第一志望欄
昼休みが終わっても、教室の空気はどこか浮いていた。
「なあ、マジですげーよな、あれ」
「オホーツク留学って、やっぱ金持ちしか行けないんかね?」
「てか“ロボの国”本気なのかジョークなのかわかんなくね?」
机を寄せ合って動画を巻き戻すグループ、さっそくSNSに「#エクステリア」「#ロボの国」で投稿しているやつら。
そのあいだを、進路希望調査の紙がひらひらと回っていく。
あまりにも作為的なタイミングだが、これで感化されて進路を変える奴はそうは居ないだろう。
留学や旅行の宣伝という意味合いが強いのだろうか。
明忠は、まだ何も書けないまま、その紙の端を指でなぞっていた。
第一志望:______________
文字を入れるための空白だけが、妙に広く感じる。
「ねえミンちゃん」
隣の席から身を乗り出してきた里奈から見えないよう、反射的に用紙を伏せてしまう。。
「“ロボの国”さ、さっきの話、本気で第一志望に入れる?」
「……うん。考えてる。ずっと」
言いながら、さっきの校庭の光景がそのまま頭の中に蘇る。
白い機体、炎のシミュレーション、凜玖の「迎えに行く側にもなれる」という声。
第一志望。
そう断言するには、大きすぎる決断だという気がした。
東京の有名な大学をとりあえず第一志望に書いておく…みたいなのとは全然違う。
書いてしまったら、他の候補を捨てることになる。後戻りできなくなる。
そういう予感がした。
「だよねー」
里奈も、自分の紙をひっくり返してみせる。
第一志望:______________
第二志望:______________
どちらも、真っ白だった。
「とりあえずさ」
里奈は、ほんの少しだけ声を潜める。
「放課後の“個別相談”、覗かない?
進路指導室のとこで、さっきの“ロボの国”と、説明会の続きやるって言ってたし」
教室前の掲示板には、臨時のお知らせが貼られている。
オホーツク共和国立 自然科学技術アカデミー
三崎教官による少人数相談会
放課後 15:30〜 進路指導室前集合
先着順・一組20分
「……覗くだけ、な」
明忠は、そう答えた自分の声が、思ったよりも前向きなのに気づいて、内心で苦笑する。
黒板には「次回小テスト範囲」とか「レポート締切」とか、いつも通りの文字が並んでいるのに、視界の端では、白い機体の残像がいつまでも消えなかった。
チャイムが鳴る。
午後の授業は、いつもより少しだけ長く感じた。
***
放課後の廊下は、いつもより人が多い。
進路指導室の前には、簡素なパイプ椅子が十脚程並べられ、「待機列」と書かれた紙が貼ってある。
すでに女子の三人組が一つ中に入っているらしく、男子の二人組が一つ、親同伴の生徒が一組が受付表の前で揉めていた。
「だからさ、お前たちは親も来てないから後でオンラインで──」
「いやいや、『本人と保護者は揃ってお越しください』ってプリントに……」
「“できれば”って書いてあっただろ!?」
生徒指導の先生が、半ばあきれ顔で交通整理をしていたが、少ししてどうにかまとまったようだ。
通りすがりを装って中に目をやると、半開きになった進路指導室のドアから、ちらりとポンチョの端が見えた。
「……来てるね、“ロボの国”」
里奈が、肘で明忠の脇腹をこづく。
明忠は、心臓の鼓動が少し速くなっているのを自覚しながら、受付表に視線を落とした。
15:30〜 柊 海夏、鷹宮 紗良、白石 ちな(2年)
15:50〜 黒川 直規、相馬 遥人(2年)
16:10〜 田中 和也(3年)
16:30〜 ________
まだ埋まっていない時間が、ぽっかりと空いている。
「……書く?」
「そっちこそ」
二人して鉛筆を持ったまま、妙な沈黙が落ちた。
そのとき、半開きのドアの向こうから、凜玖の声がふっと漏れ聞こえてきた。
「――うん、“逃げ場所”として来るのもアリだけどさ」
中の話し相手は見えない。多分、ひとつ前の組の生徒だ。
「“ここで何したいか”を一文で言える子はね、
正直、日本のどの大学行ってもやっていけると思う。
オホーツクは、その“やりたいこと”のために広大な大地とロボがあって、邪魔者が少ない場所ってだけ」
隣に立つ里奈の肩が、わずかに揺れた。
「……聞こえてる?」
「聞こえてる」
明忠も、ドアの隙間から聞こえる声に意識を集中させる。
「じゃ、逆にさ。今、“やりたいこと”が一文で出てこないって人。
それも普通。
その代わり――“今のまま大人になった自分”を想像したとき、
どっかで『いやだな』って思うところが一つでもあるなら、
それを、ちゃんと口に出してほしい」
短い沈黙。
「うちの入試は、偏差値よりそういう“変えたいこと”と”やりたいこと”をちゃんと持ってるかを見てる。
『ここが嫌だから、こう変えたい』って言える子は、辺境でめっちゃ強いから。」
生徒指導の先生が、「廊下で立ち聞きしない」と目だけで注意してくる。
それでも、耳は勝手にドアの向こうへ向かってしまう。
「……ねえミンちゃん」
「ん?」
「さっきの授業でさ、“アメリカ的”って勝手に付け足したじゃん」
「勝手に、は……」
「いいから。
あーいうときのミンちゃんの横顔、なんかいいよね」
「え?」
「“まだ答えじゃない言葉”をなんとか捻り出すときの顔。
あれ、たぶん、今話してるやつだと思う」
里奈が、不意に真面目な声でそう言って、受付表に鉛筆を走らせた。
16:30〜 加藤 里奈・林 明忠(2年)
「……二人セットでいいよね?」
顔を上げた里奈が、少しだけいたずらっぽく笑う。
「一人で行ったら、たぶん、変なこと口走るからさ」
明忠は、一瞬だけ返事に迷って、それから小さくうなずいた。
「……うん。セットで」
まだあまり詳しくない里奈にオホーツク共和国の基本情報をあれこれ確認していたら、進路指導室のドアが開いた。
「次の人、どうぞー」
三崎凜玖と目が合う。
昼間より少しだけ陰の差す目の奥に、それでもはっきりとした光が宿っていた。
「お、**“ミンちゃんと、さっきのパイロットさん”**だ」
凜玖は、すぐに二人を認識すると、ぱっと表情を明るくした。
「へー、二人一緒に書いてる。いいね。おいで。
“単騎”じゃなくて、“編成”で話したほうが見えるものもあるからね。
って、2組待ちか。途中までパネルディスカッションで公開してるから、よかったら見ててよ」
早口で言いたいことだけいうと、凛玖は男子二人組と進路相談室へと入っていった。




