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個別演習開始

「……ヴィヴィアン。私は、何を見せられているの?」


 鈴音の声は低く、抑制されていたが、そこに混じる疲労と苛立ちは隠しきれていなかった。


 エクステリア演習用のポッドは密閉され、視界いっぱいに広がるのは実写に近い解像度の戦域再現映像だ。

 ただし――操縦桿には、ほとんど抵抗がない。


 軽い慣性フィードバックと、意味のない程度のシート振動。

 操縦者である鈴音は、事実上「座って見ているだけ」だった。


 目の前に展開しているのは、戦闘ですらない。

 鉱山技師と思しき若い男が、トラックの荷台にエクステリアごと積まれて揺られながら前線拠点へ向かっている。

 通信では天気の話、週末の予定、支給品の愚痴。記録映像の再生かと錯覚するほど、現実味があり、そして退屈だ。


 無駄に揺れるシートが神経を逆撫でする。

 取り留めのない会話が、時間を摩耗させる。


「……ヴィヴィアン。この雑談、全部垂れ流す必要ある?」

 『記録再現精度を優先しているとのことです』

「なら、要点だけ抽出して。天候、補給状況、前線の空気感。ヒントは必ず混ざってるはず」


 言い終えてから、鈴音は自分の声が思った以上に刺々しいことに気づいた。


 昨日の演習――名目上は「ハンティングシミュレーション」。

 実際は他国からの侵入者を発見してから、オホーツク共和国軍に引き継ぐまで、ほぼ休みなく追跡を続けた。

 長時間の集中、判断、そして緊張。

 それが抜けきらないまま、今日の単独演習に放り込まれている。


 不快だ。

 だが、単純な疲労とも違う。


 神経の奥に、粘度の高い違和感が溜まっていく。

 気づけば、指鳴らしの癖が何度か出ていた。最近は意識して抑えていたはずなのに。


 パチン。パチンパチン。

 ポッド内なら、誰にも聞かれない。

 それだけが、救いだった。


「……それにしても」


 鈴音は、映像の中の男の背中を睨むように見つめる。


 凜玖は今朝、妙に明るく言っていた。

 “スペシャルメニューを用意したから、楽しんでね!”


 昨日の今日で、それを額面通りに受け取るほど、鈴音は素直ではない。


「この人、共和国軍の予備役? それとも民間協力者?」

 『該当記録を照合中』

「国境付近で襲撃イベントが来るパターンかな……」


 鈴音は、半ば独り言のように続ける。


「レーダー、ドローン、通信ログを全部洗って。

 明確な受信じゃなくてもいい。ノイズ含めて拾えるものは全部。

 どうせ、この場面が終わるまで私たちは動けないんでしょ?」


 操縦桿に軽く指を置いたまま、視線だけで映像を追う。


「リソースは一気にその解析に割いていい。

 ……それと、場面転換した瞬間に碌でもない事態になるのは、だいたいお約束だから」


 一瞬、言葉を切る。


「武装。装備。周囲で使えそうなもの。

 事前に全部、洗い出しておいて」


 言い終えたあと、鈴音は小さく息を吐いた。


 自覚している。

 今の自分は、感じが悪い。


 だが――この“何も起きない時間”が、妙に信用ならない。

 それが、いちばん厄介だった。

 

 

「沢渡さん」

「あ、はい。凛玖さん、どうかしましたか」

 どうにか声を取り繕えたはずだが不安は残る。


「不便をかけるけど、持ち込みのAIはストップね。ほら、これ過去の事例を基にした演習だから、記録引っ張られたら練習にならないんだ」


 まいったな。でもしょうがないか。

 英国留学から継続して利用できているこのAIが成績を押し上げてるのは間違いないと納得ずくだ。


「わかりました。」


 仕方ない。我慢して自分用持ち込みAIサポートなしの訓練をすると後から効果が出てくることは想像がつく。

 気を取り直し、制姿勢を改めた。


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