第四話―『生米』の正体はあろうことか炊いていないお米のことだったという衝撃の真実
「よう、遅かったな」
「ほざけ。電話から数分も経ってねえじゃねえか」
「数分も惜しいってことさ」
壁斑からの電話を受け、走ること数分。
呼びだされた公園広場には、壁斑に加え、総合遊戯研究部の連中がいた。
「紙野や警部には既に動いてもらっているから」
「それはいいんだが・・・・・おい、そこの高校生組。こんな深夜に出歩いて大丈夫なのか?」
「俺は両親は基本的に年中世界を飛び回ってますから」
肩をすくめる相神創一。
「ボクは親の反対押し切って、勝手に東京に来て一人暮らしです」
何故かヘッドスピンをしつつ答える瑕村優雅。
「自分の親は放任主義でな。よほどでない限り、『生き残る術』を叩き込んだ息子を、心配するようなことはない」
腕を組み、俺を見下ろして答える大王崎。
そういえば、こいつだけは名前を聞いていない。
「私はお忍びで。バレるとまずいですけど、よほどのことでもない限りバレないです」
「新風神輿。お前は今すぐ帰れ」
「ちなみに相神先輩と似たような理由で、白崎朗は今回の外出において何ら障害は認められません」
「そういう考え方も認められねえがな」
いよいよ呆れる俺に、壁斑が言う。
「手が足りないんだ。しょうがないだろ」
「ほかに頼む相手はいないのか・・・・・・・・」
「オレのわかる連絡相手なんて、こんなもんだ」
「・・・・・・・ハァ。もういい。壁斑、逃走した犯人を捕まえに行くぞ」
「その前に。今回の作戦を話しておこうか」
「ずばり言おう。今回の通り魔の犯人、それは・・・・・・・・・焼肉店『上々縁』の新人、奈良部だ」
公園のベンチに腰掛け、重々しく告げる壁斑。
それに対し俺は、頬を人差し指で掻きながら
「・・・・・・・・・・ええと。誰だっけ?」
と、返す。
「忘れたのか、第二話で焼肉を食べに行ったときに登場した、アルバイトの青年を」
「第二話?」
「いや、こっちの話だ。紙野の快気祝いに焼肉を食べに行ったときに、店長に一瞬だけ紹介されていた青年がいただろう?彼だよ」
・・・・・思い出してみれば・・・・・いたかもしれないし・・・・・・いなかったかもしれない・・・・・・
「あ、あのスポーツ刈りである点を除けばなにもなくなるような青年か?」
「そうだ。刑事ドラマや推理小説でもそうだが、本来注目されにくい人間というのは、犯人候補の大本命だ。例えば今回の事件で言えばあの青年がそうだ。一瞬、もうこんなシーンいらないんじゃないかという無駄なカットに登場し、それでいて何者かなどといった解説がさり気無くされている彼は、今回の事件における、間違いない大本命なのだよ!!!!」
拳を握りしめ、力説する壁斑。
俺にはよくわからない概念だった。
「オレは彼の素性を調べた。その結果、彼は九内町内でこそ影の薄い青年だが、自らの通う大学では、あまりいい噂をされない、少し行き過ぎた人間でね。知り合いからもあまりいい情報を得られなかった」
「で、何かわかったのか」
「まあ、いろいろとな。そしてオレはそれを、間暮警部に伝えた。これらの情報を踏まえたうえで、犯人を捕らえる方法を考える、と。しかし、犯人を告げられたことで少し焦ってしまった警部は、いきなり乗り込むなんて言うぶち壊しなことをしてくれた」
「成程、ぶち壊しだな。・・・・・で?逃げた犯人の居場所とかはわかるのか?」
「ある程度な。長良川、お前にはこれから一人で、犯人を直接捕まえてもらいたい。・・・・・・・できるか?」
「任せろ、それなりにな。じゃ、犯人の居場所を教えてくれ、メモするから・・・・・・」
九内町商店街、焼肉店『上々縁』。
とっくに店じまいをし、店主さえも去った店内で、その青年は。
逃亡中の、通り魔事件の真犯人は。
「オレは・・・・・・間違ってはいない・・・・・・オレは・・・・・・間違ってはいない・・・・・・・」
自分に言い聞かせるように呟きながら。
ある場所から、『ある物』を取り出した。
真っ赤に、真紅に輝くそれを見。
青年は、歪んだ笑みを浮かべる。
犯人がいるのは、『上々縁』の周辺らしい。
根拠は特に説明されなかったが、壁斑からの情報をもとに店へと向かう俺。
途中、俺と同じく協力のために駆り出されたとみられる、佐戸島嬲子を発見、そのまま引き連れて店を目指す。
「長良川さん・・・・・・私としては、目的が果たされようとしている以上、ここにいる深い理由はないのですが」
「そうか。俺は大ありだ。どうせならまきこませてもらうぜ」
走ること、さらに数分。
紙野の入院(そして最速のスピードで退院)した病院の付近。
種類豊富な肉が売りの、そこそこ人気の焼肉屋。
本格焼肉店、『上々縁』はそこにあった。
壁斑に聞いた、犯人の潜伏場所である。
「いいか、ここにはとっても凶暴な(予想)犯人がいる。俺はお前を盾にして突入する」
「勘弁してください」
「冗談だ。ただまあ、人手があったほうが便利だと思ったんでな」
「それなら例の後輩軍団を連れてくればよかったじゃないですか」
「ああ、あの連中は壁斑と一緒に別行動だ。犯人確保は完全に俺の仕事」
「そうなんですか、まあ協力するのはやぶさかではないんですが、いくつか疑問を解決させていただいてもいいですか?」
「構わんが」
「まず一つ目。この焼肉屋って確か、二十四時間営業って設定じゃなかったんですか?」
電気も消され、完全に閉店ムードの店を見て佐戸島が言う。
「それは、俺達が焼肉を食いに行った後、店長がインド旅行に行ったからだ」
「はァ・・・・・・ずいぶん急ですね」
「まったくだ」
断じて作者の設定ミスなどではない。
「二つ目。犯人が上々縁のアルバイトだったのなら、何故そんなすぐわかるような馬鹿な場所に隠れたんですか?」
「さあ?とっさに働いた、防衛本能と勘ってやつじゃないか?」
世の中、時々そんなことがある。断じて作者が適当に考えたわけではない。
「三つ目です。この店、鍵がかかってるんですけど、どうやってはいるんですか?」
確かに、店の扉には鍵がかかっている。
かといって俺は合鍵を持っているわけでもない。
だが、そんなことは関係ない。
「こうすればいいのさ」
俺は上半身を捻るようにして、右拳を振りぬく。
メキリ。
嫌な音とともに、扉が吹き飛んだ。
「・・・・・・・!!!!」
「さ、行くぞ」
絶句する佐戸島に一声かけ、俺は店内へと足を踏み入れた。
店の戸の方で、凄まじい音がした。
青年は一瞬体をビクリと震わせ、それからまた歪んだ笑みを浮かべる。
「・・・・・・・・・」
笑いをかみ殺すようにしていた彼は、しばらくして、『あるもの』を手に取った。
真っ赤に血ぬられたような色の、棍棒の様な物。
彼が通り魔の時に用いた、凶器の正体。
彼はそれを引きずるようにして、侵入者たちの方へと歩を進める。
己が起こす事件の、『最後の被害者』を生み出すために。
私は佐戸島嬲子。
九内町の住人であり、その隣町で拷問師・・・・・じゃなくて、取り調べ屋を営む、絶世の美女だ(自称)。
現在、元大学の先輩である壁斑当さんの依頼により、巷で話題の通り魔を捕獲すべく、壁斑先輩の友人で、少なくとも彼よりは尊敬できる長良川良助先輩と行動を共にし、犯人の潜伏場所に突入したところだ。
先ほど、店の扉を吹き飛ばした長良川先輩は、さりとてそれを誇るわけではなく、かといって申し訳なさそうにするわけでもなく、至ってナチュラルに私の前を歩いている。
「ところでさ、佐戸島」
「何でしょうか先輩」
「お前、ちょっとしゃがんでみてくれ」
「?」
意味不明な先輩の指示にも、従う私。
そしてその直後。
ブン!!!という轟音とともに、私の頭が先ほどまであった位置に、『何か』が通り過ぎた。
「!!!!」
思わず後ろを振り返ると、そこには誰かが立っていた。
その片手には、棍棒のようなものが握られている。
心なしかその色は、暗闇の中で、さながら血ぬられたように、赤かった。
「おお、やっと出たか」
佐戸島に出した指示が的確だったあたり、俺の感覚もまだ鈍ってはいないらしい。
佐戸島の向こう側に立つ犯人は、暗闇のせいでぼんやりとしたシルエットしか見えない。
だが、その手には何か棍棒のようなものを持っているのが確認できた。
「・・・・・・・・・・・・・」
人影はしゃべらない。
暗闇のせいで、表情も読み取れない。
「おい、そこの人影」
たしか本名を壁斑から聞いていたはずだが、忘れてしまった俺は、便宜的にそう呼ぶことにする。
「・・・・・・・・・・・・・」
「俺達を殺しに来るのはいたって自由だが、どうせなら俺を狙ってみないか?俺の方が多分、殺しがいあるぜ」
「・・・・・・・・・・・・・」
人影は相変わらず無表情だが、俺は構わず続ける。
「かかってこいや、根暗野郎」
よし、カッコよく決まったじゃないか、俺。
実際問題、奴が根暗かどうかはさして重要ではない。
「・・・・・・・・・・・・・」
人影は無言で棍棒を振りかぶり・・・・・・・・ビックリするぐらいの高速移動で、俺に襲いかかってきた。
「え!?ちょ、速いって!!!!」
焼肉台(焼肉を焼いて、みんなで取り囲むあの机を俺の貧弱なボキャブラリーで表現すると、こうなる)の狭い隙間を縫って、俺に接近する人影。
振り下ろされた棍棒を、俺は素手で(正確には手袋を嵌めているが)受け止める。
「痛エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!!」
「いや、そりゃそうだろ」
絶叫する俺に、クールな反応を返す佐戸島。
彼女はいつの間にか店の入り口の、かなり逃げやすい位置に移動していた。
しかし、敢えて掴んでみたことで、わかったこともある。
「おい、人影」
俺は再び呼びかける。
「・・・・・・・・・・・・・」
相変わらず、ノーリアクションだったが。
「お前の自慢の凶器の正体、わかったぜ」
・・・・・・・・・というか、手づかみまでしてわからなかったら、ただのバカだと思う。
「ところで先輩、ずっと気になってたんですが、例の通り魔の、特定不能の正体不明な凶器。先輩はなんだかわかりましたか?」
長良川先輩と別れてしばらく。
『ある場所』を目指しながら、俺は壁斑先輩に訊いた。
「それに気付くとは感心だな相神君。折角物語の鍵として登場した大事な要素なのに、誰も伏線の回収をしようとしなかった・・・・・というか忘れてたからな」
「ええ。ずっと気になってたんです。誰も話題にしないんで、もしかして触れちゃいけない事柄なのかと思ってたんですが」
「今はその答えを明かすわけにはいかないな。もう少し引っ張らないと、お話が続かない」
「話が続かない?」
「いや、こっちの話だ。・・・・・・そうか、相神君にもメタ設定はないのか・・・・・・・」
何事かつぶやく先輩の背中は、どこか寂しげだった。
「兎に角今、凶器の正体を明かすのは、諸事情によりできない。まあどの道犯人を捕まえればわかることだから、精々楽しみにして置きたまえ」
「はあ・・・・・・・・」
若しかしなくてもはぐらかされた俺。
気の抜けたような表情をする俺とは対照的に、表情を引き締めた先輩が言う。
「さて、諸君。これから我々は、『裏の活躍』に入る。表の功績は恐らくすべて、長良川に持って行かれるだろうが、これもまた大事な伏線なのだ。これから起こることは、どんな記録にも残らない。私たちの記憶のみに留められるべきものだ。そのことを胸に刻んでおけ」
俺達が『その場所』に入ったのは、奇しくも長良川先輩が、上々縁の入り口を強行突破したのと、同時だった(らしい)。
「お前の自慢の凶器の正体、わかったぜ」
俺は自信に満ち溢れた表情で、人影に告げた。
俺の遥か後ろ、既に逃げの態勢に入っている佐戸島が言う。
「それは本当ですか先輩!!!できればその正体をお聞かせ願いたいのですが!!!!」
「言われなくても教えてやる、こいつの凶器の正体は・・・・・・・」
っとここで俺はいったん言葉を切り、そして念を押すように佐戸島に尋ねる。
「佐戸島、これから俺が何を言っても、『はあ?』とか、『何それ』とか『意味分かんない』とか、言っちゃだめだぞ」
「?・・・・・・はあ、わかりました」
よくわからない、という表情をしながらも、頷く佐戸島。
それを確認し、俺は口を開く。
「こいつの凶器の正体は・・・・・・・」
今まで、数多くの人にけがを負わせたその正体は・・・・・・・・
「・・・・・・冷凍された、牛のブロック肉だ」
「・・・・・・・・はあ?何それ、意味分かんない」
よりによって念を押したワード全てを言われてしまった、俺である。
思えば、明確な答えとまではいかずとも、壁斑は惜しいところまで行っていた。
『赤色』で、『冷た』くて、『硬い』。
この三つの条件を最初に訊いた時、壁斑は『氷かそれに準ずるもの』と推理したのだ。
その正体は、冷凍された生肉だったわけだが。
丁度もも肉の辺りらしく、肉の付いていない部分の骨が、丁度良い持ち手のようになっている。
「凶器が冷凍生肉である利点。まず上々縁が焼肉屋である以上、調達が容易い。また、焼肉屋の店員が多少大きなブロック肉を持っていても、怪しまれない。少なくとも、九内町では。そして、三つ目の理由」
「三つめ?」
「三つめ、使用後の凶器は、そのまま店内で振舞ってしまうことにより、安易に処分ができる」
まあ、他に何かあっただろ、と突っ込みを入れたいところだが。
とはいえどの道、振り下ろされたりなんかしたら、危険なのには変わりない。
「っておい!!!会話中に狙うのは卑怯じゃねえか!?」
ほんの少しの小さな隙を突かれ、危うくまともに食らいかけた俺。
「畜生・・・・!!!焼肉屋でさえなければ・・・・・!!!」
本来なら、正直相手が多少危険な武器を持っている程度で、俺はケンカで負けることはない。
しかし今回は、上々縁の狭い店内で攻撃を仕掛けられているため、なかなか反撃に出ることができないのだ。
「おわわわわわ!!!今のは危なかった・・・・・・・・」
お陰で、防戦一方である。
「っと!!!!」
相手の攻撃を避けるために、後ろ向きに走っていたからだろうか。
薄暗い店内の油の飛び散った床で、俺は足を滑らせてしまった。
まるでゆっくりと、スローモーションのように落ちていく体と、同じようにゆっくりと迫りくる凶器。
今まで通り魔の被害者で死者はいない。
しかしそれは、通り魔が殺さなかったのではなく、きっと凶器が重すぎて、相手に大きなダメージを与えられなかったからだ。
つまり、殺さないのではなく、殺せない。
しかし今、彼を妨げる要因は一つもない。
俺が床に体を打ちつけた瞬間、振り下ろされた凶器は、俺を床とサンドイッチにし、俺を圧殺するだろう。
もう、終わりか・・・・・・・・・・・・。
軽く走馬灯を見た後、目を閉じる俺。
世界が暗転する。
そして・・・・・・・・・。
ガッ。
何か硬いものがぶつかるような音がして、俺は目を開けた。
見ると、人影の振り下ろした凶器は、俺の頭をわずかにそれ、床に突き刺さっていた。
「・・・・・・先輩、無事ですか」
「佐戸島・・・・・!!!」
どうやら佐戸島が、犯人の狙いをずらす為に、手元に何かを投げつけたらしかった。
「たまたまポケットに入っていた、ウチの鍵を使わせてもらいました」
良く見ると、人影の手の甲から血が出ている気がする。
大したものだ。
「一応例は言っておこうか。これで、俺の勝ちだ」
人影は今、俺にかぶさるような姿勢でいる。
俺は腹筋に力を込めると、天井をけるようなイメージで、両足を上へと突き出した。
ドゴッ、という、平和的でない音とともに、宙を舞う人影。
俺はその間に腹筋と重心の移動でたちあがり、落ちてきた犯人の顔面に、タイミングを合わせて、綺麗な右ストレートを決めた。
「食べ物を・・・・・粗末にすんじゃねエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」
表現し難いグロテスクな音共に床を高速で転がったのち、人影は。
一瞬ビクリと体を震わせて、動かなくなった。
「・・・・・・先輩」
「安心しろ、死んじゃないないさ。なにしろ俺の手袋は、知り合いの発明家が作ってくれた特注品だからな」
探偵業を続けていると、暴力が必要な時もある。
そんな場合、壁斑なんかよりも圧倒的に強い俺の出番なわけだが、俺のパンチは少々強烈過ぎて、過剰な怪我をさせてしまうらしい。
「で、こいつは俺のパンチの威力を、十分の一以下にできる特別製なんだと。お陰で今までぎりぎり人を殺したことはない」
「・・・・・十分の一で扉を壊したり、人を吹き飛ばしたりできるんですか・・・・・・」
冷や汗を流す佐戸島。何をそんなにおびえているんだ。
「まあいいさ。兎に角、こいつを戦闘不能にした以上、俺達の勝ちだ」
俺は最後はきちんと締めようと、改まって言う。
「これで、今回の事件は解け・・・・・・」
「おお、長良川。なかなかの働きじゃないか」
「そうは言うがね壁斑君。これってちょっとやりすぎじゃない?」
「まあ、アイツ元ヤンだから」
「マジで」
いきなり乱入してきた、壁斑、間暮、紙野の三人に、さえぎられる。
「まあこれで、今回の事件は解決だな」
壁斑には、せりふさえも奪われた。
「・・・・・・犯人は奈良部義也二十歳。近所の大学の一回生だ。取り調べでも犯行は認めてるし、スムーズに事が進みそうだ」
事件解決から数日後。
事務所に顔を出した紙野から、俺達は事の顛末を聞いていた。
「奈良部は大学内でも、少々異常な性格の持ち主だったらしくてな。よく問題を起こしていたらしい」
「その割にはバイト中は普通な奴だったがな」
「そう、今回話しに来たのはそのことなんだ」
俺の何気ない一言を拾って、びしっと人差し指を突き立てる紙野。
「長良川。以前僕がお前に、『この街には人の欲求を解き放つ不思議な力がある』と言ったのを覚えているか?」
「ああ。それがどうした?」
「いや、その奈良部がな。僕に行ったんだよ。『九内町にいる間、俺の心は大学にいるときなんかと比べ物にならない位に穏やかで、おとなしかった』ってな。それで通り魔起こしてたんじゃ世話ないが、僕は勝手な推測でこう考えたんだ。もしかしたら、奈良部の抱えていた欲求とは・・・・・・・・」
そこで紙野はいったん言葉を切り、軽く深呼吸して言った。
「『普通でありたい』ってことだったんじゃないかとね。そう考えるとさ、なんだか虚しくなってな」
ここは、『日本一変態の多い街』九内町。
様々な特性や個性を持った、自由人の暮らす町。
この街の変態は皆口をそろえて、異口同音に言う。
『この街には、今まで抑えていた欲求を解き放つ、不思議な力がある』、と。
そんな街で探偵を務める俺と壁斑には、今後も何ともバカバカしい、多種多様な事件が待ち受けていることだろう。
それでも、名探偵なわけでもない俺達は、それらに縋るしかないのだ。
ただ、最近では。
そんな日々も悪くないかな、と思い始めている俺である。
・・・・・・・・・・・・いい感じに向こう側の人間の色に、染まりつつあるということだろうが。
第一部(の様な物)が終わりました。
次回からはまた別の事件にシフトしたいと思います。
下らない、いまいちなオチで終わりましたが、それでも僅かでも楽しんでいただけたのなら、幸いです。