第88話 アルド vs. 魔導機兵中隊
フォルティア荒野の地下に伸びる、謎の近未来的トンネル。
俺は、目の前に整然と並ぶ魔導機兵の中隊と向き合っていた。
数えてみると八十体……
いや、一体はさっきオレが口から吐き出した弾で頭を吹き飛ばしたから、七十九体ってとこか。
みんな揃って無表情な仮面面に、無機質な金属の軋む音だけが通路に響いてる。
人間なら一人ぐらい冷や汗の一つもかきそうなもんだけど……まあ、無理か。
(ブレスでも撃っときゃ秒で一掃できるけど……)
と、内心で肩をすくめる。
でも、こんな地下の空間で火力ぶっぱはちょっと気が引けるんだよな。
天井の構造も不明だし、うっかりドカンとやって通路ごと崩落なんてシャレにならない。
(俺は平気でも、ポメちゃんやグェルくんもいるしなぁ──)
一瞬、後方をちらと振り返る。
泡の中に浮かぶポメちゃんは、ぶるぶる震えながらオレの背中を見上げてた。
グェルくんも、『自分もいつでも一緒に戦いますッ!』と言わんばかりに四つ足を開いた姿勢で構え、オレの動きを見守っている。
俺は口元だけで笑って、再び前を見据えた。
(でも……あっちで隠れて見てる連中のことも考えりゃ、ここはひとつ“やって見せる”場面か)
地下通路の天井、そして奥の岩の影──
気配が、いくつかある。九……いや、八?
そこそこ離れてるってのに、割とハッキリと“視線”を感じるあたり、よほどオレに興味があるらしい。
こっちとしても、見られてるなら応えてやるのが礼儀ってもんだ。
「よし、手加減しつつ、遊んでやるか。」
そう小さく呟いてから、俺は片手を首元に持っていく。
グッと力を入れて──「コキッ」と、乾いた音。
首を回してもう一度「コクン」。
ついでに肩も軽く回して、体の準備を整える。
機兵たちはその間も一切動かない。
ただ、じわりと前列の数体が、魔導銃らしき短銃を構えてきた。
たぶん、向こうも向こうで計算中なんだろうな。
“この生体反応に対し、戦闘力いかほど”とか、“一斉射撃なら命中率◯%”とか。
でも、残念だけど──
「何しても、無駄だよ。」
口に出すと同時に、俺は手を差し出した。
掌を上に向けて、手首を小さく返す。
クイクイッ……と二度。
これは昔、TVの中で観たアクション映画の真似。
“Come on.” ってヤツだ。
コートの裾がゆらりと揺れる。
その奥で、俺は少しだけ口角を上げてみせる。
(さあ、どう動く? お前らの“戦術”ってやつ、ちょっと見せてもらおうか)
ドラゴンブレスなんて撃たなくても、俺のやり方なら十分だってところを……存分に教えてやるよ。
◇◆◇
手首をクイクイッと返した直後だった。
ギィィィン……!
金属の足音。ガキン、と刃同士のぶつかるような音も混じる。
視界の端で、左右の魔導機兵たちが滑るように散開した。
手には剣、斧、槍、そしてナイフ──近接戦闘仕様の武器を構えながら、無機質な機械の速さで迫ってくる。
と同時に、中央の列。
後列の数体が、その金属の肩に担ぐような長銃──魔導ライフルを、俺に向けて構えた。
(お、撃つ気だな)
ヴォン。ヴォン。
耳慣れない独特な機械音とともに、魔導ライフルが火を噴いた。
弾丸が、空間を裂くようにこちらへ向かってくる。
狙いは甘くない。オレの頭、胸、両肩……即死狙いの連携射撃。
だけど。
「……"竜泡"。」
静かに名を呼ぶ。それだけで、スキルは起動する。
オレの前に、無数の泡が現れた。
淡く揺らめく虹色の球体──シャボン玉が、大小様々に空中で浮遊する。
撃ち出された弾丸が、泡に当たる。
パシュッ……パシュン……と、音を立てながら泡の中に吸い込まれていく。
まるで空間そのものが、弾丸の“エネルギー”を飲み込んだようだった。
泡は弾けず、ただそこに在り続ける。
十発、二十発──百発以上の弾が吸収されても、泡はそのまま。
まるで「もっと撃てよ」とでも言わんばかりに、俺の前にふわふわと浮かんでいる。
「……ベクトル反転」
俺は小さく呟いた。
その言葉を合図に、泡の中に滞留していた“運動エネルギー”が、逆転する。
「解放。」
そう呟いて、パチンと指を鳴らす。
次の瞬間、全ての泡が“パンッ”と弾けた。
弾ける瞬間、吸収していた弾丸が放たれる──今度は俺の後ろじゃない、前へ。
本来の射線とは逆方向、すなわち──撃ってきた奴らに向けて。
ドンッ!ドンッ!ドンッ!
機械の額、胸部、関節部。
急所を的確に撃ち抜かれた魔導機兵たちは、バチバチと火花を散らしながらその場で崩れ落ちた。
甲高い金属音を響かせ、倒れたそれらの機体からは、煙と紫の魔素が立ち昇っていた。
「……命中率100%。10キルってとこかな。」
オレは軽く顎を引き、残りの機兵たちを見渡す。
いま倒れたのは──十体。
まだ六十九体は残ってるが、機兵たちはほんのわずかに、その“無表情”の仮面に迷いを滲ませたようにも見えた。
もちろん、そんな顔はしてない。
してないけど──そう感じるだけの“間”が、今の彼らにはあった。
「どうした? まだ60体以上残ってるだろ?」
ニッと、片側だけ口角を上げて笑ってみせる。
さっきよりも、明らかに周囲の空気が変わったのがわかった。
「さっきの泡が怖い? それとも……」
俺はコートの袖から指を伸ばして、弾けずに残った最後のシャボン玉を指先で、そっと、つつく。
プチン──と儚く弾けた泡の、その向こう側で、数体の機兵が反応する。
「──俺のことが、怖い?」
◇◆◇
泡の魔法での迎撃が終わると、すかさず――金属の足音が、近づいた。
「お、次は近接戦術か」
前方と後方、そして左右――計四体の魔導機兵。
剣と斧をそれぞれ装備し、連携するような鋭い足運びで、俺を囲むように布陣を敷いた。
その構えに、どこか見覚えがある。
「……あ、これって。まさか」
──四方から同時に斬りかかることで、避け場を完全に封殺する。
斬撃の起点と終点を絶妙に交差させることで、どこか一体を攻撃すれば別方向から斬られる“殺しの陣”。
これは……新撰組のクロスアサルト!
まさか、異世界でこの戦法が見られるとはね!
自分が喰らう立場だけども!
呑気に感心している暇は、なかったはずだ。
でも、こっちはもっと呑気にやれる自信がある。
四体の機兵が、同時に跳んだ。
「よいしょ」
俺は、斬撃が届く直前に“剣を持っていた”前と後ろの二体の腕を、左右からガシィッと掴む。
そのまま、彼らの手に握られていた剣を──強引に操って、左右から迫る斧を受け止めさせた。
ガキィィィン!!
金属と金属が激しくぶつかる音。
当然、魔導機兵たちは困惑した……ように“見えた”。
自分たちの武器で、自分たちを守るって。
ちょっと皮肉だね。
両腕で4体の腕をまとめてかち上げると──
その瞬間、俺は軽く垂直跳躍。ほんの2メートルほど、上空へ。
「じゃ、四人まとめて。せーのっ」
重力がかかるその瞬間──
俺は体を捻りながら、空中で同時に四方へ四肢を伸ばした。
右拳、左拳、右足、左足――全ての攻撃が、四体の魔導機兵の“頭部”に直撃。
ガンッ!バギィィンッ!
凄まじい衝撃と共に、四体の魔導機兵が同時に膝をつき、そのまま崩れ落ちた。
光る眼孔が消え、完全に機能を停止する。
「同時に四方の敵を倒せりゃ作戦なんか関係無い……って、"地上最強の生物"が言ってたんだよね。」
誰にも通じないギャグを呟きながら、肩の埃を払う。
だが──次の瞬間。
「おっ、まだ来る?」
軽装の魔導機兵が、宙を飛んでいた。
両手にはナイフ。足先には鋭い衝角。
跳び蹴り──というより、全身弾丸のような勢いで突っ込んでくる。
「……はーい、お疲れ。」
俺は片手を顔の前に出し、そのまま蹴り足をガシッと掴む。
その勢い──慣性をまるで無視するように、そのまま片手で機兵の全身を持ち上げる。
「うーん……体重130キロくらい? ドラ◯もんと同じくらいだね」
そのまま、振る。
一度、二度─遠心力を加え。
「思いつき奥義!!“人間”ヌンチャク!!」
ブォン!!ドォン!!バギッ!!
振り回された魔導機兵が、まるで鉄球のように他の魔導機兵へ激突していく。
ボウリングのピンみたいに吹っ飛ぶ。吹っ飛ぶ。
金属の悲鳴を上げながら、次々と潰れていく。
ドガァッ!バギィィッ!ギャギャッ……!
一度ぶつけるごとに、機兵の骨格が歪み、内部機関がはじけ飛ぶ。
だが、俺の手に握られた“ヌンチャク機兵”も、限界が近かった。
「……あ、壊れちゃった」
プスンと音を立てて動かなくなったその機兵を、俺はぶん投げるように放り捨て──
すぐに、近くにいる新しい軽装兵の脚をひょいっと片手で掴み直す。
「二代目いきまーす。はい、フルコンボだドン!」
再び始まる、“人型ヌンチャク・マシンブレイクショー”。
我ながら、もはや戦闘というより、破壊の芸術。
十体、二十体──次々と周囲の機兵が金属音と爆発音を響かせて吹き飛んでいく。
空気は魔素の霧で霞み、床には砕けた装甲とパーツの山が出来ていた。
60体を叩き壊したところで、手にしていた機兵の脚がポロリと抜け落ちた。
「あら、ラストまでいけるかなーと思ったけど、無理だったか」
オレは最後の残骸を片手で放り投げ、フッと息を吐いた。
残り、5体。
それらはすでに一歩も動けず、距離を取ったまま、ギシ……ギシ……と関節を震わせていた。
「さて。“仕上げ”といくかね。」
◇◆◇
砕けたパーツの山を踏み越えながら、俺はゆっくりと残りの“5体”へと歩を進めた。
彼らは動かない。……いや、正確には、“動けない”ようだった。
ギィ……ギチッ……
小さく軋む音を立てながら、一歩ずつ……後退していた。
それだけで、わかる。
この5体だけは、他と違った。
「……自己判断機能、ついてるのか」
やや遅れて、耳に届いたのは――人工音声の、震えるような言葉だった。
『戦力分析中……分析完了……』
『対象個体の戦闘能力:推定数値、評価不可』
『勝利確率:限リナクゼロニ近イ……』
『戦術的判断:撤退推奨……コノ個体ニ勝利スルノハ、不可能……』
思わず、笑ってしまった。
「へぇ……機械っぽいのに、恐怖を感じたりもするんだね。高性能だなぁ、キミたち」
たったそれだけ言って──俺は、一歩、前へ。
次の瞬間。
バシュッ──と音がしたかどうか。
俺の右手が、すぅっと宙を切る。
五本指を揃えた手刀。それがまるで弧を描くように、横一閃。
斬撃音は無かった。ただ、風と圧だけが残った。
その直後、5体の魔導機兵の胸部から、細く深い裂け目が走る。
5体の上半身が、ずるり、と床へ滑り落ちる。
キィイ……チチ……ギガ……プスン。
赤いモノアイの光が、静かに消えた。
「……終わり、っと」
手のひらを見ると、黒っぽいオイルがぬらりと付着していた。
俺は顔をしかめることなく、無造作に手を振るい、ビッと一振りで油を払った。
どこか儀式的な、静かな動作だった。
それから、くるりと振り返る。
泡の奥。
グェルくんとポメちゃんが、口をぽかんと開けたまま、呆然と俺を見ていた。
「……あ、終わったよ〜」
手をひらひらと振ってやると、ようやく彼らの顔に反応が戻った。
パチン、と泡が弾ける。
ポメちゃんは口を開きかけて閉じ、また開いた。
グェルくんは目を見開いたまま、何かブツブツ呟いている。
俺は苦笑して、二人の反応を横目に──ふと、振り返った。
トンネルの奥。
そこは魔導機兵たちがやってきた方向。
微かな空気の流れと、鉄の匂い。
そして、人の気配。
「……さてと」
俺は真顔になる。
さっきまでの飄々とした態度から一変して、冷静で静かなトーンに戻った。
「ねぇ──そこに隠れてる人たち、出てきなよ」
声に力は込めていない。
脅しでも、誘いでもなく、ただ“事実”として伝えるように。
「……9人、いや──8人、かな?」
その瞬間、トンネルの奥の空気がピリッと張り詰めた。
「もうバレてるから、隠れてても無駄だよ」
風が、後ろから抜けた。
泡の魔法が弾け、破片のような水滴が舞い散る中──俺は、真っ直ぐに前を見据える。
声も、気配も。すべてを、ただ静かに受け止めるように。