芋掘りの空にドローン
<ヴィヴィアン、このシミュレーター、芋掘りって任せられる?
ほかの子がやってることに、だいたい合わせてくれてればいいんだけど>
沢渡鈴音は、シミュレーター用PCブースの椅子に深く腰を下ろしたまま、キーボード脇に置いた個人端末へ指を走らせた。
モニターには、現在操作中のエクステリアの状態が簡易表示で並んでいる。姿勢安定、作業アーム稼働率、周囲の僚機との干渉率。どれも緑色だった。
<問題ありません。
事前条件:キーボード入力用の通信のみ解放。
芋掘り工程をバックグラウンド処理として委譲します。
以下、設定手順を提示します>
短い待機音のあと、シミュレーターの操作権限が段階的に切り替わった。
メイン画面右下に〈外部AI連携:有効〉の表示が追加され、芋掘りに関する操作ログが自動化タブへと折り畳まれる。
<周囲への追随以外のイベントが発生した場合、即時通知します。
メインプロセスについて、ご要望を>
<エクステリア本体と周辺データを確認したいな。
芋掘りで終わるには、地形と気象モデルが畑の外まで作り込みすぎてる気がするんだ。
後段の研修も、同じ場所と装備で続く可能性がある。
芋掘り用途としてはオーバースペックな装備、積んでない?>
モニター中央に、機体の構成図が展開される。
人型汎用プラットフォームのシルエットに、搭載モジュールが色分けされていく。
<エクステリア本体は、オホーツク共和国内で民間に広く流通している汎用モデル
“タイガ3 ワイルドグリップ”です>
音声と同時に、民生仕様の標準構成がハイライトされる。
<農業・除雪・建設用途での使用実績があり、芋掘りに使用されていても不自然ではありません。
ただし、汎用機であるため、他の業務・任務への転用が可能です>
一拍置いて、表示が切り替わる。
<“芋掘り用途としてオーバースペック”に該当する外付け装備を列挙します。
第一に、空撮ドローンが二機搭載されています>
ドローンのアイコンが二つ、機体背部から分離する想定軌道とともに示された。
<実機運用において、研修でも予備機を積載するのは合理的ですが、
シミュレーターである点を考慮すると、やや入念です>
続いて、別のモジュールが強調表示される。
<第二に、対ドローン用途と推定される対空砲システム。
頭部搭載の軍事用レーダーと連動した射撃管制が実装されています。
これらは民生機として明確にオーバースペックです>
鈴音は思わず、口元を引き結んだ。
<なお、対地上兵器としての本格的武装は確認できません。
以上から、追加カリキュラムとしては
“ドローンによる威力偵察”が有力と推定されます>
警告音でも通知音でもない、淡々とした報告の直後。
画面左上に、小さな注意フレームがポップアップした。
<進行方向、八時。識別不明飛行体を検知。
外観情報からの型式照合結果:オホーツク共和国製・偵察用小型ドローン。
火器・爆発物の搭載は確認されません>
……まあ、顔合わせでもそれくらいやるよね。
鈴音は喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
意識を教室側に戻すと、ほとんどの参加者はまだ人型ロボの基本操作と芋掘りに夢中だ。
教官の三崎凛玖も、初心者組の操作ミスをフォローするのに手一杯らしい。
<得点になるか分からないけど……
こっちのドローン、一機回して追跡しよう>
画面上で、ドローン発射準備の仮想パネルが浮かぶ。
<注意。
相手方および教官、僚機から本機のドローン発射が検知可能です。
また、周辺地形および友軍の配置が未確認のため、通信可能領域が不明瞭です。
トラブル発生時の機材回収について、不確定要素が大きくなります>
<いいよ。シミュレーターなんだし>
鈴音は即座に返した。
<相手より後から発射する。
同型機なら、向こうの方が先にバッテリー切れになる可能性が高い。
回収も、こちらの勢力圏と航続距離を考えれば致命的じゃない。
問題は通信範囲だね。今すぐ調べて。
それと、現在地の特定もセットで>
一瞬、演算処理中を示すインジケータが点灯する。
<GPS信号にジャミングを確認。
ただし、周辺地形の画像データおよび地上通信網の反応から位置を推定可能です>
マップが展開され、座標が収束していく。
<カムチャッカ半島北部、アヤンカ方面。
規模から判断して、自給用農地を想定したマップ設定と思われます。
国境線までの距離:約30キロメートル>
<威力偵察だとして。
こちらの推奨行動と、相手の行動予測は?>
質問しながら、鈴音はすでにドローンを追跡ルートへ乗せていた。
画面右側には、相手ドローンの推定軌道と、こちらのドローンの位置関係が簡易表示されている。
<推奨行動:上官への報告および追跡継続。
エクステリア本体から搭載兵器で有効射程に入る距離は、すでに離脱されています>
<追跡においては、
勢力圏内である点、および後発離陸による航続距離の優位を活かせます>
<相手方の行動予測:
発射地点など自軍情報の秘匿を優先し、無関係な方向へ逃走・潜伏する。
もしくは、情報量を最大化するため偵察を強行する。
あるいは、限定的な反撃行動に出る可能性があります>
「上官って……凛玖さんだよね?」
鈴音は小声で確認しつつ言った。
「報告、入れといて」
<了解。
取得済み行動ログおよび追跡開始を報告しました>
迷いのない即答。
そりゃそっか、と鈴音は思う。
AIは責任を取らない。責任を取るのは、操作している“こちら側”だ。
<じゃあ……
ドローンのことはよく分かんないけど>
鈴音は、コントローラーに軽く手を置いた。
<行ってみよっか。
操作、うまく補助してよね>
畑は、いかにも「人が作った四角」だった。
畝は等間隔で、土は掘り返されたばかりの黒褐色。ところどころに白い芋の断面が見えて、湿った匂いが風に混じる。けれどその四角の外側は、すぐにカムチャッカらしい荒い地肌に変わる。草は短く、まだらにコケと小石が露出し、少し歩けば針葉樹の帯――タイガが低い壁みたいに立ち上がっている。
空はやけに高い。雲が薄く流れて、北の風が地面を舐めるように走る。
耳に入るのは、畑の喧噪でも人の声でもなく、プロペラの乾いた高音だけだった。
畑の端から飛び出した小型ドローンは、民生品の軽量級の折り畳み機に近い姿。機体は黒っぽい樹脂と薄い金属、角ばった胴体。火器も搭載物も見えない。ただの偵察用――だからこそ逆に、必死さが露骨に出る。
速度は速いが、飛び方がきれいじゃない。
風を読む余裕がなく、横風に押されて一瞬よろめき、すぐに姿勢制御で戻す。そのたびにジンバルが微小に揺れて、カメラが「見たい方向」を探すように首を振る。
**逃げる、というより“潜る場所を探している”**飛び方だ。
鈴音が発信させたのも同型の1kg未満の軽量機――こっちは挙動が一段落ち着いている。速度を上げすぎず、相手の推定進路を読んで、僅かに上方から被せる。相手の高度は低い。木々に隠れる直前を狙っている。
畑の四角を抜けた瞬間、景色が変わる。
地面は柔らかい土から、凍土まじりの硬い砂礫へ。草の色が薄くなり、風が強くなる。
そしてタイガの縁――針葉樹が密度を上げ、枝が暗い網目を作るあたりで、逃走ドローンが一段だけ高度を落とした。
――入るためだ。
木々のあいだは狭い。
太い幹と細い枝が複雑に交差し、上空から見た“森の表面”は、ただの黒いマットみたいに見える。だが低空に降りると、そこは迷路になる。
逃走ドローンはその迷路に飛び込む直前、ほんの一瞬だけ躊躇したように停止し、それから急に姿勢を寝かせて――滑り込むように木陰へ突っ込んだ。
追跡ドローンもすぐ続く。
ただし同じ入口には入らない。
逃げた機体のラインより、1メートル上、1メートル外側をなぞろうとする。枝に触れたら終わりだからだ。
プロペラ音が森の縁で反響して、乾いた笛みたいな二重音になる。薄い霧状の冷気が、朝日で一瞬だけ銀色に光り、すぐに暗がりへ沈む。
逃走ドローンは、森の中で「姿」を消すつもりだ。
軽量機は重い装甲も火器もない代わりに、“隠れる”が最大の防御になる。
木の幹の向こうに回り込み、枝の影に身を滑り込ませ、できれば電波の通りにくい低高度で――相手の追尾を切る。
追跡ドローンは逆に、森の縁で高度を少し上げる。
上げすぎない。木々の上に出たら見失う。
それでも、幹と幹の隙間を読むために、わずかに視点が欲しい。
その小さな差が、追跡の「うまさ」として出る。人間が操縦しているのか、補助AIが入っているのか――飛び方にそれが出る。
畑の向こう、国境まで30kmの空が、やけに遠い。
この軽いドローン2機の鬼ごっこは、規模だけ見れば子供の遊びみたいなのに、背景がカムチャッカ北部のせいか「世界の端に取り残された最後の戦い」の様相だ。
風が冷たくて、森が暗くて、地図の余白が広すぎるせいで。
そして、どちらも武装していないからこそ、追いついた瞬間に何が起きるのかが不気味に空白になる。
ぶつけるのか。上に居座って位置を通報するのか。
あるいは、追う側も「追ってはいけないライン」を越えてしまうのか――。
プロペラ音は風の壁に遮られ、もはや実習圃場からは拾えない。
時間がいつもと違うあたりからお察し、な状況ですが本稿を投稿している時点で投稿・ストック・再構成(ルート分岐)に若干手間取っております。
しばらくは投稿がやや不定期になるかもしれません。
書いてる側としては楽しくなってきたところなのですが…執筆が進む楽しさではなく設定検討で盛り上がっているだけなのであまりエンターテイメント性はないんですよねえ。




