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第84話 竜とパグとポメラニアン、未知なる遺跡に挑む

 ……森の空気が、なんとなく土っぽい。



 いや、土臭いというか、明らかに“工事中の匂い”がしていた。




「……おぉ、やってるやってる……」




 木立の間を抜けて現場に到着した俺の目にまず飛び込んできたのは──


 黄色いヘルメットを被った巨大な犬たちが、真剣な眼差しで重機(らしき道具)を扱う姿だった。



 ──いや、“犬たち”って表現も語弊があるな。



 見た目はポメラニアンとか柴犬に近いが、サイズが全長5メートル級だ。


 手押しカートにも入りきらないくらいの巨体が、みんなして、これまた巨大なスコップやトンカチを手に(前足に)して、地面を囲むように働いていた。



「……まるで、どっかの公共工事の現場だな。」



 俺が小声でそうつぶやくと、隣を歩いていたポルメレフがにっこりと尻尾を振った。


 この子も全長5メートル級のフェンリル……ただし、見た目は完全にクソデカポメラニアンで、毛並みはやたらもふもふしてる。


 例によって、彼女は今日も白い軍手と黄色いヘルメットという、なんだか妙に似合う作業スタイルだった。



「竪穴、まだ崩落の危険はないみたいですね〜。でも、内部に仕掛けがありそうで、隊長も警戒してましたよ〜」



「ふぅん……隊長ってグェルくん?」



 俺がそう聞き返した、そのときだった。




「──あっ!」




 元気な、そして少し鼻にかかったような声が飛んできた。


 振り返ると、現場の中央。


 作業指示をしていたらしい一匹の“パグ型フェンリル”が、こちらを見て目をまん丸に見開いていた。




「アルド坊ちゃん!! いらしたんですねッ!!」




 その顔に、心からの喜びがあふれていた。


 舌を出して「ハッハッハッ」と音を立てながら、どすどすと駆け寄ってくるその姿は──愛嬌の塊だった。



「よくぞ、ようこそお越しくださいましたっ!! 我が、『わんわん開拓団』へ!!」



 ぴたっと目の前で立ち止まると、前足でガシャンとヘルメットのひさしを持ち上げ、キリッと敬礼。


 でも顔はぜんぜんキリッとしてない。ぜえぜえ言ってる。


 あと顔が……ほぼ笑ってる。




「はは、どうも。グェルくん、お疲れ様。……ここで見つかったっていう、例の竪穴の調査に来てたんだね?」




 俺がそう言うと、グェルは「もちろんでございますともっ!」と全力でうなずいた。


 パグ顔がぶるぶる揺れて、ちょっとかわいい。




「この地に開いた“謎の空間”。これを放っておくなど、我々『わんわん開拓団』の名折れ! ボクが先陣を切らねばと思い、すぐさま駆けつけた次第でありますッ!」




 ……うん。偉いのは分かったけど、息を整えてから喋ってくれ。


 すると、すかさずポルメレフが横から補足するように言った。




「グェル隊長は、我々『わんわん開拓団』のリーダーですからね〜」




 いや、さっきからちょいちょい会話の端々に出てくるその『わんわん開拓団』って何なの?


 グェルくんが率いてたフェンリル部隊の名前って、確か『百の牙』みたいなカッコいい名前だった気がするんだけど、


 いつのまにそんなファンシーな名前に改名されたの?


 ドラ◯もんの映画のタイトルかな?


 まぁ、見た目的には『百の牙』よりは『わんわん開拓団』の方がしっくりくるけども。



 ──頭の中でそんなツッコミが渦を巻くけど、もちろん口には出さない。


 どうやら、彼らは大真面目にその名前を名乗っているようだから。微笑ましいね。




「まあ……リーダーとして頼りにされてるのは、いいことだね」




 俺がそう返すと、グェルは口角をさらにゆるめ、舌を出したまま嬉しそうに尻尾を振った。




「へへっ。恐縮ですっ。ボクなんか、まだまだですけど……皆の安全と土地の整備のために、今日も頑張っておりますっ!」



「うんうん。……それは、すごく偉いと思うよ」




 思わず素直に褒めたくなるほど、グェルくんの笑顔はまぶしかった。


 グェルくんはグェルくんで、フレキくんとは違った可愛さというか、憎めない愛嬌みたいなものがあるんだよなぁ。デカいけど。



 その横でポルメレフが、ちょっとだけ得意げに言葉を続ける。




「なんだかんだ、隊長は統率力があるんですよ〜。見かけによらず、段取りも上手くて」



「……うん、たしかにそんな感じだね」




 ふと、現場の全体を見渡すと、ヘルメットを被った他の巨大犬フェンリルたちも、隊長の背中を見ながら黙々と作業を進めていた。


 散水係、記録係、図面を広げて地面に赤線を引いてる子までいる。おりこうワンちゃんズだね。



(マジで組織力があるな、“わんわん開拓団”……)



 思わず内心で脱帽しつつ、俺は目の前のグェルくんにもう一度視線を戻した。




「じゃあ、そろそろ例の“穴”を見せてもらおうかな。まだ中は誰も入ってない?」



「はっ! その件、ただいま全力で封鎖しておりますっ!」




 グェルがきりりと敬礼。


 ちょっとよろけて、こっそり足元を整えるのが、なんとも愛嬌たっぷりだった。




 ◇◆◇



 実際に目の当たりにした竪穴は、想像以上に“異様”だった。



 俺たち三人(というか、一人と二匹)は、現場の中心に設置された仮設柵をまたいで、そろってその縦穴を覗き込んでいた。




「……深いな、これ」




 ぽつりと漏れた俺の声が、地の奥から跳ね返ってくるような気がした。


 いや、実際には反響なんて返ってこなかった。あまりに深くて、音が届かないだけだ。


 ぐるりと円を描くように穿たれたその竪穴は、まるで巨大な杭を地面に突き刺して引き抜いたかのような、不自然な真円だった。


 表面には金属製の整った縁取りがなされていて、内側には一筋の鉄梯子が、ひたすら下へ下へと続いていた。




「……梯子、付いてるし。これ、明らかに人工物だよね? 自然の陥没じゃない」




 俺は無意識に口を開いたまま、その鉄梯子の先を目で追い続けていたが……底は、見えなかった。


 どれだけ目を凝らしても、そこにはただ黒い闇しかない。




「グェルくん、ポメちゃん。この遺跡っぽいやつ、何か心当たりとかある?」




 視線を穴から戻し、ふたりの犬……もとい、フェンリルたちに尋ねる。




「う〜ん……」




 隣でおすわりの姿勢を取っていたポルメレフ──通称ポメちゃんが、もふもふの胸毛に手を当てて小首を傾げる。




「ウチも知らないです〜。ここら辺って、昔から魔物すら寄り付かない場所でしたし。竪穴なんて、見たことも聞いたことも……」



「……そうですねぇ」




 グェルくんも真剣な顔で頷くが、相変わらず「ハッハッハッ」と舌を出して息をしている。


 彼にとっては、これは“冷静な顔”なのだ。




「フェンリル王家に伝わる伝承や地誌にも、このような遺構がフォルティア荒野にあるという話は、一切記録されておりません。……少なくとも、ボクが知る限りでは、ですが」




 そう言って、グェルくんは肩(前足?)をすくめて苦笑いを浮かべた。


 ……つまり、この竪穴は“誰も知らない何か”だってことか。



(ますます怪しいな)



 俺は眉をひそめたまま、もう一度だけ竪穴を見下ろす。


 あらゆる角度から眺めても、その内部は規則的に彫り込まれ、どこまでも“人為的”だった。


 ただの落とし穴じゃない。


 この形状、この構造、そして底の見えなさ──。


 まるで、地下へと続くマンホールの様な竪穴。


 どう考えても、これは“何かを隠すための構造”だ。




「うーん……何なんだろ、これ。……遺跡か、それとも地下施設の入り口?」




 つぶやくと同時に、ふと地面に落ちた枯れ葉が、すぅっと風に吸い込まれるように穴の中へ舞い落ちた。


 俺はその様子を見てから、グェルとポメちゃんへと目を向ける。




「……とりあえず、一回降りて調べてみようか」




 言い終えると同時に、ポメちゃんがぴょこんと立ち上がって尻尾を振る。


 グェルくんは目をまんまるにして、俺の顔と竪穴を交互に見比べたあと、びしっと敬礼した。




 ◇◆◇




「……あれ?」




 降下準備は万全。


 が、いざ俺が先に身を滑り込ませ、梯子を握ったまま振り返ると、違和感が襲ってきた。



 グェルくん達が……入れてない。




「う……ん、うおっ……ぐっ……!」



 

 グェルくんは前足を穴に突っ込みながら、胴体をねじって押し込もうとしていたが、肩──というか、犬の肩甲骨にあたる部分で引っかかって、ズリュズリュと滑って戻ってきてしまう。




「ちょ、ちょっと狭いですねこれっ! 想像以上に通路がきつく……! わ、わわッ!」




 交代したポメちゃんも、丸い体をむぎゅうと突っ込もうとしていたが、まるでパイプを掃除する毛玉ブラシみたいに、入口で完全に停止していた。




「……ふぅ〜〜〜、ウチも入りませんねぇ〜」



「うん、それ、見ればわかる……」




 俺は額を指で押さえつつ、現実を受け止める。


 まあ、デカいからね。この子達。


 この遺跡っぽい竪穴、人間が出入りするには余裕がある広さに作られてるけど、流石に5m級の巨大犬が入る事は想定されていなかったらしい。


 当たり前っちゃ当たり前だけど。


 フェンリルサイズだと、入口でギリギリアウト。


 ポメちゃんが横目でちらりとこちらを見た。




「……壊して、広げます?」




 やや真面目な顔で、ほんのりと炎の気配をにじませながら言ってくる。


 グェルくんも、




「そうですね! 入口を少し削って広げれば、ボクたちでも問題なく通れるかと! アルドさん、どうしましょう!」




 と目をきらきらさせて、穴の縁に前足をかける。


 ファンシーな見た目だけど、そう言えばこの子達もフェンリルだもんね。




「いや、ダメでしょそれは。」




 俺は即答した。




「これ、明らかに人工物だし、構造の強度がわかんない。下手に崩したら、遺跡ごと崩落するかもしれないよ」




 そう、この子ら忘れてるかもしれないが、この遺跡“地下”に通じたものだからね。


 天井に当たる部分を壊したら、天井ごと落ちてくるって発想はなかったらしい。


 二匹は同時に「うっ」と言って顔を見合わせた。


 俺はその姿を見て、ふっと笑ってから言った。




「──あ、そうだ。二人とも、ちょっといい?」




 そう言って、俺は右手の人差し指を軽く掲げる。


 その先端から、ふわりと淡い光が広がった。




「"竜泡(ドラグ・スフェリオン)"」




 光がきらめくと同時に、指先からシャボン玉のような、薄く虹色に輝く小さな球体が二つ、ぽん、ぽんと生まれる。


 その不思議な浮遊体は、ゆっくりと風に乗って、グェルくんとポメちゃんの目の前で止まった。



「……な、何ですか? これ?」



 グェルくんが鼻先をクンクンさせながら問いかける。



「ウチ、この泡……見たことないです〜」



ポメちゃんも興味津々に手(前足)を伸ばし──


 ──ツン、と触れた。


 次の瞬間。




「「うわぁぁぁぁっ!?」」




 グェルくんもポメちゃんも、その泡に包まれたかと思うと、シュルルルッ!と音を立てて一気に小さくなった。


 シャボン玉のような膜が彼らを丸ごと包み込んだまま、野球ボールほどのサイズに縮んでしまったのだ。


 ふよふよと浮いた泡の中で、縮んだ姿のグェルが必死に叫ぶ。




「ええええ!? ぼ、ボク、ボク縮んでるぅうう!?!?!?!?」


「な、なんか狭くなったと思ったら、泡の中ぁあ!? アルドさぁああんっ!!」




 ポメちゃんの泡の中では、もふもふが圧縮されてみちみちになっていた(※体感ではそう見えるが、実際には圧迫感も何もない)。




「ごめんごめん、驚かせて!」




 俺は泡の二つをひょいと両手で持ち上げながら笑う。




「これ、俺のスキルだから大丈夫だよー。中は普通の感覚のまま、体も問題なし。あとで戻せば元に戻るから安心して」




 言いながら、ぷにぷにと軽く泡をつつく。手触りはなかなか楽しい。




「さ、これでグェルくんもポメちゃんも一緒に竪穴に入れるね。行こっか」



「……アルドさん、こんなことも出来るんですね〜!!」




 ポメちゃんの泡の中で、もふ毛がわたわたと揺れていた。


 彼は目をきらきらさせながら、まるで新しいおもちゃを与えられた子犬のようにはしゃぐ。




「ウチ、びっくりしました〜! すごいです〜! うひゃあ〜、浮いてるぅ〜!」




 一方、グェルの方は完全に静まり返っていた。


 泡の中、両目を見開いたまま、じっとこちらを見ている。


 そして、ごくり、と小さく喉を鳴らした。



(……あ)



 その目に宿るのは、驚愕と、畏れと──そして、尊敬。


 さっきまでは“頼れる先輩”くらいのテンションだったが、今はもう違う。


 竜の力を自在に操り、泡一つで仲間を安全に変化させる俺に、彼の認識は更に一段深く塗り替えられたようだった。




「よ、よ……よろしくお願いしますっ、アルド坊ちゃん!」




 やけに背筋の伸びた挨拶をされて、俺は少しだけバツが悪そうに頭をかいた。




「……そんなに改まらなくていいよ、グェルくん」




 と内心で苦笑しつつも、まあ頼られるのは悪い気はしない。


 俺は両手の泡をそっと胸元に抱えながら、再び縦穴の入り口に足をかけた。




「よし、じゃあ行こっか。未知の遺跡──探索開始、ってね」

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