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名探偵なら苦労しない  作者: 黒井白紙
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プロローグ

1996年の二月。

東京都の九内町、通称『日本一変態の多い町』では、ある『通り魔事件』が横行していた。


「またやられたワイ・・・・・」

警部――間暮通(まぐれとおる)がそのピンとたったひげをしごきながら言う。

「今回でもう五件目、一週間でこれだけやられたことを考えれば、相当なモンだな」

「不謹慎なこと言わないでください警部。首飛ばしますよ」

「え、あっさりと言わないでよ」

物騒なことを言う警部を、何故か毎回事件のたびに現場に出てくる九内署の副署長にして警部よりもはるか年下の二十代、警部の元部下でもある紙野様次(かみのさまつぐ)が窘める。

「もうこれ迷宮入りでいいんじゃね?もうメンドイよワシ。どうせ被害者も犯人の顔こそ覚えていないものの、全員気絶で済んでるわけだし?もうそれでハッピーエンドでええやん?」

警察とは思えない台詞を紡ぐ警部に対し、紙野は依然、冷静に切り返す。

「似非関西人はやめて下さい警部。ぶっちゃけた話、警部は所内では『新人登竜門』って呼ばれるくらい、嫌われてるんですから。自重しましょう、そして現実を見ましょう」

「なまじ敬語なだけに、毒舌が辛辣に感じる・・・・ッ!!!!」

「まあわざとですけどね」

「ワザとなの!?」

全くと言っていいほど現場にそぐわない会話を交わす二人。

実は警察の二人は今、ここ最近話題となっている『赤い通り魔事件』の捜査に赴いていた。

一週間で五人もの人間が被害にあったこの事件は、今のところ被害者は全員気絶で済んでいるものの、被害者たちに共通する『赤いものが見えた』『何か冷たいもので殴られた』『犯人は白い服だった』という三つの証言と、犯行に使用された凶器が全く特定されないことから、その知名度を高めている。

「しっかしなあ・・・・・狙われた被害者はサラリーマンに学生に主婦にニートに露出狂まで・・・・明らかに無差別犯行だし、凶器もわかんねえし、場所は人通りのない通りだし、手がかりねえし、なにも推理できる要素ねえじゃん?」

「五人目の被害者の露出狂は、正直我々としては不審者逮捕につながったので助かりましたがね」

「なにせ九内町は『日本一変態の多い町』だからなあ・・・・・・」

九内町。バラエティ番組などでも時々取り上げられる、『日本一変態の多い町』である。

「犯人を探そうにも、候補が多すぎてどうにも・・・・・・・」

「じゃあなんですか、いっそ、探偵でも雇いますか?ボクの知り合いに腕のいいのがいますけど」

「え、探偵とか知り合いにいるの、凄いね紙野くんは」

「まあ、変態なんですけどね」

「だめじゃん!!!」

「いやまあ、大丈夫だと思いますよ。比較的変態としてもソフトなほうですし・・・・・腕は確かです。俺が警部を追い抜いて副署長まで出世したのも、あいつらのおかげですしね」

「まじで?そんなに凄いんなら・・・・雇っちゃう?上には内緒で」

「雇いますか?じゃあ今から行きましょう、善は急げです」

そう言って歩き出す紙野と間暮。

こうして、探偵と助手、この物語の主人公たちは、事件と関わることになるのである。



町の中央の、まだまだ活気あふれる商店街。

その一番通りを抜けて左に逸れた横道にある雑居ビルの三階。

そこには、『探偵事務所』とだけ書かれた、事務所がある。

俺、長良川良助(ながらがわりょうすけ)と、相棒(?)の壁斑当(かべぶちあたる)の経営する、探偵事務所である。


「・・・・・・・依頼、来ねえなあ・・・・・・・」

「言うな良助。言えばますます来なくなるぞ」

「・・・・・ていうかさ、壁斑。お前まず、名前的に向いてねえじゃん。経営者に。『壁ぶち当たる』とか、波平さんの髪型もビックリなネーミングセンスだよ」

「言うな良助。波平さんだって好きであんな髪型になったわけじゃないんだ」

波平さん、フォーエバー。

「・・・・・で、依頼を持ってきてやったんだが、最高にだれてるな」

気がつくと、応接用のソファーに、久しぶりに会ったもと高校のクラスメイトの紙野と、知らない中年男性が座っていた。


「ボクの元上司にして現部下の、間暮通警部だ。今は、噂の通り魔事件について捜査中」

「その紹介やめてくれない?なんだかワシ、無能みたいじゃん・・・・・・」

「事実無能ですしね」

「「・・・・・・・・・・」」

閉口する俺と壁斑。

そういえば紙野は高校のころから、毒舌家だった。

「まあいいわ、もう慣れたし。・・・・・で?紙野の紹介にあった変態の探偵はどちらかな?」

「おい紙野、お前どんな風に俺たちを紹介したんだ」

「安心しろ良助。お前のことは(・・・・・・)悪くは言っていない」

「成程、つまりオレを変態だと言ったわけだな」

「そうだ壁斑。よくわかったな」

「成程、彼が変態だけど腕のいい探偵だという壁斑当くんか。警視庁九内署の間暮だ。よろしく」

「は、はあ・・・・・・よろしくお願いします。というか初対面の人をふつうに変態呼ばわりできるやつを、紙野以外に初めて見ましたよ」

「まあ、なんというか癖が移ってしまってね。・・・・・で、さっそく依頼の件なんだが・・・・・」

「さっきの紙野の紹介を聞く限り、やっぱり最近話題の通り魔事件ですか」

「ああ。紙野の紹介の君たちを、内密に雇いたい」

「いいですよ、一日一万円七日間コースで」

「七日間!?」

驚愕の表情を浮かべる警部と紙野。

けれども別に壁斑が七日で事件を解決できるほど才能あふれる名探偵なわけではない。

ただ、この事務所を立ち上げたときにコースをいくつも作るのが面倒くさくて、このコースしか作らなかっただけだ。

正直、いままで受けてきた依頼なんて大きなものでも町内会長の浮気調査レベルなので、このコースだけでも十分やれていたのだが。

「な・・・・・七日間だと・・・・・・ここまでの圧倒的な自信、紙野君。正直なところ、ワシは今の今まで、君を疑っておった。だが・・・・・・この探偵は、本物だ・・・・・」

お陰で警部さんが、なんだかすごい勘違いをしていた。

「は、ははははは・・・・・よ、よよ余裕っすよ七日間で、ハハッ・・・・・・・」

過度の期待をかけられて、壁斑も思わず適当に話をあわせている。

「じゃあ、さっそく頼もうかな」


「・・・・・・で、参考までに聞いておきたいんですけど、犯人の容姿、特徴などは?」

気を取り直して、俺たちは事件を調査することにした。

「わからん」

「そうですか、わからん・・・・・・っておい、ちょっと待てやコラ」

「何だね?」

「あんた警察だろ?・・・・・まさか、自分から依頼しておきながら、『守秘義務』とかいうほざくつもりか?ああ?」

「良助、素にもどってる」

「ああ。・・・・・・・で?わからんってどういうことですか」

「だからわからんのだよ。赤く冷たい凶器、白い服。それ以外の特徴は一切確認されておらん」

「そんな・・・・・・そんな情報、普通にニュースでもやってましたよ」

「例えニュースでやっていても、それがすべてだ。それでも一応、『白い服』という容姿的な特徴はふくんでいるが」

「まあ、白い服なんて着てるやつは滅茶苦茶たくさんいますけどね」

「それより、オレとしては大事なのは、『冷たい凶器』って部分だと思いますよ」

さっきから手帳に何かまとめていた壁斑が言った。

「普通、頭を気絶するぐらいに強く殴られたら、痛みのせいで、『硬い物で殴られた』程度の印象しか残らないはずです。なのに『冷たい』と感じたということは、凶器はかなり冷たい・・・・・恐らくは氷やその類ではないかと推測されます」

「氷か・・・・・だが、何故氷を?」

「氷とは言っていません。それに準ずるものです。まあ敢えて氷で利点を述べるなら、炎天下の続く今日この頃、凶器として使った後に、簡単に溶かせます」

「成程。凶器は氷か」

「だからそれに準ずるものです。何回言わせるんだ。あんたは馬鹿か」

「壁斑。素に戻ってる」

「ああ。・・・・・・・・・・・・まあいいです。とにかく、情報がないのはよくわかりました。なので、オレ達は独自の調査方法を使わせてもらいますよ」

「構わない。ワシらも何かわかったら連絡しよう」

こうして俺たちは、連続通り魔事件と、関わるわけだ。



警部と紙野が帰ったあとで。

「・・・・・・・・で、どうするんだ壁斑」

「・・・・・・・・で、どうしようか良助」

「国家機関が何の証拠もつかめないような事件を、ただの一般人に解決できるわけないだろ」

「・・・・・・・・良助、オレがなんで探偵なんて始めたか、知ってるよな」

「・・・・・・・・・ああ。就職氷河期で、俺もお前も就職できずに、フリーターになるのも嫌だったから、楽そうな職業として、探偵事務所を立ち上げたんだったな」

「・・・・・・・・・・そうだ。つまり、オレ達は『ホームズに憧れて』とか、『俺は生まれながらにしての名探偵だ』とかほざく、鬱陶しいミステリ小説の探偵とはわけが違う。憧れも熱意もなく、ひたすらに現実逃避な考え方で探偵になったわけだ」

「・・・・・・・・・そんな絶望的な材料を並べてどうする」

「つまり・・・・・・・・・・・どうしよう」

「俺に聞くな」

事件にかかわるのは簡単だ。

探偵役になるのも、簡単だ。

けれど、犯人を捕まえるのは、本当に難しい。

「ここは現実、小説の世界じゃない。・・・・・・まあ若しかしたら、そういう設定の小説の中の世界かもしれないが、それはさておき現実と仮定するなら現実である以上、主人公補正もホームズが持っていた、どこから手に入れてくるんだそれ、みたいな情報源不明の無駄知識もない。さらに言うなら、オレ達は頭が切れるとは言い難い。オレはともかくおまえは言い難い」

「どういう意味だコラ」

「そういう訳でだ。オレは、情報源不明の無駄知識はないが、情報源不明の情報屋を使おうと思う」

その言葉を聞いて、俺は凍りついたように体が動かなくなった。

「情報源不明の情報屋・・・・・・・・・・・まさか」

「ああ。そのまさかだ(・・・・・・)。オレは、『パパラッチ』を使おうと思う」

『パパラッチ』。かつて、俺達の高校には、そう呼ばれた『伝説』がいた。


俺達の事務所とは間逆の、商店街三番通りの西に抜けた先。

怪しげな地下への階段が、ぽっかりと空いている場所がある。

『九内新聞社』。町内新聞、『九内タイムズ』を作っている、新聞社だ。

そして、そこの編集長、真狩曲(まがりまがる)は、俺達の高校の二年先輩にして、『伝説』と呼ばれた男である。


「やあ、君たちがここに来ることは、三分十二秒前に情報提供番号A-12番さんが教えてくれていたよ。久しぶりの再会にまずは乾杯しようじゃないか、長良川君、壁斑君」

「久しぶりですね真狩先輩。新聞部ではお世話になりました」

「先輩、オレ達は今、ちょっと調べてほしいことがあって・・・・・・」

「その情報もすでに七分二十九秒・・・・・おっと、いま三十秒前になったが、情報提供番号D-48番さんが教えてくれていたよ。最近話題の通り魔を調べているんだってねえ。もちろんあるさ、それも話題のテーマだから腐るほどにね。織河、資料を頼む」

「わかったー、今持って行くー」

そう言って一人の女性がたくさんのファイルを抱えて持ってきた。

「おお、長良川に壁斑。ひっさしぶりぃ」

「どうも、織河先輩」

彼女、織河砧(おりかわきぬた)も、高校の先輩である。

彼女も二年上の先輩で、何をどう間違ったのか真狩先輩の彼女というポジションにいた人である。

「やっとまともな仕事が入ったのか。いやまあ、お前らが儲かってねえって話は聞いてたからさ、ウチの組を動かして協力してやろうかとも思ってた頃だったから、いやあ良かった良かった」

ちなみに彼女の実家は、ヤのつく自由業の方がたくさんいる、ちょっぴり怖いところだ。

「情報提供者、列挙しようか?まあ正確には情報提供者番号だけれども」

「いえ、いいです。どうせわかりませんし」

情報提供者番号、というのは、真狩先輩のもつ正体不明のネットワークの、数々の情報源につけられたコードネームのことだ。A-1番から現在R-29番までいて、現在もちゃくちゃくと増え続けるその情報源達を使って、かつて先輩は学校の頂点に君臨し続けていた。

「いやな言い方はやめなよ、僕はただ普通に情報を集めていただけさ。そして、奇遇にもそれらが僕が新聞部に所属していたという偶然と相まって、凶悪なものに変わり、そしてそれらを勝手に恐れたやつらが、僕を祭り上げただけ。つまり、僕はなにもしていない」

「先輩は、『オレ勝ち組~っイエエエエエエエエエエ!!!!』と言いたいわけですね」

「ぜんぜん違う。君の振りまいた誤解を解いただけだ。・・・・それより、君も資料を読んだりしたらどうなんだい?それとも調査は壁斑君の担当かな?」

壁斑はさっきから、警部の話を聞いていた時のように、手帳に何かメモをしてる。

「・・・・・先輩は、これだけの情報を持っていながら、警察には提供しようとは思わないんですね」

「ああ。求めてこないものには与えない。それが僕のモットーだからね。・・・・・・それに、警察に情報を提供なんてしたら、情報源を問いただされるだろう?答えることは、僕の信用にかかわるからできないんだよ。情報源がなければ、僕はただの無力な一介の一般人にすぎないからね」

いろいろとあるのさ、僕にも。といって先輩は笑うと、ポケットから一枚のメモ用紙を取り出した。

「明日の午後三時ごろ、この場所に行ってみるといい。君たちが求めているものに出会えるよ」

紙には、商店街からは少し離れた、住宅街の名前が書かれていた。



帰り道。

俺達は、露出狂に遭遇した。

「ヒャハハハハハハハハハ!!!!部長がなんだ!!!!妻がなんだ!!!!体裁がなんだああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!世界よ笑え!!!

俺を笑え!!!!好きなだけ笑エエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエ!!!!!」

・・・・・補足説明。この街は、さっきまではあまり意識していなかったが、『日本一変態の多い町』である。露出狂やストーカーなんかは、日常茶飯事だ。

たとえば隣にいる壁斑だって・・・・・・・・・

「・・・・って壁斑、お前どこ見てんだ。露出狂は向こうだぞ、あとお前携帯持ってるだろ、俺は持ってないから、通報しろよ」

「・・・・・・・・美しい・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・は?」

その視線の先には、集団下校中の小学生たち(変質者の多いこの町は、子供を守ることに関しては万全の態勢でいるため、集団下校なんかは当たり前に毎日やっている)。

・・・・・・・・の、中にいる女の子の一人。

多分、小学六年生ぐらい。ポニーテールとアーモンド形の目が活発そうな印象を与えている。

「・・・・・・・持ち帰りたい・・・・・ッ!!!!」

「壁斑、お前・・・・・いつか必ず犯罪起こすぞ」

壁斑当は、お察しの通り、ロリコンである。


ちなみに、その後変質者は魚屋の一人息子で今年大学生の福本君によって通報され警察へと連行されたそうだ。


夜。自宅のおんぼろアパートにて。

俺は先ほど見てしまったショッキングな光景をフラッシュバックさせながら、考える。

うちの町は確かに、変質者が多い。

しかし、全てがすべて悪い奴というわけではないのだ。

壁斑が良い奴・・・・・・かどうかは微妙なところだが、『女なら誰でもOK』というレズだった後輩の切子さんは女性専門のカウンセラーになり、元ストーカーの大黒君は刑期を終えたのち、スタジオを開いた。悪い奴らばかりでもないのだ。

そういえば昔、紙野が言っていた。

「この街の、逮捕された変態どもはどいつもこいつも口をそろえて言う。『この街の空気は、自分の抑圧された、爆発しそうな感情を解き放ってしまう、不思議な力がある。今までは抑えられていた欲求が、抑えきれなくなる、と。バカバカしい話だが、この街の自由な人たちを見ていると、あながち嘘でもないのかもしれないな」

この街の空気には、自分の欲求、欲望を解き放つ力がある。

毎晩つけている日記の今日の欄に短く一行だけ書き込み、俺は眠りに就いた。

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