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遭遇あるいは顕現

 コクピットの空気が、わずかに張り詰めた。


 沢渡鈴音は、反射的に計器類を一巡させる。

 敵影――なし。

 だが「見られている」感覚だけが、消えない。


「……見つかった?」

 声を落とし、短く確認する。

「あっちも。こっちも」


 <直前に言及した不明勢力による本機発見について、目立った動きはありません。

 ただし受信機の設置を確認しています。

 発信位置を逆探知すれば、一定範囲に送信者が存在すると推測されることは確実です。

 現時点で接近中の地上・空中勢力はありません>


 “見ているが、来ない”。

 それがいちばん厄介だ。


「……もう一個。通信の方。ススマンは?」


 一拍遅れて、警告色のテキストが視界に浮かぶ。


 <緊急通信。共和国軍より。

 衛星光回線を十分後に二分間、指向可能。

 送受信可能であれば、直ちに返信されたし>


「二分……」


 短い。短すぎる。

 それでも、来た。


「送受信可能。

 マストを張って送るなら……」


 途中で言葉を切る。

 これは、向こうから一方的に作戦データが流れてくる流れだ。

 だが――受け取るだけじゃ、足りない。


 見つかりたくない。

 本音を言えば、無線も光も使いたくない。


 それでも、開く。

 そういう試練なのだと、鈴音は理解していた。


 (なら、こっちも要求を投げる。

 試されっぱなしなんて、御免だ)


「データ要求。

 AI人格構成データ。対象――アルテアリーゼ=アルトバッハ」


 言い切ってから、続ける。


「マスト展開。送受信確認次第、即時収納。

 光通信、指定ポイントへ」


 <了解>


 エクステリアが低く身を縮める。

 潜伏地点――谷底。

 通信ポイントは、さっきまで身を隠していた位置で十分らしい。


 急げ。

 時間が削れていく。


 要求内容は、間違っていないはずだ。

 予習はしてある。


 マガダン紛争からオホーツク共和国独立まで。

 最も“名前が出てくる”指揮官であり、政治家。

 アルテアリーゼ。


 試しにヴィヴィアンにロールプレイを頼んだことがある。

 結果は失敗だった。

 情報量が多すぎて、人格が拡散した。


 それでも――

 資料の端々に、同じ言葉が何度も出てきた。


 「アルテアリーゼに助けられた」


 (……つまり、この演習)


 (“この人”と一緒に越えろ、ってことじゃないの?)


 光通信が開始される。

 データが、滝のように流れ込んできた。


 通信にリソースを割いた瞬間、

 〈YUKI〉の常駐表示が一瞬、途切れる。


 鈴音は右のサブモニターで地図を拡大した。

 視線が走る。


 (まさか……カディクチャンを無視して東進?

 ススマンは既に包囲。

 ゲリラ戦に合流しろ、とか?)


 そのとき。


 <さすがに二分で私を“呼び込む”のは無理ダヨー>


 声。


 反射的に振り向く。


 左のサブモニター。

 そこに――少女がいた。


 中学生くらいだろうか。

 透き通るように青白い肌。

 プラチナブロンドの髪。

 澄んだ青い瞳。


 白樺のカラーリングをしたパイロットスーツ姿で、

 “腰掛けているように見える”画像。


 鈴音は、思わず笑ってしまった。


「……でも、正解なんでしょ」


 <あはは。無理だって言ったじゃない。

 最初から“居た”んだよ。寝かされてただけ>


 少女――リーゼは、軽く肩をすくめる。


 <私との共闘が、この演習のテーマだからね。

 さすがに実物の私が抱え込んだデータを丸ごと持ち込めないし、

 処理能力にも限界があるから――抽出版だけど>


 にやり、と笑う。


 <“ポケット・リーゼ”ってところかな>


 なるほど。

 事前インストールされた人格モデルに、追加データを流し込む方式。

 既定路線だ。


 (……悔しいけど)


 <不満そうだね。

 でも、自分から指名したのはちゃんと加点対象だよ>


 リーゼが指を鳴らす。


 シミュレーターの時刻表示が、止まった。


 <ご褒美。

 さて――キミのログを見る限り、AIと楽しくやってるみたいだね。

 ヴィヴィアンちゃん。ネーミング、私の好み>


 目を細める。


 <じゃあ確認。

 人格投射――いわゆる“偉人召喚”をやる意味、分かってて呼んだ?>


 (この小娘……自分で偉人って言った)


 <便宜上ね。“偉人”ってカテゴリに入れられてるだけ。

 私自身は、そういうラベル好きじゃないけど>


「素の検索と統合は、AI基盤に対する負荷が大きい。

 範囲も選別も広すぎて、人間の意図を汲みにくい」


 鈴音は淡々と答える。


「人物像という枠を与えることで、

 探索と応答が高速化・整形される」


 <正解>


 リーゼは楽しそうに頷いた。


 <補助線を引く、ってこと。

 それでAIは迷わない。

 同時に人間側も、“誰に何を頼んでいるか”が明確になる>


「ビスマルクに全方位外交を相談する、みたいな?」


 <うんうん。そういうこと!

 その調子だと、アルトバッハ・トライアッドも使ってるかな?>


「聞いたことはあります。

 複数の偉人エージェントでディスカッションさせるやつですよね。

 ただ……寸劇だ、って評価も」


 <あはは。それはね、使い手の問題かな。

 ツールの方も問いに対して適応するから。

 雑な問いには、雑な返りが来る。

 逆に、精密な問いには――精密に応える。

 それだけ。AIも、人も>


 リーゼは言い切った。


 <トライアッドは重い。

 偉人たちが本気で四つの視点で、同じ山を登るんだ。

 起動条件がいる。維持条件もいる。以上>


 少しだけ、リーゼが目を細めた。


 <私はね。

 自分を撃てる武器を、無防備に転がすほど寝ぼけてない。

 貴女のいる未来でも――きっと、そう>


 話を戻して、と言いかけて、やめた。ただの脱線とも思えなくなってきた。


 <さて。プレゼント本体ね>


 リーゼは指を折り始める。


 <私なりの整理なんだけど。

 認知と思考を、レイヤで分類してる>


 指を立てながら、ひとつずつ、聞き逃さないように示す。


 <レイヤ1:感覚

 レイヤ2:知覚

 レイヤ3:反応

 レイヤ4:型

 レイヤ5:因果

 レイヤ6:飛躍

 レイヤ7:再統合

 レイヤ8:愛――と呼ばれてるもの

 レイヤ9:伝説>


 <語感で、なんとなく分かるでしょ?>


「……8から先は、正直よく分かりません」


 いつのまにか鈴音は敬語になっている。


 <だよね>


 リーゼは満足そうに頷いた。


 <6から見ていこう。

 飛躍っていうのは、

 帰納や演繹に含まれない外部要素や、

 内在的な要因が、しきい値を超えて流れ込むとか生成すること>


 鈴音としては多々思い当たる話だ。

 自称県下一の進学校に入ってからは論理的な優等生像に乗っかってる人が増えたことでかえって飛躍は見られなくなり、自分がそうしたアプローチを取ると後ろ指を指されるような感覚があった。


 <で、再統合は――

 増えた要素も自分の中にまとめ直して、

 より包括的な概念を作り直すプロセス。飛躍やメタ認知自体も配置される側になるんだ>


 少し、声を落とす。


 <再統合から先、レイヤ8以上は積み上げや実体験による土台がないと6~7との違いを掴むのがちょっと難しい。

 論理や構造を飛び出していく感覚は経験のない人が伝聞や想像だけでインストールできるものではないからね>


 一拍。


 <……走馬灯を見るくらい追い詰められれば、

 分かりやすく体験できるっていう例は多々ある。

 危ないから、カリキュラムとしては、普通はやらないよ>


 にっこり笑って、付け足した。


 <人格壊れたり、PTSDになったら困るからね>


 その言い方が、妙に現実的だった。

 鈴音は、笑うタイミングを失った。


 <だから私は、そこを“授業”にはしない。人を壊すから>


 話している間もやや視線の定まらなかったリーゼが、ここでは鈴音に向き直った。


 <レイヤ8から先は、説明すると嘘になる。

 到達した人だけが、同じ景色を見る

 ――“戦う世界”が変わる>


 形だけの対話に見せかけた演説も同然。でも要点はしっかり刺してくる。

 ――なかなか、嫌な“ご褒美”だった。


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