ALVの、入り口
奥の扉を抜けると、そこはカフェの裏とは思えない空間だった。二列だけの簡易レンジが壁際に伸び、残りのフロアは畳三枚分ほどの多目的スペース。だが天井のレールに吊られたターゲットフレームと、壁面に鎮座するスコアボードが、その空気をすっかり別物にしていた。
「はいっ、男子高校生なら知ってるよね? これ」
振り返ったのは、さっきから手続きらしきものを進めたり、他の客への気遣いに一瞬動いたり、絶えず高速で動いていた凛玖。
先日の説明会の時の引率者然とした雰囲気からあまりにかけ離れていて3人は戸惑いのまま反応が遅れる。
北国帰りの屈強なイメージで見ていたはずが、コンカフェ制服のエプロン越しに見える身体はガリガリ寸前の細身。
けれど足捌きはキレがあり、振り返る仕草も妙に速い。アシンメトリーに差し込まれた緑のメッシュが、蛍光灯の下でチラリと光る。
この前はなかった輝きだ。
彼女はラックから黒いエアガンを引き抜いた。スライドの側面に刻まれたトレードマークは、軍や警察の長期運用で有名な「枯れた」拳銃だ。
「まず、マズルコントロール。銃口は絶対に人に向けなーい!」
おどけた声で言いながら、体の前で銃を軽く回す。しかし指はトリガーガードにかけたまま、きっちりセーフティルールを守っている。その手際にユウトは思わず息をのんだ。
「こうして銃を持つとね、筋肉が反応するの。無意識に指が引っかかると危ないから――はいっ、ここ!」
司の手を取って、彼の人差し指をトリガーから離す。距離は近いのに、不思議と軽い。接客としての動作、仕事としてのタッチ。
厳しい雪国の手ごたえ、みたいなものが完全に消え去り、多少の緊張感を維持しながらも遊びに向かう期待や気安さに統一されている。
「わかりました」明らかに身を硬くしている司と、銃の扱いに明らかに不慣れな大介も慌てて説明を受けながら何とか構える。
「俺もやってみるか」とユウト。左利きのフォームに、凛玖は目を細めた。
「おっ、左利き! じゃあターゲット移動はこっちからね。弾道、壁に跳ねるからケガしないようにアイウェアをみんなつけてるのを確認してね」
小さな口から次々と注意が飛ぶ。声はやや不自然に明るい。けれどリズムは悪くない。まるでダンスの振り付けを刻むみたいに、言葉と動作が一致している。
司は一歩後ろで腕を組んで眺めていた。空気が軽い。だが――壁のスコアボードの横に貼られた「ALV・身体能力テスト項目」のリストが、ここがただの遊戯場ではないと告げていた。
「じゃ、まずはウォームアップ。ターゲットは五メートル、二枚。パン、パン、ってね。あ、ここにセンサーついてるから当たると音鳴るよ」
電子音が「ピンッ」と鳴り、ターゲットが揺れる。
ユウトが深呼吸し、両手でエアガンを構える。撃鉄を落とす瞬間の腕の震えが、彼自身にだけわかる。発射音は乾いた「パシュッ」。すぐに金属音。
「……当たった」
凛玖は満足そうに頷き、次に大介へ。彼の射撃はやや慎重だが、ひとつめから二つ目へターゲットを移るときの体の軸回転が滑らかだった。
一番緊張で硬くなっていたのは司だったが、二人がそれぞれに消化してくのを見るうち落ち着いてきたのか、どうにか無難に切り抜けられた。
「よーし、合格! じゃあ本番、スティールチャレンジ行っちゃおう!」
空気が一段、明るくなる。エルフが両手を広げてスペースの中央を示すと、天井から五枚の鉄板が下りてきた。配置は扇状。距離はそれぞれ違い、最後の一枚だけ赤く光っている。
「ルール簡単! 順番は自由。でも最後は必ず赤いストッププレートを撃つこと!」
エルフは身体を捻り、模範演技を見せた。ステップはダンスのように軽快。撃つたびに金属が鳴り、身体は止まらず流れていく。最後に赤い板が鳴った瞬間、天井のスクリーンにタイムが表示された。〈3.02 sec〉
「はやっ……」ユウトが呟く。
「ほら、エクステリアに教え込むにも私たちがお手本見せないとだから。――それに、軍人さんとかはこれで反射神経見てるんだよ」
彼女はさらりと言った。軽い調子の裏で、ミリタリーの匂いが滲む。
ユウトたち3人は目を合わせる。遊びのはずの挑戦が、急に試験に変わった気がした。
「じゃあユウト君から! 準備できたら“Ready”って言ってね」
凛玖が両手を腰に当て、足を軽くバウンドさせて待つ。髪のメッシュが跳ねるたび、緑が光を切った。
ユウトは銃を持ち直し、呼吸を整える。指先が汗ばむ。
――これは遊びじゃない。ALVから突き付けられた、テストだ。
司が静かに呟いた。「見られてるぞ」
ユウトは頷いた。視線の先、五枚の鉄板が光を反射していた。
彼の体の奥に、英国道場での衝撃が一瞬、蘇る。空気を掴まれ、投げられたあの感覚。
今度は自分の力を見せる番だ。
「――Ready」
電子音が鳴り、ターゲットが点滅を始めた。
電子音が最後に鳴り響き、ユウトは深く息を吐いた。汗が背中を滑る。銃口を下ろした瞬間、凛玖が両手を打ち鳴らした。
「はいっ、お疲れさまっ! いやぁ~ユウト君は筋がいいね。タイムはまだまだだけど、リズム感は◎。この感じなら“伸びる”!」
軽快な声に合わせて、腰をひねりながら小さなステップ。接客用の笑顔の裏に、確かな評価がある。
「ほら、こういうとき大事なのは“できた感”だから! 銃を下ろして“まだ撃ちたい”って思えたら勝ち!」
にかっと笑ってから、指先で壁のスクリーンを示す。そこには〈オンライン・トレーニング・モード〉のロゴが浮かんでいた。
「ここね、奥にシミュレーションルームがあるの。ARとAIコーチングで、反射神経・持久力・判断力を総合的に測れるやつ。軍用の簡易版だけど、ゲーム感覚でいけるから安心して!」
壁の裏にはグラスファイバーのブースが並び、透明の仕切り越しに人影が見えた。動きに合わせてホログラムのターゲットが散開し、スコアがリアルタイムで記録されている。空気は冷たい循環風で満ちていて、汗と熱気を強制的に流している。
ユウトが小さく息を呑む。大介は腕を組んで唸る。司は視線を鋭くして、黙ったまま。
そのとき、ブースの奥から別の声がかかった。
「気に入ってもらえたかな?」
落ち着いた青年の声。壁面の大画面に姿を現したのはセオだった。
黒のシャツにジャケットを羽織っている。熊本の真夏には考えられない格好だが、ロンドンのグレースカレッジでは成立するようだ。笑顔は柔らかいが、切り出す気配は演出者のそれ。
「君たちには近々、うちのチャリティーゲーム大会に出てもらいたいと思っているんだ」
軽く言って、端末をひと振りする。隣のモニタにはなにやらシューティングゲームのような広告が展開された。
〈ALV主催・エクステリア活用提案のチャリティーゲーム〉
〈優勝チームはオホーツク共和国夏季研修にご招待〉
〈収益は各種留学奨学基金へ〉
「宣伝目的もあるんだが、資金集めの一端でもある。
僕らグレースカレッジの火星に向けた動きは、まだ“夢”の段階だと思っている人も多いからね。
現実に近づいていることを、オホーツク共和国主催のゲームと連携する形なら打ち出しやすい」
ユウトと大介は顔を見合わせる。司だけが小さく頷いた。
凛玖は相変わらず跳ねるように立ち回りながら、満足そうに付け加えた。
「ほらね、ただの遊びじゃないって言ったでしょ!」
――オホーツク共和国と火星、あまりにかけ離れたパズルのピースがALVという耳慣れない単語で繋がれた。




