アルカガラ
アルカガラは、地図で見る以上に狭い町だった。
谷に沿って延びる一本道。両脇に並ぶ低い集合住宅。
そして、谷の奥に鎮座する火力発電所。
この町の理由は、それだけだった。
発電所の煙突から立ち上る白い蒸気を、セルゲイは装輪車両の荷台から眺めていた。
春先の冷たい空気に溶けるそれは、どこか安心感があった。少なくとも、ここがまだ「機能している場所」だという証拠だからだ。
「……ここも、何もねえ町だな」
隣の兵士が、ぼそりと呟く。
誰も否定しなかった。
アルカガラは、金の町ではない。
一度は炭の町ですらなくなった。
アルカガラ炭鉱で掘られた石炭を燃やし、
電気に変えて、
周辺の砂金処理施設へ送り出すための町。
エクステリア活用による炭鉱開発を支え、そこで得た石炭で周辺の電気を賄う。
かつて、掘る場所と、燃やす場所は違った。
それは効率の問題であり、政治の問題であり、
そして何より――「切り捨てやすさ」の問題だった。
炭鉱事故が起きたとき、切られたのはカディクチャンだった。
そのときあった同じアルカガラの名を関する東の巨大な発電所では送電網が生き残り、発電所は燃料供給源を変えて延命した。
その後、コリマ川水力発電所に効率で後塵を拝し、設備は死んだ。しかしコリマ街道を行きかうトラックの中継基地として2000年以降も細々と生き延びてきた。
今いるアルカガラもまた、炭鉱の採掘効率が割に合わず、発電しても水力にかなわず、カディクチャンの事故からほどなく、閉鎖。
セルゲイはこの町の出身ではない。
サハ共和国の小さな集落。
川と森しかなく、金は出ない。若者も高校になるころには出ていく場所。
軍に入った理由は単純だった。
金が良い。
保険が出る。
家族に送金できる。
それだけで十分だった。
「春の内陸作戦なんて、誰が喜ぶんだよ」
別の兵士が言う。
アルカガラに入ってから、ずっと同じ調子だ。
「どうせ本命は海だろ。マガダン港。
俺たちは、その“ついで”だ」
「分かってるさ。
でも、誰かがここを押さえないと、後ろが困る。そうすれば前にいる連中も困るだろう」
セルゲイはそう言った。
それが“正解”だからだ。
海側は派手だ。
上陸戦、艦隊、航空支援。
英雄譚も、勲章も、全部あっちに集まる。
内陸は違う。
道路。
発電所。
補給。
地味で、危険で、報われにくい。
それでも軍は、ちゃんと金を払う。
保険も、遺族年金も、遅れず出る。
家族は反対しなかった。
「どうせ、他に仕事もないんでしょう」
母親は、そう言った。
それで話は終わった。
占領は速かった。
アルカガラに守備らしい守備はなかった。
発電所の技術者と、警備会社の数人。
彼らは戦車を持っていなかった。エクステリアやドローンも組織的といえるほどの抵抗はなかった。
生き残った者はいない。
それを誰も話題にしない。
「作戦上の処理」という言葉で片付けられる。
セルゲイも、何も言わなかった。
ここは戦場だ。
そして、ここは「最前線」ではない。
ただの通過点。
そう教えられている。
発電所は止めなかった。
むしろ、安定稼働させた。
電気は、武器だ。
止めるより、握っている方が価値がある。
アルカガラ火力発電所の構内は、春先の泥と煤にまみれていた。
積もった石炭の名残だ。泥は新しい。昨日から今日にかけて、人と車両が踏み荒らした痕跡だった。
配管の森の向こう、冷却水路の縁に――
潰れたエクステリアが横倒しになっている。
人型ではあるが、もう“立つ”という概念からは遠い。
胸部装甲は内側から裂け、肘関節は引きちぎられ、片脚は根元からもげていた。
焼けた装甲の縁が、まだ鈍く光っている。
「……見かけ倒しだったな」
セルゲイは煙草を咥えたまま、足先でエクステリアの残骸を小突いた。
金属が乾いた音を立てる。
「共和国軍の切り札だって話じゃなかったのかよ」
「切り札なんて、撃ってしまえば同じだ」
隣にいた若い兵士が笑う。サハ共和国出身だ。
モスクワの地図では、名前すらまともに載らない村から来ている。
「最初、森の奥で動いたんだ。赤外で映った。
人型で、作業機っぽくて……正直、俺は一瞬ビビった」
「で?」
「対戦車ロケット、1発。
座標適当。仰角だけ合わせて――ドン」
若い兵士は、指で空をなぞった。
「……吹き飛んだよ。
パイロットごとな。
あとには、煙と火と残骸。ガラクタだな」
セルゲイは鼻で笑った。
「だろ?
エクステリアなんて、戦車でも砲でもない。
動く的だ」
彼は発電所の建屋を振り返る。
灰色のコンクリート、錆びた鉄扉。
ここはかつて、**カディクチャンの石炭を燃やして電気を作るための心臓**だった。
炭鉱は封鎖されてしまった。
街も枯れた。
だが、発電所だけは蘇った。ごく少数の陶器も砂金を冬も取り続ける集団を維持するために
「カディクチャンも、似たようなもんだろ」
別の兵士が言った。
「戦車? 砲兵?
あったとしても、もう焼けてる。
残ってるのは、せいぜい歩兵とガラクタ」
「地下に坑道があるって話は?」
「坑道? ああ、幽霊の住処だろ」
誰かが笑う。
「金も人も吸い上げられて、最後に残ったのは穴だけ。
オホーツク共和国ってのは、そういうのが集まった国だ」
セルゲイは否定しなかった。
彼自身、そう思ってここにいる。
軍の報酬は悪くない。
保険も出る。
怪我をすれば、村に金が落ちる。
それだけで、十分だった。
発電所の敷地の端には、MLRSが一基、シートを被せられて停まっている。
砲兵の予備だ。
「ここにMLRS置く必要あるか?」
若い兵士が言った。
「保険だ」
セルゲイは即答した。
「万が一、共和国軍が逆に出てきたら――
この谷に近づく道ごと焼いて、時間を稼ぐ」
「第三波が来るまで?」
「そうだ」
セルゲイは空を見上げた。
雲は低い。雪解けの湿気を含んでいる。
「どうせ、マガダンが本命だ。
内陸なんて、後回し。
俺たちは、ただの蓋だよ」
誰も反論しない。
彼らは知らない。
谷の上流で、氷が崩れていることを。
知らないまま、
撃破されたエクステリアを見下ろし、
“勝った気”でいる。




