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針路再考

 (煩い世間話が、ふっと途切れた)


 来たか、とは思わなかった。

 警告音よりも、言葉よりも早く、何かが胸の奥で弾ける。


 <運営メッセージ:ユーハブコントロール

 以降のシナリオは、あなたの行動に沿って進行します>


 (……げ。覚めちゃった)


 さっきまで張り付いていた戦闘の感覚が、

 アナウンス一つで演習なりの現実感へ引き戻される。

 切り替えが雑だ、と一瞬だけ思い、すぐに捨てた。


 仕方ない。

 冷え込んだテンションのまま、鈴音は作業に入る。


「YUKI。

 コマンドひとつめ。緊急通信の有無を確認。

 コマンドふたつめ。現在の通信状況を報告。

 コマンドみっつめ。現在地と周辺地形を、最寄りの補給可能な拠点と併せてサブモニターに表示」


 <了解しました。

 ひとつめ。緊急通信はありません。

 ふたつめ。通信途絶。オープンチャンネルも妨害を受けています。衛星放送は一部受信可能です。

 みっつめ。GPSが妨害を受けています。精度低下前の最終地点と、現在の推定位置を表示しました>


 サブモニターに、歪んだ移動履歴の描かれた地形図が浮かぶ。

 渓谷、雪解け水、泥濘。

 そして、細い線のように描かれた岐路。


「なるほど……」


 鈴音は、短く息を吐いた。


「光でも電波でもいい。

 どこかと通信を復旧できる方法を提案して」


 <提案:尾根部へ移動し、通信マストを展開。

 送受信可能となる周波数帯があります>


「さっき拾えた衛星放送は?

 ニュースとか。マガダン州が襲われてる、みたいな」


 <ノイズ増加のため映像は不明瞭でした。

 最終受信時点では通常番組が放送されており、緊急速報は確認されていません>


 “異常なし”という報告ほど、信用できないものはない。

 だが、それ以上をYUKIは言わない。

 言えないのではなく、前提にしていない。


「……もしかして私、遭難してない?」


 鈴音は、ログを一瞥する。


「コリマ街道でトラックを降りてから、もう半日歩いてる。

 遭難オプションって、もっと踏み込んだ対応は出てこないの?」


 <遭難オプションを起動します。

 任務を中断し、帰還を優先します。よろしいですか>


 即答。

 感情も、ためらいもない。


「任務中断を承認。

 電波が回復して状況が分かれば、元の任務に戻れるでしょ。

 ……AIの機能制限も、ある程度解除できる?」


 <遭難対応のため、現地作業向けプロトコルを解除します。

 警告:データベースがローカルに限定されるため、

 情報収集および検証能力が低下します>


 “低下する”。

 その言い回しが、妙に正直だった。


「よし」


 鈴音は、無意識に姿勢を正す。


「じゃあ、ここまでの状況を踏まえて――

 現状整理と帰還手順を提案して。

 エネルギー残量、物資状況、行動計画。

 それと懸念点の洗い出しも。ディープダイブで」


 <現在地は渓谷底部付近です。

 目的地である通信塔、および周辺の同種通信塔を経由した中継に依存しています。

 稜線部への到達、または通信塔の状況確認により、

 遠距離通信の回復が見込めます>


 モニターに、選択肢が並ぶ。


 <暫定的な帰還手順は三案です。

 ひとつ:来た道をそのまま引き返す。

 ふたつ:状況確認のため稜線を目指す。

 みっつめ:ドローンによる通信塔偵察>


 “三案”。

 答えではなく、並列の可能性。


 <現時点での推奨は、ドローンを展開しつつ直帰。

 エネルギー残量は、移動を前提とした稼働で約10時間。

 断続的なハイブリッド運用を行えば、最大で約3日間の機能維持が可能です。

 飲食料も同程度です>


 淡々と、数字が積み上がる。


 <懸念点は以下。

 ・コリマ街道周辺における軍事的リスク

 ・通信塔偵察時のドローン撃墜、または追跡の可能性

 ・既に発見されている、もしくは偶発的遭遇による襲撃>


 一拍。


 <本機は戦闘用プラットフォームではありません。

 射撃戦・スタンドオフ攻撃のいずれにおいても、

 生存のリスクが高い点に留意が必要です>


 そして、最後に。


 <最悪の場合、拠点が災害または紛争により補給不能となっている可能性があります。

 その場合、本推奨プランではススマン以遠への無補給帰還には対応できません>


 鈴音は、しばらく黙ってモニターを見つめていた。

 YUKIは、それ以上踏み込まない。

 判断は、常にこちらに返される。


「……了解」


 短く言って、切り替える。


「まずドローンで通信設備を偵察する。

 このエクステリアは潜伏。稜線への同線確保と潜伏装備と場所の確保を急いで」


 一呼吸置いて、付け加えた。


「ドローンは林間を使って。

 位置が割れない飛行プランを組んでから発射して」


 <潜伏準備を開始します。

 ドローンの飛行ルートをサブモニターに表示します>


 表示されたルートを、一瞬でなぞる。


「ルート採用。

 潜伏面で有利な移動経路も検討して。

 直接帰るかどうかは、偵察結果を見て決める」


 YUKIは、返事をしない。

 返事の代わりに、次の処理へ移行する。


 鈴音はその沈黙を、

 “信頼できる沈黙”だと判断した。


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