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アルカガラの亡霊2

 撃破された地元民のエクステリアは、ヤードの外、林縁に転がっていた。


 木々の黒い影が、残骸の輪郭を曖昧にする。ナイトヴィジョンで見ると、装甲の裂け目が白く浮く。そこから内部の配線や骨格が覗く。人間の骨が飛び出した死体を連想する。機械なのに、見た目に妙な死体感がある。


 鈴音は、自機を森の陰に伏せさせた。偽装ネットを被せている。ネットの繊維が夜露を含み、輪郭が重く沈む。それでも金属の輪郭が、森に溶け込んでいる。


 自機を降りて、外観を確認したが、10メートルも離れるとすっかり闇夜に溶け込みわからない。


 コクピットのハッチを開けると、外の空気が刺さった。雪解けの湿気と、腐葉土の匂い。濁流の音。遠くの発電所の低い唸り。発電機の音というより、遠い場所で大地が息をしているみたいな音だ。


 鈴音は、身を小さくして地面に降りた。人間の身体は軽い。軽すぎる。さっきまでは自分の体のように感じていた機体の重量と比べると、世界の手触りが別物だ。足元の泥が沈み、靴底が吸い付く。さっきまで機体で踏んでいた場所と同じ地面なのに、感触が違う。


<足跡、残るよ。泥は避けて。苔の上、倒木の上を上手くつなげて>


 リーゼの声が、耳の奥で鳴った。ヘッドセット越しの音が、夜の空気に馴染まない。だからこそ、現実感が増す。


 鈴音は、撃破機体へ近づいた。近づくほど、嫌なものが見えてくる。


 操縦席のあたりが、潰れている。装甲が内側へ折れ、ガラスが粉々に割れて、黒い穴になっている。そこに、白いものが見えた。布だ。衣服だ。動かない。


 鈴音は反射的に目を逸らした。目を逸らしてから気づく。


(あ……これ、死んでる)


 濁流のときは、まだ頭のどこかで「誰も死んでない」って仮定が生きていた。道を塞ぐだけ。遅らせるだけ。そう思っていた。


 でも、ここには“死んだ結果”が転がっている。戦争は、勝手に答え合わせをしてくる。


 位置関係に濁流の被害ということはないし、明らかに砲で撃たれた損傷だから反独立勢力と戦闘をしたのだろう。


<鈴音。見るな、ちは言ってあげられないよ。演習だけど、現実だから。

 今は必要なものだけを掴み取って。感情は後で嚙み締めればいいから>


 リーゼは冷たい。優しさがないわけじゃない。優しさの順番が違うだけだ。


 鈴音は、震える息を押し込めて、機体の外装パネルの継ぎ目に指をかけた。工具を出す。手が震えるから、工具の音がやけに大きく感じる。金属に金属が当たる音が、夜に響く。


 その瞬間、遠くで車両のエンジン音がした。


 鈴音は凍った。


<止まって>


 リーゼが即座に言う。


<音源、外周哨戒。距離120。こちらへは来ない。姿勢を低く。呼吸を浅く>


 呼吸を浅く。そんな命令が現実に有効なのが嫌だ。


 鈴音は地面に伏せた。泥が腹に冷たく貼り付く。帽子のファーが、頬に触れる。柔らかい。柔らかすぎる。戦場でこんな柔らかさを感じるのが悪夢みたいだ。


 哨戒車両の音が遠ざかった。しばらくして、夜が戻る。夜は常にあったのに、音が消えると戻ってくる気がする。


<いま。続けて>


 リーゼの声が、作業の手順へ戻る。


 鈴音は、外装パネルを外し、内部のユニットに触れた。電源は死んでいる。でも、全部が死ぬわけじゃない。機械は部分で生きる。通信モジュール、センサの一部、サーボの残存。電力さえ少し入れば動く部分がある。


<使うのは“動くふり”だけ。歩かせない。戦わせない。

 姿勢を変える。腕を上げる。ライトを一瞬だけ点ける。

 それで人間の視線は引っ張れる>


 リーゼが、冷静に“亡霊の作り方”を言う。具体的すぎない。だが十分に嫌なほど現実的だ。


 鈴音は、残骸の内部に小さなバッテリを接続した。ユニットの端子に噛ませる。外部から“呼吸”だけを与える。心臓を戻すんじゃなく、痙攣を起こすための電気を入れる。


 悪趣味だ。だが、戦争はいつも悪趣味だ。


<動作はタイマー。発火はしない。音も出さない。

 “夜に何か動いた”という印象だけを残す。残念ながら本番前の実機確認はできないけど……こればかりは信じるしかないね>


「……アルカガラの亡霊」


 鈴音が呟くと、リーゼが一瞬だけ笑った気がした。


<君の物語。語り継がれない。君の現実感だけ、持って帰るんだよ>


 鈴音は返せなかった。現実感、罪悪感。シミュレーターの中だけど、実際の、死者。実際の紛争。つい半日前まで生きていた人だったんだと気づいた瞬間、胸の奥が痛くなる。


---


 次は、ヤードだ。


 発電所の構内は避ける。構内は明るい。明るい場所は、夜にいちばん危険だ。光は、影を作る。影は輪郭を作る。輪郭は存在を作る。


 鈴音は、林縁を這うように移動した。リーゼが、遠距離のカメラと傍受、そして計算から作った“穴”を教える。哨戒員の物理的死角、照明の切れ目、監視の甘い資材置き場の裏。


 そこで、帽子の出番が来る。


 鈴音は、帽子を地面に置き、ファーの部分に泥と落ち葉を絡めた。わざとらしくしない。わざとらしいと人間は疑う。自然に見せるには、自然に汚す。こういう知恵は、遊びの中で学んだ。さすがに、このシミュレーションを遊びだと思うのはもう難しくなってしまったが。


<小型ドローン、出せるよ>


「さすがに出したらと見つからない?」


<出さないと見えない。短時間。高度を上げない。樹冠の下で。音は濁流で相殺される。今は、周辺条件が味方になってる>


 鈴音は、歯を食いしばってドローンを出した。小さな機体が、枝の間を滑るように進む。音はほとんどしない。それでも、心臓が嫌な音を立てる。


 ドローンの視界に、ヤードが映った。


 土を踏み固めた広場。資材。燃料。車両。歩兵戦闘車。トラック。そして――カチューシャ。


 装輪のトラックに、多連装の発射筒。空に向けて寝かされている。おそらく即時の発射準備はされていない。でも、準備はできる。そういう姿勢だ。


 鈴音は、喉が乾くのを感じた。


(これ、目標に向けて撃ったら……)


 撃てば。撃てばどうなる。飛んでいく。落ちる。爆ぜる。そこに人がいる。人が死ぬ。


 言葉にした瞬間、身体が震えた。エクステリアの残骸に人影を見るまでは感じなかった種類の寒気だ。


<鈴音。いまは“撃つ”じゃない。

 “撃たせる”。責任の形が違う。

 ――いや、違わないか。言い訳に聞こえるよね。だから、シンプルに行こう。

 やるか、やらないか。

 もしここでチャンスを見送れば火の海だ。もう相手は私たちの国を撃った。踏み荒らした。

 こちらが撃たなければ戦争にならないなんて甘い考え、地球上では通じない>


 リーゼが、逃げ道を塞ぐ声で言った。


 鈴音は、息を吐いた。


「……やる」


 声が、やけに小さかった。




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