表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

52/62

アルカガラの亡霊4


 自機に戻る途中、鈴音は一度だけ振り向いた。


 ヤードの中、カチューシャの周りがざわついている。兵士が集まっている。誰かが怒鳴っている。誰かが指差している。亡霊が消えた林縁を指差している。


 そして――別の方向を指差す兵士がいた。


 遠く。P504の方向。カディクチャンがある敵の方向。山の端に何かが瞬いて見える。それを確かめる余裕もない


 鈴音は喉が鳴った。


(……撃つ気だ)


 リーゼが、鈴音の耳の奥で言った。


<来るよ。

 “撃たせる”って言った。

 いま、彼らは撃つ理由を得た。怖れと怒り。あとは“誰かの一押し”>


 鈴音は、走った。走らないと決めたのに走った。人間の身体が勝手に走る。泥が跳ねる。息が荒くなる。荒い息が夜に白く見える気がして怖い。


 自機に辿り着き、偽装ネットの下へ潜り込む。ハッチを開け、コクピットに滑り込む。椅子が背中を受け止めた瞬間、身体の力が抜けそうになる。


「……リーゼ」


<大丈夫。座れ。固定しろ。

 そして――聞いて>


 リーゼの声が低い。低すぎて、逆に落ち着く。


 鈴音が操縦桿を握り直す。ハッチが閉まる。外の匂いが遮断される。世界が、再び計器と画面の世界に戻る。


 その瞬間。


 遠くで、急激に燃え上がる音がした。


 爆発じゃない。発射音だ。地面を叩くような“重い音”。その後に、遅れて空気が震えた。


 HUDに、軌跡が出る。白い線が、夜空に斜めの爪痕を描く。一本。二本。間隔を置いて三本。

 まともな精神状態なら撃つわけがない。撃たせるわけもない。


<よし。撃ったね。一発ずつで想定より丁寧に撃ってくれたね。

 慎重だから、当たる>


 リーゼが言った。


 鈴音は、呼吸が止まった。止まった呼吸のまま、軌跡を見た。


 ロケットが飛んでいく。飛んでいく先は、地図の上では“第二波”のはずの場所。装輪車列。工兵。補給。混乱。


 飛んでいく先には、人がいる。


 鈴音の頭が、ようやく追いついた。


(そうか)


(ロケットの飛んでいった先では――)


 言葉が出ない。言葉を出したら吐く気がした。


 リーゼが、淡々と言った。


<ここから先は、君が見ないと意味がない。

 戦果確認は、あとで来る。

 でも君は、いま、気づいたね>


 鈴音は、震える声で答えた。


「……百人、くらい」


<規模の話をするなら、そう。

 でも“数”に逃げるな。

 君がやったのは“殺したかもしれない”じゃない。

 “殺せる状況を作った”。

 そして相手が引き金を引いた。

 責任は分散しても、消えない>


 リーゼは、そこで言葉を切った。


<……逃げる準備。次。

 亡霊、第二段階に入る。

 ヤードの混乱は増える。

 君は、その混乱に紛れてアルカガラから離脱する。

 カディクチャン合流を最優先。ドローンも爆薬も温存。

 第二波、にいた目標は、もう“食った”。次は生きてカディクチャンまで帰ろう>


 鈴音は、操縦桿を握りしめた。指が白くなる。


「……了解」


 声が、掠れた。


 外では、まだ銃声が続いている。亡霊に向けて撃っているのか、人に向けて撃っているのか、もう分からない。


 濁流の音が、夜に溶ける。

 その溶けた音の上に、ロケットの飛翔が重なる。


 エクステリアが、森の闇へ滑り出す。

 歩く。止まる。聞く。

 生存と燃費を稼ぐ動き。


 そして鈴音は、コクピットの狭い空間で、ようやく自分の手の震えを自覚した。


 震えは恐怖だけじゃない。

 興奮でもない。


 ――遅れて来た理解だ。


 戦争が、ようやく。

 「自分の側」に来た。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ