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名探偵なら苦労しない  作者: 黒井白紙
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第十一話―水兵リーベー僕の船、最低限クリプトンまで覚えることが課題だったあの夏の日のころ

一体、何がどうなっているのか。

悪野の彼女は見つからない。

超酸コーラは盗まれる。

水曜館は萌えて・・・・・じゃなくて燃えている。

ただの付き添いで来たはずなのに。一日三食食える、割のいい仕事だったはずなのに。

何故、こんな目に合わなくてはならないのか。


「・・・・・と長良川良助は大きくため息をつき、己の不運を呪った。否、全ては壁斑当の責任だ。あのおよそ名前からして経営者には向かない全力揉め事生産者(トラブルメーカー)のせいなのだ。かくなるうえは、いっそのこと・・・・・・・」

「人のモノローグを途中から奪ったうえに、変な妄想を継ぎ足すな」

「あれ?精一杯長良川さんの心情を再現してみたんですけど、違いました?」

「60点だ。俺は別に壁斑を今回ばかりは恨んではいない。珍しくな。理由を聞きたいか?」

「ええ、ぜひ」

「この依頼を持ってきたのは、総合遊戯研究部(おまえら)だからだ。特に、相神」

「ああ・・・・・・・そういえば、そうでしたね。ていうか依頼しましたね、俺」


水曜館が燃えている、という壁斑からの電話を受け、俺達はさらに二手に分かれ、俺と相神は水曜館に戻ることにした。

いや、例え俺達が戻ったからと言ってどうにかなるわけではないのだろうが、何故かここで戻らなければ、事件が進展しないような気がしたのだ。

「お話の展開上、いたしかたないことですね」

「・・・・・お話の展開上?」

「こっちの話です」

妙なことを口走る相神に首を傾げつつも、俺は水曜館に向かって走り続けた。



「・・・・・・ここは・・・・・・・?」

少女、浮島沈(うきしましずみ)は、自分が縛られて、どこか薄暗い場所に転がされているという状況を、闇になれない目でかろうじて認識することができた。

皆から離れたほんの数分、階段の踊り場で何者かによって意識を奪われた彼女は、まだぼんやりとする頭で、状況分析を続ける。

(ここはどこか倉庫の一室、私は全身を拘束されて、コンテナの様なものに転がされている。今は何時だろう・・・・・・・)

首を無理やりねじる様にして、後ろ手に縛られた手首にはめられた、デジタル式の腕時計を確認しようとする。

しかし、あったはずの腕時計は、取り外されていた。

(腕時計のほかにも、ポケットの中からいろいろ抜き取られてるみたい・・・・・・・。時間を知られると不都合なことでもあるのか、或いは・・・・・・)

思いのほか冷静な自分。

浮島には、おおよそ一般人に比べて『危機感』というものが薄い。

悪野ならば、誘拐された上にわけのわからない場所に転がされても大して焦るわけでもない彼女を見て呆れてため息の一つでもつくかもしれなかった。

彼女は冷静に分析をつづける。

彼女が、自分を誘拐した犯人についての考察をめぐらそうとしたその時。

倉庫の戸が開かれ、一人の男が入ってきた。



俺のポケットの、携帯が鳴っている。

大音量で、『ボレロ』を奏でている。

しかしながら、全力疾走中の俺には、出る余裕がない。

「長良川さん、携帯鳴ってますよ」

「わかってる。だが出られるほど余裕がない」

「まったくです。もう少しゆっくり走ってくれません?」

「・・・・・・・・わかった。じゃあ少しスピード落とすぞ」

余裕ができたので、電話に出てみる。

「ウィウィウィーッス!!!炭酸部部長、弾ば」

「切るぞ」

ぷつん。つー、つー、つー。

出なければよかった。膝の力がつい、抜けてしまった。


路地に出て、右に曲がり、左に曲がり、左に曲がる。

水曜館・・・・・というか、黒煙に包まれた何かが見えてきた。

当然のように消防が来ていて、立ち入り禁止の状態で消火活動が行われていた。


「消防も来てるみたいだし、大丈夫か」

「でも結構火の勢い強いみたいですし、危ないですよ?」

「大丈夫だよ。壁斑の電話から結構時間経ってるし、流石に残された奴なんていな――」

携帯がボレロを奏でる。嫌な予感がした。

「・・・・・・・もしもし」

『・・・・・もっしー、長良川~?』

「・・・・・・・壁斑か」

『頼みがあるんだけど・・・・・・。ごめん、壁斑当ならびに新風神輿、大王崎灰次郎、三人そろって、取り残されちゃいました』

「・・・・・・・・・・・」

俺は、今世紀最大級の、大きなため息をついた。


どうやら、壁斑は俺のことを、大抵のことでは死なないスーパーマンか何かと勘違いしているらしい。

俺だって人間だから、炎が熱くないわけないし、やけどしないわけないし、焼け落ちた木材なんかに下敷きになったら死ぬ。

俺は人間だから、失敗もするし、後悔もする。

俺は、消防の人たちの制止を振り切って、水曜館に踏み言ってしまったことに、後悔している。


『悪野の件は俺に任せて、長良川さんは心おきなく人命救助にいそしんでください』

携帯の向こうで、相神が訊いてもいないことを言いだす。別に俺は好きで人命救助にいそしんでいるわけじゃないし、正直こういうのは消防(プロ)の人に任せるべきだと思う。

まあ、退路も燃えて、あとがないんだけれども。


壁斑たちが取り残された、食堂は二階の一番奥の部屋だ。

燃えて倒れてきた柱の一本を、実は耐熱しようでもある友人特性の皮手袋で受け止め、さらに落ちてきた二、三本を巻き込んで弾き返す。

上から落ちてきた電灯を躱し、閉まっているドアを蹴りで叩き破る。

火の手は既に水曜館全体を包んでおり、入ってくる前に全身滴るくらいに被ってきた水も、既に乾きつつある。

髪の毛の端が、かすめた炎で焦げる。

せめて目の前の火を防げるように、消化器くらいは持ってくるべきだったか、と後悔したが、既に後の祭りだ。

俺はまたため息をつきながら、壁斑たちの取り残されたという、食堂を目指す。

燃えた床が抜けて、上階から物が落ちてくる。

煙を避けるために低くした姿勢のせいで、関節が軋む。

無理な姿勢のまま、全速力で走っているから、なおさら軋む。


落ちていた何かに足を取られ、炎の中に転がりそうになる。

片手をついてハンドスプリング、着地。

見れば足を取られたのは、誰かのかばんらしかった。逃げる途中で、捨てて行ったのだろうか。


食堂に近づくと、火の勢いが酷くなってきた。

髪の毛、というか全身がチリチリと、焼かれているというほどではないが、炙られているかのような気分になる。

ズボンの裾に、とうとう引火した。思っていた数倍熱い。

無理やり火を壁に押し付けて消しながら、俺はまだ走り続ける。

食堂の扉が見えた。

俺は無言で、扉を蹴破った。



「なかなかつらいサウナ気分だったぜ」

食堂には壁斑が一人でいた。

「他の連中はどうした?」

「窓から放り投げたさ。下で消防の人にキャッチしてもらった」

「じゃあ俺は必要ねえじゃねえか」

「そうでもないよ?というか俺がわざわざ残ったのは、お前が来るのを待ってたからさ」

「・・・・・・なんでだ」

「何でだってそりゃあ・・・・・・・・」

壁斑が言いかけた瞬間、部屋の中の何に引火したのか、炎が一層強くなる。

「やばい!!!逃げるぞ!!!」

「逃げるってどこへ!?」

「窓だ!!!ぶち破って飛び降りる!!!」

「ここ二階じゃなかったっけ!?」

「グダグダぬかしてんじゃねえ!!!」

適当に壁斑の首を掴んで、窓を割って飛び降りる。

飛び散る数枚の破片が頬に細い傷を作った。


ダン!!! 両足に強い衝撃が伝わり、体中がしびれるような感覚になる。

某未来少年になった気分だ。


俺のすぐ後ろで、水曜館が完全に焼け落ちる。

無残に瓦解していく館を眺めながら、俺はさっきから鳴っている携帯に出た。

『長良川さんですか!?相神です!!!緊急事態です!!!』

電話の向こうから、相神の焦るような声が聞こえる。

『大至急来てください。大王崎と新風、瑕村ももうこっちに合流しています、壁斑さんも連れて、早く!!!』

「おい、どうした、何があった、」

電話の向こうから、人が争っているような音がする。いや、争っているというよりむしろ、一方的に、虐げられているような音が。

『早く、とにかく早く来―――』

電話が、切れた。

「相神、相神ィィィィィィィィ!!!!!」

「・・・・どうしたんだ、長良川」

壁斑が、不安そうな表情で聞いて来る。

俺は今しがた耳にした事実を、そのまま伝える。

「相神達が、やられた・・・・・・・・。恐らく、全滅だ」

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