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第47話 竜と魔王、追跡の夕べ

──逃がすもんか。


 


 街灯の上で俺を挑発してきた“色欲の魔王”ヴァレン・グランツは、肩にかけたロングコートをふわりとはためかせたかと思うと、



まるで風の流れに乗るように、ふわっと跳び上がった。



 その身は、まるで重力が存在しないかのように軽やかで、次の瞬間には、道沿いに建つ屋台の骨組みの上──


いや、今度は二階建ての商店の看板へと、ぴょん、ぴょん、と跳ねるように移動していく。


 


 完全に、“逃走”の動きだった。


 


(……なるほど。まずは逃げに徹する気か?)


 


 俺は小さく鼻を鳴らすと、ぐっと地面を踏み込む。


 


「……逃がさねーよ」


 


 そのまま人混みを縫うように、一気に加速する。


 通行人たちの肩と肩の隙間を、滑るように、流れるように駆け抜ける。


 速さは控えめだ。俺の本来の走力を出せば、人々を吹き飛ばしかねない。


 でも、これでも十分、ヴァレンに追いつくための“戦速”だ。


 


 ヴァレンは、看板の上で片手をひらひらと振っている。


 


「ほらほら、そんな控えめな態度じゃ、俺には届かないぜ?」


 


(腹立つわ……!口元まで軽やかかよ…!)


 


 上空を舞うヴァレンの姿を見ながら、俺は考える。


 さっきも蹴りの応酬で分かったけど──こいつ、逃げ足に関しちゃ本気だ。


 だったら……足止めが要るな。


 


 と、走る先。


 ちょうどいい看板が目に入った。


 ──風鶏ふうけいの炭火串焼きの屋台。


 湯気が立ち上る鉄板、香ばしい匂い、じゅうじゅう焼ける皮付きの焼き鳥。


 その上で、絶妙な焦げ目をつけられた串が8本ほど。


 


 ──よし、決めた。


 


 俺は走りながら懐に手を入れて、金貨を数枚──いや、ちょっと多めに取り出す。


 そして、店主の驚く顔をよそに、串焼きに一直線。


 


「おっちゃん!これもらうね!!」


「お、おい!お金、多すぎるよ兄ちゃん!?」


「釣りは取っといて!!」


 


 言い終わる前に、串をがさっと掴んで再加速。


 両手の指の間に4本ずつ、焼きたての串を握り込みながら、また人混みをすり抜けていく。


 


 ──ちなみに、俺は早食い得意だ。


 


 口を開けて、片手に握った4本の串を、前歯で4本同時にガッとかじり取る。


 焼きたての皮が、パリッとしてて、中からはジューシーな肉汁がぶわっと溢れる。


 うまい。……うまいけど、今それどころじゃない。


 


 「んぐ、もがっ……ごっくん。……よし」


 


 走りながら4本平らげ、もう片方の手の4本も、同じ要領でかじっていく。


 口の中の肉を噛み砕きながら、俺は串だけを残して──握った拳の指の間に、竹串を4本ずつ挟み込んだ。


 


(当たっても死にはしないだろ。魔王なら……!)


 


 空を跳んでいるヴァレンの足元に狙いを定めて──


 


「おらあああああッ!!」




───ビュビュビュンッッ!!


 


 右手の4本、左手の4本。


 一気に、全ての串を投擲する!


 竹串の弾丸が、空中を駆ける魔王をめがけて、まっすぐ飛んでいく。


 


 ヴァレンは空中で一瞬目を見開いたが、すぐに口角を上げて──



「こりゃ、当たれば穴だらけだな。」



 右手の二本指を立て、空中に円を描くように動かした。


 ヴァレンの前に、赤く光る"力場りきば"が発生する。

 


 その瞬間。


 串の軌道が、わずかに逸れる。


 


 8本の串が、ヴァレンの身体をかすめながら、火花を散らして通過していく。


 そのまま夜空に吸い込まれるように放物線を描き


──まるで流れ星のように、尾を引いて光を放ちながら消えていった。


 


 通行人たちの間から、また歓声が上がる。


 


「すごーい! 光のショーだ!」


「なにあれ、ロケット花火!?」


「演出じゃない? すごーい!」


 


(くっそ……いちいち絵になる奴だな……!)


 


 でも、手応えはあった。


 魔王相手でも、完全に“避ける”必要がある程度には、ちゃんと威力も精度も通じる。


 魔力を込めなくても、真祖竜(オレ)の攻撃は、魔王にも通じる訳だ。


 だったら、次はもっと近づいて、撃ち込むだけだ。


 


 ヴァレンは再び、ひらりと身を翻して別の看板の上に飛び移っていった。


 


 ……よし。


 ここからが、本番だ。


 


──このまま逃すつもりは、これっぽっちもない。




 ◇◆◇




 逃げるヴァレンの後を追って、俺は舗道から店先へ飛び乗る。



(本気でジャンプすれば、建物の屋上まで余裕で届くけど……)



 さすがにこの街中で真祖竜パワーを全開にしたら、何より目立ちすぎる。


 それに、周囲には一般人も多い。無用な混乱を招くわけにはいかない。



(……じゃあ、こういう時は──)



 俺はすぐ先に突き出ていた金属製のポールに飛びついた。垂れ幕を吊るすための店の装飾だ。


 グッと両手でそれを掴んで、そのまま勢いを殺さずに一回転。


 大車輪みたいにくるくる回って、タイミングを見計らい──



「──よっ!」



手を放し、空中に跳ぶ。


建物の壁に片足をぶつけて三角跳び。


角度を変え、そのまま隣の家の屋根に指先を引っ掛けて、ぐるりと回転しながら着地。


異常な脚力でひとっ飛び!じゃなく、パルクール的な跳躍なら目立たないでしょ!



「……っと、成功!」



と、思った瞬間──



「うおおお!」「見た!?」「今の!?」



通りの人たちが、わあっと拍手を送ってきた。



(……しまった!逆に目立ったかも!?)



 しまったなぁ……いや、違う、これは花火祭のパフォーマンス演出だと思ってくれてる……と思いたい!


もう恥ずかしさは忘れろ!追うことが最優先!



 ふと視線を上げると、いつのまにか通りを挟んだ向かいの屋上に、例のチャラ男──


……いや、“色欲の魔王”ヴァレン・グランツが立っていた。



 ヴァレンは左手で黒革の本のページをパラパラとめくりながら、右手の指で宙に──五芒星の印を描いている。


 何となく、あの"本"がヤツの力の源っぽいな。



(また何かやる気か!?)



ヴァレンは星形の光に触れながら、どこか楽しそうに囁いた。


 


「──"心花顕現(サモン・フラッター)"」


 


パァァァ……。


描かれた星が、夜空の星のように淡く瞬き始める。



(な……なんだあれ)


 

ヴァレンが軽やかに、俺のいる方向を二本指で指し示す。




「──"流星群シューティング・スター"」


 


その瞬間。


 


チッッッ!!


 


星々が――弾丸のように、こちらに向かって飛んできた!



「うおぉっ!?ちょ、速い!!」



金属質なヒュンヒュンという空気の唸りを切り裂く音。


多分、当たっても平気な様な気もするけど、

さっきフレキくんが犬達に連れ去られた謎攻撃の件もある。


正体の分からない攻撃に直接触れるのは、何か嫌だ。



(これは……どうするかね……!)



周囲をぐるりと見渡し、目に入ったのは、建物の屋上に立つ金属製のポール。


旗を掲げるための、細身のやつ。



(……仕方ない!)

 


「……お店の人、ごめん!後で直すから!」

 


俺は一気にそのポールの根本を蹴り折った!


金属がきぃんと高く鳴いて、棒が斜めに倒れる。


それをすかさず蹴り上げて、片手でキャッチ。

カンフー映画のようにヒュンヒュンとポールを振り回し ──


 


「……来いよ、星撃ち魔王!!」


 


びしっ構える。


流星群の光弾が、次々に飛んでくる。


俺はその全てを、棒で──


 


「はあぁぁ────ッッッ!!!」


 


パァン!パパパパパパパァンッッ!!


 


全て打ち払う!


如意棒を振るう孫悟空かの如く!


流石、真祖竜ボディ。


棒術なんてやった事も無いのに、

イメージ通りに身体が動く……!!



ポールが星弾を弾くたび、花火のように煌めく光が周囲に霧散する。



空から降る星の雨。それを棒術で打ち落とす俺。



完全に幻想バトル演出だ。



通行人たちはさらに盛り上がり、「すごい!」「もう始まってる!?」と花火の開始と勘違いしている。



── だが、その時。


 ヴァレンの前に、サッカーボールくらいの大きさの光の塊が現れた。


 


 彼はくるりと回転し、ボレーシュートの動きでそれを蹴り――


 


「“星蹴撃スター・シューティング”!」


 


 赤く輝く光の塊が、俺に向かって一直線に飛んできた!



「ったく、次から次へと……ッ!?」



迫ってくる光球。



(人も建物も射線上にいない……!なら!)


 


「──クリアァァァァ!!」


 


サッカースピリットを全開に、俺もサッカーボールキックで光球を蹴り返す!



 ドゴォン!


 


 俺の蹴りで弾かれた星は、そのまま夜空に向かって真上に飛んでいく。


 夜空の遥か彼方へ。


 消えていった。



「……よし、ノーリスク!」



周囲からは再び歓声と拍手。


でも、まだ終わらない。


 


「さあ、魔王さん。お返しだ……!」


 


ポールをぐるりと回して、後ろに引く。


そのまま──


 


「オラァッ!!」


 


投げつけた!


槍投げの要領で一直線にヴァレンを狙って──


空を裂いて飛ぶ鉄槍!



 だが、ヴァレンはニヤリと笑みを浮かべると、

それをヒラリとかわし――


 


「えっ」


 


 ──跳んだ。



 俺が投げた、高速で飛ぶ、ポールの上に。


 トンッ……と、バランスをとって乗って、そのまま遠ざかっていく!!


 慣性の法則どうなってんの、それ!?




桃◯白(タオ◯イパイ)かよ!?」



 

思わずツッコむ。


さっき俺が悟空的なアクションしたから!?


そっちの"悟空"のつもりじゃなかったんだけど!?




──でも、逃がさない!




俺もジャンプして、ヴァレンがいた建物の屋上に飛び移る。



お前の姿、見えてるぞ!



ヴァレンは身軽に宙を舞いながら、展望塔へと続く丘を登る参道の方へと移動している。



(展望塔か……そこが、目的地か?)



俺は走る。逃げる魔王を追いかけて!




 ◇◆◇




「チッ……!逃げ足の速い魔王様だな!」


 


 王都ルセリアの中心を抜け、俺とヴァレンは祭りのど真ん中を横断していた。



 人ごみを縫うように跳ね、舞い、滑るように逃げるあのチャラ男。



 参道沿いには、屋台がぎっしり並び、屋台芸人たちがあちこちでパフォーマンスを披露している。



 視線の先、火吹き芸をやってるリザードマン風の大道芸人が、赤く燃える松明を高く掲げていた。


 


「よし……!」


 


 俺はダッシュの勢いそのままに、腰の小袋から金貨をひとすくい。



 ──チャリンッ!


 


「おっちゃん、ちょっと借りる!」



「あっ……! お、おい!?」


 


 芸人の前に金貨をばら撒き、火のついた松明を片手で奪取!


 


「お、おい!? なんだ、何が始まったんだ!?」


「王都の余興!?それとも花火の前座!?」


 


 通行人たちの声が飛び交う中、俺は芸人の腰に吊るされてた、瓶に入った強い酒をひったくる。


 


「拝借!!」


 


 瓶の口を親指で弾き飛ばす。ポンという音と共に、鼻を刺すアルコールの香り。


 


 ゴクリ。


 


 口いっぱいに酒を含むと、俺はすかさず松明を口元に構え──


 


 ──ボオォォオオオッ!!


 


 真祖竜の肺活量で、口から炎の奔流を吐き出した!


 酒と火の混合技、


 即席、魔力レス“ドラゴンブレス”!


 


「ブゥウゥゥゥ────ッ!!」


 


 空中を舞っていたヴァレンに、一直線に炎のビームが走る!


 道行く人々が、どよめきと歓声を上げる。


 


「すごい!とんでもない勢いで火を吹いた!」


「え、あれも演出!?どこまでが本物!?」


 


 ──だが。


 


 ヴァレンは、焦るでもなく。


 ただ、サングラスの奥から静かに俺を見据えていた。


 その口角が、釣り上がる。


 


「──《《そういうの》》を待っていたんだ!」


 


 風が舞う。ページがめくられる。


 ヴァレンの左手の“魔本”が、静かに光を帯び始めた。


 


 そして。


 


「──“幻愛変相ミラージュ・ファンタズマ”。」


 


 右手を、天へと掲げる。




 空へと昇った炎が──歪んだ。


 風が渦を巻くように、赤々と燃え上がっていた火が、二つの渦へと変化していく。


 


「……なんだ?」


 


 視界が妙に揺れる。


 俺が吐いた炎が、まるで意思を持ったかのように螺旋を描き、分裂し──


 


「……っ!?」


 


 そのまま、それぞれの渦が、人の形になっていった。


 光と炎の残滓の中で、輪郭が、影が、色が、現実味を帯びてくる。


──まるで、《《魂を得た》》かの様に。


 


 一人目は──


 金髪のポニーテール。赤い瞳。ふわりと舞う天使のような少女。


 今朝まで俺の隣にいた、“ブリジットちゃん”の姿。


 


 二人目は──


 夜のような黒いマスク。猫のように艶めいた瞳と、軽やかに揺れる金茶のロングヘアー。


 カクカクハウスで、俺達の帰りを待っててくれるはずの“リュナちゃん”の姿。


 


「ブリジット……ちゃん……? リュナ……ちゃん……?」


 


 口が、勝手に声を漏らしていた。


 有り得ない。こんな魔法、こんな現象──


 


 でも。


 


 二人とも、こちらを見て、微笑んでいた。


 まるで夢の中のような、あたたかく、優しい笑みで。


 


「……なっ……なんだ、これ……!? どんな魔法だ……!?」


 


 困惑している俺をよそに、ヴァレンはサングラスの奥でゆっくりと瞳を細めた。



 口元には、静かな、けれどどこか熱のこもった、




「──ククク……ククク、ハハハハッ!!」




───狂気にも似た、笑い。


 


 そして魔王は、ぽつりと呟いた。


 


「──最高だ。」


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