第87話 バトル勃発!!アルド、ちょっと怒る。
……あの一発。
もし俺がここにいなかったら——
「……グェルくん、死んでたかもな」
低く呟いてから、舌の奥に微かな熱を感じた。
喉の奥が、じり……と焼けるような感覚。怒りだ。
対物ライフル。
俺がいた世界でさえ、軍用のそれは扱いが難しく、命を狩るために設計された代物だ。
その弾丸が、音もなくグェルくんの頭部を貫こうとしていたわけだ。
俺が立ってなければ、あの子は一瞬で頭蓋骨に穴を開けられて倒れていた。
そう思うと、笑えなかった。
グェルくんは今、地面に座り込んだまま、しきりに尻尾を小刻みに揺らしている。
ポメちゃんはその隣で、彼の背を守るように立っているが……あの一撃が彼ら二匹をワンショットツーキル狙いだった事には、まだ気づいていないようだ。
「……いきなりぶっ放してくるとか、間違い無く敵、だよね。」
足音がした。
静かな、けれどやけに重い足音。
トンネルの奥から、規則的なリズムでこちらに近づいてくる。
響きは低く、地面を這うような反響があった。
ずしりずしりと、重金属の塊が揃って歩いてくるような、あの音——
……ああ、これは。まさかとは思ったけど。
俺の視界の奥、トンネルの暗がりの中から、最初に赤い光点が浮かび上がった。
まるで、誰かの瞳が、暗闇にぎらりと灯るように。
そのあとだった。光点が、次から次へと現れた。
二つ、三つ……いや、十……いや、それ以上。
……なんか、本当にザクみたいなやつが出てきたんだけど。
そこに現れたのは、緑色の軍服に身を包んだ人型兵士たち。
気配が人じゃない。わかる。
頭部はフルフェイスの金属製ヘルメットの様な形状で、中央のモノアイが赤く光っている。
全員が無言のまま、脚を揃えてザッ、ザッ、と迫ってくる。
その背には、魔導ライフル。
手にした者は、やたら近未来的なフォルムの剣や斧などの近接兵器を携え、全体で一分の隙もないような進軍だった。
確かに、『このトンネル、ア・バ◯ア・クーの内部みたいだなぁ』とは思ったけども。
……まさか、本当に小さいモビルスーツ的なヤツが出現するなんてね!(テンション↑↑)
いや、テンション上げてる場合じゃないな。
敵だし。多分。
俺は、トンネルの上部にある柱や配管が歪みかけてるのを見上げた。
人工構造物、地下施設、旧時代の遺物とおぼしきその空間は、どこか懐かしい。
(……本当に出てきたよ、小さめのザクみたいなやつが八十体くらい。)
笑いは出なかった。
多少のワクワク感はあったけど、ワクワクしてる場合じゃない事は分かる。
地面が揺れた。
魔導機兵たちが、最前列で足を止める。
それは、戦闘開始の合図のようだった。
──八十体の、モノアイの赤い兵士たちが、俺たちを見下ろしていた。
◇◆◇
「ねぇ、グェルくん、ポメちゃん」
俺は、後ろで震えている二人に、できるだけ穏やかな声で問いかけた。
今すぐ戦闘になるような緊迫感はあったが、まずは情報確認だ。
「……あれ、何だか分かる? フォルティア荒野の地下に出現する、野生のザクとか?」
自分でも何を言ってるんだと思った。
けど、そうとしか思えなかったのよ。
この圧倒的ザク感!!
緑色のボディに赤のモノアイ!!
先頭に赤いツノつき隊長機がいれば完璧だったね!
いや、そんな事言ってる場合じゃないんだけど。
「ざ、ザクって何ですか〜……っ!」
ポメちゃん、ことポルメレフが、ぶるぶると震えながら、グェルくんの背後にきゅっと身を縮めた。
まあ、そらそう言うよね!ごめんね、混乱させて!
耳も尻尾もぺったんこで、露骨にびびってる。
正直、かわいい。だが、そんな場合じゃあない。
「……あれは……魔導帝国ベルゼリアの、魔導機兵隊……っ!?」
グェルくんの声はかすれていた。
息も上ずり、肩が上下に揺れている。
瞳が見開かれ、脳内で過去の記憶を必死に引き出しているような顔。
「ベルゼリア……? 確か、フォルティア荒野から大分西の方にある国だよね?」
俺の問いに、グェルくんは首をガクガクと縦に振る。
「そ、そうですッ! ベルゼリアは……“魔導工学”を主軸にした、機械文明国家です……ッ! あんな……正規の魔導機兵部隊がここに現れるなんて……!」
(……ベルゼリアねぇ。地図で見た事あるけど、位置的にここから遠すぎる。明らかに、あんな部隊がこんな場所にいるのは、おかしいよな。)
つーか、他国の魔導兵器だっていうなら、尚更よその領地でいきなり発砲してくるとか、普通に大問題じゃない?
こっちの法律とかあんま詳しくないけど、明らかに何らかの国際法とかに触れるでしょ。たぶん。
俺は静かに息を吸って、意識を集中させる。
手のひらに魔力を流し込み、魔力探知魔法を起動。
——視界の内外に、“気配”が広がる。
濃淡、温度、揺らぎ。
周囲半径およそ1キロメートルの空間内にある“生命の火”を、脳が瞬時に認識していく。
(……機兵たちからは、反応が……ない)
ゼロではない。けど、あまりにも淡く、ノイズにも等しい。つまり——
「やっぱり、本当にメカ的な存在……ってわけか」
知らず、息が漏れた。
ちょっとワクワクしている自分がいる。
あんなに整った隊列、無駄のない動き、人のような武装と装備。
だというのに、中身は“魂を持たぬ人形”。
(すごいな……魔法によるゴーレム技術とアンドロイド技術の融合みたいな感じかな。)
だが、問題はそれだけじゃない。
(……トンネルの奥。あの闇の向こう——)
探知の網が、さらなる“火”を捉えた。
(生命反応が……八つ。いや……)
一瞬、脳がノイズのような違和感を拾った。
八じゃない。もっと微弱な、かすかな灯りが、もうひとつ。
(……九つ……?)
何だ、これ——人の気配か? でも、異様に薄い。
まるで霧の中の小さな炎みたいに、つかみどころがない。
(奥にいるのは……あの機兵たちの指揮官か? それとも別勢力……)
額に手を当てる。探知スキルは正常だ。嘘はつかない。
(でも、この"9人目"は………ありえない程の気配の薄さ……やっぱ、気のせいか……?)
まるで、“そこにいない”かのような存在。
一瞬でも気を抜くと、見失い、その存在すら忘れてしまいそうになる。
(……何だ?この違和感──)
考えた瞬間、頭の奥にざわりと風が吹いた。
けれど、それが何を意味するのかは、まだ思い出せない。
俺はそっと、探知を解除した。
「……数で来るなら、こちらもそれなりに応じる必要があるよね」
冗談めかして言っても、声にはもう、戦闘前の熱が滲んでいた。
ただ一つ。まだ言葉にできない違和感が、背中の奥にじっとりと残る——
その“九つ目”の気配が、何を意味しているのかも分からぬまま。
俺は、じっとトンネルの奥を見据えた。
◇◆◇
「──あー……そこのロボット三等兵ども。言葉、通じる?」
俺はやや語気を強め、目前に迫った機械兵たちへ声を投げた。
言いながら、じり……と一歩、前に出る。
対物ライフルでの狙撃を受けた直後だった。
俺が庇っていなきゃ、グェルくんは今ここにいなかったかもしれない。
だからこそ、少しだけ声が荒くなった。
「いきなり対物ライフルぶっ放してくるとか……どういうつもりなの?」
すると。
ズズ……と全機が一斉に赤いモノアイを点灯させた。
《対象ヲ──「魔物」と識別。攻撃ヲ──開始シマス》
乾いた、無機質な機械音声。
感情のかけらもない。
アレクサだって、もう少しハートフルな声色してるよ。
すぐさま、八十体の魔導機兵が一斉に武器を構えた。
剣。斧。ライフル。
それぞれが一分の隙もないフォーメーションで展開し、俺たちを包囲する形で進軍を始める。
「て、敵襲ですかぁ〜っ!?」
ポメちゃんが声を上げ、ぶるぶる震えながら毛を逆立てた。
あのふわふわの耳も尻尾も、完全に“警戒モード”に突入してる。
「こ……攻撃してくるのかッ!」
グェルくんも即座に前へ出て、ポメちゃんを庇うように身構えた。
四本の足が地を掴み、体表に雷の光がバチッと弾ける。
……うん。2人とも頼もしい。頼もしいんだけど。
「──ああ、いいよいいよ。2人とも」
俺は手を軽く振って制した。
「攻撃してきたのは向こうが先だし、何より……これ、どう見ても生き物じゃないからね。」
「──なら、俺が壊しちゃっても、問題ないよね」
声のトーンは落としたけど、その分だけ重さを込める。
2人が何か言いかける前に、俺は"竜泡"を発動した。
ふわり、と空中に生まれた大きなシャボン玉が、2人を優しく包み込む。
魔法の膜は外からの物理干渉と魔力を遮断する、強固な結界。
完全防御ってわけじゃないけど、まあ、"大罪魔王の奥義クラスの攻撃"でも無ければ、割れる事は無いと思う。
大罪魔王の一柱であるヴァレンの通常技っぽいヤツも、これで防げたしね。
「えっ……こ、これ、さっきの泡のやつですか〜っ!?」
ポメちゃんが泡の中でジタバタしてる。
「あ、アルド坊っちゃん、大丈夫なんですか!?」
泡の壁越しに響く声が、ほんの少しだけ心に染みた。
「大丈夫。俺が、やるからさ。中でちょっと見学しててよ」
笑って言った。……でも、内心はちょっと違う。
(さっきの狙撃が、また来ないとも限らない。むしろ、こっちが交戦態勢に入った今こそ──撃ってくる可能性がある)
魔導機兵は無言のまま、動き続けている。
赤いモノアイの輝きが、どこか怒っているように見えたのは……きっと気のせいじゃない。
「…………」
グェルくんは、何も言わずに泡の内側からこちらを見ていた。
真剣なまなざしだった。
(……つ、ついに、アルド坊ちゃんの戦う姿を、この目で見れる時がきたぞ……!)
きっとそんなことを思ってるに違いない。その気迫が伝わってくる。
よし──なら、少しだけ見せてあげるか。
俺は、魔導機兵の軍勢へと視線を向けた。
敵の数、およそ八十。
精密な隊列。統率の取れた武器構え。
ゴーレムとアンドロイドの融合体。
感情の無い殺戮兵器。
その全てを──圧倒的に、蹴散らす。
「じゃあ……ちょっとだけ、"お人形遊び"といきますかね。」
口の端を、少しだけ持ち上げた。
◇◆◇
八十の魔導機兵が、整然と武器を構えたまま待機している。
その陣形の中心に向かって、俺は──ポケットに両手を突っ込んだまま、のんびりと歩き出した。
「…………」
脚取りはゆったりとしたものだった。まるで、森の中を散歩でもしているかのように。
敵の威圧? 緊迫した空気? 関係無いね。
魔導機兵たちは、こちらが動いたことで全身の関節を僅かにきしませ、警戒態勢を強める。
しかし、俺はそんな反応を一瞥するでもなく、真っ直ぐに歩を進めた。
前列の一体。拳銃型の魔導銃を構えた個体の、すぐ目の前で立ち止まる。
──俺と、その機兵との距離は、もう数十センチもない。
赤いモノアイが、俺の顔を正確に捉えている。
機兵の金属製の右腕が微かに揺れた。銃口が──俺の額に向けられた。
「…………」
俺は、表情を変えずに銃口を見つめた。ただ、じっと。
──それだけの、沈黙。
泡の中では、すでに阿鼻叫喚の騒ぎが起きていた。
「ひ、ひぃいっっ!!あ、アルドさんっ!!?」
ポメちゃんが、前足で目を覆って叫び声を上げる。
「アルド坊ちゃん!! 危ないッ!!」
グェルくんの叫びが、泡の内側から響いた。
──次の瞬間。
ダァン!
鋭い銃声が空気を裂いた。
拳銃から放たれた弾丸が、一直線に俺の顔へと飛んでくる。
そして──
「んが。」
キィィィィンッ!!!
弾丸が俺の顔面に直撃……した、かに思われたその瞬間。
銃声にかき消されそうになった高音が、澄んだ鐘のように空間を震わせる。
……弾は、止まっていた。
俺の──上下の歯の間で。
「…………ふーん。意外と柔らかいんだね。弾丸って。」
噛んでみた感触を確かめるように、グニグニと顎を動かす。
口の中で、金属製の弾丸がキャラメルの様に形を歪めていく。
拳銃を構えていた魔導機兵のモノアイが、一瞬だけ明滅した。
まるで、混乱しているように。
でも、それもほんの一瞬のことだった。
「──ぷっ!」
軽く息を吐き込む。そして、口の中で咀嚼していた弾丸を口から強烈に──吹き飛ばした。
バシュッッ!!
放たれた弾丸は、空気を裂いて一直線に機兵の顔面へ。
次の瞬間、赤いモノアイが爆ぜた。
ドォォン!!!
顔面部が爆発し、金属の破片が四散する。
火花を撒き散らしながら、機兵はその場で膝をつき、ゆっくりと崩れ落ちた。
──動かない。完全に機能停止したらしい。
「……す、すっごい……」
泡の中のポメちゃんが、指の間からこっそりこちらを覗いて呟く。
グェルくんは息を呑んだまま、固まっている。
数瞬の沈黙。
そして。
ズギャアアアアアアアン!!
全方向から、武器が一斉に構え直された。
銃。剣。槍。斧。
魔導機兵たちが、まるでプログラムを書き換えられたかのように、一斉に俺を“排除対象”として認識しなおしたのが分かる。
ま、当然だよね。
俺は、右手をポケットから抜いた。
そして、あたりの魔導機兵たちをぐるりと見渡して──静かに、呟く。
「……なんかよく分からないけどさ」
「ウチのおりこうワンちゃんズを撃とうとした、悪い人形は──」
「──とりあえず、全部ぶっ壊しておこうかな」
口調は穏やか。
でも、その声の奥に潜ませたのは、確かな怒り。
その瞬間、空気の温度が変わった。
風が止まり、木々がざわめきを失う。
この“静寂”の正体を、機械人形たちは知らない。
だが、もうすぐ──嫌でも理解させられることになる。
俺の、“怒った時のやり方”を。