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第85話 謎のトンネル、迫る凶弾

 竪穴の縁に、深く息を吐きながら足をかける。


 見下ろせば、遥か下まで続く梯子と、暗がりに沈む底。


 どれだけ深いのか、魔眼でもなきゃわからない。


 ていうかこれ、ほんとに“底”あるの?ってレベルの深さだ。


 ん?……そういえば、真祖竜のスキルに魔眼的なヤツもあった気もするけど……。




 ま、どれだけ深くても、俺には関係ないか。


 


 「よっと」


 


 軽く助走をつけて、ぽんと地面を蹴った。


 重力を切り裂くように身体が落ちる。耳元で風が鳴る。


 俺は、右手でコートのポケットを押さえた。


 中には、泡に包まれたグェルくんとポメちゃん。


 野球ボールサイズの二匹がふわふわ浮いてる状態だ。


 揺れないように、そっとポケットの内側に魔力の膜を張っておいた。


 


 数秒後、地面が見えた。


 脚を畳み、重心を落として、ぎりぎりのところで魔力を膝に集中させる。


 


 「──ふっ」


 


 ドン、と軽やかな音を立てて着地した。


 風が広がり、周囲の埃を巻き上げる。


 けど、足元はコンクリートじゃない。もっとこう、なめらかで、金属っぽくて……なんだこの感触。


 


 「……な、なんだこりゃ!?」


 


 声が漏れた。


 思わず見渡すと、そこには信じられない光景が広がっていた。


 


 東西に、直線でずうっと伸びてる。


 どこまで続いてるのかわからない。


 それくらい、バカみたいに長い。


 そして、天井も高い。二十メートル近くはあるだろう。


 車どころか、モビ◯スーツとか通れそうな勢いのトンネルだった。


 


 そして何より——その“質感”。


 


 壁は鈍い銀色で、ところどころに青白く光るラインが走ってる。


 見たこともない幾何学模様が刻まれてて、しかもそれが薄っすら動いてるように見える。


 いや、ほんとに動いてる。



 ……これ、"魔力だけ"の仕組みじゃないよな。


 


 「すっご……何この近未来感。わけわからん……」


 


 呟きながら、コートのポケットから二つの泡を取り出す。


 


 「よし、出てきていいよー」


 


 指を鳴らすと、ふわりと泡が弾け、ぽんっとグェルくんとポメちゃんが元のサイズに戻る。


 いきなり巨大犬が二匹ドーンと出現したけど、天井高いし大丈夫。


 着地の音が「ボスッ」とか「ポフッ」とかやけに可愛いのは何なのか。


 


 「うわ〜〜〜〜、すごいところに来ちゃいましたね〜!!」


 「ハッハッハッ、なんですかここはッ!? ボク、こんなの見たことないです……!!」


 


 目をきらきらさせたポメちゃんと、ゼェゼェ言いながらも周囲を観察するグェルくん。


 俺も視線を上げ、トンネルの奥を見つめる。


 


 「何か……すごいところだね。メカメカしいっていうか、SF映画っぽいっていうか……」


 


 もっとファンタジー感のある遺跡を想像してたんだけど、SF感が強すぎるのよ。


 ア・バ◯ア・クーの内部みたいなんだけど。ザクとか出てきそう。


 何でこんな未来感満載のトンネルが、フォルティア荒野の地下に……?

 


 そのときだった。


 


 「──あっ!」


 


 ポメちゃんがぴょこんと跳ねるように前足をあげ、声を上げた。


 


 「えっ、どうしたの? ポメちゃん」


 


 思わず身を乗り出す。


 ポメちゃんは鼻先をくんくんと動かしながら、きょろきょろと周囲を見回していた。


 


 「いえ〜、この雰囲気……なんか、どっかで見たような〜って思っただけなんですけど〜……」


 


 そして、ふとグェルくんの方を見やる。


 


 「……隊長! アレに似てません? ウチらが、こないだまでいた、フェンリルの里の“試練の闘技場”!」


 


 その言葉に、グェルくんがぴたりと動きを止めた。


 しばらく、まるで古い記憶を引っ張り出すように黙ったまま、トンネルの壁や天井を見つめる。


 


 「……確かに、似てる……気がする」


 


 その呟きは、小さな疑念の種。


 けれど、こういう“違和感”が後で大きな意味を持つことを、俺は何となく知っている。


 


 (フェンリルの里の遺構と、ここの構造が似てる……? どういう事──?)


 


 胸の中に、淡い不安感と、奇妙な期待が広がっていく。


 未知の遺構。未知の技術。そして、どこかに繋がるトンネル。


 


 これは、もしかすると——とんでもない発見かもしれない。


 


 俺は、ふたり(いや、二匹)と顔を見合わせ、静かに一言、呟いた。


 


 「──もう少し、奥まで見てみようか。」




──────────────────




 「……確かに、似てる……気がする」




 グェルはぽつりと呟き、銀灰色の瞳で壁面を見つめたまま、眉根を寄せた。


 視線の先には、金属的な壁面を横切る光のライン。どこか人工的で、なおかつ、どこか懐かしい。



 その言葉に、アルドが首をかしげる。




 「ねぇ、グェルくん。その、“試練の闘技場”?って、何?」




 問いかけにグェルは少し口元を引き締め、真面目な表情で答えようとした。




 「ああ、それはですね、アルド坊ちゃん。我々フェンリルが暮らしていた古の里に元々存在した遺構の一つでして、スキル効果を無効化する仕組みが……」




 グェルが語り始めようとした、その刹那だった。


 




 ──ダァァンッ!


 




 金属が炸裂するような破裂音が、容赦なく空間を引き裂いた。


 それは雷鳴とは違う。魔力の炸裂とも違う。


 もっと“冷たい”。もっと“無慈悲”な音。



 ──これは、“銃声”。



 トンネル内に響き渡ったその音は、ただの音波ではなく、殺意の震動だった。


 すべての空気が緊張し、振動し、ひび割れるように歪む。


 


 瞬間、空間を突き抜けてきた。


 黒光りする鉛の弾頭。


 伝説の魔獣、フェンリルの肉眼でも認識すら困難な速度で放たれたその塊は、空気を高周波の唸りで焼き裂きながら、一直線にグェルのこめかみを狙い撃つ。



 その速度、時速4000キロを超える。



 重さ、数十グラム。


 だが、運動エネルギーは大型の投石機に匹敵し、命を吹き飛ばすには充分すぎる。


 死神の指先が触れるよりも速く──


 弾丸は、来た。


 


 グェルの耳がわずかに反応する。


 けれど、捉えたのは音ではなく、“音の尾”だった。


 ──すでに遅い。


 ポルメレフの鼻孔が震える。


 だが嗅ぎ取ったのは、“殺意の残り香”にすぎない。


 この世界における常識では不可能な、科学の殺意。


 魔力も咆哮もない。ただ、速く、重く、正確に。機械仕掛けの死。


 


 だが──


 たったひとりだけ、それに反応した者がいた。


 


 それは、魔法ではなかった。


 気配でも、予知でもない。


 “それよりもっと根源的な危機感”が、彼の背骨を駆け上がった。


 風の歪み。空気の裂ける音。わずかな反響。目に映らずとも、世界が“異常”を告げていた。


 


 そして彼は──《《真祖竜》》は、動いた。




 まるで弾丸の軌道を見透かしたかのように、わずかに身をひねり、宙を舞うと──


 空中に伸ばした指先が、閃光のごとく動きを捕らえた。




 「おっと」




 静かで軽い声だった。


 まるで誰かの落とした小石でも拾うような、何でもない声音。


 アルドの指が、空中を挟んだ。




 キィィンッ!




 鋼鉄が擦れるような甲高い音が、硬質な空間に走った。


 彼の人差し指と親指の間には、ぺしゃんこに潰れた金属の塊──弾丸が、音を立ててはじける寸前で止められていた。




 「──えっ?」




 ポルメレフが間の抜けた声を漏らした。


 その場にしゃがみ込んでいた彼女の体がびくりと跳ね、ふさふさの尻尾が膨らんで揺れる。




 「な、な……!? い、今のは何ですか、アルド坊ちゃん!?」




 グェルは硬直したまま、目の前の現実を受け止めきれずにいた。


 耳はぴんと立ち、額には冷や汗が滲んでいる。




 「うわわわ……びっくりしたです〜!」




 ポルメレフが尻もちをつきながら目をしばたたき、震える声で言う。


 アルドは指の間から潰れた弾丸をそっと落とした。金属音がカランと床に響く。




 「……遺跡のモンスターによる攻撃……って感じじゃ、なさそうだね」




 彼の声は静かだった。だがその声音に潜む鋭さに、グェルもポルメレフも思わず息を呑む。


 アルドはゆっくりと周囲に目を巡らせる。


 トンネルの壁には幾筋もの光のラインが淡く灯っている。


 それが近未来的な印象を際立たせ、なおさら不気味さを醸していた。


 だが、奥へと続く道は、なおも深い闇に包まれていた。



 アルドは瞳を細め、呼吸を静める。



 (……聞こえる)



 かすかな振動が、空気と床を通じて伝わってくる。


 足音。


 西の方角からだ。決して小さなものではない。むしろ、重く、整然としたリズムが感じられる。


 それは無数の兵の足音だった。



 (……数は……八十……いや、八十五……訓練された軍隊の動きみたいな……中隊規模ってやつか?)



 アルドの視線が鋭くなる。



 (それに……この弾丸。アンチ・マテリアル・ライフルの……? ミリタリー誌で見た事あるな。)


 (俺の前世で使われてた兵器と、ほとんど同じだ。まるで“あの世界”から持ち込まれたみたいに──)




 彼は右手を見つめる。指先のわずかな火傷すらなかった。




 (……何にしろ、今の狙撃は、確実にグェルくんの命を狙った一撃だった。──誰だ?)




 思考を切り上げ、アルドは一歩、前へと出る。


 重心を下げ、いつでも動ける体勢を取った。


 その一挙一動に、グェルとポルメレフは緊張の面持ちで従う。


 ふたりにはまだ、遠くから迫る足音は聞こえていない。



 けれど──



 彼のただならぬ気配だけが、何よりも雄弁に、危機の接近を告げていた。

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