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第53話 side ヴァレン・グランツ③ ──魔王、王道ヒロインと出会う──

 ──王都ルセリア。



 純白の壁と翡翠の瓦が織り成す街並みは、傾きかけた陽光に赤く縁どられていた。



幾何学的に配置された街区は、中央の王城を軸に美しく円を描き、整然としたその構造はまるで巨大な星図のようですらある。



 城塞の塔群が金の光を受けてきらめき、賑わう市街地の路地からは、夏祭りのざわめきが風に乗って空へと流れていた。


 

 その空を──異様な物体が滑空していた。



 一枚の、やけに角ばった木製のテーブル。



 その上に仁王立ちしているのは、ツーブロックの黒髪赤メッシュにサングラス。


肩にかけたロングコートに袖も通さず靡かせる男。



“色欲の魔王”ヴァレン・グランツ。



「ふぅん……久々の王都は、なかなかラブい匂いが漂ってるじゃあないの。」



 サングラスを指先で外し、夕風を受けながらルセリアの街並みに視線を落とす。


口元にはいつもの軽薄な笑みを浮かべながらも、その瞳だけは鋭い。


冷静で、そして確信に満ちた狩人の目をしていた。



 彼の視線が静かに染まっていく。



「さて……魂、視させてもらおうか」




 風が凪ぎ、世界が沈黙する。



 ヴァレンの持つスキルの一つ、“魂視ソウル・サイト”。



──それは対象の魔力や外見ではなく、その存在が持つ「魂の構造」そのものを見る魔王特有の能力。


重力を失ったかのように視界の奥行きが変化し、景色が色を失っていく。



 そこにあったのは、形なき“光の海”だった。



 人々の魂が、灯火のように浮かんでいた。淡く、揺れ、鼓動する光。


激情を抱えた魂は赤く燃え、穏やかな者は乳白色に霞む。



 だが、その中に──際立って強い光が、いくつも存在していた。



「……おおっと。これはまた、濃ゆいのが群れてるねぇ」



 王都の中心、王宮。そこには五つの魂が、まるで盾のように一列に並んでいた。


 どれもが鉄のように堅牢で、同調する周波を帯びている。


 意識の波長が常に整い、他者の動きを予測して動く。まさに集団戦闘の精鋭たる証──



「これは『神聖騎士団(セイクリッド・ナイト)』の連中だな。さすがエルディナ王国の誇り。」



 次いで、視線を街の北東部へと動かす。


 巨大な塔が螺旋状に連なり、魔導技術と商業が融合した建築塔──通称、螺旋モール。



「うんうん、ここからはラブコメの香りがするよ……」



 内部を覗き込むように視線を滑らせると、中央部にひときわ整った銀白の魂が煌めいていた。


 核は静かで強く、表層は繊細で複雑な感情を幾重にも折りたたんでいる。清廉で、しかし孤独を知っている魂。



「──あれが、リュナが言ってた"ブリジット姉さん"か」



螺旋モール内に存在する、銀の魂。その核は限りなく純粋で、想いにまっすぐ。


ヴァレンの500年の人生でもなかなかお目にかかれない、清廉なる魂の色。



(……なるほど、こりゃ、アイツがヒロインの座を譲りたくなる訳だ。)



ヴァレンは鼻先で笑う。



「……けど」



その視線が、すっと方向を変えた。



「問題はこっち」



王都の南西、活気ある露店が並ぶ通りの先。


建物の影にふたつの強い魂が寄り添っていた。


ひとつは、まだ未熟ながらも黄金色の炎を宿した、狼のように鋭く忠義に満ちた魂。



「これは……リュナの言ってた可愛いワンちゃん、フレキくんか。フェンリルの若き王様ってところだね」


「……うん、良い魂の色をしている。これは将来良い男に育つね。」





もうひとつは──




「……んぐッ……!」




まるで、胸を殴られたかのような圧力。


“魂視”でそれを見た瞬間、ヴァレンの背筋に冷たい汗がつたった。



「なっ……なんだ、これ……!?」



その魂が放つ存在感。


それはもはや“魂”などと軽々しく呼べるものではなかった。


深淵の底に潜む神性。


全ての始まりに触れたかのような、太古の鼓動。


金でも銀でもない。


形容不能な透明な熱が、ただそこに“ある”。



「……これが……“真祖竜”……アルドラクス……!」



 魔王であるヴァレンですら、思わず目を逸らしかける。それほどの威圧感。



 だが──



「……ははっ……すげぇや、ほんとに。こりゃ、ラブコメの“主役”どころじゃない。"ハーレム主人公"の器だよ、これ」



 それでも、ヴァレンは怯まなかった。


 むしろその胸に、ぐっと熱がこみ上げる。



「──けど、こいつなら……リュナも、ブリジットさんも……何なら、"全人類の女性"をも幸せにしてくれる器……。いや……“できなきゃおかしい”くらいだろ?」



 風が吹き抜ける中、ヴァレンはテーブルの端に腰を落とし、空中でくるりと一回転。


 そのまま夕暮れの風を背に、王都の中心──螺旋モールの方向へと滑空していった。



「ククク。さぁて……観察開始といこうか」



 “色欲の魔王”、ヴァレン・グランツ。



 その軽薄にして誠実な視線が、今──恋模様の中心へと、真っ直ぐに向かっていた。




 ◇◆◇




 螺旋モールの中層階。



 緩やかな回廊に沿って配置された店舗の前を、一人の少女が不安げに歩いていた。


手に握った地図は折り目も歪み、すでに何度も見返した形跡がある。


 


(……どうしよう、こっちで合ってるのかな……?)


 


 金のポニーテールをふわりと揺らしながら、少女――ブリジット・ノエリアは立ち止まり、小さくため息をついた。


 


 その背後。


 


「おやおや、困ってる顔してるね。よければ、相談くらいは乗るぜ? お嬢さん」


 


 軽やかに、けれど妙に耳に残る声が背後から届いた。


 


 ブリジットはぴくりと肩を揺らし、くるりと振り返った。


 


 そこに立っていたのは──


 黒髪に赤メッシュのツーブロック、サングラスをかけた長身の男。


 ロングコートを袖も通さず肩に引っかけ、片手をひらひらと振っている。


 その風貌は、どう見ても“チャラ男”そのものだった。


 


「え……あ、す、すみません……?」


 


 警戒と困惑がないまぜになった目が、ブリジットの表情に浮かぶ。


 しかし、次の瞬間、男はサングラスを外し、ゆっくりと目線を合わせた。


 


「大丈夫、怖くないよ。」


「俺、リュナの──まぁ、ちょっと古い……友人?……まぁ、知り合いなんだ。君の事はリュナから聞いててさ。ちょっと心配でね、君の顔見て声をかけただけさ」


 


 その言葉に、ブリジットの目がぱっと驚きに見開かれた。


 


「……えっ! リュナちゃんのご友人なんですか! それなら──!」


 


 ほっと安心したように表情が柔らぎ、彼女は深く頭を下げた。


 


「はじめまして、あたし、ブリジット・ノエリアです! いつもリュナちゃんには助けられてて……ありがとうございます!」


 


 その礼儀正しい一礼と、真っ直ぐで礼儀正しい挨拶。


 そして、純粋に人を信じ、敬意を向けるその姿勢。


 


(おいおい……初対面の俺をそんな信用しちゃう?)


(これは……この子、"ヒロイン力"が高いな……!?)


 


 ヴァレンの中の“ラブコメセンサー”が、じりじりと過熱していく。


 


 その後の会話は、まるで舞台のワンシーンのようにスムーズだった。


 


 ブリジットは丁寧に語った。


 フォルティア荒野でのこと。


 かつてエルディナ王国の貴族として生まれた過去。


 “毒無効”という祝福を授かり、家族に疎まれた苦い記憶。


 そして今、あの荒野で出会った仲間たちと、居場所を築き始めていること。


 中でも、アルドという少年のことを語るときは、言葉の端々が自然と緩み、声音も心なしか甘くなっていた。


 


 「今日は、アルドくんの誕生日なんです」


 


 その一言に、ヴァレンの脳内で“ピンポーン”という鐘が鳴った。


 


 「本当は手料理を作ってお祝いする約束をしてたんですけど……でも、書類の確認が長引いちゃって……戻れなくて……それで、少しでも代わりになることができないかって……」


 


 彼女の不安は、ひとつひとつが想いに裏打ちされた、揺るぎのない本気だった。


 


(やばい……この子、LHP〈※ラブコメヒロインポイント。ヴァレン独自の単位。〉90オーバーだ……!)



(リュナの応援に来たんだけどな……この子の純度とヒロイン力の高さ、見逃せねぇぞ……!)


 


 ヴァレンは静かに決意した。


 この子の恋もリュナの恋も、両方とも徹底的に応援する、と。


 


 レンタルスペースの予約は俺に任せなさい。


 クッキーのレシピは、ちょっとした魔王の魔導菓子知識を使って伝授してあげる。


 ラッピング?任せなさい、ギフトマーケティングなら一時期趣味で学んだ。


 浴衣も髪型も、モールのテナントに顔が利くからどうとでもなる。


 


 そう、すべては──完璧なラブコメ演出のために。


 


 ブリジットは最初こそ恐縮しきりだったが、次第に心を開き、ヴァレンの提案に素直に耳を傾けるようになっていた。


 そして、焼き上がったクッキーを見て、「美味しそう!」「ヴァレンさん、ありがとう!」「アルドくん、きっと喜んでくれる!」と満面の笑みを浮かべたその瞬間。


 


 “色欲の魔王”は、確信した。


 


 (この子は絶対、幸せにすべきだ)


 


 だから──その“相手”である"真祖竜"には、相応の資格が求められる。




 力ではない。2人のヒロインを幸せにする"ラブコメ主人公"としての資格が。


 


 夕暮れがモールの窓を橙に染めるなか、ヴァレンは静かに、空を見上げた。


 


「さて……アルドくん。君が、ラブコメの主人公たりえる器か──この目で、見せてもらおうか」


 


 風が、彼のロングコートの裾を揺らした。


 


 王都ルセリアの空に、またひとつ、恋物語の始まりが刻まれようとしていた。




──そして、真祖竜と魔王の追跡劇が始まる。

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