雪道山道怖い道?
「じゃあ、最後にもう一度確認する」
明忠は、指先でMAPを固定しながら言った。
画面に浮かぶ等高線と林道の細い線が、やけにくっきりと目に入る。
「天候データと、過去数週間分の衛星画像を可能な限りさかのぼった。
その結果――エクステリアや戦車クラスの重装備は、このエリアにはいないと判断した」
言い切りながらも、完全な確信ではない。
「一方で、徒歩の侵入については可能性を消しきれなかった。
特に、山頂付近」
彼は指で一点を示す。
「小規模だけど通信塔がある。
それに、メンテナンス用の林道が付随していることが分かった」
一拍。
「……というかさ。
この過疎地に林道が残ってる理由、これしか考えられない。たぶん」
視線を上げると、二人とも黙って頷いていた。
「それと、備品チェックで分かったことがある」
装備一覧が切り替わる。
「赤外線暗視装置。
特に、それを搭載したドローンから身を隠すためのカバーが、人間用とエクステリア用、全員分支給されている」
里奈が口をすぼめる。
「それ、狩猟って言うより……」
「加えて」
明忠は続ける。
「ドローン撃退用ネット。
それから――」
表示された機体モデルが拡大される。
「通常の辺境開拓用タイガ・モデルに、追加装備として
両肩に“アンカーシューター”が搭載されている」
ワイヤー射出・巻き取り機構。
本来は、斜面での作業安定化や牽引補助用のものだ。
「つまり」
明忠は結論をまとめる。
「少なくとも、ドローンによる偵察か、軽度のドローン攻撃は想定されている。
それを意識した安全確保が、この演習の課題なんだろう」
誰も否定しなかった。
「まず、林道はドローンで入念に確認しながら途中まで進む。
くぼ地手前、ラスト六百メートルは――」
彼は視線を里奈とエリナに向ける。
「ヘラジカに気付かれないよう、徒歩で行く。
射撃成績的に、ここは僕が担当するのが妥当だと思う」
「林道側は警戒を維持しつつ、少し前進」
言葉を継ぐ。
「木材とワイヤーで簡易的な罠を設置。
万一、装甲目標が出てきた場合でも――」
一拍置く。
「地形を使って時間稼ぎはできる。
徒歩での強行偵察や侵入があっても、道ごと封鎖できれば、撤退時間くらいは稼げる……はずだ」
“はずだ”という言葉が、わずかに重く落ちた。
「もちろん、何もなければ、そのまま帰る」
明忠は深く息を吸う。
「全体の進行管理、特に撤退判断は秋月さんに任せたい。
僕は潜伏に入ったら喋れないし、里奈は――」
「ちょっと待って」
即座に割り込む声。
「ミンちゃん、それひどくない?
そういうところ、幼なじみへのひいき目で任せるもんじゃないの?」
「いや、どう見ても秋月さんの方が冷静だし」
明忠は即答した。
「里奈、ドローンとかエクステリアの知識、ほとんど無いだろ」
「……」
里奈は何も言えず、口を尖らせる。
「それに、加藤さんは――」
「里奈ね!
敬語もいらない!」
エリナは、生真面目な性格もあってか、困ったように眉を寄せた。
こういう時、表情に出やすい。
「あ、うん……里奈さん。
えっと、里奈さんは罠の構築が上手で、作業も早いから……お願いしたい、です」
「うーん……」
一瞬考えたふりをしてから、里奈が笑う。
「美女のお願いは断れない!
まっかせなさーい!」
明忠は、思わず小さく息を吐いた。
「……もう一つ、気になることがあります」
エリナの声は小さく、視線は落ちている。
だが、迷いはなかった。
「対赤外線隠ぺいカバー……
もし侵入者がいるとしたら、同じ装備を使ってくる可能性はありませんか」
一瞬、沈黙。
明忠と里奈が視線を交わし、同時に頷く。
「エリナさん、すごい。
よく気付いたね」
「ほんと。さすがリーダー」
あからさまな賞賛に、エリナは居心地悪そうに肩をすくめる。
だが、そのまま議論に戻り、対策案を詰めていった。
その最中――
幹線道路を走るトラックから見える流れる景色を背景に映し続けていたモニタが、静かに停止する。
各自のAIが、ほぼ同時に通知を出した。
〈現地到着です〉
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「……近くで見ると、全然“丘”じゃないじゃん」
里奈の率直な一言に、明忠とエリナも無言で頷いた。
「よし」
明忠が気持ちを切り替える。
「手はずどおり。
僕が若干先行して縦列。
秋月さんは、まずドローン偵察」
視線を里奈に向ける。
「徒歩は里奈に秋月エクステリアは追随。
トラブルがなければ制御はAIに任せていい」
そして、軽く手を振る。
「ほら。
任せてるぞ、里奈」
「姫――さあ、お手を取りましょう」
芝居がかった声。
「この里奈めに、お任せくださいませ」
なんだかなあ、と内心で思いながらも、
張り詰めていた緊張が、ほんの少しだけ緩んだ。
――その、わずか百メートルも進まないうちに。
「……轍。新しいよな?」
明忠が足を止める。
「秋月さん。
近くに、何か見える?」
「ドローンの高度を上げました」
エリナの声は冷静だ。
「赤外線で確認できる範囲には、現時点では何もいません」
明忠は、ようやく身体に馴染み始めた動作でエクステリアから降りた。もちろん、シミュレーターの中でのことだが。
「少なくとも、雪が降った後に車が通ってる。
車幅は軽自動車クラス。
タイヤは細め……たぶん、チェーン巻いてる」
「メンテナンス車両でしょうか」
エリナが言う。
「死体埋めに来た殺人犯かもよ?」
里奈が、軽口を挟む。
「……秋月さんに一票かな」
明忠は肩をすくめる。
「ドローンから、轍の詳細って判別できる?」
「高度を下げれば可能です。
ただ、停止していれば、車両の方が先に検知できると思います」
「ほらね」
里奈が胸を張る。
「ミンちゃん、抜けてるなあ。
さすがエリナ!」
空気は、どこかピクニックじみていた。
シミュレーターであること。
コクピットに守られている安心感。
それらが、危機感を薄く覆っている。
途中、何度か明忠は林道を横切るヘラジカらしき痕跡を見つけ、
エクステリアを降りて確認したが――
大きなトラブルは起きなかった。
やがて、予定していた降車ポイントに到達する。
そこで、ふと気付く。
自分たちが――
膝まである雪と、氷で滑りやすい悪路を、
徒歩で進む苦境、その実感をまったく想像していなかったことに。
全部歩きだったなら、
この十キロ程度の距離すら辿り着けなかっただろう。
ドローンの支援がなければ、
隠れながら進み、さらに遅れていたはずだ。
人型ロボットの歩行は、自動車に比べて随分のんびりして見える。
だが――
思いのほか、良好な進軍速度だったのかもしれない。
寒地でのバッテリー消費にも一瞬不安を覚えたが、
シミュレーターとはいえ、軽油とのハイブリッドがよく機能しているのか、
エンジン、燃料系、駆動系に不安はなかった。
ドローンは偵察用の軽量機が自然にローテーションし、
充電も問題なく回っている。
南斜面に差しかかると、樹勢が一気に濃くなる。
これまで偵察精度と単純な明るさの両面で安心感を与えていた樹木の間隔が、目に見えて狭まってきた。
そして――
予定していた、
明忠がエクステリアを降り、
自分の――シミュレーターではあるが――
“足”で登坂を開始するポイントが、目前に迫っていた。
コクピットを開放すると、外気が全身を引き締めた気がした。初冬とはいえマガダン州だ、雪をかぶったタイガが視界には広がっていた。




