第八話―青春はさながら弾け気味の炭酸飲料のごとく勢いよく、失速していく
突然だが、皆さんは(皆さんて誰だ?)強酸ぺ〇シなる、悪魔の所業が如き嗜好飲料を知っているだろうか。
コンビニなどで時々売られており、青いさわやかなイメージの缶には、『15秒以上待ってから開けてください』などなどと恐ろしげなことが書いてあるアレである。
水曜館のある、翠津は昔から様々な嗜好品の産地であり、『世界中のお菓子が手に入る』とすらいわれるほどの町なのだが、どうやらこの街に、強酸ぺ〇シの上位互換とも言うべき、『超酸コーラ』という、もはや只の酸性の液体とさえいえる、そんなコーラがあるらしい。
そのコーラを探してほしい。
水曜館についてから約十分。
寛いでいた俺と壁斑の部屋に、唐突に侵入してきた男子生徒の、懇願であった。
藤岬学園は、その自由な校風ゆえ、部活動などに関する規定も緩く、様々な弱小マイナーな部や同好会が校内中に犇めいている。
俺の在学時の記憶をたどるなら、俺達の設立した総合遊戯研究部、オカルト研究部、犬の散歩愛好会、哲学者集団『フラソス』、人力飛行部、糸電話の会、なんてのもあった。
そんなマイナー弱小な部活の一つに、『炭酸部』なる部活があるらしい。
炭酸嗜好飲料の魅力に取りつかれた哀れなる男子生徒三名によって創設された部であり、俺達の部屋に来た生徒、弾橋溢はその部長だという。
「薩摩の田舎ァ飛び出して、江戸に来て早数年。炭酸部の活動で留年一年。おいどん、今年で齢18でごわす」
「おい」
ゴッツイ、坊主刈りの弾橋少年は、何故か鹿児島弁だった。
てか、『江戸』って。
炭酸部の活動で留年一年て。
「じゃがァ、後悔はしとらんです」
「しろよ。全身全霊で後悔しろよ」
「後悔先立たず」
「先立つんだよ!!!その後悔は!!!」
いやまあね、青春に費やすのは結構。ただ、最低限守るべき砦はあるのじゃないだろうか。
まあなんやかんやで、宿到着早々、俺と壁斑は、町へと繰り出す運びとなった。
「というわけですか。成程。ちなみに弾橋さんは少し見栄を張ってますね。あの人は留年一年じゃなくて、今年で二年目です」
「・・・・・・・なんでお前がここにいるんだ瑕村。生徒たちは今、宿の人たちの話を聞いているはずだが?」
「あんな老い先短い爺の話を聞くより、こっちの方が面白そうですから」
宿を出てしばらく。
高校の時以来にやってきた翠津の町の、全く変わらぬ街並みを眺めていたら、いつの間にか瑕村がいた。
瑕村は、相神創一が現在部長を務め、かつて俺と壁斑と紙野という親友三人組が設立した、『総合遊戯研究部』の部員である。
何が『というわけですか』だ。俺は何も言っていない。
「只の部員じゃないですよ、こう見えて副部長です」
「ヒトの思考を勝手に読むな。でもよく考えたら部員全部で五人しかいないもんな。一人一年生だし、部長一人副部長一人会計一人書記一人で二年生全員幹部じゃねえか」
「う・・・・・・・」
そういえば『炭酸部』の弾橋さんは部長と会計を兼任しているらしいですよ、と関係ないことを言って誤魔化す瑕村。
おそらく、適当に決められたポストに違いない。
「はっはっは、僕はこう見えて、人望厚いんですよ?」
「いつも似たようなことを言ってる舌先三寸の悪友が俺の真横にいるぞ。こうなりたくなきゃ自分に素直になれ」
「どういう意味だ長良川」
「そういう意味だ壁斑」
この年にしてこのキャラ。
こいつは将来、(周りの人間が)苦労しそうだ。
「そういえば先輩たちは今、相神からの依頼で今回の夏季合宿に同伴してるんでしたね」
とりあえず町の適当な駄菓子屋や雑貨屋をまわりつつ、『超酸コーラ』を探していると、後ろからついて来る瑕村が言った。
「ああ。確かお前も一枚かんでたな、瑕村」
「失敬な。僕はなにもしてませんて。只一つ言わせてもらうなら、悪野に勇気を出して皆の関係を公表するように促したのは僕ですがね」
「お前が黒幕か!!!!」
「御冗談を。あまり笑えませんよ」
「笑わせようと言ってんじゃねえよ。・・・・・お前も変な冗談はやめろ、相神に殺されるぞ」
「今のはガチです」
「黒幕か!!!」
「うるさいです。町の人たちに迷惑ですよ、あと僕に」
飄々と言い放つ瑕村。
誰のせいだ、とまたも叫びだしそうになる感情を俺は必死で抑え、言う。
「つうかお前・・・・・・・なんで俺達が依頼を受けて宿を出たことを知ってんだ?」
ばれれば十中十、相神以下その他大勢がついて来るだろうから、細心の注意をはらったもとで出てきたのに。
「僕の情報網をなめないでください。総合遊戯研究部において、トップは確かに部長の相神ですが、人脈と情報量において、瑕村優雅に並ぶものはクラスどころか高等部にさえ存在しないといわれるほどです。その情報網の中には、炭酸部の人間もいるんですよ。ほんの少し報酬を用意してやれば、人間なんて簡単に動いてくれます」
そう言って瑕村は肩をすくめる。
「ちなみに、報酬とは、近所の駄菓子屋で売っている、昔ながらのミツ〇サイダー(一本130円)です」
「安ッ!!!」
「まあ人によって変わりますがね。炭酸部は安上がりでいいですが、人によってはお金で買えない価値のありそうなものを要求されたこともあります。愛とか」
「無茶苦茶だ・・・・・・・・・」
正直、瑕村が少し怖かった。
どう考えても、高校生離れしている。
「そういえば、壁斑さんの姿が見えませんがどうしたことでしょう」
唐突にあたりを見回し、言う瑕村。
どうやらこいつと会話しているうちに、壁斑は独自に捜査を始めたらしかった。
「これでは壁斑さんを探すほうが先ですね。大変だぁ~」
「テメエ、棒読みだぞ」
さてはこいつ、気付いていながら自分に都合がよいと思って、放っておいたな。
「どうやら、宿に帰るのは遅くなりそうですね」
やっぱり。
だがこいつに踊らされるわけにもいかない。
「まあ壁斑はアイツなりに、色々頑張ってんだろ。邪魔すんのも悪いし、俺達は俺達で捜査を続けよう」
「え、あ、いやでも・・・・・・」
「ガキじゃねえんだ。それに昔俺達も、高等部の時に翠津には来たことがあるからな。道も少なからずわかる」
「いやでも・・・・・そんな四半世紀も昔のこと、覚えてますか」
「そんな昔じゃねえよ」
俺達はまだ、二十代だ。
高等部のころから十年も経っていないはず。
・・・・・・・・そういえば、俺って今歳幾つだっけ?時々酒も飲むし、十八歳以上なのは確かだが、誕生日パーティーなんて高尚なことは社会に出てからは一度もやっていないし、正直誕生日も良く覚えていない。まあ、大して問題ないだろう。
「問題大有りじゃないですか・・・・・・・・?」
「兎に角、壁斑は捨て置く方向で」
「捨て置くって・・・・・・・・友達じゃないんですか?」
「友達じゃねえ。同じ探偵事務所を経営する、普段あんまし役に立たねえ探偵であり、俺の人生を捻じ曲げ、俺が人生を捻じ曲げて互いに互いを低めあった史上最悪の悪友だ」
「・・・・・・・・・・・・・」
俺のその一言で、瑕村は沈黙した。
そのころ、壁斑は。
「あの・・・・・・・ここに『超酸コーラ』に関する情報があると聞いたのですが」
今にも倒壊しそうな、古びた雑貨屋の前にいた。
壁斑が入ると、ぎしぎしと店全体がきしむ音がする。
店主が壁斑に問う。
「その情報・・・・・・いったいどこで手に入れた・・・・・・・?」
「企業秘密です。さあ、情報を教えてもらいましょうか」
「あれは・・・・・・悪魔の産物だ・・・・・・人が触れていいもんじゃねえ」
一瞬、ブルリと体を震わせる店主。
「それでも、行かなくちゃいけないんです」
言いきる壁斑。その顔には、正体不明の自信が満ち溢れていた。
「あんたは・・・・・・・・なぜそこまでして、アレを欲しがる・・・・・・・・?」
不思議そうに尋ねる店主に、壁斑が言う。
「待っている依頼主がいるから」
店主はその答えを聞いて、フ、と口元だけでほほ笑むと、言った。
「教えてやる。ここに行けば、『超酸コーラ』を売ってる恐らく、世界で一つだけの駄菓子屋がある。さあ行きな・・・・・・・・」
偽物を売ってる店もたくさんあるが、本物を売ってるのはそこだけだ、という店主。
店主に礼を言い、立ち去ろうとする壁斑の後ろ姿に、店主が声をかける。
「あんたみたいな、客は久しぶりだぜ・・・・・・・。たかが菓子に、ジュースに、甘いモンに、全てを賭ける大馬鹿野郎。・・・・・・・・・死ぬなよ」
店主の言葉に、壁斑は振り返ることなく・・・・・・・・・ただ、右手を、大丈夫、と応えるように振った。
「さて、どうしましょうか」
気まぐれで入った、小さな駄菓子屋。
そこのドリンクコーナー(というより、ジュース置き場、と言った方がふさわしいが)には、紛れもなく、俺達の求めていたものがあった。
『超酸コーラ』。
120ml位の小さな缶で、黄色を基調とした独特のパッケージである。
値段もいたって普通。
「これが・・・・・・本当に、『超酸コーラ』なのか・・・・?」
首を傾げる俺。
「どういうことですか?」
「いや、なんからしくないな、と思って・・・・・・・・」
「まあ、手に入ったんだからいんじゃないですか?」
「いいの、か・・・・・?」
首を傾げながらも俺は、取りあえず『超酸コーラ』を購入し、炭酸部部長から渡されていた、クーラーボックスに入れる。
取りあえず、三本ほど。
経費は後で請求してくれれば払うとのことだが、高校生相手にコーラの二、三本も奢れないようでは、大人失格と言えよう。
そんなことを考えながらも俺はきっちりと、貰ったレシートをポケットに入れて、店をでた。
経費は後で、壁斑に請求する予定だ。
「あ、あいがとうございごわす!!!!」
「何語だ」
独特の訛りで、部長が礼を告げる。
宿に戻ってからしばらく、俺は炭酸部部長を知り合いだという瑕村に呼んできてもらい(どうやら本当に顔が広いらしい)、今回の収穫を渡した。
「いや、いいんだ。そんな下らんことに青春を浪費できる間が華、今のうちに楽しんどけ」
青春を謳歌する少年にそんなことを言う俺は間違いなく嫌な人だったが、部長がもう一年留年しないためにも、釘をさすのは大事だろう。
かくして、依頼完遂。
参考までに書くと、壁斑はその後俺達が夕食を終え、俺が部屋で一人寛いでいるところで帰ってきた。
超酸コーラの入っていると思しきクーラーボックスを下げていたが、俺が既に発見し、部長に手渡したことを言うと、『畜生!!!』と叫んで缶を全てクーラーボックスごと床にたたきつけた。
一瞬で缶のプルトップが弾け飛び、部屋中がコーラまみれになり、そしてその勢いの強さのあまり、当たった俺と壁斑は思わずよろけ、コーラで滑って転ぶ。
コーラが目にしみて、ろくに視界もままならぬままのたうちまわっていると、騒ぎを聞きつけてきた有象無象野次馬を含む様々な人に冷めた目で見られ、そして相神に一言、『何やってんですか』と言われる。
全身べとべとで、服を変えざるを得なかった。
身をもって『超酸コーラ』の威力を体感した俺達だが、よくよく考えてみると、今日は一日コーラ探ししかしていないことに気がつく。
相神に訊けば、そのころ生徒たちは(瑕村を除き)水族館に見学に行っていたという。
なんたることか。
「・・・・・・・・馬鹿馬鹿しい」
一言だけ愚痴って、俺は眠りに就く。
とはいえ、夏季合宿は始まったばかりである。
本当に馬鹿馬鹿しい目にあうのは、まだまだ先のことだった。