表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒い檻  作者: きてつれ
4/4

第四章

「昨日は何食べたんや?」


 宮地和哉が素っ気なく青山智和に尋ねた。


「青色5番です」


 宮地は天井を見た。青山は下を向いたままだった。


「番号聞いてんとちゃうで? 何を食べたんか、聞いてるんや」


「……拷問なり尋問なり好きにしろ。俺はもうお前らに捕まったんだ」


 宮地は頬杖をついて青山を見る。


「そないなことしたら、わしが捕まるやんけ。なぁ神崎」


 宮地は後ろに控えている神崎亮介に言った。神崎はまぁまぁと言った顔で宮地をなだめる。


「もう一回、聞くで? 青山さん。あんた昨日は何食べたんや?」


「俺は青山じゃない。水野だ」


「ちゃう。あんたは青山や。青山智和、せやったやんな?」


「はい。そうっすね」


 青山がつらそうな声で言う。


「もういい。俺を殺せ。どうせ、お前ら闇の組織の活動を邪魔したから、こうしているんだろ? ならもういい。殺してくれ。その方がお前らの命も助かるんだろ」


「神崎。こいつ何言うてんねん。何遍も言わすな。ここは取り調べ室で、あんたが起こした事件を今、聞いてる最中やねん。録音も録画もしとる。お前を脅せば、俺の首が飛ぶ」


 青山は豹変したように声高に言う。


「そしたら俺が解体したるわ」


「は?」


 宮地は怯まずに青山を見つめる。青山はギョッとして肩を竦める。


 宮地が捜査資料を読み返していると、神崎が宮地の耳元で伝言をする。


「こいつやっぱり、精神鑑定行きですかね。六人も殺しておいて、流石にそれは、僕らとしても、許せないものがあります」


 宮地は一息つくと、神崎に「分かった。分かった。神崎、俺らの仕事、分かっとるか?」と冷たく言うと、「すみません……」と静かに謝り後ろへ下がった。


「それで青山さん。あんた、刑事さんの振りしてたんやってね。そん時の名前が水野秀和。よう考えはんなぁ。小説家になれるんとちがう?」


「知らない。俺は水野秀和なんだ。誰が、どう言おうと、俺は水野秀和だ」


「自己暗示かいな? でも、あんた、自分とこの奥さんと子供、喰っとったんやで? 自覚あるんか?」


 青山は顔を真っ青にして、耳を塞いだ。


「耳塞いでも、なんも変わらんで? なぁ、青山さん。あんたは誰を食べたんや? 昨日、月曜日に」


 青山は震え出して、首を横に振る。そして泣きながら言う。


「知らない。知らない。俺は、俺は。…………うるさい! うるさい! 松下。廣瀬。……千尋。俺は。俺は悪くない。俺じゃないんだ……」


「涙が出るっつーことは、判別ついとるやんけ。お前が食べたんやな? 青山」


「……人肉を食っていたのはお前たちだろ。宮地、神崎。お前たちを俺は捕まえる。警察だなんて嘘をついて逃げようったって、どこまで追いかけ――」


「下らん、嘘を言うな! お前は人を殺しておいて、その被害者を想っている人間たちを馬鹿にした挙句、俺はやってないって嘘を言いやがって――」


 青山の声を遮って、大声で怒鳴りつける神崎。宮地は片手で神崎が殴りかかろうとするのを止めている。


「神崎。神崎! 落ち着けや。お前が飲まれてどないすんねん」


 宮地が神崎の腹を肘でどつく。神崎はお腹を押さえて、後ろに退く。


「やり口を変えましょか。青山さん。あんた、S県との境に行ったみたいやね。そこでどないな怖い出来事があったか、教えてくれませんか?」


 青山はまた顔を真っ青にする。


「……言っても、誰も信じてくれませんよ。自分が見た怪物の話なんか。ただの嘘っぱちだって、挙句の果てにはお前は精神異常者だって、罵ってくるんです」


「ほう、それは誰に?」


「警察署の仲間たちです。あそこには誰も俺の見方はいない」


「なるほど。それで、何があったんです? 気になるわぁ。単純に興味あるし、聞いてみたいもんですわ」


 青山は蜘蛛老婆の事を宮地に説明した。洞窟の内部の構造も、そこで行われていた残虐な行為も。


「はあ、なるほど。ほんま、小説家にでもなったほうがええ能力ですわ。その創造性。それで、その洞窟内では誰の死体がありました?」


「きいろと美鈴です。特にきいろちゃんは、可愛いんですよ。美鈴と同級生なんですが、結構大人っぽくて、髪も肌もきれいで、触りたい。それで、きいろちゃんがそこで……」


「廣瀬きいろさんがあなたに食べられていた、と?」


「そうです! きいろは鈍器で殴ってから、わざわざ運んだんですよ。洞窟内まで。そこで、腹を裂いて、千切って、保冷剤を敷き詰めたクーラーボックスに入れて、持って帰って、それで……」


「どうしました? 続けてください?」


 青山は急に我に返り真顔になった。宮地はゆっくりと尋ねた。


「廣瀬きいろさんに好意を持っていた、ですよね。青山さん。だから、娘と一緒に殺した。ほんま酷い話ですね」


 青山は呆然としていた。宮地は続けて言う。


「息子さんの青山瑞希さんも同様ですよね。青山さんの所有物として、息子も可愛かった。好きだった。大好きだった。だから、殺して食べた。ちんこまで切り取って、それを彼氏さんに見せつける。彼氏さんもトラウマもんですわ」


 青山は震え始める。蝋人形のように態勢を変えないまま、振動している。


「それで近所にいたフランス人の少女も同じ感じか。まぁ、歪んだ小児性愛ですわ。ほんま」


 青山は動かない。ずっと止まったまま机を見つめている。


「それで、竹下みどりさんは、お宅んとこの会社の元従業員か。まぁ、あんな解体とパックに詰める技術なんて、そうそうあらへんからな」


「……そうですよ」


 青山は低い声で言った。更に、氷が解けたように身体を揺らしながら話し始めた。


「あの女は、俺の好意を無下にした挙句、金をよこせだ、警察に出すぞだ、脅してきやがったんだ。だから、殺して食べた。一番まずかったよ」


 宮地はにんまりと笑った。


「さて、最後です。青山さん。青山千尋さんを殺して、食べたのはあなたですね? 間違いない、そう言ってくれること願いますよぉ」


 青山は深く息を吐いて、ゆっくり天井を見つめた。


「そうですよ。俺が妻を殺しました。殺しました。殺しました。なんで、殺したのか、よくわかんないです。でも、気づけば食べられていた。どうしてもその時の興奮が忘れられなかったんです。血が滴り、虚ろな表情で息絶える千尋の姿が。小学校の時に一目ぼれしました。僕が小六の時ですね。すごくかわいかったことを今でも鮮明に覚えています。そして結婚した。それで、それで……」


 宮地は頷きながら青山の話を聞いた。


「でも妻が生涯で一番かわいかった時期が、十四歳のときなんです。その時が忘れられない。……だから、たぶん食べた味を覚えていなかったんだと思います。四十一ですから」


「あんたは四十五やろ」


「ええ」


「大人にはなられへんかったんやな。可哀想に。今から『黒い檻』ん中にぶち込んだるから、安心せいや。ほな、お疲れさまでした。精神異常者さん」


 青山は激昂して、宮地に掴みかかった。宮地は何ともなく青山の顔を見つめている。


「ふざけんな。俺を黒い檻の中に閉じ込めていいはずがない。あんなのはお前たちが勝手に決めた線引きだ!」


「おう、『黒い檻』の意味分かっとんのや。俺もお前の資料漁ってて、知った言葉やからようわからんわぁ。そないな怖い顔で睨むなや。どのみち入ることには変わりないんやから」


 青山は暴れ回った。他の警官が入ってきて、青山に手錠をかける。青山は叫び続けた。


「ふざけんなぁぁぁ!! 多様性だろがよぉぉぉぉ!! 認めろよ! 俺を! 俺の存在を! 無視すんな!」


 ガシャンガシャンと檻を揺らす音だけが響いた。


    ◇


 屋上で二人して空を眺める宮地と神崎。空は晴天、雲一つなし。


「あいつの言う多様性ってのは、あいつも入るんですか? だとしたら昨今の流れからしてまずいんじゃ……」


「はぁ、違うに決まってるやろ、ボケ!」


 宮地が神崎の頭を叩く。


「そもそも多様性が発見されたからあいつらがおるんやない。人間がもともと多様やからあいつがおんねん。そこんとこ倒錯すんなや」


「すみません」


 神崎が叩かれた頭を撫でている。


「それであいつを死刑にできるですかね」


「それは俺らの仕事やない。が、無理やろな。あれは責任能力があらへんって言われるんやろな。ほんまムカつくわ。せやけど、どのみち、一生薬漬けでもう出てこられへんから安心しとけ」


「でも無罪だなんておかしな話ですよ」


「檻に違いはあらへん。そもそもいつん時代も誰を檻に閉じ込めておくかってことしか、人は争点にしてへん。そんで現代やと、ああいう奴がそこの檻にぶち込まれる」


 神崎は「はぁ」と分かったか分かっていないかどちらでもない生返事をした。


「黒い檻って言ってましたっけ? 確か。どういう意味なんですか」


「さぁな。まぁ、おそらくやけど、檻にも段階があって、分かりやすい例やと、昨今のヘンテコな奴らや。自分らがその小さい檻にいて、居心地悪いからって、なんでもかんでも檻から出そうとしはる奴のことや。まぁ、奴らは俺らを今度その檻に閉じ込めたいんやろうけどな」


「それでそれが黒い檻ですか?」


「んな訳あるかいな。あいつらの檻はそうやな。頭ん中と同じ虹色にでも塗っとけ。ってそんな話やない。そんな甘ちゃんやなくて、閉じ込めてなあかんヤバい連中の檻の事や。……ほんま、よう言うわ。『黒い檻』なんて。誰の入れ知恵や。ほんま。その檻もいまや変な流れで壊れそうやな。気ぃ付けとかなあかんで」


 神崎は不安そうにしている。宮地の方を小動物のように見る。


「僕たちはどうすればいいんですかね」


「さぁな。それこそ俺らが、というかお前自身が考えて、閉じ込めておくというこの線引きを臆さずにやるしかあらへんなぁ。それしたら、今やと『差別』にあたるらしいけどなぁ。それでも、黒い檻に閉じ込められん奴なんて五万とおるやろな。どっかの金持とか、俺らの上とか、な」


 宮地は大きく高々に笑った。


    ◇


 山南かおるは高層マンションの最上階の窓から景色を見下ろしていた。


「『黒い檻』だなんて、言いえて妙という奴ですねぇ。私ながら。うふふふ」


 山南は颯爽と調理を始めて、高級レストランに出てくるようなステーキ肉とソースの飾りを施した料理を作った。


 テーブルクロスは白を基調としたシックな模様が描かれ、皿の一つ一つもその形が料理の映えを引き立たせる。グラスに水を注いで、ナイフとフォークを持ち、優雅にステーキを切った。


 一口サイズに切ってから口に運ぶ。山南はほろっと笑みを溢す。


「あら、やっぱりおいしい。このお肉。やっぱり若いっていいわね」


 ゆったりと時間を気にせずに山南はステーキを食べた。最後の一口は名残惜しそうにじっと見つめながら、ぱくりと口の中へ放り込んだ。


「うん、おいしい。きいろちゃんはやっぱり智和さんが見るだけあっていいわぁ。あのロリコンの鑑識眼はこの点においてはやはり有用だったわ。まっ、元々私が食べたかった娘の千尋の罪を被せただけなんだけどね」


 山南は鼻歌を歌いながら、皿洗いをした。


「それにしても疲れた。あの基地外に振り回されるのはもう御免ね。カメラで撮影するのはホントにしんどかったわぁ。でも、きいろちゃんに美鈴、瑞希、それにローズちゃんだったかしら、若い子の肉はいっぱい手に入ってうれしいっ」


「本音を言うと、ローズちゃんときいろちゃんの胴体は欲しかったなぁ。いい感じの胸と胴をしてるんだよね」


 山南はテレビをつけた。


「ああ、やってるやってる。猟奇殺人、ねぇ。一家心中とかにはしなかったんだ。やるねぇ、警察も。ま、私は捕まらないけどね。『黒い檻』には閉じ込められない」


 山南はそういうとテレビを消した。そして、いつものように化粧をして、家を出た。車で大学に向かって、いつも通りにニコニコしながら学生たちに教鞭を取った。


最後まで読んでくれてありがとうございました。

一年ほど前に書いた小説を見つけたので、投稿しました。

これみてヤバい奴だとは思わんといてくださいね。たまにはこういうのも書きたくなるもんなんです。

そして後書きであまり多くを語らなかったのも、書けばヤバい奴かなと思われそうだったので。というよりも作品自体に集中してほしかったからですね。第三章とか、特にです。解説してもいいかなとは思ったのですが、まぁ読めばわかるだろうというより、読んで感じたのがそのままです。なので、これがグロくないって人も、ホラーじゃないって人も、あるいはエロいっていう人もいると思います。でもそれでいいんじゃないかなと。決められた読み方なんてないですからね。

それでは改めて、読んでくれてありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ