 退避枠は人間のシェルターと同じ思想だが、サイズが違う。床を少し下げ、脚部を定位置までもっていって固定しやすいようにガイドレールが敷かれている。機体は伏せたまま、何時間でも動かずにいられる。

 外から見れば、廃墟地面にただのごみが転がっていてその奥に暗闇があるだけだ。中に巨大な地下空間が建設済みで十トン級の鉄の塊が潜っているとは思えない。


 そして、その足元に、息の白い人間。


 男が片手を上げた。今度は懐中電灯は使わない。光は敵に見えるから最小限ということだろう。


 <停止。識別、目視チェックOK。————よし。入れ>


 近づくにつれて、男の顔がを拡大して見た。煤で汚れている。髭が伸びている。笑う余裕はない。目はらんらんと輝いているようでありながらどこかくすんでいるようにも見える。


 鈴音が機体を止めると、男はすぐに足元に駆け寄り、外部コンソールに手を伸ばし、外部端子を確認した。無駄がない。確認が終わると、今度は視線を上げた。


 <……ドミトリ、だな?>


 その名前が出た瞬間、鈴音の背中に冷たいものが走った。演習であることを忘れそうになる。忘れたら危ない。忘れたら、鈴音のやったことじゃない、という境界線が壊れる。


 リーゼが、先に答える。


 <認証情報、送る。事前に指令を受けていた件も確認願う>


 リーゼが半自動的に外部送信で返す傍ら、リーゼが鈴音にも振り返って補足する。


 <演習個体。本人ではない。ただし、“本人の条件”を満たしている。招集済み・未合流・単独・そして——あなたたちの時間を作った…というあたりはちゃんと織り込まれてるけど、演習の趣旨からして、共和国軍側は自然に”ドミトリ君扱い”してくれるからあまり君自身が演技で寄せるとかは考えなくていいからね>


 男が小さく息を吐く。


 <……アルカガラ上流の件か>


 鈴音は、ようやく声を出した。


「はい。P504、二箇所。止めました。たぶん……しばらくは」


 男は一瞬だけ口角を上げた。それは笑いではない。緊張の中で“確かめる”表情だった。


 <助かった。こっちはこの二日分の猶予が欲しかった。

 それにお前が持ってきたのは、猶予だけじゃなくて“やれるっていう空気”もだ。みんなこれで息ができる>


 言葉が重い。重いのに、軽く言う。そうしないと、ここでは持たないのだと分かる。


 男が振り向き、背後の廃墟の隙間を指す。


 <入れ。ここからが、うちの家だ。弾も電気もある。だが人数がない。

 ……そして、続きが来る。帰って休めとは言ってやれんぞ>


 鈴音は思わず、そっちを見た。


「……最初から、ここまで掘ってたんですか」


 無線で答えたのは、奥で壁にもたれていた別の男だった。煤の匂いだ、見た目だけで。顔は擦れているのに、目だけが鋭い。年齢は分からない。若く見えるが、口元のひきつった笑い方は若くない。


<“最初の砲撃”のあとに掘った。正確には掘らせた。……オレ達、ロボの国だからな>


 口元で、短く何かを飲む。コーヒーではない。雰囲気でウォッカだろうか、と鈴音は直感した。

 

 鈴音は、誘導を引き継いだ二人目の男に従いながらエクステリアの姿勢をほとんどうつぶせになるまで低くした。廃墟の影に機体を滑り込ませる。装甲が壁に擦れ、乾いた音がした。金属の匂いが一瞬だけ濃くなる。


 そして、エントランス風の広場から、気密ゲートを超えて奥に入る。駐機スペースでエクステリアから降りた瞬間。

 空気が変わった。


 外の森は“自然”だった。エントランスは“人間が積み上げた残骸”だ。戦うための地形が出来上がっている。

 外部との境界をはっきり乗り越えたその先では、もう一段空気が変わった。ここは音が跳ね返り、匂いが溜まり、視線が通らない。 生活だ。静寂でも野生でもない。不確かな明日への不安と今日を乗り越えるための必死な足掻きがかき混ぜられた、べとつくような日常感が立ち込めている。それが、シミュレーター越しでもわかってしまった。


 これで終わりじゃない。


 カディクチャン合流は、次のスタート地点にたどり着けただけのことだ。


 誘導役の男は視線だけで空間を示す。

 端のベンチに二人。工具を握ったまま座り込んでいる。ドローンのバッテリーを分解しているのだろう、指先が黒い。

 

 「他に、ここに繋がる待機場所で休んでいるのが3人、それと各種センサーの監視役が1人いる。この8人でこの廃墟に反独立派共を釘付けにしてるわけだ。一人ずつ引き合わせて紹介してやりたいところだが、夜間だし、砲撃にも用心せんとな。悪いがあきらめてくれ。

 それでお前が……例の増援ってわけか?」

 

 男の視線が、鈴音に刺さる。刺すが、責める刺さり方ではない。確認だ。


 リーゼが、鈴音の耳の奥でそっと言う。


<“歓迎される”と勘違いしないで。ここは、ありがとうを言う余裕がない。でも、無関心ではない>


 リーゼが、モニターの中で小さく言った。教官、という感じではない、少し悲しげなニュアンスを感じた。

 

 <それでも、それでもだ……歓迎するよ、鈴音。君はここまで進んで来た>


 リーゼが、モニターの中で立ち上がる。エクステリアから出ている鈴音に対して意味のない行動だが、HUDの表示では一応拾っている。

 

 <ここからは、“あなたが作った猶予”を、守備隊が使い切る番だ。あなたも、そこに混ざる>


 鈴音は、短く頷いた。

 廃墟の奥で、誰かが金属カップを鳴らす音がした。コーヒーか、ウォッカか、それともただの湯か。どれでもいい。生きている匂いがした。


 カディクチャン前進拠点————合流完了。


 HUDの片隅に、その表示だけが淡く灯った。


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