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第62話 色欲の魔王と、滑り落ちた魂たち

 夕焼けが、空をやさしく染めていた。


 金と茜がまじりあう空を背景に、俺たちの乗った車は、フォルティア荒野へと続く街道を静かに滑っていく。


 舗装された路面にタイヤが触れるたび、柔らかい摩擦音が小さく響いた。



 運転しているのは、ヴァレン。



 左ハンドルのその席で、彼は片手でハンドルを操りながら、どこか懐かしいメロディを口ずさんでいた。



 「〜〜♪」



 小さく、鼻歌みたいな歌声。


 音程はちょっと怪しいけど、俺の記憶の中にある“あの映画”の主題歌だ。


 まさかこの世界でそれを聴くとは思ってなかった。



 「……」



 俺は窓の外に目をやるふりをしながら、静かに思考を巡らせる。



 この車――いや、"心花顕現(サモン・フラッター)"とかいう魔法で呼び出された“魔導車”は、どう見ても前世の現代日本で見た高級外車にしか見えない。


 ボディは黒曜石のように光を吸い込み、ドアの開閉は羽のように静か。


 内装はレザーと金属が絶妙に混ざり合い、シートはふかふかすぎて体が沈むほど。


 けど、よく見れば、ダッシュボードには不思議なルーンが刻まれていて、ギアレバーには宝石めいた装飾。


 この世界の“魔法”のエッセンスが、さりげなく差し込まれている。……まるで異世界仕様のコンセプトカーみたいだった。



 (……完全再現。いや、それ以上か)



 ヴァレンのことが、ますます分からなくなる。



 「ん〜♪今日もエンジン良好良好!」



 ハンドルを切りながら、ヴァレンが呑気な声で言った。



 「……」



 俺は、そっと後部座席の方に目をやる。


 ブリジットちゃんとリュナちゃんが、互いに寄りかかりながら眠っていた。


 どちらも心底安心しきった顔で、まるで子供のような寝顔だった。


 ブリジットちゃんは小さくブランケットを抱え、リュナちゃんはマスクの下で「ふみゅ……」と寝言を呟いている。


 その膝の上には、フレキくん。


 ミニチュアダックスの姿のまま、丸くなって寝息を立てていた。たまに耳がぴくっと動くのが可愛い。



 ……その光景を見て、自然と笑みが浮かぶ。



 ほんの少し前まで、それぞれが死や孤独と隣り合わせだったあの三人が、今こうして無防備に眠っている。


 この旅が、彼女たちの心を少しでも楽にできたのなら、それだけでも俺は、来て良かったと思える。



 けれど──



 その笑顔は、ほんの一瞬。


 俺はすぐに視線を前へ戻し、ヴァレンの背中に、じっと目を向けた。



 (ヴァレン・グランツ……)


 (“押舞ヒカル”というペンネームで、漫画という概念すらないこの世界で、完璧な構成と表現力をもった恋愛漫画を描いた作者。そして、この魔法車(サモン・フラッター)……)


 (どう考えてもおかしい)


 (……お前、まさか……俺と同じ、“転生者”なんじゃないか?)



 俺の中に、言葉にできないざわつきが広がっていく。


 何かが引っかかっている。


 ただの直感じゃない。


 理屈も、証拠も、状況も、全てが少しずつ、ひとつの結論を指し示していた。



 ──ヴァレン・グランツは、ただの“異世界の魔王”じゃない。



 俺と同じように、“この世界の外側”から来た存在。


 ……そんな気がしてならなかった。


 それでも、まだ決めつけるには早い。


 俺は、ヴァレンをもっと見たい。聞きたい。知りたい。



 (──"色欲の魔王"ヴァレン・グランツ。)


 (結局こいつは、何者なんだ……?悪いヤツではないと思うけど……。)



 後部座席で眠る三人の姿を、再びちらりと見て、胸の奥がきゅっと締めつけられる。


 守らなきゃならないもの、知らなきゃいけない事が、少しずつ、増えていく。


 俺の知らないところで、きっと、これからも。




───────────────────


 時は少しだけ遡る。



 フォルティア荒野へ帰るその日、朝の王都ルセリアは、やたらと空が青かった。


 宿の前には、荷物をまとめた俺とブリジットちゃん、そしてリュナちゃん。


さらにおまけの一匹──ミニチュアダックス姿のフレキくんが、ブリジットちゃんの腕の中からぴょこりと顔を出している。


 これで出発の準備は完了。


 帰りも行きと同様、街道は歩いて、人気が無くなったらノーマルモード(5m級)に戻ったフレキ君に乗せてってもらう予定だ。あれ超怖いけど。



 「よーし、それじゃあ出発──」


 「やぁやぁ、待たせたね諸君。」



 その声が聞こえた瞬間、俺たちの表情がぴたりと止まった。


 「……」


 「……」


 「……」


 何故か隣に並んでいるのは、ラフなパーカー&七分丈パンツ姿にサングラスをかけた、どこぞの現代人風・"色欲の魔王"。


 ヴァレン・グランツが、あまりにも自然に荷物を抱えて立っていた。



 「……ちょっと」



 リュナが眉間にしわを寄せて、半眼でじとっと睨む。



 「何自然に並びに混じってんの、お前」


 「いやいや〜」



 ヴァレンは満面の笑顔で手をひらひら。



 「俺もさぁ、“開拓”ってやつ? ちょっと手伝ってみようかなーって思ってね。」


 「えっ!?」



 俺とリュナちゃん、声を揃えて驚く。


 えっ、このままウチの領民になるつもりなの?


 魔王なのに?



 「……マジで言ってんの?」



 思わず俺が聞き返すと、ヴァレンは親指を自分に向けて堂々と胸を張った。



 「もちろん本気だとも! 俺は使える男だぜ? 地味に掃除もできるし、料理も割と上手い。しかも色気もあるって評判だしな?」


 「誰の評判だよ」



 ツッコミが自然に出てしまう。が、それでもヴァレンの口は止まらない。


 あと、掃除と料理は俺の役割だから。被ってんのよ。



 「なぁ、ブリジットさん。いいだろ? 俺、キミの部下でいいよ。あくまで手伝う立場。ボスはキミ、俺はしがない雑用係(※魔王)ってことでさ」


 「え、ええと……」



 戸惑うブリジットに、ヴァレンは片目をつぶってウィンクを飛ばす。



 「ちなみに、俺が魔王だからって気にしなくていい。なんならグラディウスのやつも『力を貸してやれ』って言ってたし? 宰相のお墨付きってやつだ。最高だろ?」


 「何も最高じゃねぇし」



 リュナちゃんがさらにジト目になる。もはや視線が針のようだ。若干、羨ましくもある。


 ……でも、そんな中、ブリジットちゃんはふわっと笑った。



 「うん! もちろん歓迎するよ!」


 「これからよろしくね、ヴァレンさん!」



 彼女はそう言って、ヴァレンに手を差し出す。


 まあ、ブリジットちゃんならそう言うと思ったけどね!



 「ククク、よろしく頼むぜ、ボス!」



 にっこりと笑ったヴァレンは、その手をしっかり握り返した。


 ……こうして、"色欲の魔王"が開拓団に参加するという、前代未聞の人事が決定された。



 「マジかよ……」



 俺は頭を抱えた。



 「うわぁ……最悪っす」



 リュナちゃんは嫌そうな顔をしたが──その瞳が、微妙に優しい輝きを放ってたのを、俺は見逃さなかった。


 ……ま、なんだかんだ、賑やかになりそうだ。




 ◇◆◇




 出発直前、街道沿いの広場にて。


 俺たちは荷物を積み終え、さて何で帰るか──という段階で、一匹の犬が小さく首をかしげた。



 「帰りはどうしましょう? またボクが皆さんを乗せて走りましょうか?」



 ふさふさとした金色の毛並み。ミニチュアダックスモードのフレキが、ちょこんと俺の足元に座って提案してくれる。


 その顔には、「頼ってください!」という純粋無垢な忠誠の笑みが浮かんでいた。



 ……が。



 「うーん……いや、フレキくんも慣れないお出かけで疲れてるだろうし、悪いよ。」



 俺はなるべく優しい声で返す。けれど、次の言葉だけはどうしても避けられなかった。



 「それに……その……あの乗り方って……」



 フレキくんの巨大化した胴体に、皆でまたがって帰る、あの乗り方。



 「……フレキくんの腰に、良くない気がするんだけど……」


 「なっ……!?」



 ミニサイズのフレキくんが、カッと目を見開く。耳がぴくぴくしている。



 「ご、心配ありがとうございますっ! ですが大丈夫です! ボクはこう見えてフェンリルの新しい王ですから!」



 元気よく前足をバタつかせながら、フレキはさらに提案してくる。



 「それなら、ボクが"神獣化"して皆さんを乗せて帰るのはどうでしょう!?」



 神獣化。


 つまり、あの見ただけでSAN値が下がる様な、胴が超長い、神龍みたいな姿になる、ってことか。


 ……空にたゆたう金の大蛇風超ロングダックスフンド。その背に皆で並んで座る帰り道。



 日本昔ばなしのオープニングかな?



 そんなツッコミが喉まで出かけたが、なんとか飲み込んだ。


いや、違う世界だからって思考を諦めるな俺。



 「ここは俺に任せたまえ、フレキ君!」



 そこへ割って入ってきたのが、まるでスター登場のごとく胸を張ったヴァレンだった。



 「新入りの俺が、いいところ見せなきゃな!」



 そう言ってヴァレンが指を弾く。


 その瞬間、空間にキラリと光が走る。



 「"心花顕現(サモン・フラッター)"──」



 詠唱と共に、光の花弁が舞い、そこに“何か”が姿を現す。



 ──現れたのは、流線型の美しいボディに、漆黒と銀の塗装が施された“車”。



 ……いや、正確には(クルマ)に似た何かだ。


 前世の俺の薄給ではとうてい手が届かないベ◯ツのSクラス風のシルエット……


 だけど、ボディの側面には、流れるような魔術陣が刻まれていて、ホイールは蓮の花のように展開する装飾が施されている。


 前方には獣の牙を模したフロントグリル。

 その姿は、まるで王家の魔導馬車と、現代車の融合体だった。



 「うっわぁああ!!」



 隣でブリジットが目を輝かせる。



 「すごいすごい! こんな魔導具、見たことないよ!」



 両手を胸の前で組み、きらきらと目を輝かせる姿は、まるで少女そのものだった。


 その横で、リュナがぐいと眉を寄せて呟く。



 「……お前のソレ、何でもアリ過ぎてズルくね?」



 ぼそっと言った声に、俺も内心うなずいてしまう。


 フレキはフレキで、車の前にぴょんぴょんと飛び跳ねていた。



 「ヴァレンさん! すごいです! かっこいいです!」



 その様子を見て、ヴァレンが得意げにサングラスを直す。



 「ふふっ、そうだろうそうだろう。これはね、“ロマン”の結晶なんだよ!」



 いやいや、ロマンどころか常識の破壊力だよ。


 俺は、改めて車に視線を向けた。



 (これは……《《自動車》》!?)



 心臓がわずかに跳ねた。


 流石のこの世界でも“車”という概念は存在しないはず。なのに、これがあるということは──。



 (やっぱり……お前も、“こっち側”なのか? ヴァレン……)



 確信にはまだ届かない。


 けれど、胸の奥が少しだけざわついた。




─────────────────




 ハンドルを片手で操るヴァレンの横顔は、妙にサマになっていた。


 この世界じゃ絶対にお目にかかれない──いや、俺の前世でもそうそう拝めないような、流線型の魔導車が、音もなく街道を滑るように走っている。


助手席に座る俺の背中には、ふわりと優しい革のシートの感触。


 後ろの座席からは、微かな寝息が三つ──ブリジットちゃん、リュナちゃん、フレキくん。


 みんなこの心地よさにやられたのか、いつの間にか眠ってしまっていた。



 (サスペンション、すごくしっかりしてるな……いや、これ、魔法的な制御か?)



 車体が跳ねることもなく、揺れもほとんどない。

 

 舗装されていない道を走っているはずなのに、まるで雲の上を滑っているような感覚だ。


 内心で構造をあれこれ想像しながら、俺はふと横に視線をやる。



「なぁ、ヴァレン」


「ん?どうした、相棒?」


「この乗り物って……何なの?」



 俺の問いに、ヴァレンはニヤリと笑った。



「ああ、これ? “自動車”ってんだ」


「……じどうしゃ」


「燃料は、まぁ俺の魔力だけどな。好きなんだよ、こういうの。彼女と並んで助手席に乗って、二人だけの旅路……くぅっ、想像しただけで胸がときめくだろ?……まあ、俺は見る専だが。」



 たしかに。こんなスーパーカーにブリジットちゃんとリュナちゃんを乗せて走ったら……と想像するだけで、ときめいちゃうね!



 ──いや、違う。ちょっと待て。



 “自動車”。その言葉も、その形も、どう考えても、"《《かつて俺のいた世界》》"のものだ。



 この世界の住人が、知っているはずのない代物。



 俺は、後部座席の三人が眠っているのを確認してから、小声で訊ねた。




「ヴァレン、お前……ひょっとして、《《前世の記憶》》とか、あったりする?」




 一瞬、彼の表情が止まった。


 驚き──だがすぐに、ふっと柔らかく笑みを浮かべる。




「……ああ、さすがはSSR(真祖竜)。《《そういう》》のも知ってて当然か」



(……違う。俺が“知ってる”のは、こっちが本当に前世から来た転生者だからだ)



 言いかけて、やめた。たぶん今ここで訂正しても、ヴァレンは信じない。


 というより、必要がない。


 たぶん、彼なりに、自分の立ち位置をもう理解しているのだ。



「でもな、俺には"前世の記憶"ってやつ、そのものがあるわけじゃねぇんだよ」



 そう言って、ヴァレンは話し始めた。



 俺は彼の言葉に耳を傾けながら、何度も頷いた。




 “宇宙の底に堕ちた魂たちが辿り着く世界”、アル=セイル。


 摺鉢型の構造を持つ、《《世界にとっての宇宙》》、

“イデア・クレータ”。


 魂の流れ、転生の仕組み、“魔王”という存在の起源。


 ──色欲の魔王、ヴァレン・グランツは、恋することができない。


 でも、“他人の恋”を愛してやまない。


 他人の恋に感動し、祝福し、涙し──それをただ見守ることに生きがいを感じる。




 まるで……



 (……まるで、恋愛オタクだな)



 でも、それが滑稽に見えないのは、彼の語り口が誠実だからだ。


 どこまでも真摯で、どこまでも純粋。


 だから、誰よりも無害で、誰よりも深い“情”を宿している。


 彼がファッションや自動車に詳しい理由もわかった。


 この世界“アル=セイル”が、他の世界から“滑り落ちてきた魂”の吹き溜まりだから。


 そして、ヴァレンは、その魂たちの集合体として生まれた存在。


 彼の知識や価値観が、なぜ“異質で現代的”なのか──それも、すべて辻褄が合った。



「……なるほど」



 思わず、声が漏れた。


 ヴァレンが生まれた理由。魔王という“罪の器”の意味。


 この世界に、なぜ近代的な文化が点在しているのか。


 すべてが、腑に落ちた。



「ってことは……この世界、“アル=セイル”ってやつには、他の世界から滑り落ちてきた魂が多くいるってことか? だから、王都の文化にも現代の……いや、《《他の世界》》の文明っぽいものが混ざってたんだな?」



 俺の言葉に、ヴァレンはウィンクを返してきた。



「──御名答♪」



 助手席の俺は、思わず吹き出しそうになるのを堪えた。


 でも、やっぱり思う。



 こいつは──色欲の魔王なんて肩書きが、もったいないくらいだ。



 どこまでもピュアで、どこまでも無害で。



 ──そして、俺と同じ“外から来た者”だった




 ◇◆◇




 「……ってことはさ」



 ふと気づいたみたいに、俺はシートにもたれかけていた背中を起こした。


 フレキくんの小さなイビキが後ろから聞こえる中、助手席で膝を組み直しながら、ぽつりと続ける。



 「これからフォルティア荒野を開拓していくにあたって──“他の世界の文明っぽいもの”を作っちまっても、そんなに不自然なことじゃないってこと、だよな?」



 運転席のヴァレンは、グリップを軽く回しながらも、視線はずっと前を向いていた。


 けれど、その口元がゆるく歪んで、ニヤリとしたのが分かった。



 「おうとも。むしろ歓迎されるかもな。外から持ち込まれた風が、新しい文化を運ぶってのは、この世界では昔からよくある話さ」



 肩の力が少し抜ける。……そうか。やっぱり、こいつは分かってるんだな。


 俺は助手席の窓を少し開けた。乾いた風がふわりと吹き込んで、髪を揺らす。


 夕陽が傾きかけていて、赤金色の光が街道沿いの草を長く染めていた。


 その先、はるか彼方に見える地平線──そこに広がる“まだ何もない大地”を、俺は心の中で地図のように思い描く。



 「今まではさ、どこまでやっていいのか分かんなくて、結構遠慮してたんだよ」



 俺は窓の縁に額を軽く預けて、口調を落とした。



 「けど……もしかして。わりと好き勝手に街づくりしちまっても、いいのかもしれないな。ひょっとして、だけど」



 「その通りだ、相棒!」



 ヴァレンがハンドルをくるりと回して緩やかなカーブを曲がりながら、勢いよく片手でグッと親指を立てた。



 「しかももう一つあるぜ。相棒には、街を作るにあたって──とびきり便利で、トンデモなく役に立つ新たな力が手に入ってる。さて、何だと思う?」



 わざとらしくニヤつくその顔に、俺もつられて口元が緩んだ。



 「……お前の“心花顕現(サモン・フラッター)”、だろ?」



 ヴァレンの顔が、ぱっと花開くみたいに輝いた。



 「ピンポン正解! やっぱ分かってるじゃないか!」



 拳を握って前方に突き出す彼は、まるで小学生男子が「秘密基地計画」を打ち明けてきたかのような無邪気さだった。



 「俺はな、お前が主人公の物語を、見届けたい。──最高のラブコメをな!」



 そのまま、胸を張って親指で自分を差す。



 「だから、そのための“使用料”としてなら、いくらでもこの力、貸してやるよ」



 まっすぐな言葉。どこまでも軽薄そうな外見なのに、こういう時だけやたら真顔になるんだよな、こいつ。



 「俺とお前が力を合わせれば、トキメキに溢れる街が作り放題だぜ?」


 「ベンチに座ったカップルが夕陽を眺めてるだけで、勝手に映画のワンシーンになるような──そんな場所をさ!」



 ……言ってることは半分アホの子みたいなのに、なんで妙に説得力あるんだよ。


 俺は呆れ半分、でもちょっとだけ胸が躍るのを感じながら、肩をすくめた。


 まあ、今のところ、領民の90%は巨大な犬なんだけどね。



 「言っとくけどな。領主はブリジットちゃんだからな。あくまで、俺じゃない」



 「おう、もちろん!」



 ヴァレンは大真面目に頷く。



 「主役の女の子が納得しないラブコメなんざ、ラブコメに非ず! 俺はそういう主義なんでな!」



 ……うまいこと言うね。


 俺は思わず吹き出してしまいそうになりながら、それでも真剣な顔つきで手を差し出してきた彼を見つめた。


 ハンドルから手を離さないよう注意しながら、ヴァレンは右手を斜めに伸ばし──



 「これからよろしくな、相棒!」



 ──なんつーか、その笑顔がまっすぐすぎて、正面から見るとちょっと照れるんだよな。


 俺も軽く息を吐いてから、右手を差し出して、しっかりと握り返す。



 「……ああ、よろしく。」



 しっかりとした手応えと共に、これからの街づくりがちょっとだけ楽しみになってくる。


 と、そのとき。



 「……相棒って……ださいっすよ……兄さん………」



 後部座席から、寝息に混じってそんなぼやきが聞こえた。


 ──リュナちゃんだ。


 横になって眠ってる彼女は、眉間に皺を寄せたまま、マスクの下でうつらうつらと呟いていた。



 ……寝言でまでダメ出ししてくるなんてね。



 でも、俺とヴァレンは目を合わせ、暗黙の了解で同時に前を向いたまま、なかったことにした。

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