それは盾で、槍で、飛び回る瞳で、そして戦で狩り。
「このメッセージを君が開いている、ということは――
少なくとも、順調に選抜を勝ち抜いているということだね」
画面が一瞬揺れ、湯気に曇ったカメラを彼女が手で拭う。
白い湯煙の向こうに、浴衣姿の上半身が現れた。
「ああ、こんな格好ですまない。
君の最新状況は分からないけれど……大事な話だ。数分、時間をもらえるかな」
間を置かず、続ける。
「英国留学で“選ばれなかった件”の話だと言えば、多少は興味を持ってもらえる?」
長い黒髪。その中に、青い房が四筋、意図的に混ざっている。
知らない人だ、けど、このぞんざいでありながらこちらを覗き込むような存在感。
一方的に話を進める癖も、相手の反応を待たない態度も、とても見覚えがあるはずなのに、何か現実として受け取れならせない違和感がある。
だが――
先月の英国留学プログラム。
最終選考まで残り、落とされた事実は、浅いながらも確実に残る傷だった。
「まず目的から話そう」
彼女は画面の向こうで、少しだけ姿勢を正した。
「君にまとわりついている余計なノイズを取り除きたい。
君には、本来もっと素直に力を発揮できる」
上の空で歌うような掴みどころのなさと、必ず成し遂げるという強い意志が無理やり混ぜ込まれて強烈な違和感を感じる。
「特にリーダーシップというのはね、自分なりの納得と肯定感がないと成立しない。
……今の君は、ちょうどその境目にいるだろう?」
画面越しでは、視線の先がどこを向いているのか分からない。
顔にかかった髪を払ったあと、口角がわずかに上がったように見えた。
「はっきり言う。
君は、選抜に“負けた”わけじゃない」
慰めにしても、随分と直球だ。
もう少し言いようがあるだろう、と反射的に思う。
「選考の最終段階でね。
私たちALVサイドと、英国側の運営チームは――合意に至れなかった」
彼女は肩をすくめる。
「誰を送り出すか、そして受け入れたいのか決めきれなかったんだ。
私たちと彼らは目的とする次のプロセスが違ったからね」
やはり、つまらない慰めだ。
結果は結果だ。落ちたのは事実だ。
「でも、ここからが本題だよ」
声の調子が、ほんの少しだけ変わる。
「英国に行けるだけの財力。
環境変化に耐える適応力。
短期留学で大きく成長するポテンシャル。
そして――オホーツク共和国に招くに値するかどうか」
一つずつ、区切るように。
「君は、その時点ですでに“要求を満たしていた”」
一瞬、言葉が途切れる。
「だからね。
その前段階である英国留学プログラムに、君を入れる必要がなかったんだ」
あまりにも勝手な理屈だ、と頭では思う。
だが、続く言葉がそれを押し流す。
「衝撃が必要な子たちが選ばれた。
揺さぶられなければ伸びない、可能性の芽たちだ」
彼女は淡々と告げる。
「そして今、その中から“適合者”がふるいにかけられてそこに立っている。
……君は、その前から“選ばれていた”側なんだ」
少しだけ、柔らかい声になる。
「自信を持っていい。
それを伝えに来たんだ」
言い切ってから、あっさりと手を振った。
「じゃあね。
ばいばい」
通信が切れる。
湯気の残像だけが、しばらく画面に滲んでいた。
明忠の耳朶を打ったその言葉は、不思議なほど雑味がなく、あとを引いた。
励ましでも、命令でもない。評価とも違う。
ただ「そういう配置なのだ」と告げられただけなのに、胸の奥で何かが静かに収まっていく感覚があった。
そして――
思考が余韻に沈みきる前に、視界の端が切り替わる。
コンソール。
ノイズの入り込む余地を最初から拒絶するような、無味乾燥なCUIが、黒地に淡色の文字で滑り込んできた。
< 新たなユニットが検出されました >
一拍。
< プロトコルに従い、シミュレーターに戦闘補助プログラムをインストールします >
拒否の選択肢は表示されない。
< オートデプロイ……完了 >
背中の奥で、何かが“噛み合う”感触が走る。
< 倫理コード:強制解除 >
ほんの一瞬、空気が変わった気がした。
< アテーネ、適応を開始します >
それは人格の名ではない。
思想でもない。
ただ、機能の呼称だ。
最後の一行が、淡々と表示される。
< ようこそ、切り拓く者よ >
わざとらしい。戦の女神がアイコンとなってモニターの端に鎮座している。
<掴んでください。あなたの武器。あなたの智謀。あなたの勝利。そして、あなたの世界を。この戦場で、私は共にあります。>
勝手だ。でも、逆らう時間も惜しい。
〈現状と目的を明らかにして、手段を明確化します〉
本当に勝手だ。こちらの都合など聞いちゃいない。
<さあ、狩りを始めましょう>
そう、狩りの話だった。




