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黒い檻  作者: きてつれ
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第一章

一応、グロ注意です。それほどではありませんが。

「昨日、何食べたん?」


 藪から棒に宮地が素っ気なく神崎に尋ねた。


「緑色や」


 二人の間に沈黙が流れる。宮地は天井を見つめている。神崎はメガネを外し、作業着の裾でレンズを拭き始めた。


「なぁ、なんぼエレベーターに閉じ込められてるからって、そないな淡白な言い方はあらへんやろ」


「まずかってん。なんもかも。それにこのポンコツ、また止まりよって…………」


 神崎はエレベーターの扉を強く蹴った。


「はは、そうかそうか。緑色はまずかったか。俺も今日は家内の飯やなくて、水色と黄色をいただこう思てるんや」


「ええなぁ。若いんちゃうん? 俺のはいくら足が早い言うても、あんなん売りに出したらあかんで。まず顔があかんわ。いくら晩婚化言うても、あれじゃやるのすら憚るわ」


 神崎が首を横に振る。


「お前が言うか? それ。俺も言われへんけど。……あー、せやから苛立ってねや」


 宮地は神崎が不機嫌だった理由に合点がいったようだった。


「ほんま、最悪やったわ。クスリかなんかやっとったんやろ。薬剤の味がしたわ」


「そら災難やな」


 再び二人の間に沈黙が流れる。宮地が一息ついて、その場で座り込む。神崎も宮地と同じように胡坐をかいた。


 宮地が声高に話し始めた。


「そういや、こないだなぁ、京都の祇園に行ってきたんや。舞妓さんと遊んでなぁ、楽しかったわぁ」


「ええなぁ。上林さんとかいな?」


「せや。それでな、京都弁って、やたらと嫌味っぽく言いはるやんか。やれ、ぶぶ漬けはどうやとか、やれ、元気やなぁとか言うて、察してくださいみたいな」


「おん、それで、なんて言われたんや?」


 宮地は少し間を置いてから声のトーンを下げて言う。


「『獣のにおいがしはるなぁ』ってさ。どういう意味なん?」


 神崎は口角を上げた。


「はは、そらそのまんまの意味ちゃう? 『お前臭いよ』って。ちゃあんと風呂入ったんかいな?」


「血ぃとかついてへんと思うんやけどなぁ。返り血も防護服で防いどるし……」


「あかんあかん。においは服を貫くで。しっかり風呂に入らな、臭いはとれへん」


「にしても、ショックやわぁ。上林さんも大笑いしよって、職業柄しゃーないやんなぁ?」


 宮地は腕を鼻にあててにおいを嗅いだ。神崎は少し眉を顰めて、首を横に振る。そして神崎もまた自身のにおいを確認した。


 二人は座ったまま天井を眺めた。再び沈黙が流れる。不意に神崎が尋ねた。


「んで、今日は誰やったっけ?」


「水色と黄色や。二人ちゃうで。一人や」


「俺も口直ししたいからええのないん?」


「一緒にやるかぁ? ちょっと見てみぃや。ほら、可愛らしいやろ?」


 そういって宮地がスマホを取り出して、画像を見せる。


「ほんまやね。……ん? なんか喉出てへん?」


「そうやで。水色と黄色はオスや」


 神崎は露骨に嫌な顔をする。宮地は続けて言う。


「今どきの学生は中性的な子が多いからなぁ。男子でもいけるんやで」


「えー? 嫌やわ。生えてるんやろ? 男子ちゃうで。男や。立派な男」


「それがな、切っとる奴もおんねん。言うてるやろ。中性やって。そこいらの汚いオスとは違うんや」


「それでも嫌や。やれへんやん。やるとしてもきったないのぅ」


 神崎は怪訝な顔で宮地を見る。宮地は不思議そうな顔で見返す。


「ん? 緑色とはやっとらんかったんか?」


「やるわけないやろ。勃起もせんかったわ。すぐ絞めて肉だけ食ったったわ。んで、まずかったわけや。あの仕入れ共が。こっちの身にもなってくれや。ほんま、不快やわ」


「勿体ないの~。絞める前に入れとけばええねん。顔隠してな」


「お前なぁ、例えばイク瞬間に親の顔が浮かびよったら、急に萎えてくるやろ。そいつを楽しみにしてたのに、ブスやったんやで。見ただけで萎えるわ。抜く気も起らん」


 宮地は水色と黄色の他の画像を神崎に見せていた。


「じゃあ、肉だけ食うか? 俺は締める前にやるけど。どや?」


「いいわ。俺は女のあのやわらかいんが好きなんや。脂っぽくてねちねちしとる肉。男のはぱさぱさしとるんやろ?」


 宮地がスマホをポケットに戻し、腕を組んだ。


「それがええのに。あっさりしとって、うまみも多い。かのサド先生も言うてたやろ。男の方が喰うのに適してとるって」


「同性やで? 変わっとるわ自分」


「そりゃ、お互い様や。こんな陰険な場所じゃ、人間の本性が浮き出るもんやで」


 神崎は下を向く。


「まぁなぁ。んで、他のないん? 俺んとこはお偉いさんの特注品で『青色5番』なんや。下手に手ぇ出すと俺の首が飛ぶ」


「そしたら俺が解体したるわ。……そうやなぁ、海松色とかどうや。二十九や」


「海松? 東京か? でも歳がちょいと嫌やな。今回はもっと若いんがええ」


「ならいま俺が喰っとる最中の薔薇色とかどや? 十二や。外国産で、お人形さんみたいやで」


 神崎は少し考えたのちに、浅くため息をついた。


「まぁ、それでええか。それ、バレたら大きな外交問題やなぁ。哀れな子羊さんやねぇ」


「ほんま、可哀想やわぁ。外は危険やなぁ。この国の闇に魅入られたんやろうなぁ。せめてもの哀れみで、精一杯やりきろう」


「はは、ほんま、よう言うわぁ。俺もやけど……」


「いやいや、最近は多様性の時代やで? 俺らみたいんも世間様はお認めになられるんやろ?」


 二人はゲラゲラと笑い合っていた。


 数分後、エレベーターの不具合が直り、扉が開く。


「おお、やっと開いたか。あそこに見えるやろ」


「あー。もう肢体が離れとるやん。切るん好きやね。首もそのまんまやし。せめて達磨にしとけよ。流石に腐っとらんよな。内臓はパックしたんか?」


「そや。言うても殺菌空間さかい、まだ大丈夫やろ」


「手足も吊るしっぱやん。どうすんの? 食うんか?」


「いや、この子の場合はそのままの方がええなぁと思て。パーティー用にはもってこいやろ?」


「変な趣味やなぁ。お偉いさんもストレス溜まっとんのか? そんでこの子はキリストさんやろ? 可哀そうにな。地獄行きやで」


「はは。それで、やるんか? やるんなら早うやってくれ。膣と辺りと子宮と卵巣付近も切り取るから」


「あいあい。それでこれどうやってやるんや。入れる穴も小さすぎやな。しゃーないなぁ。いや、やっぱ入れよ。そういや、自分、これにいれたん? 無理やり? 酷いなぁ。せやったら俺んも入るやろ。そんで――――」


    ◇


 エレベーター内の音声を含む監視カメラによる記録を刑事の水野秀和は一時停止した。被害者家族の山南さつきは顔を真っ青にして、今にも胃酸を吐き出しそうだった。


「これはあなたが見たいと言ってきたものです。どうでしたか。彼らの狂気の沙汰は。同じ人間だと思えないでしょう」


 水野は辛辣な目を山南に向けた。山南は口を抑えていた。


「えぇ、もうこれ以上はもう見たくありません。無理を言ってすみませんでした。それで、瑞希と美鈴はどこなんですか?」


「中々答えにくいものですね。瑞希さんは、彼らの言う水色と黄色のことですよ。ですので、もう既に亡くなられていると見た方がいいでしょう。もっというと――」


「いえ、それ以上は。瑞希の魂を侮辱することになりますから。えっと、水野…………智和さ――」


「秀和です!」


 山南は目を逸らして小さく謝る。そして、もう一度水野に目を合わせて言う。


「ごめんなさい、秀和さん。それで、瑞希と美鈴の体は私の手元に返ってくるのですか? 犯人の目星は? あの方たち以外にも犯人はいるんですよね?」


 山南は矢継ぎ早に尋ねる。水野に縋りつき、頭を下げる。


「どうかこの事件を解決してください。娘たちを苦しめた元凶を逮捕して、牢屋へ送ってください。…………世界を救ってください」


 水野は膝をつき、微笑んだ。


「分かっていますよ、奥さん。僕に任せてください。この事件を解決して、悪の組織を滅ぼす契機にしてみせます」


 水野は山南の萎れた手をぎゅっと握った。真っ直ぐ見つめて固く約束をする。


「おい、松下。行くぞ!」


 水野は後ろに控えさせていた部下の松下和也を連れて、部屋を出た。松下はいつも振り回してくる水野に呆れているのか、返事もせず死んだような顔のままその後ろをついていく。


 水野が急いで車を走らせる。助手席に座る松下は、この事件の資料を読みながらも時々に咳をする。


「寒くなってきたもんな。十月ももう終わりになる。あんま体冷やすなよ。これから凍てついた世界に飛び込むんだから」


「はい、分かってます。水野さん。ところで、どうやってこんな資料を集めたんですか? 解体屋の二人に、食肉加工工場の見取り図、エレベーター内に隠しカメラまで仕込んで」


「腕のいい探偵がいるのさ。大体の目星はついていたからな」


 信号が赤に変わる。水野は焦るように人差し指でハンドルを小刻みに突く。


「それにしても神崎って方は随分と太っているのに、宮地の方はガリガリですね。さっきの映像でもそうでしたけど、やっぱり脂肪の多い肉は太るんですかね。水野さんも最近、太ってきましたもんね」


「知るか、そんなこと。奴らが喰ってるのは人肉だぞ? それになんで俺が太ったこと知ってんだよ」


 松下はそっぽを向いた。横断歩道を若い夫婦が歩いている。水野は一息つく。


「それに今回は応援を呼べん。上層部にも繋がりがあるかもしれないからな。つまりは違法な行為だ。だが、それ以上に今奴らがしているのは、この世でしてはならない重大な犯罪だ。お前が頼りだ、松下」


 信号が青に変わった。


「はぁ。今回はここで待ってようと思っていましたが、仕方ないですね。どういう作戦ですか?」


 後方の車がクラクションを鳴らす。


「よし。じゃあ、口を閉じとけよ! 舌を噛むぞ!」


 勢いよくアクセルを踏み、猛スピードで左折した。他の車を追い越して、ぐんぐん速度を上げていく。


「正面玄関から入れなくはないが、鍵がかかっている。奴らがいつも使う裏口から侵入する」


「警備とかいないんですよね。じゃあ、楽な方ですね」


「おそらく奴らは今の時間帯なら、解体に勤しんでいるだろうから、現行犯で捕まえる。俺がエレベーターから降りて、銃で投降させる。お前は非常階段から挟み込め。一応、殺すなよ」


「……分かりました。でも、危なかったら撃ちますからね」


 町の外れにある工場の看板が見え始めた。


「よし、もうすぐだ。あそこの工場だ」


「大分錆びれてますね。ホントにここなんですか? 確か資料でも現役で稼働しているって。社長は青山作之助で、その子供は――」


「だから怪しかったんだよ。倒産もしていないのに、動いていないような風貌が」


 水野は工場の裏側の人通りのない路肩に車を止めた。拳銃に銃弾が籠っているか確認し、二人は静かに工場の敷地内に忍び込んだ。


 裏口の扉は水野の見立て通り施錠されていない。屋内はガラリと静まり返っていて、人が寄った気配さえしなかった。床や壁、天井と言った内装はヒビが入り、塗装が剥がれ、水が漏れだしている。地面には水溜まりができ、時折強い風が吹けば揺れる。秋の肌寒さが一層緊張を高めた。


 水野と松下は日の届かない薄暗い方へと足を進めていく。途中に非常階段を見つけ、ここで松下と一時別れる。


「作戦通り、奴らが騒ぎ出して逃げようとしたら捕まえろ」


 小声で水野が言うと、松下は硬い表情のまま小さく頷いた。


 松下は扉をゆっくりと開けて、非常灯が仄かに赤暗く光る踊り場へと入り、ゆっくりと扉を閉めた。


 水野はエレベーターの前まで進むと、もう一度拳銃に弾丸が入っているかを確認して、左右後ろに人がいないか見回した。


 薄暗く橙色に光るエレベーターの表示板が絶えず変わり、チーンという音とともに扉が開いた。中には誰もいない。水野は音を殺してエレベーターに乗る。開閉ボタンと非常用ボタン以外には一階とB1という表記のボタンしかない。水野はB1のボタンを押し、扉が閉じようとしたときに、正面の暗闇の中からこちらをギョッと見てくるナニカと目が合った。慌てて銃を構えるも、既に扉は閉じていた。


「……何だ。今のは」


 エレベーターが下へと近づくにつれ、チェーンソーの音が次第次第に大きくなっていく。水野は身を屈める。愈々体の奥まで響くほどに大きくなり、チーンというエレベーターの音すら聞こえずに扉が開いた。


 水野は目の前の壁に飛び付き、屈んだまま身を寄せる。壁の上はガラス張りで解体室の様子を見ることができ、今まさに人体の解体を行っている最中であった。作業中の二人はまだ気づいていない。水野はそのまま壁に沿って除染室に入り、持ってきた袋を頭から被った。


 除染室から出ると、水野は作業中の二人に向けて銃口を向ける。


「動くな! ゆっくり手を挙げて、地面に伏せろ!」


 血濡れた作業着のまま勃起した陰茎を上半身とひざ下のない胴体に打ち付けていた太っちょの神崎は、水野の姿を見るなり固まって呆然としていた。宮地は水野に背を向けたまま、何事もないように血しぶきを浴びながら上半身と腕を切断していた。


 神崎が真っ先に宮地の方へと走った。下半身だけの死体は血を流さなかったが、股付近には白い混濁液が沫状になって垂れていた。陰茎が縦に揺れる神崎を水野はその太い腕を何とか掴んで地面に押さえつけた。それを見て宮地はようやく水野の存在に気づき、神崎を見捨てて非常階段へ逃げていった。


「松下ぁあああ! そっちに行ったぞぉおおお!」


 水野は暴れる神崎に対して、左の太もも辺りを掠めるように撃った。すぐに非常階段へと向かったが、松下が階段から転げ落ちて倒れていた。


「……ぅう。すみません。取り逃がしてしまいました……。神崎の方はどうなりましたか?」


「足を撃った。あの体躯じゃ動けないだろうから、宮地の方を――」


「あいつかなり身軽で、もう追っても無駄だと思います。一応GPSの発信機を付けておきました。今回は神崎を確実に捕まえましょう……」


 水野は急いで神崎の所へと戻る。神崎は太ももを抑えて倒れている。


 水野は神崎の胸ぐらを掴んで、睨みつける。


「よぉ、解体屋のデブ。少しは人の痛みが分かったか? お前には聞きたいことが山ほどあるからな」


「なんやねん、お前。どこのヤクザや? 俺らの解体がなかったら自分らの首、絞めることになんで。それと俺らの上も黙ってへんで……」


「残念だったな。警察だよ。だが、安心しろ。今は令状も特に持ち合わせていない。今なら拷問しようがお構いなしだ」


 神崎は息を吐いて、下を見る。


「……政府の犬ころかい。やったら自分ら終わったわ。こないなことして、しかも令状もあらへん、ただの一般人が、俺らのとこに首突っ込んでただで済むと思てんの? 自分らのお偉いさんの楽しみを奪わはったわ」


 水野は神崎を壁に押し付ける。


「痛っ。ったく、自分らどのみち死ぬで? ええかぁ? 今なら単なる『勘違い』で済ましたる。せやから、今日んとこはもう帰り」


 水野は神崎の腕を背中へ回し手錠をかける。


「ここは丁度いい拷問器具が揃ってるな。言ったろ。ここでの行為は、俺にとっては違法だって。お前らが殺した奴らと同じように死にたいか?」


「やってみいや? 快感やで? そこの肉なんか丁度ええ感じで、たしか十八やったかなぁ、肉付きも最高や!」


 水野は深くため息をつく。


「松下ぁ! そろそろ探すぞ! こいつは後で俺の部屋でじっくりと話を聞く。今は早めに探すぞ!」


 松下が後頭部を摩りながら、弱弱しく「はい……」と返事をする。


「すみません、自分向こうの部屋でもいいですか。今でもチェーンソーの音が頭の中に響くんです。遺体もあまり見たくないです」


「あぁ、わかった。こっちは俺が探す。お前は着替え室を探せ」


 宮地が作業をしていた電動のこぎり台を見ると、上半身のみで右腕と首のない遺体が置かれていた。今まさに左腕の肘付近にのこぎりが掛かっている。神崎の近くに転がる下半身を持ち上げて、台に置いた。


「神崎! この遺体の首はどこだ! 早く教えろ!」


「そこんとこの引き出しに入っとるわ。気ぃつけてな。冷凍庫やから。『藤色』ってラベルが貼っとるやろ。そこや」


 いやに正直に答える神崎を睨みながら、水野は四つの引き出しの内の左端にある『藤色』と書かれたものを引っ張った。


 見開いた目がこちらを見ていた。水野はそっと手を握られたような冷気の感触に汗が滲みだした。オレンジ色の混じった長い茶色の髪で、二十代にいかないくらいの綺麗な女性の首だった。


「どや? かわいいやろ。その子はまだ十八やで。大学生になったのに、悪い男に引っかかってなぁ。興奮してくるやろ?」


 水野はそっと引き出しを戻し、その隣の『水黄』と書かれた引き出しの中を見る。中には真空パックに入った人肉が溢れるくらいに入っていた。肝臓、膵臓、舌、膀胱、手、陰茎、睾丸……。各部位ごとに切り取られ、名前が貼られている。首はどこにもなかった。


「その子も十八や。オスやけどな。宮地が好んでやっとったわ。肉は美味かったで。意外と」


「よくしゃべるなぁ。黙ってろ」


 更に隣の『薔薇色』と書かれた引き出しの中には、腕や足、胴体、首が縦に並べられていた。同じく真空パックには内臓の各部位に加えて、目玉や脳漿、橋、視床下部など一際目につく名前があった。胴体は腹を裂いた後はなかったが、鼠径部あたりから切り取りが始まり、陰裂は見られず、女性器全体が切り取られている。閉じた瞼を上げてみると、引き込まれそうなほどの真っ暗な空洞だった。胴体も同様に骨が辛うじて形を支えていた。


「その子が気にいったん? 自分勃起しとるんちゃうん? ええ趣味持ってはるなぁ。……気持ち、分かるで?」


「…………」


 最後の『緑色』と書かれた引き出しは、『水黄』と同じく真空パックに入った肉が敷き詰められていた。


「それはクズや。クズ。産業廃棄物。何なら持っていってくれてもかまへんで? どうせ誰も食べへんからなぁ」


「はぁ、本当に惨いな」


 水野は着替え室を調べている松下の様子をガラス越しにちらりと見てから、血で消えかかった『屠殺室』と書かれた部屋へ入る。扉は開いたままで機能していない様子だった。


「そっちにはなんもないでー」


「あのブタ、うるさいな。口に何か入れておくべきだったか。……ここで殺していたようだな」


 テーブルには銃や縄、牛刀のような刃物が数本、注射器が置かれてある。部屋の中心には寝台があり、腕や足を固定する装置にバケツや点滴スタンド、ホースまで付属されており、下の排水溝からは異臭が立ち昇っている。一通り探してみるも、『屠殺室』にはこれといった証拠はなかった。


 水野は腕時計を見て、丁度侵入してから二十分が経ったことに気づく。松下の捜索も大して進んでいないことは、ガラス越しに読み取れる。舌打ちしながら、非常階段の隣の部屋へ入る。


 大きな棺桶のような箱が大きなテーブルの上にあり、『赤色3番』と書かれていた。が、中は空っぽだった。隅にある小さな真四角の机の上には、殺害状況や出荷状況を示す記録が置かれていた。


「…………

 緑色、竹下みどり、33、おとし、バラ。

 猩々緋色、不明、支那、24、まま、配送。

 海松色、鈴木かな、東京、29、はなし、配送。

 薔薇色、ローズ、仏、12、はなし、バラ、爪、出荷予。

 …………

 白色、金城、19、まま、配送。

 水黄色、瑞希、18、おとし、バラ、月、出荷予。

 菫色、美鈴、S、15、まま、出荷。

 藤色、花音、京都、18、はなし、バラ、爪、出荷予。

 …………

 『黄色5番、廣瀬きいろ』、15、まま出荷。

 『青色5番、青山千尋』、14、おとし、バラ、出荷予。

…………」


 水野は用箋ばさみからこの記録を取り外し、綺麗に折りたたんで後ろのポケットに仕舞った。


「黄色5番に青色も5番、赤色はまだ書かれていなかった。……ひとまず、このリストがあれば何とかなるか……」


 神崎は天井を見つめている。水野はガラスを叩き、大きな声で言った。


「松下! そろそろ退くぞ! こいつを連れていく! エレベーターから行くぞ!」


 松下は首を縦に振った。大人しくなった神崎を着替え室まで引っ張り、なんとかエレベーターに乗せた。


 上へ向かっている中で神崎は疲れた様子で言う。


「自分ら、もう引き返せへんで? 人の闇は暗闇よりも真っ黒で、妖怪よりも残忍や。どう足掻いても正気には戻られへんくなる。夢のまま生きた方が幸せやったって後悔しても知らへんで? 現実は何よりも残酷なんやから……」


 水野が神崎の右腕を強く引っ張る。


「あそこがすでに地獄なんだから、関係ない」


 脅すように声を低くして神崎はしゃべる。


「地獄かぁ。はっはっは。地獄にしては生ぬるいなぁ。自分、地獄の底見たことないんやろ。あれは同じ人間じゃあらへんわ」


「俺は自分の良心の声に従ってお前たちを断罪する。覚悟しておけ、クズ野郎」


「はぁ、せやからそれが夢やって言うてんねん。まぁええ。そっちの木偶の坊はどうなんや? 黙っててばっかか?」


 松下はできる限り目を合わせないようにして、神崎の様子を見る。


「自分は水野さんについていくだけですから」


「はぁ、こっちは能無しかいな。あかんなぁ、自分ら。夢見心地の病人と思考停止のロボじゃ、人間様に迷惑かけるだけや。とっとと死ねや」


 エレベーターの扉が開く。誰もいない様子だった。


「宮地は完全にお前を見捨てたようだな。お仲間は誰一人として来てないぞ」


「せやから、どうしたって言うねん。はよう連れて行かんのか?」


「水野さん、早く連れていきましょう。話すだけ無駄ですって。価値観が違うとか、そんなレベルの話じゃないんですから。狂人の戯言に過ぎません」


 水野は松下の言葉に「まぁ、そうだな」と軽くため息をつき、引き摺りながら神崎を車に運び込んだ。


「おぉ、随分ヘンテコな車に乗らはるんやな。パトカーちゃうんか。ピーポーピーポーゆうて、なぁ?」


「トランクの方が良かったか? 松下、何か都合よくガムテープとか持ってないのか?」


「買いに行きましょうか?」


「いい。すぐに俺の部屋に連れていくぞ」


 車は急発進し、猛スピードで駆けてゆく。日が傾きかけた頃に車は水野のもう一つの家に着いた。二人係で神崎を部屋へと連れ込み、椅子に座らせる。


「随分と荒々しい運転やったわ。おかげで初めて酔うたわ。水くれや。あぁ、ちゃうで。水や。水。自分が持っとる水黄の肉ちゃうからな」


 松下は意味が分からなさそうにして水野の方を見る。水野は蛆虫を見るような目つきのまま、「松下、近くで水買ってこい」と言い、松下を外へ出した。


「よく見てるんだな。被害者家族に説明する身にもなってくれよ。写真でもよかったが、どれも信じがたいだろうからな」


「はは、それも信じてもらえへんで。自分、頭がおかしいって思われるわ。俺らとおんなじ黒い檻ん中やな。誰も認めてくれへんで」


 水野は神崎を睨みつけ、一度部屋を出た。天井を見上げ、大きくため息をつく。冷たい風が隙間から撫でるように入ってくる。ヒューヒューと高い音を立てながら、時折窓をガタガタと揺らして。


第二章へ続く。

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