北国の携行品
「ここからは“あなたの番”」
そう言われて、自由を渡されたような気がしないでもなかった。
だが同時に、逃げ道も塞がれたのだと沢渡鈴音は理解していた。
つい先ほどまで聞かされていたのは、認知や思考の階層の話だ。
戦術の話ですらない。
“どう考えるか”を問われた直後に、判断を投げ返されている。
(……評価されるのは、答えじゃなくて、組み立て方か)
鈴音は一度、息を整えた。
「演習、ですよね。
ということは、テーマとか評価基準……もっと根本的な制約があるはずです」
視線を上げる。
「あとから条件を足されるのは困ります。
既定の制限と評価軸、全部提示してください」
<そうだね>
リーゼは、あっさり頷いた。
<一言でいえば――
2080年当時の“現実”を踏み越えないこと>
正面モニターの片隅に、条件一覧が展開される。
<未来の超AIを持ち込んで全自動解決、は不可。
使用可能な装備・装置・システムは、2080年末仕様まで>
<社会・政治・科学技術も現実路線。
国際情勢も同様>
リーゼは少しだけ言葉を選んだ。
<オホーツク共和国は、日米欧との関係を前提に行動している。
だから――>
間。
<「侵略されたから敵国首都を核攻撃」
「敵部隊の糧食にバイオテロ」
「敵国元首を色仕掛けで排除」
……そういう“単純に実効性に問題がある力技や個人の才能で世界の枠組みを破壊する”手段は、原則NG>
<正確には、
既に誰かが試して、顰蹙を買った手法は却下>
鈴音は苦笑した。いたんだ。試した人。
(奇抜なのはいいけど、既知の奇抜は要らない、か)
「じゃあ、持ち込み設備は?」
思考を切り替える。
「例えば常時携行品。
酒とか、薬とか。
あと、業務用の汎用ワークボット。
インフラ点検なら、連れてきても不自然じゃないですよね?」
<いいところに目が行くね>
リーゼは腕を組んだ。
<ただし、ワークボットを最初から持たせると、戦術の幅が広がりすぎる。
史実ベースのドミトリ君は使えたけど、今回の演習では初期配備なし>
<携行品は、作業服に自然に収まる範囲なら可。
後出しは無し。今、決めて>
鈴音は少し考えたあと、口を開いた。
「……北国のおじさんが好みそうな、強い酒の小瓶。
それと、極寒地用の帽子。女性もの。かわいいやつ」
リーゼが一瞬、瞬きをする。
「耳当て付きで、フェイクじゃないファー。
できればマフラーもセットで」
<へえ>
リーゼは、意味ありげに目を細めた。
<どちらも不自然じゃない。
ただし、組み合わせはちょっと違和感あるね>
数秒。
<でも、オッケー。
演習上の問題はなし>
リーゼは腕を組んだまま、口角を上げた。
気づいているのか、いないのか。
どちらとも取れる表情だった。
<さて>
声色が切り替わる。
<前線は、今も動いている。
こちらも動こう>
<最初の一歩として――
最低限のプラン。
あるいは、ヴィジョンを提示して>
<細部は後から詰めればいい>
鈴音は、もう隠す気もなく指を鳴らした。
パチン。
パチン。
パチ、パチン。
一瞬、黙祷のような間を置いて――
パチン。
「アルカガラの貯水池を操作します」
声は、落ち着いていた。
「開放、もしくは破壊。
目的は、火力発電所の停止と、P504コリマ街道の封鎖」
一拍。
「以下、判定してください」
指を折る。
「(1)この機体と、リーゼのサポートで、貯水池の操作・破壊が可能か。
(2)その結果、発電所停止とP504封鎖が現実的に起きるか。
(3)雪解け水や設備不良として、自然災害に偽装できるか。
(4)実行中、常時潜伏できる見込みがあるか。
(5)実行後、カディクチャンまでエネルギーが持つか。
(6)事後、軍紀や戦時法規でペナルティを受けないか」
最後に、はっきりと言い切った。
「――まずは、これで一歩踏み出します」
コクピット内で、リーゼが膝を立て、頬杖をついた。
鋭い視線で鈴音を見つめ、ゆっくりとうなずく。
<了解>
その瞬間、エクステリアが歩き出した。
画面奥で、カラマツとシラカバの林が、静かに後方へ流れていく。
演習は――もう、思考だけの世界ではなかった。




