顔合わせフィールドワーク
アウトドア入門とBBQを組み合わせたフィールドワークの八月第二週の土曜日。
健軍自衛隊駐屯地のイベント向け広場は、朝の陽光が木々の間を縫って柔らかく降り注いでいた。
しばらくすれば灼熱になることは想像に難くない。
九時ちょうど、参加者12名と凛玖、補助らしき自衛官が草地の中央に集まった。
三崎凜玖は、軽いトレッキングウェアにポンチョを羽織り、バックパックを地面に置いて立っていた。
もはや大胆にエクステリアも奥に片膝をついて待機している。
学校で見せた落ち着いた先輩像とも、コンカフェで見せた高速接客モードとも違う。
——今日は、動きやすさを優先した自然体の凜玖に見えた。
「みんな、おはよー。今日は九時から十二時まで、親睦も兼ねてアウトドア入門やるよ。あと、ちょっとだけ体力テスト。
最後はBBQで締めるから、楽しみにしてて」
凜玖は笑顔で手を挙げ、参加者をざっと見回す。
留学帰りのグループと、学校説明会から興味を持ったグループが、微妙に距離を置いて立っているのがわかった。
「まず、自己紹介がてら軽く自己PRしてほしいな。
名前と、今日ここに来た理由を……一言でいいよ。
順番は……じゃあ、英国留学組から」
沢渡鈴音が、すぐに手を挙げた。
「沢渡鈴音。エコツアーの動画見て面白そうだったから!
あと、ほんっと暑いよね。オホーツクに避難できるなら今すぐ避難したいよ」
周囲に乾いた笑いが一瞬広がる。本人も軽い調子だが、目だけは妙に真剣だ。
隣の秋月エリナは、少し間を置いてから口を開く。
「秋月エリナ、と申します。……オホーツク共和国の話をもっと聞いてみたいと思って参加しました」
声はやや小さめだったが、はっきり届いた。
一条司は、英国から戻って以来やや自然になってきた穏やかな笑みを添えて。
「一条司です。……新しい体験、してみたくて。恥ずかしながら、BBQにつられたのもあります」
男性陣は割とうなずいている。
大垣ユウトは、照れくさそうに頭を掻きつつ。
「大垣ユウト。凜玖さんに誘われたから……ってのもあるけど、アウトドア結構好きなんすよ」
西郷大介は、短く。
「西郷大介。……ユウトの付き合いで」
正直な答えに、みんながくすっと笑う。
なんとなく時計回りに進みつつあったところに、その先にいる明忠と里奈のほうへ視線が移る。
「林明忠。……もともとオホーツク留学に興味があって」
里奈は、明忠の隣でぴょんと手を挙げた。
「加藤里奈。ミンちゃんが楽しそうなことしてたから!あと凜玖さんがロボから飛び降りる奴かっこよかった!」
明忠が少し顔を背けたが、幸い、皆の意識は違う方向を向いていたようだ。
残りのメンバー——相馬、黒川、鷹宮、柊、白石もそれぞれ短く理由を述べた。
相馬は単純に「なんか思い切り新しいことをやってみようと思って」。黒川は「近くで実際にエクステリアを操作できるチャンスはここだけ」とやや前のめり。
柊は、「これって宣伝目的のイベントなんですよね。私の出番かなって」と説明会の時に凛玖からあしらわれたことをどう受け取っているのか疑問な発言。
事情を知ってか知らずか鈴音の「さすがインフルエンサー目線」というつぶやきで場の空気が突然最悪になったが、鷹宮と凛玖が話題を変え事なきを得た。
鷹宮は「私の知らない世界をもっと詳しく知りたい」白石は「オホーツク海の幸、狙ってます」など温度差はあれど、みんな何かしらの好奇心や期待を口にした。
「よし、みんなお互いの顔と声、覚えたね。
じゃ、早速始めよっか」
凜玖はホワイトボードを立て、今日の流れを書く。
【9:00-9:15 挨拶・安全説明】
【9:15-9:45 ウォーミングアップ】
【9:45-10:15 ロープワーク】
【10:15-10:45 水の入手と浄化】
【10:45-11:30 焚火と火起こし】
【11:30-12:00 BBQ準備&自由時間】
【12:00〜 BBQ&まとめ】
「BBQは娯楽枠ってことで、みんなで楽しもう。
それまでの4つをちゃんとやっておくと、後で絶対役立つし…BBQもきっとおいしい。
じゃ、さっそくこれから5分の間みんなには軽く走ってもらいまーす。
ヨーイ、ドン!」
凜玖は走り出してみんなについてくるように促す。凜玖が意味深に目配せをすると思ったら最後尾には自衛官が付いていた。
広場は学校のグラウンドを2倍にした程度のサイズで、見る見る体力別の集団に分かれていった。
先頭で凜玖と並んでいるのはもはやスポーツで本格的に鍛えているユウト、相馬だけになって明らかに「軽く」ないスピードで走っている。
それに続く大介、エリナ、鈴音、鷹崎も自分のペースを知っているという趣でそれなりにハイペースだ。
それ以外のややデスクワーク寄りのキャラクター性のメンバーは体格に応じてペースはそれぞれだが、あまり走りなれているという風情ではない。
最後尾は白石で、スピードは全員の中で一番遅いが、自衛官に時々声を掛けられつつも案外安定している。
広場の外縁を一周してエクステリアの傍まで先頭集団が戻るころには、最後尾は半周遅れ程度になっていた。
凜玖は軽くユウトと相馬をねぎらうと、バックパックからロープを数本取り出した。
「さっそくロープワーク…と言いたいところだけど、その前に日除けを作ろう。
みんなが炎天下のジョギングででしごかれて熱中症で倒れたら大ごとだからね。親御さんに顔向けできなくなっちゃうよ。」
そうこうしているうちに、半分程度までのメンバーはそばに集まってきた。
「さて、ロープワークはエクステリアに限らず機材の固定、シェルター作り、救助——全部に必要。
今日は基本の三つだけ。ボーライン、スクエアノット、トートラインヒッチ」
凜玖は手際よくデモンストレーションを始める。
ロープを指で滑らせ、結び目を完成させる動きが、速いのに正確だ。
トートラインヒッチであっという間にエクステリアと連携しながら20人くらいは入れそうな大型のタープを張った。
タープの天幕部分を固定する柱はかなり高く、エクステリアの補助がないと立てるのに苦労しそうだったが、
人間の3倍程度の高さがあるので組み立て作業には手早さと安心感が両立できている。
「こんなところかな。実はプレゼンとかだとエクステリアに結ばせたりもするんだけど…今日はそっちが本題じゃないからね。
まずは、人間がマスターしないと。
というわけでボーラインは輪を作る結び。落ちても解けないから、救助ロープの先端に最適」
「あ、ここ撮っていいですか」
の一言を凛玖に投げかけたとき、既に柊はスマホを構えていた。
「こらこら。スマホ持ってちゃ練習できないでしょ。今は手を動かして。で、覚えて帰ればどこでも撮影できるからね」
「はーい」
やや不満げな声を上げているが、マナー的にも撮影については事前に相談するのが当然なのでこれは癖なりある種のアピールで、柊的にはOKされたらラッキーくらいの位置づけなのかもしれない。
そうこうしている間にも鈴音が、すぐにロープを手に取って見よう見まねで結束を試みる。
「これなら、簡単そう……ありゃ?」
結び目があっさりほどけて、近くにいたメンバーの笑いが起きる。
エリナは黙って見ていたが、凜玖が近づくとややドギマギしてしまった。
ユウトと大介は、すでに経験があったのかすぐに各結び方をマスターして凛玖に太鼓判を押されていた。。
明忠は、慎重に結び目を確認しながら練習する。
里奈は、明忠の隣で「ミンちゃん、教えて」と甘えた声で寄りかかってくるが、
ふと見ると既に里奈の分は出来上がっていて、からかいに来ているだけなのは明らかだった。
凜玖はみんなの様子を見回しながら、ぽつりと付け加えた。
「寒冷地じゃ、この結びが甘いと、吹雪でテントが飛ぶ。
命綱だから、指が凍ってても結べるように練習するんだ。
私もしつこくやらされたよ。教官うるさかったなあ…」
最後は消え入るように振り返るその言葉に、みんなの手の動きが少しだけ止まり、その後の真剣味を増したのだった。




