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第70話 黒ギャルリュナさんは家族に甘えたい。

 湯気の立つ紅茶のポットを、お盆ごと丁寧にテーブルへ置いた。


 磁器のカップと、ついでにクッキーの盛り合わせも乗せてある。


 うむ、完璧。


 世界広しと言えど、美少女と黒ギャルにご奉仕してる真祖竜なんて俺だけだろうね。羨ましいだろう!


 


「ブリジットちゃん、リュナちゃん。おまたせ。熱いから気をつけて」


「ありがとう、アルドくん!」


「さっすが兄さん、気が利くっすね〜」


 


 ブリジットちゃんはにこっと笑って、リュナちゃんはソファにのけぞったまま片手でひらひらとお手振りモード。


 ……その姿勢で人にお礼言う?脚、だらしなくソファの肘掛けに乗ってるし。


 


 ミニチュアダックス姿のフレキくんにも、牛乳をドッグボウルで差し出す。


 


「フレキくんの分はミルクだよー。冷やしてあるよ」


「ありがとうございますっ! ……いただきまーすっ!」


 


 床でちょこんと正座(?)したフレキくんが、喜々としてミルクを飲みはじめた。


 チャグチャグという音が、なんだか幸せを運んでくる。


 


 ふと視線を上げると、リュナが自分の横のソファのクッションを、ポンポンと叩いていた。


 


「ほら、兄さん。ここ、座って!」


「え? あ、うん……」


 


 なんとなく言われるがまま、ブリジットちゃんとリュナちゃんの間に腰を下ろす。


 それが罠だったと気づいたのは、数秒後のことだ。


 


 リュナちゃんが、俺の膝の上に両足を──しかも、組んだまま、すっと乗せてきたのだ。


 


「ちょ、ちょっとリュナちゃん!? その格好、スカートの中が見えちゃうって!?」


「んふふ〜。別にいいじゃないっすか〜それくらい〜?」


「よくない!よくないから!!」


 


 うわ。なんか、リュナちゃん、ニヤニヤしてる。


 わざとだこれ。


 やぶさかではない!やぶさかではないけども!


 


「兄さん、こーゆーの……嫌いっすか?」



「嫌いじゃないけど〜……嫌いじゃないけど〜……

嫌いじゃないけど理性的に無理〜!!」


 


 俺は視線をあさっての方向に向け、上半身をピーンと棒のように伸ばす。


 姿勢が良くなったところで視線のやり場に困るのは変わらないけど!


 


 ……そして、ブリジットちゃんが困ったように真っ赤な顔で「わ、わ、わ……」と何度も口を開閉していた。


 目が泳いでる。頬が赤い。耳まで赤い。


 


「じゃ、じゃあ……あたしも……」


「えっ!?」


 


 なにしてんの!? スウェットの裾めくって!? 脚!? それ、まさか俺の膝に──!


 


 ブリジットちゃんの膝が俺の太ももに乗ろうとした、まさにその瞬間だった。


 


「ビシッ」


 


 乾いた音と共に、軽くブリジットの頭にチョップが落ちる。


 やったのは、いつの間にか後ろに立っていたヴァレンだった。


 


「真似しなくていいから、ブリジットさん」



「はわっ!? ヴ、ヴァレンさんっ!? い、いえ、その、わたしは……!」


 


 しどろもどろになるブリジットちゃんをよそに、リュナちゃんは膝を乗せたまま余裕の笑み。


 


「ふふ〜ん。ね? 兄さんはこういうの好きっすもんね〜?」



「それはそうかも知れないけど、だからこそマズイと俺は思うんだよね、リュナちゃん!!」


 


 もう勘弁して。理性が死ぬ。


 


 ……そう思いながら、俺は誤魔化すように紅茶をひと口すすった。


 香りは上品なはずなのに、味だけが、やたらと混線して感じた。




 ◇◆◇



 リュナちゃんが膝を俺の脚に乗せたまま、ニコニコと俺を見上げてくる。


 ブリジットちゃんはヴァレンのチョップを受けてしょんぼりモード。


 フレキくんはちゃぐちゃぐとミルク続投中。


 


 ……なんというか、俺の周囲だけジャンルが違う気がする。


 世界はたしかにファンタジーなんだけど、ここだけ日常系ラブコメが異世界に転移してきてる。


 


 と、そのとき。


 


「……リュナ。」


 


 ヴァレンの声が少しだけ低くなった。


 いつものおふざけトーンではない。


 どこか、少しだけ……家族のような、兄のような響き。


 


「確かに……お前に家族が出来たって聞いたときは、俺も『よかったな』って思った。心からな」



「ん……?」


 


 リュナが、ふいに目をぱちくりさせる。


 俺も思わず紅茶を飲む手を止めた。


 


「でもな」




 ヴァレンは、ズイッとリュナに近づくと──


 


「……それにしても今のお前はダラけすぎだ!!」


 


「……あ?」


 


 リュナの目元がピクっと跳ねた。


 


「ワンちゃん達(※フェンリル)ですら、ヘルメット被って工事現場で汗水たらして働いてるってのに……! お前ときたら、食っちゃ寝食っちゃ寝、また食っちゃ寝! 何もしてねぇじゃねぇか!」



「う、うっさいなー!!別にいいっしょ!?」


 


 ヴァレンの正論に、ソファに寝転びながらリュナちゃんはふて腐れたように抗議の声を上げた。


 


「竜ってのはな〜、もともと働かないのが美徳なんだよ! 怠惰こそ竜族のあるべき姿なんすよ! 

あーしは、竜としてはむしろ超正統派!!」



「正統派が聞いて呆れるぜ。」


 


 ヴァレンは、額を指で押さえながら、深くため息をついた。


 そして、今度はビシィッとリュナに指を突きつける。


 


「せっかく俺が、内臓破裂しそうな腹パンを喰らいながらも“負けヒロイン”のフラグを叩き折ってやったってのに……! またニョキニョキと新たなフラグを自家発電してやがって!」



「……な、何の話だよ、それ……」


 

 

 ヴァレンがリュナちゃんをビシッと指差しながら、キッパリと言い切る。




「今のお前はな……“ヒロイン”じゃない! 

ただの“ラブコメ漫画に出てくるエッチなおねいさん枠”だ!!」


 


「だっ…誰が“エッチなおねいさん枠”だし!!」


 


 ガタッと立ち上がったリュナが、顔を真っ赤にして吠える。


 


「それ賑やかしだけで、結局主人公から相手にされないやつじゃん!! 漫画読んでる人は好きでも、ストーリー上は相手にされないやつじゃん!!」



「お前が今やってるムーブ、そのまんまだろうが!!!」


 


 指を突きつけるヴァレンと、両手をバタつかせて抗議するリュナちゃん。


 最近"恋するカフェラテメモリー(※ヴァレンが描いた漫画。)"にハマってただけあって、ラブコメへの解像度が上がってるね。


 二人の周囲には、目に見えるかのような火花が飛び交っている。


 


 ちなみに、ブリジットちゃんとフレキくんは完全に「???」状態。


 頭の上にはてなマークでも出るのか?ってくらいぽかんと口を開けていた。


 


 ……ごめん、俺も、以前リュナちゃんか風呂上がりにバスタオル巻いただけの姿でウロウロしてるの見て、まったく同じこと思ったわ。


 この子、ラブコメ漫画の“エッチなおねいさん枠”じゃん!って。


 


 だから今のヴァレンのツッコミ、めちゃくちゃ刺さった。


 リュナちゃんの抗議が、ちょっとだけ痛々しい……。


 


 俺は、心の中でそっと手を合わせる。


 


(リュナちゃん……ほんとごめん。ここはヴァレンに同意かも……)


 


 ──紅茶をすする音が、なぜか場の空気を、ほんの少しだけ落ち着かせた。




 ◇◆◇




 口論(という名のコント)が一段落したあと、リュナちゃんはふいにソファに寝転びながら、ひとつ欠伸をした。


 


「ふああ……ま、いーじゃん? あーしが何してようが。兄さんが許してんなら、それで良くな〜い?」


 


 そう言いながら、今度は俺の膝の上にゴロンと頭を置いてくる。うん、膝枕する側も、嫌いじゃあないぜ?


 その目は完全に「勝ったな」と言わんばかりのゆるみきった笑顔だ。


 


 ──が、そのとき。


 


「おいコラ、リュナ」


 


 ヴァレンが腰に手を当て、神妙な顔でこちらに近づいてきた。


 その口調には、さっきまでの冗談半分のトーンとは違う……明らかに“説教モード”の気配があった。


 


「お前が俺の漫画を読んでくれて、ラブコメに対する見識を得てるのは非常に喜ばしいことではある。」



「お? でしょでしょ?」


 


 なぜかドヤ顔を浮かべるリュナちゃん。


 その頭を俺の膝に乗せたまま、サムズアップしてきてる。かわいい。


 


 だが──


 


「……それはそれとして!」


 


 ヴァレンの手が、ドンとテーブルを叩く。


 


「俺はお前に一言、いや百言くらい言わねばならない!!」


 


「えぇぇ〜……」


 


 リュナちゃんは耳を塞ぎながら寝返りを打つ。


 


「ブリジットさんはな、開拓の書類作成や工事現場のフェンリル達の指示統括で忙しい中、わざわざ時間を見つけてスキルコントロールの修行までしてるんだぞ!?」


「それに比べてお前はどうだ!? 家でゴロゴロポテチ食って、相棒に絶妙にエロい感じでダル絡みしてるだけ! これじゃ家族っつーか──」


 


 ヴァレンがグッと指を突きつけて叫ぶ。


 


「──“扶養家族”じゃねーか!!このタダ飯喰らいが!!」


 


「なっ!?」


 


 あまりの言われように、リュナは一瞬だけ目を剥いた。


 が、すぐにニッと笑って、ふわりと身を起こすと──


 


「姉さ〜ん、ヴァレンがあーしにいじわるする〜〜」


 


 と、ブリジットの肩にすり寄って甘え始めた。


 


 ……その姿勢、まるで大型犬。


 ダウナー黒ギャルの皮を被った、忠犬っぽい。


 


「リュナちゃん、よしよーし!」


 


 ブリジットちゃんは笑顔で、リュナちゃんの頭をやさしく撫でてやっている。


 その様子を見て、俺は無意識に心の中で叫んでいた。


 


(尊いッッ!!!)


 


 撫でる側も撫でられる側も、どっちも等しく羨ましいッッ!!



 ふにゃっと気を抜いたリュナちゃんの表情と、それを慈しむように見守るブリジットちゃん。


 ……あの二人、歳は逆だけど、完全に“お姉ちゃんと甘えん坊の妹”ムーブだ。


 


「──って、ブリジットさん!!」


 


 ヴァレンが思わず叫んだ。


 


「そいつを甘やかすんじゃあないッッ!!」



「え〜〜〜? だってリュナちゃん、可愛いんだもん……」


 


 とろけたような笑顔でブリジットが返す。


 その光景に、ヴァレンは頭を抱えた。


 


「リュナ、お前さあ!900歳以上年下の女の子にニャンついてるんじゃねえよ!?」


「──お前、ここで《《圧倒的最年長》》だろうが!!」


 


 ……その瞬間だった。


 


 バチンッ、と空気が一変する音がしたような気がした。


 


 リュナちゃんの背中、──黒い鱗ラメのボディコンスーツの上から、竜の腕がズルリと一本、生える。


 黒銀に光る、鋭く尖った爪。


 そのまま音もなく、ヴァレンの喉元に──


 


 突きつけられた。


 


 リュナちゃんの瞳からは、すでにハイライトが抜けていた。


 薄い金色の双眸に、静かな怒気が宿っている。


 


(とし)のことイジんな……殺すよ?」


 


 声は静かだった。


 けれど、火山の奥底でマグマが煮え立つような、危うさがそこにあった。


 


「……あっ、はい、ごめんなさい、それは本当に俺が悪かったです」


 


 ヴァレンは額に汗をにじませながら、即座に両手をあげて降参ポーズ。


 


(今のは、ヴァレンが悪いな……)


 


いかに1000年の時を生きるドラゴンとは言えど、リュナちゃんだって女の子。


女性を相手に、“年齢”を話題に出す。


──そんなものは、どこの世界だろうが共通の地雷ワードでしかない。



ヴァレン……お前、恋愛観察マスターのクセに、


リュナちゃん相手だとデリカシーに欠けるよね。




 ◇◆◇




 リュナちゃんの“年齢ネタ”地雷が炸裂して以降、室内にはしばしの沈黙が流れていた。


 


 ──俺は、というと。


 


 膝の上に彼女の脚。肩には彼女の頭。


 そのまま無抵抗の“ソファの一部”として、心を無にして沈黙を保っていた。


 下手に動くと危ないからね!色んな意味で!


 


 そんな中、ヴァレンがようやく口を開いた。


 


「と、ともかくッ!」


 


 やや声を裏返しながら、一歩踏み出す。


 


「このままでは、俺はお前を“王道ラブコメの正ヒロイン”として応援しにくくなってしまう!!」


 


「ほぉ〜?」


 


 リュナはブリジットにもたれながら、俺の膝に脚を乗せたまま、ゆるっと笑う。


 


「じゃああーし、ヒロインじゃなくていいよ? むしろあたし、裏ヒロインとかの方が美味しいって思ってるし?」


 


「黙れ!!"エッチなおねいさん枠黒ギャル"が!

裏ヒロインなんておこがましいんだよ!ラブコメ舐めんな!!」


 


 ヴァレンがビシィッとツッコむが、リュナは気にした様子もなく、ニヤッと唇の端を吊り上げた。


 


「で? そんじゃ、どーすんの?」


 


 その声は明らかに挑発的だった。


 


 ヴァレンはしばらく口を引き結び……そして、静かに告げた。


 


「お前と相棒をモデルに、漫画を描いて出版する」


 


 場の空気が、ぴたりと止まる。


 


「タイトルは──《元ドラゴンのダウナー黒ギャルお姉さんが俺に甘えてくる件について》。どうだ」


「これなら、今のお前の体たらくでも、ヒロインとして成立させられるラブコメ作品になる…!」


 


「──っ!」


 


 思わず、俺は立ち上がりそうになった。


 


「ちょっと待て! それ、流れ弾が俺にも直撃してない!? むしろ俺が主人公じゃない!? そのタイトルだと!」


 


「主人公:アルド・ラクスシズ。属性:家事全般得意系男子。趣味:料理と掃除洗濯、犬の世話。

ヒロイン:リュナ。属性:年上甘えん坊ジト目ギザ歯ダウナー系黒ギャル(元竜)。多少盛りすぎ感はあるが、設定は完璧だな」


 


「いや何が完璧なんだよ!!せめて名前は変えたりしてくれない!?」


 


 俺の抗議などどこ吹く風で、ヴァレンはすでにペンの握りを確認し始めていた。



 ちょっと、本当やめて?ヒカル先生!



 キミの漫画は大好きだけど、自分が主役のラブコメ漫画なんていう、黒歴史を超越した特急呪物、俺には耐えられないよ!?


 


 一方のリュナちゃんは──というと。


 


 黙っていた。めずらしく、ほんの少し長く。


 


 沈黙の末に、彼女はふいに立ち上がり、

 伸びをしながらぼそっと言った。


 


「……よし、それじゃ、あーしは西の森林で開拓やってるフェンリル達のとこ、手伝いに行ってくるっす」


 


 その目はちょっとだけ鋭く、照れてるような、でも悔しさもちょっと混じってるような、そんな顔だった。


 


「おう。って、えっ?」


 


 ヴァレンが間の抜けた声を上げる。


 


「え、行くの!? マジで!? ていうか、働くの!?」


 


 リュナちゃんはくるっと振り向いて、ニコッと笑った。


 


「自分がモデルの漫画だけは、あーし的にマジでNGなんで。」


 


 そう言いながら、彼女は軽やかに玄関へと向かう。


 黒いラメのスーツに、風がひらりとはためいた。


 


「……いや、待て」


 


 ヴァレンが何かに気づいたような声を漏らす。


 


「やっぱ、働かなくていい。冗談のつもりだったが……傑作になる予感がしてきた。取材するから、そのまま相棒にダル絡みを続けてくれ」




 いや、最初と言ってる事180度変わってるじゃん。本末転倒が過ぎる。


 


「……それじゃ、行ってくるっすね〜!」


 


 逃げるように、文字通り風のように、リュナちゃんはカクカクハウスの扉を開けて外に出ていった。


 


「おいっ、待てってば!!取材させて!!」


 


 ヴァレンが叫ぶも、すでにリュナの気配は空の彼方。


 


 ──残された俺たちはというと。


 


 ソファにお行儀良く座るブリジットちゃんと、床で寝そべるフレキくんと、俺。


 


 顔を見合わせ、声を揃える。


 


「「「……ま、いっか」」」


 


 そのあと、俺たちは自然と笑い合っていた。



 こうして今日も、フォルティア荒野の一日は、平和で賑やかだった──。

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