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第5話 旅立ち、そして空へ

 夜明け前の空は、薄く紫がかっていた。

 その中に、ひときわ白く輝く月が、まだ消えずに残っている。


 ——旅立ちには、悪くない時間帯だ。


 俺は、荷物をマジックバッグ(いくらでもアイテムが入る鞄)に詰め込み、竜の姿のまま、悠天環(ゆうてんかん)の縁に立っていた。


 この浮島の端から飛び立てば、あとは空の果てまで自由だ。何にも縛られず、どこへでも行ける。


 けれど、その前にひとつ、やらなきゃいけないことがあった。


 「……グルーシャ」


 背後からの気配に振り返ると、いつもの眠たげな目をした幼竜が、ゆっくりと歩いてきていた。


 身体のラインは俺と似たようなもので、白銀の鱗が朝日を反射して、微かに光っていた。


 《……旅、行くんだね》


 「うん。そろそろ、限界。ここに、俺の居場所はない」


 俺がそう言うと、グルーシャはほんの少しだけ尻尾を揺らした。

 きっと、それは感情の動き——彼女なりの「寂しい」のサインなんだと思う。


 《……星降りの宝庫の本、まだ全部読んでないんじゃ……?》


 「全部読むにはあと百年くらいかかるけど、それはまた帰ってきたときにでも」


 冗談めかして言ったつもりだったが、グルーシャは何も言わなかった。


 俺は、少しだけ言葉に詰まった。


 この数十年間、彼女は唯一まともに“会話が成立する”存在だった。


 面倒くさがりだけど、言うことは意外と的を射ていて。


 ずっと無関心に見えて、その実、俺の変化を誰よりも早く察していた。


 だからこそ——


 「ありがとうな、グルーシャ。お前がいたから、俺は……」


 途中で言葉がつまる。


 感謝とか友情とか、そういうベタなものじゃない。


 でも確かに、彼女の存在があったから、俺は“孤独”に飲まれずにいられた。


 そんな俺を見て、グルーシャは眠たげな目を細めた。


 《……ばいばい、アルド。気をつけてね》


 それだけ言って、彼女は背を向ける。


 去っていく姿を、俺はしばらく見送っていた。

 何か、他に言えることはなかったか——と、ほんの少し悩みながら。


 でも、最後に彼女が振り返って、こう言った。


 《……あんたなら、どこ行っても大丈夫でしょ》


 その言葉は、やけに胸に響いた。


 誰かに“信じてもらえた”ことが、こんなに嬉しいとは思わなかった。


 「……ああ。行ってくる」


 俺は、小さくうなずいて、空を見上げた。


 俺は、翼を広げた。

 白銀の鱗が陽光に煌めき、風がざわりと流れる。


 そして、俺は足に力を込め、空へと駆け出した。




 ◇◆◇




——飛んだ。


いや、正確に言うと、飛んじゃった。


「うおおおおおおおおおおおっ!?」


 


空へと跳ね上がった瞬間、自分の身体がふわりと宙に浮いた感覚に、思わず叫んだ。

いや、想像はしてた。してたけどさ。


予想の三倍くらい飛んだ。


 


「……う、うわぁ……高っっっ!? 高すぎィッ!!」


 


まるで自分がジェット機にでもなったかのようなスピードで、

真祖竜の巨体が、雲を突き抜けて空へと舞い上がっていく。


空気の壁を突き破るような音。

ぐんと押し戻される風圧。


でも、なぜか苦しくはない。

むしろ、気持ちいい。




「え、ちょ、待って。風ってこんなにうまいの?」


 


口を開けていたら、風が喉を通って肺に入ってきた。

なんだこれ、天然のエナジードリンクか?

空気中のマナが、物凄い勢いで体内に取り込まれていく。


 


「やっばい。もう俺このまま飛び続けてるだけでも楽しいかも……」


 


などとテンションを上げていたのも束の間——


 


「おおおおっとっとっと……!旋回、旋回どうやるの!?」


 


右に曲がろうと意識したら、なぜか左へ傾き、

さらにそこからくるりと回転して——


 


「うわああああああ!?ぐるぐるするぅぅぅぅ!!」


 


翼がでかすぎるのか、スピードが出すぎてるのか。

旋回どころか、錐揉み状態である。これが本当のドラゴンスクリューってね!


 


「なにこれ!?酔う酔う酔う!!いや、酔わないな!?竜だから!?そんな事より、誰か俺の操作方法の説明書的な物を!!説明書的な物をくださいいいぃ!!」


 


真祖竜の大人達、誰も飛び方も何も教えてくれ無かったからね!


宙を三回転、四回転したあたりで、ようやくコツを掴みはじめた。


バランスの取り方、翼の角度、風の流れ。

すべてが感覚として身体に染み込んでくる。


 


「……ふぅ……お、おっけ。ちょっと安定してきた。たぶん」


 


ようやく落ち着いて辺りを見渡すと、目に飛び込んできたのは——


 


空。


 


どこまでも澄み切った青が広がり、

その向こうには、いくつもの浮島と雲の海が広がっていた。


 


風が翼を撫でる。

鱗が陽を反射し、白銀の光を放つ。


 


「……すごい……これが、この世界の“空”か……」


 


風を捉える感覚が、指先……いや、翼の先に伝わる。


自分の力で空を裂き、空を駆ける。


そう、これはまぎれもなく——


 


「……俺、今、超主人公っぽくない?」


 


言葉にした瞬間、ちょっと笑ってしまった。


いや、でもほんとにそう思ったんだ。


 


地上からは見えない風景。

竜でなければ感じられない、空の“重み”。


 


今、自分の翼が、大空の地図を描いているような気がした。


 


「どこへでも行けるんだな……」


 


視界の端に、遥か下に広がる山脈。

森。川。街らしき人工の構造物も、うっすらと見える。


 


どこへ行こう。何を見よう。誰に会おう。


そんな選択肢が、無限に広がっていく感覚。


 


「これが……“始まり”ってやつか……」


 


太陽が、真祖竜の白銀の鱗を眩しく照らす。

その影が、雲の海に長く伸びている。


まるで、世界が俺の存在を刻みつけてくれているように。


 


まだ誰も知らない白銀の竜。

まだ何者でもない存在。


だけど、だからこそ——


 


「何にだって、なってやるさ」


 


この広い空のどこかに、まだ見ぬ誰かがいて。


俺の知らない“世界”がある。


 


——なら、行くしかないだろ。


 


「よーし……真祖竜アルドラクス、いっちょ世界デビューといきますかぁ!」


 


ふわりと翼を跳ね上げ、さらに高く飛ぶ。

風が、ぐんと背中を押した。


 


(……なんか今、ほんとに“主人公”っぽいな……)


 


鼻の奥が少しツンとした。


たぶん、風のせいだ。風の、せい。


 


俺の旅が、今、始まった。


そう、竜として——


いや、“俺として”。


この広い世界のどこかに、自分の居場所を見つけるために。


 


——真祖竜(ただし堕竜)アルドラクス、いざ出陣!




この後、地上で早くもカオスな出会いが待ってるとは、

このときの俺は、まだ知らなかった——。


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