アルカガラの亡霊4
自機に戻る途中、鈴音は一度だけ振り向いた。
ヤードの中、カチューシャの周りがざわついている。兵士が集まっている。誰かが怒鳴っている。誰かが指差している。亡霊が消えた林縁を指差している。
そして――別の方向を指差す兵士がいた。
遠く。P504の方向。カディクチャンがある敵の方向。山の端に何かが瞬いて見える。それを確かめる余裕もない
鈴音は喉が鳴った。
(……撃つ気だ)
リーゼが、鈴音の耳の奥で言った。
<来るよ。
“撃たせる”って言った。
いま、彼らは撃つ理由を得た。怖れと怒り。あとは“誰かの一押し”>
鈴音は、走った。走らないと決めたのに走った。人間の身体が勝手に走る。泥が跳ねる。息が荒くなる。荒い息が夜に白く見える気がして怖い。
自機に辿り着き、偽装ネットの下へ潜り込む。ハッチを開け、コクピットに滑り込む。椅子が背中を受け止めた瞬間、身体の力が抜けそうになる。
「……リーゼ」
<大丈夫。座れ。固定しろ。
そして――聞いて>
リーゼの声が低い。低すぎて、逆に落ち着く。
鈴音が操縦桿を握り直す。ハッチが閉まる。外の匂いが遮断される。世界が、再び計器と画面の世界に戻る。
その瞬間。
遠くで、急激に燃え上がる音がした。
爆発じゃない。発射音だ。地面を叩くような“重い音”。その後に、遅れて空気が震えた。
HUDに、軌跡が出る。白い線が、夜空に斜めの爪痕を描く。一本。二本。間隔を置いて三本。
まともな精神状態なら撃つわけがない。撃たせるわけもない。
<よし。撃ったね。一発ずつで想定より丁寧に撃ってくれたね。
慎重だから、当たる>
リーゼが言った。
鈴音は、呼吸が止まった。止まった呼吸のまま、軌跡を見た。
ロケットが飛んでいく。飛んでいく先は、地図の上では“第二波”のはずの場所。装輪車列。工兵。補給。混乱。
飛んでいく先には、人がいる。
鈴音の頭が、ようやく追いついた。
(そうか)
(ロケットの飛んでいった先では――)
言葉が出ない。言葉を出したら吐く気がした。
リーゼが、淡々と言った。
<ここから先は、君が見ないと意味がない。
戦果確認は、あとで来る。
でも君は、いま、気づいたね>
鈴音は、震える声で答えた。
「……百人、くらい」
<規模の話をするなら、そう。
でも“数”に逃げるな。
君がやったのは“殺したかもしれない”じゃない。
“殺せる状況を作った”。
そして相手が引き金を引いた。
責任は分散しても、消えない>
リーゼは、そこで言葉を切った。
<……逃げる準備。次。
亡霊、第二段階に入る。
ヤードの混乱は増える。
君は、その混乱に紛れてアルカガラから離脱する。
カディクチャン合流を最優先。ドローンも爆薬も温存。
第二波、にいた目標は、もう“食った”。次は生きてカディクチャンまで帰ろう>
鈴音は、操縦桿を握りしめた。指が白くなる。
「……了解」
声が、掠れた。
外では、まだ銃声が続いている。亡霊に向けて撃っているのか、人に向けて撃っているのか、もう分からない。
濁流の音が、夜に溶ける。
その溶けた音の上に、ロケットの飛翔が重なる。
エクステリアが、森の闇へ滑り出す。
歩く。止まる。聞く。
生存と燃費を稼ぐ動き。
そして鈴音は、コクピットの狭い空間で、ようやく自分の手の震えを自覚した。
震えは恐怖だけじゃない。
興奮でもない。
――遅れて来た理解だ。
戦争が、ようやく。
「自分の側」に来た。




