遠巻きな焼き肉
ロープワークが終わると、次は水の入手と浄化。エクステリアからは少し離れ、駐屯地内の近くの小川へ移動した。
凜玖は、ポータブルフィルターと浄化タブレットを取り出す。
「水は命の源。
汚染されてても、ちゃんと処理すれば飲める。
今日は沸騰、フィルター、化学浄化、UVライト——で四種類やってみるよ」
グループに分かれて実践。
留学組の五人と明忠・里奈が自然に1グループになる。
鈴音が川の水を汲み、エリナがフィルターをセット。
司がタブレットを投入し、ユウトと大介が沸騰用の小型バーナーを準備。
明忠と里奈は、UVライトのタイマーを担当。
「さすがにUVライトは家族キャンプじゃやらなかったな」とユウトが笑う。
「そうだね。……でも、キャンプ場じゃなくて、オホーツクの暮らしに入っていくなら必要なんだね」
とエリナがフィルターから落ちるしずくを静かに見つめながら答えた。
里奈が、小声で明忠に囁く。
「エリナさん、なんか変わった?」
明忠は頷いた。
英国から帰ってきてから、秋月エリナはどこか遠くを見ているような気がしていた。
そう、明忠が逃した英国留学は彼らに学びやきっかけを与えたに違いない。
逃した魚は大きかった、ばかりか、水をあけられた気さえする。
さすがに焦りがないと言ったら嘘になる。
凜玖が、みんなの作業を見ながら言った。
「で、浄化から入ったけど、寒冷地じゃ、水は雪を溶かすところから始まる。
燃料が限られてるから、効率が命。
……でも、今日みたいに仲間がいれば、楽しくできる」
答えてか、答えずか柊がUVライトを見てぼそぼそとつぶやく。
「結局、装備ゲーだよね。これ、買える人が勝つ。エクステリアも。自分が頑張るとか成長するとか言ったって、金は自分の力とは別だし、それこそ見せ方じゃんか」
凛玖はしっかり聞こえているらしく、頬をかいてごまかしている。今日は深入りする気がないということだろうか。
明忠らを挟んで反対側では、鈴音とエリナがしんみりしていた。
「仲間かぁ……そうだねえ。グレースカレッジも、そのあとの騒ぎだって、一人では起きなかったことではある、か」
「いろいろ、あったね。本当に」
エリナが引き取ると英国帰りの司らとも何やら内輪のあたたかな視線を交わしている。
明忠の心中を察してか里奈は軽く小突くとなんでもないように「次いこっ、次!」と促してきた。
焚火の時間になると、みんなのテンションが上がってきた。真夏の暑さの中、半ば以上自棄というのもあるだろうが。
凜玖は、おもむろに地面に円を描き始めた。
「今日はダコタ・ファイアホール。
煙と光を減らして、熱効率を上げる古い手法。
2つ穴を掘って、通気穴を繋げる。この2つの円が設計図ってわけ。
さあ、男子、働いて働いて!」
手近なところにいたユウトと遥人がスコップであくせくと穴を掘っていく。
ひと段落したところで横穴を通し、乾燥した小枝を片方の穴に積んでいく。
凛玖は最後に多少の布くずを落ち葉と合わせて足元に置き、袖口から細い棒と小さな板のかけらのようなものをこすりつけて火花を散らした。
布くずについた小さな火種が、乾燥した落ち葉に着火し、穴の奥で静かに燃え始めた。
「すごいですね。みるからに煙少ない」
と黒川が感心する。
凜玖は、炎を見ながら言った。
「赤外線センサー相手じゃ、もう古いけどね。
でも、基本を知ってると、応用がきく」
ユウトが、穴の縁に顔を近づける。
「これ、寒いところでもやるんすか?なんか真上しか温まらなさそうっすけど」
「やるときはマイナス40度でも、やれる…といいたいところだけど、地面に熱を吸われるタイプの燃やし方だからね。本気で暖を取るときはまた別かな」
その後、ほかの火起こしや薪の組み方も駆け足に実演交じりに解説していった。
気づけばもう十一時半。
焚火を消し、BBQの準備に移る。凜玖が、クーラーボックスを開けた。
「肉、野菜、炭——全部用意してある。自由に焼いて、食べて、話して。
……今日は、ここまでが講座。あとは、娯楽。楽しんでいこう。オホーツク海名物、スモークサーモンも持ってきたよ」
焚き火台はシンプルな通常の足がついた箱状のものに加え、蓋や温度計も付いた調理器風のものもあった。
炭に火がつき、煙が立ち上る。肉の焼ける匂いが、風に乗って広がった。
元々の交友関係で当初はグループが分かれていたが、凛玖と自衛官が上手く焼き上がった肉を勧めたり、軽い作業分担で自然とばらばらに混ぜていった。
英国留学帰り組も、元々のオホーツク希望組も、さすがの暑さに火を遠巻きにしてタープの日陰に逃げるメンバーが出てきた。
鈴音が、肉を焼きながらエリナに話しかける。
「エリナ、帰ってきてから調子はどう?レヴ君と文通してるぅ?」
揶揄するような口ぶりだが、通信トラブルが発生している火星側の深刻な現状を気遣ってくれたのかもしれないとエリナは思った。
少し間を空いてしまってから答える。
「……急いで返事書いた。ミロさんたちと真相を追うって。詳しいことまでは聞けてないんだけど」
里奈が、明忠の隣でせわしなく動いている。「ミンちゃん、肉おいしいよ。あ、大垣君、ジュースなら後ろ」「……あ、悪い」「どーもっす!」
明忠は、火を見ながら思う。
今日ここにいるみんなは、何かを探している。
自分も含めて。
きづけば凜玖は、少し輪を離れ、エクステリアの脚部に寄りかかりながらお茶を飲んでいるようだ。
指先を、軽く撫でる仕草。
凍傷の感覚は残り続けているのだろうか。タープの日陰が凜玖の顔に濃い影を落とし、表情はいま一つ読めない。
「凜玖さん」鈴音が、声を掛けた。「寒いところの話、もっと聞きたい」凜玖は、笑った。
「いいよ。
……せっかくだし、みんなのかき氷でも作りながらやろうか。実はそこのクーラーボックスにでっかい氷持ってきてるんだよね」
小さく歓声が上がった。
火は、ぱちぱちと音を立てているが、ほとんどの参加者はエクステリアとタープの日陰に逃げて遠巻きにしている。
八月の陽光が、木漏れ日となって降り注ぐ。
食事がひと段落してからは炭を燻ぶらせるに任せて、燻製やかき氷などの熱くないものを楽しむうちに長い夏の日差しも傾き始めた。
作品解説を投稿しました。フィクションとファクトの区別がつかなくなるので、活動報告となっています。本章の次話を投稿する際に前書きに参照先を載せるつもりだったのですが、第二章前半がひとくぎりなのでしばらく更新の間が空くかもしれません。続きが気になる方はぜひブックマークをご活用くださいませ。
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