第9話 テイマーということにしておいてください
陽の光が、森の木々の隙間からこぼれてくる。
地面に射したそれが、金色の髪を淡く照らしていた。
「……ん……」
ふわりとまぶたが開き、まだ霞がかった水色の瞳が、ゆっくりと焦点を結ぶ。
俺の顔を見つめたまま、美少女ちゃんは、ほんのわずかに——微笑んだ。
「君が……
あたしを助けてくれたんでしょ?」
ああ、そうきたか。
俺は少し驚いて、それからふわりと息を吐いて——微笑み返した。
「……違うよ。キミが、俺を助けてくれたんだ」
俺を庇って、ブレスを浴びて、それでも生きてる。こんな奇跡って、そうそう無い。
だからこそ、本当に——生きててくれて、よかった。
だが、そのやりとりも束の間。
「っ……!!」
美少女ちゃんの顔色が一気に変わった。
まるで命の危機を察知したかのような、そんな緊張と恐怖の入り混じった表情に変わる。
「逃げて!!」
「……へっ?」
言われるがまま、条件反射で俺は振り返る。
そして——ああ、うん。
まだいたよ。
魔竜。
黒銀の鱗に覆われた、あの魔竜ちゃん。
なぜかまだ、地面に腹這いになったまま、その場を動かずにいた。
(えぇ……なんで帰ってないの……?)
その姿を目にして、俺の頬を一筋の汗が伝う。
(……もしかして、俺があの子に『もう帰っていいよ』って言ってないから……?)
帰ったら怒られるかもしれない!という、部活の先輩から説教食らった1年生みたいなムーブでずっと待ってたの!?
だとしたらマジでごめんね!帰っていいのよ?
「アレ……アレは、このフォルティア荒野の主、"咆哮竜ザグリュナ"だよ!!」
少女の言葉に、俺はビクリと肩を跳ねさせた。
この子、ただの野生のドラゴンじゃなくて、マジで伝説ポケ◯ン的な存在だったのか。
ネームドの、1匹しかいないタイプのやつ。
「そ、そうなんだ!?いや、まあ……うん、見た目からしてそんな感じはするもんね……!」
天使な美少女ちゃんはなおも警戒を強めて、俺の前に立ち塞がるようにしてくる。
また守ろうとしてくれてる。おっと、天使かな?
「気をつけて……!あのドラゴン、かつて国一つ滅ぼしたって伝説もあるくらい、すごく危険な魔竜なんだから!」
ああ、うん。分かる分かる。確かに見た目はなかなかパンチ効いてるし。攻撃モーションも派手だったし。
でも、なぜか——
「……なんか……でも……」
少女はふと、不思議そうな顔をする。
その視線が、ゆっくりとザグリュナへ向けられる。
「……まるで……君に、服従してるみたい……」
ギクウッ!!
俺は背筋に冷や汗を滝のように流した。
(ヤバいヤバいバレるバレる!!!)
慌てて、笑顔を貼りつける。
口角を引きつらせながら、俺は口を開いた。
「じ、実はね!俺のスキルって“テイマー”なんだ!うん!」
一瞬の沈黙。
何か言うたびに自分の首を絞めている気がするが、もうここまできたら引き返せない。
「……テイマー?」
目をぱちくりさせる少女の声は、あまりに無垢すぎて心が痛い。
「そう!さっきのバトルでね!あの魔竜ちゃんは、俺がゲット……じゃない、テイムしたから、こうして大人しくしてるの!」
言いながら、俺は自分の口の滑らかさに少し引いた。
どこの世界の勇者が、荒野の主の伝説の魔竜を“テイムした”なんて言い訳をするだろう。いや、俺だけだ。知ってるよ。
「えぇ!?でも、テイマーって、自分より“弱い”魔物しかテイムできないんじゃなかったの!?」
うぐっ。
痛いところを突かれた。鋭いね。
旅のテイマーである俺が、荒野の主である大魔竜より強いってのは設定として無理がある。
それに、自分より高レベルな魔物を仲間に出来ないってのはお約束である。しかし──
「うん、それはね、通常の話であって、俺はほら……なんというか、テイミングスキルが凄いから!それはもう、超凄いの!」
「え〜っ!? 君、超凄いテイマーなの!?」
「そ、そう!俺、放課後に週4でテイミングスクールに通ってたからね!バッジテストとかも受けてたし!」
「えええっ!?スクール!?そんなのあるの!?」
「あるよ!あるとも!俺の地元にはね!」
やばい、ノリと勢いでとんでもない設定が生まれていく。何だよテイミングスクールって。
だって"星降りの宝庫"には魔導書は沢山あったけど、この世界の人間の近代文化について触れた書物とか、一切無かったんだもん!大人の真祖竜達は何も教えてくれないで寝てばっかだし!
この世界の今の文化とか全く知らないから、もういっそ開き直って超適当に喋ってく事にした。どうしようもないからね。
俺はちらりと、ザグリュナの方に視線を向けた。
……こっち見てる。
無言で、じっと見てる。あの鋭い目が「お前、なに言ってんの?」と言ってる気がする。え、言葉通じてる?
だが、だとしても!お願いだから今だけは空気を読んでくれ……!
「たとえば、こういった大型竜ちゃん達はね、こうやって……胸元をワシャワシャ〜〜って撫でてやるとね、気持ち良がって『懐き度』が上がるんですねぇ〜!」
「えっ!?そうなの!? すごい、全然知らなかった!」
美少女ちゃんがぱちくりと目を見開いて感心している。この子、何言っても信じてくれるな!
これウソだから、間違っても実践しようとはしないでね!
しかしいいぞ、完全に口から出まかせしか喋ってないけど、今のところ何故か順調だ。
「ほ〜ら、かわいいですねぇ〜!いい子ですねぇ〜!よーしよしよし〜、いい子いい子〜!」
俺は15mはあろう魔竜ちゃんの前に立ち、両手でその胸元あたりをワシャワシャと撫で始めた。
すると。
びくっ——!
ザグリュナの身体が、ぴくんと跳ねた。
そして、その大きな竜の目がわずかに見開かれた。
(……え、何そのリアクション……?)
大型犬とかもこんな感じで撫でると喜んでたし、いけると思ったんだけど、ダメだった?
その鋭い爪がかすかに土を掻く。尾がばしりと一度だけ振れた。
まるで「そこはちょっと……」とでも言いたげな、微妙な戸惑いと羞恥のにじむ反応。
(……俺、何かやっちゃいました?)
俺は心の中でこっそり動揺する。
だけど、今やめたら絶対に嘘がバレる!
必死の形相で、魔竜ちゃんの顔を見上げる。
お願い、頼むから今だけ、今だけは!
分かるよね?キミも子供じゃないんだから!
血走った瞳に訴えかけるような圧を込めて。
(……分かるよね……?「気持ちいいよ」って顔して……?お願いだから空気読んで……?)
ザグリュナは一瞬だけ、目を細めた。
……そして——
「……グルルル……」
喉を、ごろごろと鳴らし始めた。
目を伏せ、首をわずかに傾け、胸元を撫でられるまま、ゆるやかにしっぽを揺らす。
な、なんか……それっぽい!ちゃんと気持ち良さそうなリアクションしてる!!この子、出来る子だわ!
(よ、よし……っ!!)
「ほ〜ら見て!ね、気持ちよさそうでしょ〜?」
「ほんとだ!わぁ……こんな魔竜を手懐けちゃうなんて、君ってすごいね!」
純粋な感動を浮かべる天使ちゃんに、俺は心の中で泣いていた。
(ありがとう魔竜ちゃん……君は最高の協力者だよ……!!)
そんな感じで、俺は、超実力派テイマー(※大嘘)の看板を背負うこととなったのであった。
ちなみに、撫でられた魔竜ちゃんはというと。
尻尾でそっと胸元を隠しながら、微妙に顔をそむけていた。
……何そのリアクション。ちょっとかわいいじゃん。