表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/188

第46話 アルド vs. ヴァレン、開幕 ──祝祭の影、踊る魔王──

 ──いい目を、している。


 


 緋色の瞳の奥で、ヴァレン・グランツは静かに思考を巡らせていた。 


 目の前に立つのは、真っ直ぐな意志を宿した少年


──いや、まだ己の“魂”を自覚していない、《《未完の存在》》。


 


 (なるほど……こいつは、とんでもないな)


 


 わずかに息を吐く。


 自分の正体を聞いても尚、一歩も引かない姿勢。


 その小さな体躯に秘められた、想像を絶する程の圧倒的な力。


 戸惑も、混乱も、無いとは言わないが──それよりも強く、確かに、彼の中には「護ろうとする意志」があった。


 


 (けどなァ……)


 


 ちら、とヴァレンは目線だけを西の空に滑らせる。


 地平線へと沈みかける太陽が、空を橙から紫に染め上げていく時間帯。


 祭囃子と喧騒が、騒がしさの中にどこか郷愁を混ぜ込むような──夏の、終わりの匂いがした。


 


 (……あと半刻ってとこか)


 


 空の色を見ただけで、あとどのくらいで“それ”が始まるか、彼にはわかる。


 


 (ちと、想定外の事態にはなっちまったが……)


 


 気づけば唇の端が緩んでいた。まるで困った教師が、生徒の予想外の回答に出くわした時のように。


 《《あの少女》》の“覚悟”は想像以上で、思っていたよりも「いい顔」をしていた。


 そして今、目の前の少年──アルドもまた、想定以上に「まっすぐ」だった。しかし──


 


 (……なのに、お前ときたら──)


 


 ヴァレンは、誰にも届かぬような小さな声で、ぼそりと呟いた。


 


 「……だが、まだ“魂の解放”が足りねぇな」


 


 それは呪詛ではなく、嘆息だった。


 


 “《《大切な仲間》》”だとか、“《《助けたい》》”だとか──


 言っていることに嘘はない。心からそう思ってるのも分かる。


 でも、なあアルドくん?


 


 あの()のために飛び出してきて、今にも命張ろうとしてるくせに、


 どうして、もっと素直に「魂の叫び」を口に出せねぇかなぁ……?


 


 ヴァレンの表情はただ、薄く笑みを浮かべるだけだった。


 


 祭りの喧騒、子どもたちの笑い声、どこかの屋台から香る甘い蜜の匂い。


 浮かれた世界の真ん中で、ヴァレンはひとり、異物として立っていた。


 


 (──さて)


 


 "グリモワル"のページが風に揺れる。


 太陽が地平線に溶けるまで、あとわずか。


 


 「……《《どのくらい保つ》》か、試してみるかね」


 


 誰にともなく、言葉を落とす。


 それは挑発のようでいて、どこか儚く、寂しげでもあった。


 


 ──この世界に、“恋”はどこまで届くのか。


 


 ヴァレン・グランツという“色欲の魔王”は、その目に微かに光る期待を宿して、少年の構えを見つめ返していた。




────────────────────


(アルド視点)


俺の身体が、一直線に"色欲の魔王"ヴァレン・グランツへと突っ込む。



踏み込みと同時に魔力を抑えた重心移動。


わずかな“風圧”だけで、前の屋台の布がばさっと揺れる。


 


(今なら──ッ!!)


 


だがその瞬間――


 


「にゃー!!」


 


「わっ!?」


 


通行人の列から、猫耳の子ども――いや、獣人の女の子が、ぴょんっと目の前に飛び出してきた!


浴衣の帯がひらひらしてる!


 


(おいおいおいおいッ! なんでこんなタイミングで!!)


 


慌てて体勢を逸らしてよけたはいいけど、


バランスが崩れて──スピードも激減。


 


「くっ……!」


 


──ダメだ!人が多すぎる!


危なくて、トップスピードは出せない!


でも、ここで止まるわけにはいかない!


そのまま地面に手をつき、


体を低く滑らせながら──


 


「……っらああああああッ!!」


 


ヴァレンの足元に、渾身の低空タックル!


 


しかし──


 


「おっと。」


 


ヴァレンは、ふわっと空を舞った。


 


そう、“跳んだ”んじゃない。“浮いた”。


重力すら嘲笑うように、軽やかに、なめらかに。


 


そのまま空中で、ヴァレンの左手の"黒革の本"がパラパラとページをめくり始める。


左手にそれを構え、右手の中指と人差し指が赤く光を放った。


 


(また、あの“わけわからん技”か!?)


(……ダメだ、何が来るか分からない以上、受けちゃマズい!)


 


反射的に、俺は地面を蹴り――


 


「っはああああああッ!!」


 


身体を回転させながら、空中のヴァレンに向かって蹴り上げた!


右足の甲が空を裂く。


《《威力は抑えて》》ある。でも、当たり所が悪けりゃそれなりに効くはず──!


 


「それはちょいと痛そうだな?」


 


空中のヴァレンが、ふわっと笑った。


そのまま、身体をひねって、俺の蹴りに合わせるように──


 


逆足でカウンターの蹴りを放ってくる!


 


「ッ……!」


 


ガキィィィィンッ!!


 


俺とヴァレンの蹴りが交錯した瞬間、銀色と赤色の2色の火花が、空間を裂くように炸裂する。


空気が圧縮されて、バチバチと雷鳴のような音が弾ける。


 


ほんの一瞬の空中戦。


でも、その衝撃は、地面の砂埃を舞い上げるには十分だった。


 


「……ちっ」


 


足ごと押し上げた俺の力に負け、ヴァレンの体が空中に吹き上がる。


 


でも、落ちない。


むしろ──


 


「……やっぱ、やるねぇ。アルドくん」


 


空中で軽やかに、身体を軸にしての回転。


ロングコートを翻しながら、フィギュアスケーターの様なスピン。


そのまま、街道脇の魔導街灯のてっぺんに、スタッと着地した。


 


“軽い”。


全ての動作が、あまりに軽やかすぎて……逆に怖い。


 


この男、確実にただ者じゃない。


魔力を込めてないとは言え、俺の蹴りを

──真祖竜の脚力を受け止めた。


 


(やっぱり、“魔王”って肩書き、伊達じゃないな……)


 


ギシ……と、俺は拳を握り直す。




「何あれ!?戦ってる!?」


「冒険者同士のケンカか!?」


「これ、演出?それか、魔法ショー?」




周囲の通行人たちがざわめき始めてる。


──まずいな。目立ち過ぎてるか……!?


 


でも、そんな中で、街灯の上のチャラ魔王は──


 


「── Ladies & Gentlemen, Boys & Girls!」


 


──え、今なんて?


 


「あと1時間ほどで、王都ルセリア主催・夏祝祭名物“大花火大会”が開幕いたします!」


「《《大切な人》》との夢のひと時を、ぜひお楽しみください!」


 


街灯の上から、よく通るイケボで、芝居がかったセリフを放ちつつ、優雅に一礼。


 


すると、観客たちは――


 


「うぉぉ!花火の演出か!」


「なにあれカッコイイー!」


「さすが王都!」


 


なんか……拍手してるし!!


え!?俺、今、演出要員扱い!?


逆にこの場を盛り上げちゃった!あの魔王!


 


……けど。


同時に、分かったこともある。


 


(あのチャラ魔王、街の人たちに害意は──少なくとも“今のところ”は無さそうだな)


(だからこそ……妙に“余裕”がある)


 


けど、だからって。


何かを仕掛けてこないって保証には、ならない。


 


それに、ブリジットちゃんのことを……


まだ、何も教えてもらっていない。


 


(だったら……引く理由はない)


 


ヴァレン・グランツ──“色欲の魔王”。


お前が何を隠しているにせよ。


俺は、それを聞き出すまでは止まれない。


──まだ戦いは、始まったばかりだ。




 ◇◆◇




 目の前の街灯の上、ロングコートを翻して立つ男


──色欲の魔王、ヴァレン・グランツ。



 彼は黒革表紙の本のページを片手で押さえながら、サングラス越しにこちらを見下ろしている。



 その姿は、どこか道化じみている。



 だが──背筋にまとわりつくような、得体の知れない圧も確かにあった。


 


「どうだい、アルド君」


 


 ヴァレンが、軽やかに問いかける。


 どこまでも軽快で、舞台役者のような声音。それでいて、決して“浅く”はない。


 


「"魔王"である俺と、"《《SSR》》"であるキミがここでドンパチやるのは、ちと目立ちすぎると思わないかい?」


 


「……SSR?」


 


 一瞬、思考が止まる。ソシャゲ?ガチャ?


 けれど、直後に脳裏にフラッシュバックするように浮かんだ。


 


(──待てよ。SSR……Sin So Ryu……

真・祖・竜……!?)


 


 こいつ……俺の正体、知ってる…?


 何故?どうやって? 誰から?


 言い知れない寒気が、背筋を駆け上がる。


 


 だが、動揺は飲み込む。


 バレたところで、今さら変わらない。


 俺は、もう逃げ隠れする気なんてない。


 


「……俺としても、別にケンカするつもりはないよ」


 


 そう言いながら、一歩だけ前に出る。


 視線は逸らさない。むしろ、真っ直ぐに、敵意を込めてぶつける。


 


「だからさ、ブリジットちゃんが今どこで何してるか、さっさと教えてくれない?」


 


 真剣な問い。


 だが、ヴァレンは──


 


「それは、《《キミにだけは》》教えられないな。」


 


 肩をすくめ、軽く笑った。


 その笑みは、柔らかいようで、どこか挑発的な棘を秘めていた。

 


 ……ムカつく。


 でもそれ以上に。


 分からない。


 


 なぜ、“教えられない”んだ。


 ブリジットちゃんに何をした?


 あの子は今、どうしてるんだ?


 


「だったら──」


 


 指をポキポキと鳴らす。


 これは、俺なりの“警告”。


 


「当初の予定通り、とっ捕まえて吐かせるしかないな」


 


 ヴァレンは、ニッと笑った。


 右手を突き出し、指で銃の形を作る。


 


「──Catch me, if you can. (捕まえられるもんなら、捕まえてみな)」


 


 その芝居掛かった仕草、その言葉、その笑顔。


 すべてが──俺への挑発。


 


 ──怒りを抑えろ。


 お祭りを楽しみに来ている皆さんを、怖がらせる訳にはいかない。


 こめかみがピクピクしてるのが自分でも分かる。


 


 俺は、憤りを隠す様に、低く呟く。




「──すぐ捕まえて……そのツーブロ頭、

バリカンでオシャレ坊主にしてやるよ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ