ドローン基礎勉強会屋外編
健軍商店街の裏手、立体駐車場の屋上。
夏の長い日が傾きはじめ、空の色がゆっくりと変わっていく。
もともと想定されていた用途ではないはずだが、屋上を囲うフェンスは高く、その上には目の細かい防護ネットが張られている。
小型軽量のドローンが万一飛び出そうとしても、外に飛び出す心配はなさそうだった。
黒川直規は、フェンス際に腰を下ろし、ノートPCを広げていた。
背が高いせいか、いつも少し猫背気味で、周囲を気にする様子もない。
理系で、ドローンオタク。
それくらいの情報は鈴音も知っていた――正確には、昨日になってようやく思い出した。
熊鷹高校には、ロボット部、プログラム研究部、ゲーム研究会と、ロボット・ゲーム周辺の部活が三つある。
黒川と相馬は、その中でも一番アルゴリズム寄りで、オンラインゲーマーの隠れ蓑になっているプログラム研究部の所属だ。
ちなみにロボ部は工学寄りで実際のロボット作成と操縦、ゲー研はボードゲームやカードゲームが隆盛している。
もっとも、相馬は兼部扱いで、顔を出すのは気が向いたときだけらしい。
黒川は、部室よりも自室のゲーム環境や、こうした屋外でのドローン操縦を好んでいた。
学校周辺で高価な機材を広げて、汚損や盗難のリスクを背負うのも、好奇の目を向けられるのも、どちらも御免だった。
屋外で、空と障害物だけを気にしていればいい。
それが黒川にとって、一番楽だった。
壁際に三人が並ぶ。
黒川と相馬にとっては、かなり違和感のある並びだった。
ギャル寄りの見た目で、明るいブラウンの髪。
ピンクのグラデーションネイル、校則ぎりぎりのスカート丈。
県下一の進学校で、校内模試トップ10という噂は、未だに信じきれない。
だが、エクステリア講習で見せた観察力と、前のめりな行動力は本物だった。
彼女は、バレンタインデーに黒川へチョコを渡す約束で、この「ドローン講座」を引き出している。
「……で」
黒川はPC画面を見たまま言った。
「何から聞きたい」
「基礎。
シミュレーターでやったやつが、どこまで現実と繋がってるのか」
鈴音は即答した。
相馬が、フェンスにもたれて笑う。
「真面目で来たな。もっと“すぐできるかっこいい操縦法”とかじゃなくて?」
「それは後でいい」
黒川は淡々としている。
「まず前提だ。
ドローン運用は操縦じゃない。判断だ」
ノートPCの画面が鈴音側にも向けられる。
シミュレーターの簡易インターフェース。
マップ、通信強度、バッテリー消費、推定リスク。
「ゲームだと、飛ばして、見て、撃って終わり。
現実は、計画側の比重が大きくなって飛ばす前に八割決まってる」
「八割?」
「どこから飛ばすか、どこまで行くか、どんなときにどこへ向かって引き返すか、
失ってもいいか、回収できなくても情報を取るか」
相馬が口を挟む。
「要するに、突っ込む前に覚悟決めるって話だよね。電池の問題があるから無計画だとゲームでもダメなことは結構あった」
「そうだ」
黒川は短く肯定した。
「小型の偵察ドローンは基本非武装。
撃たれたら終わり。
だから“見つかる前提”や“見つかったら逃げられない”で飛ばすな」
画面に、機体モデルが表示される。
民生用をベースにした、よくあるクアッドコプター。
「軽い。静か。規制が緩い。
だから前線で使われる」
「じゃあ、見つからなければ最強?」
「見つかる」
即答だった。
「音も、影も、電波も出る。
見つからないドローンは存在しない」
鈴音は一瞬黙り、それから頷いた。
「じゃあ、どうするの?」
「見つかるタイミングを選ぶ」
黒川は操作を切り替え、模擬ログを再生した。
「低高度。
背景に溶ける位置。
帰り道を常に確保」
「シミュレーターでやった“森の上”は?」
「正解」
少しだけ、黒川の口元が緩む。
「上から見て、相手を動かす。
入ってこさせるか、出ていかせるか。
自分は“降りない”」
相馬が肩をすくめる。
「で、たまに降りたやつが絡め取られる、と」
「それ」
黒川はちらりと鈴音を見る。
「今回のも、判断は悪くなかった。
高度を落としたのも、理屈は通ってる」
「でも、負けた」
「負けた」
黒川は否定しない。
「相手が一枚上だっただけだ」
しばらく沈黙。
夕方の光が、屋上の床に長い影を落とす。
「……で」
相馬が手を叩いた。
「講座ってことでいいんだよな?
このまま理論だけ?」
黒川はバックパックを足元に置いた。
「最後に触らせる」
中から取り出されたのは、小型の折りたたみ式ドローン。
非武装、カメラのみ。
手のひらに収まるサイズ。
「軽っ」
鈴音が思わず声を上げる。
「これが現実。
249グラム。
風に弱いし、壊れやすい」
黒川は続ける。
「だからこそ、扱いがそのまま実力になる」
ドローンが起動し、画面にリアルタイム映像が映る。
わずかな遅延。
揺れる視界。
「……シミュレーターより緊張する」
「当たり前」
黒川は淡々と答えた。
「壊したら、次はない」
相馬が笑う。
「でもまあ、手作りバレンタインチョコの価値はあるだろ?」
鈴音はモニターから目を離さず、静かに言った。
「うん。
ちゃんと払うよ」
空を切る小さな機体が、屋上の上をゆっくりと巡る。
それはまだ訓練で、遊びで、放課後の延長だ。
だが鈴音には、それが“別の場所”と繋がっているのが、はっきりと見えていた。




