第五話―ああ、青春の三角関係(さんにん)の果てに見えた、まさかの四角目(よにんめ)
その日、俺がいつものように事務所に顔を出すと(ただしその日は土曜日であったこともあって、寝坊して昼過ぎだったが)事務所には壁斑以外に、もうひとり人間がいた。
「おお、相神じゃないか」
「お久しぶりです。長野川先輩」
「長良川だ」
相神創一。
九内町内にあり、俺の母校でもある藤岬学園の高等部二年であり、総合遊戯研究部という、かつて俺と壁斑、そして紙野の三人が立ち上げた部活の進化形である『遊ぶため』の部の、部長を務めている。
部内では見た目も普通で、特に特徴らしいものも無い、ある意味一番普通な少年ではあるが、何故か個性派ぞろいの集団をしっかりまとめている不思議な奴である。
「今日は先輩たちに依頼をしに来まして」
「依頼?」
「ええ。うちの学校の、『夏季合宿』について」
「もうそんな季節か」
夏季合宿、というのは文字通り藤岬学園高等部で夏休みに行われる、夏季の宿泊研修のことである。
その際、何故か生徒と教師以外に、数名の九内町住民が同伴するのがしきたりだ。
俺達の時にも、何人か見知った顔の人が付いてきたのを覚えている。
「先輩達には、合宿の同伴を頼みたいんです」
「別に依頼じゃなくてもやってやるぞ、そんな些細なこと。どうせ依頼も無いし、例え短い間とはいえ、定期的な三食が食えるのはむしろありがたいくらいだ」
俺の言葉に、相神はいえ、と言って首を横に振り、言った。
「確かに依頼の内容には同伴も含まれていますが、それはいわゆる『副産物』みたいなものでして」
「副産物?」
「ええ。これからそのことについて壁斑先輩にも話そうと思っていたとこなんですよ。丁度いい、お二人同時に聞いてください」
そう言って、相神は彼の、今回の本当の目的を語りだした・・・・・・・・。
皆さんご存じの通り、俺は藤岬学園高等部の、二年に通っています。クラスはD組です。
もともと総合遊戯研究部のメンバーは一年の白崎を除いて、みんなD組なんで、いつも吊るんでいたんですが、最近そのほかにも仲のいい連中ができまして。
その連中とは、ウチの学校の生徒会の面々なんですよ。
会長、副会長、書記、会計、庶務の五名いるんですが、なにぶんうちの部活の性質上、度々対立していて、その後に雨降って地固まる?的な展開で交友を深めたわけです。
まあここまではただの前座でして。
ここからが本題なんです。
生徒会連中と和解したのが大体三か月前、あの通り魔事件が終わったころで、それからが問題なんです。
生徒会の会長であり、ウチの小、中、高等部のトップである、黄城天我という、凄いセンスの名前を持つ女子がおりまして。
で、まあいろいろあって俺はその女子のことを好きになりましてね?
ええ。
けれども生徒会の庶務の黒藤欄人というこれまた凄まじい名前の男子も、黄城のことが好きだったんです。
俺と黒藤はその後、性格の違いもあってか度々の衝突の後、いろいろあって俺は黄城のハートを射止めることに成功しました。
良かったですね。
でもそれで終わりじゃただの下手なラブコメです。
実は、俺と黄城が付き合うことになったのはいいんですが、黒藤はそのことを知らないんですよね。
え?なんで言わないのかって?
・・・・・・まあ、黒藤ともいろいろありまして、なんだかんだで『お互い、頑張ろうぜ』みたいな青春万歳なドラマがあったんです。
で、黄城と付き合うことになったのがその翌日。
言えますか?言えるわけねえだろ!?
で、その場の流れというかなんというかずるずると・・・・・・・。
いまだに黒藤は、黄城と一緒に生徒会の仕事をするために放課後残ったというだけで、『相神、どうやらオレが一歩リードのようだな』なんて言うんですよ!?しかも若干嬉しそうに!!
言えるわけねえだろ!?・・・・・ということなんです。
けれどもこれで終わったらタダの愛憎劇の前振りです。
実は更に続きがあるんですよ。
・・・・・・総合遊戯研究部の、瑕村って覚えてますか?ああ、覚えてますか。
じゃあ、同じく総合遊戯研究部の、白崎って覚えてます?あの一人だけ一年の。ああ、覚えてらっしゃる。
あのですね。
生徒会のメンバーにですね。紫影さんという、書記をやってる一年上の先輩がいるんです。
とても頭のいい人で、『別に勉強しなくても、大学とか受かるから』って言って生徒会業務に精を出しているそれはもういい人なんですが、その人が何をどう間違ってしまったのか、瑕村なんかに惚れてしまいましてね?
そのことを俺は相談されたんですが、まあ助けてやるかと、総合遊戯研究部(瑕村を除く)と生徒会の面々でいろいろやったんです。で、結果二人はめでたく結ばれてハッピーエンドとはいかず、校内中の『紫影さんファンクラブ』の連中が瑕村暗殺の計画を企てましてね。
俺としてはそのまま放っておいても大丈夫かと思ったんですが、なにぶん皆が騒ぐもので、一応助けに入ることにしたんです。
で、俺が八面六臂の権謀術数、持てる策をすべて使って親友を救ったと思ったら、白崎が俺に告って来ましてね。
白崎は知ってるんですよ?俺と黄城が付き合ってるの。
なのになんで告白なんかしてきたんだって聞いたら、『私の方がふさわしいから』とのことで。
それ以来、白崎は俺と黄城の恋路を邪魔するのに勤しんでいるわけです。
で、さらにまだまだあるんです。
ウチのクラスに、悪野善人という奴がいまして。
名前に反して、滅茶苦茶いい奴なんですわ、これが。
まあそれはさて置きその悪野が、同じクラスの浮島沈という女子と付き合ってるんですね?
この浮島さんも『彼女にしたくない美少女ランキング』で堂々の一位をとるほど、容姿的にはかなりの可愛さなんですが。
それまで浮島と付き合っていたことを秘密にしていた悪野なんですが、どこから仕入れたのか、俺達の複雑な関係を知って勇気が出たと言って、自分と浮島の関係を公表してしまうんです。
しかも余計なことに、俺達の関係まで。
お陰で現在、クラスはぎすぎすした空気に包まれていましてね。
・・・・・・・ただ、何故か黒藤だけは奇跡的に、この話を知らないようなんですが。
で、今回先輩たちに依頼したいのは・・・・・・・。
「・・・・クラス内の、ぎすぎすとした空気を、夏季合宿の間に、修正してほしいと?」
相神のセリフを待たず、壁斑が言った。
「ええ。流石は名探偵、察しがよろしい」
「名探偵なら、こんな貧乏暮しはしてないさ・・・・・・まあ構わない。報酬は、オレ達を、夏季合宿という短い間ながらも安定した食生活を送れる、素晴らしい場所に同伴させることだ。OK?」
「ええ。好条件です」
流石に高校生相手に金をとるわけにはいかないからな。
かくして、俺と壁斑の二人は、藤岬学園二年D組をめぐる、愛憎劇へと巻き込まれてゆくのである。
時は流れ、当日。
『いやだ、オレはここを離れたくない』、などと依頼をすっかり忘れてほざく壁斑を引きずり、藤岬学園へと顔を出し、諸挨拶等を済ませた俺は、おおよそ依頼より一週間ぶりの相神との合流を果たした。
「あ、本当に来てくれたんですか」
「定期的な食事にありつけるのは、非常にありがたいんでな。いくら俺でも、毎日ゴハン定食では体を壊す」
「その、ゴハン定食とは?」
「俺の住むアパートの近くにある定食屋で、最も安い定食だ。メニューはご飯と漬物と水」
「せめて味噌汁はついてほしい・・・・・・・」
価格は驚きの三百円。
「しかし・・・・・・たかが三百円とはいえ、長良川さんとか、全く働かなそうじゃないですか」
「まあ、どうにか工面できるんだ。三百円くらいなら」
「成程」
何がなるほどなのかはさっぱりだが、納得している相神。
「ところで、いつも一緒にいる連中は今日はいないんだな」
「ええ。瑕村は紫影さんと一緒に生徒会連中といますし、大王崎は今回の夏季合宿の実行委員でいなくて、新風は暴走して『私も付いていく』とか言ってる白崎を抑えています。バスに乗ればこっちのモノですから」
初っ端からいろいろとぐちゃぐちゃだった。
「しかし相神、お前はつくづく面白いな。たかが高校生の三角四角関係程度で、探偵に依頼するなんて」
「まあ、壁斑さんに頼まれましたしね」
「・・・・・・頼まれた?」
俺は猛烈に嫌な予感がして、思わず訊き返してしまった。
俺の直感をつかさどる全ての器官が、悪い予感を示唆していた。
「ええ。あの人、どこから訊きだしたのか、俺達の関係の悪さを解消する代わりに、依頼という形で報酬として、自分らを夏季合宿に連れていくように要求してきたんです」
その壁斑は今、高等部二年の担当教員一人である美人女教師を口説きにかかっている。
「・・・・・・・・・」
俺は無言で拳を固めると、壁斑の方へと歩んでいった。
「・・・・・・・・痛いじゃないか」
真っ赤にはれた右ほおを押さえ、壁斑が言う。
ついに出発した、バスの中で。
クラスごとにAからDまでの四組で分かれてバスに乗るのだが、俺と壁斑は生徒側(主に相神達)の希望もあって、D組のバスに乗っていた。
奇しくも先ほど壁斑が口説いていた女性は、二年D組の担任だという。
「・・・・・だからね、オレは情報収集は大切だろうと、担任の先生に調査を・・・・・・」
「黙れ。口説いてただけだろ」
「親睦を深めるために、一緒に食事をしませんかと誘っただけだ」
「それを世間一般では口説くというんだ」
ただ、壁斑に自覚があるのか、大変怪しいところではあるが。
さて、このような学校行事における宿泊研修において、何をおいても他の追随を許さぬ、不動の地位を持つイベントと言えば、生徒主催の、様々な合間に行われるレクリエーションである。
例えば、バスレク。
このクラスでもそれらは企画されていたらしく、バスが高速道路に入ったところで、おもむろに一人の男子生徒がマイクを持ち、立ちあがった。
「レクリエーション、始めるぞオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」
『おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』
それは、俺のかつての高校生時代と比較してみても、異様なまでのやる気の入りようだった。
マイクを持った司会の少年が、一つ目のゲームのルールを説明している。
どうやら各ゲームの最優秀成績者には景品が、最低成績者には罰ゲームがあるらしい。
少年が、マイクを握り締めて言う。
「なお、このゲームは全員参加となりますので、担任の波江田先生は勿論、ゲストの長良川先輩や壁斑先輩にも参加していただきます。よろしいですか?」
別によろしくない点は見当たらなかったので、素直に頷く俺と壁斑。
「では、ただいまより・・・・・・・夏季合宿ゲーム大会、その第一回目を開催します!!!!」
司会が高らかに宣言する。
正直、この時俺が心のどこかで、『所詮高校生の遊びだ』と馬鹿にしていたことは否めない。
それはそうだ。事実高校生の遊びなのだから。
しかし、そうはいってもナメてかかるのは早計過ぎたであろう。
まさか、己がこの後どのような目にあうかも知らずに、俺はこのゲーム大会へと参加したのだった。