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第44話 平和な日常、来たる超常

──俺の前に、ドスドスと重厚な足音を響かせて現れたのは、いかにも“責任者”って雰囲気のドワーフのおじさん。


肩幅はクマ並みに広く、眉毛はほぼ兜、髭はドレッドヘアーみたいに三つ編み。


そして表情は、キレる寸前の学校の生活指導の先生そっくり。問答無用でビンタされそう。



「……お前が、この素材を持ち込んだのか?」



低音ボイスで一言。威圧感エグい。



「は、はい。そうです!」



俺は思わず姿勢を正した。

中学の職員室を思い出して若干胃が痛い。


ドワーフ店長は素材の山に目を走らせ、指先で軽く爪を撫でる。すると……。



「グレア・オックスの角に……デスファング・ボアの牙……これは、ロードリザードの亜種の鱗じゃねえか!?」

 

「え、えっ!?」

 


まって? あの魔物達、そんな強そうなモンスター名だったの?


食材として、毎日のように晩御飯の食卓に並べてしまってたんだけども!




「これほどの素材を一度に……どういう経路で手に入れたのか、説明してもらおうか?」



──うおおお、来た。完全に来た。


この展開、前世のオタクだった頃の俺なら100回は読んだことあるやつだ!



(これは……高ランク冒険者でも入手困難な素材を持ち込んで疑われる→証拠を見せろの流れ……!)



冷や汗をかきながら、俺はできる限り自然体を装って言った。



「じ、自分で狩りました」



久々にちゃんと本当の事を言ってるのに、

まるで嘘をついているかのように汗が滲み出てしまう!


ドワーフ店長は、ものすごくじとぉ〜っとした目で俺を見てきた。



「……自分で? キミの祝福スキルは何だ?」



き、来た。詰問その2。



ど、どうする……。


正直に『あ、自分、真祖竜です』って言うのは、

まあ、色々とダメだ。


大事おおごとになる。たぶん。


流石の俺でも、そのくらいの事は分かる。



俺は、とっさに口を開いた。



「て、テイマー……ですっ」


「テイマー?」



とりあえずブリジットちゃんに申告したスキルを同じ様に申告しておく。


嘘に嘘を重ねているには変わりないんだけど、せめて整合性だけは保っておこう。我ながら姑息だね!


ドワーフ店長が眉をひそめた。



「だがキミ、従魔を連れてないじゃないか」



──しまったぁぁぁあああ!!


テイマーだっつってんのに、俺、何の従魔も連れてねぇーじゃん!整合性もクソもなかった!


(そうだ俺、今一人で来てる……!あ、いや、フレキくんはいるけど、どう見ても犬だし、今横でスンスンと棚の匂い嗅いでるだけだし……)


と、次の瞬間。


俺はとっさにフレキくんを抱き上げて、どや顔で叫んだ。



「こ、この子です!! この子が俺の従魔です!!」


「……えっ?」



きょとん顔でこちらを見るフレキくんに、俺は必死で目配せ。


『頼む、合わせて!』っていう、嘆願の目配せ。

ミニチュアダックスフンド相手に。



そして──



「……あ、ワンッ! そ、そうです! 僕はアルドさんの従魔です!」



ありがとうフレキくん……!マジでありがとう……!

もう、普通に喋っちゃってるけど!



「ふむ……」



ドワーフ店長は腕を組み、さらに渋い顔になった。



「では、見せてもらおうか」



──えっ?



「そのワンちゃんが、本当にこの素材を狩れるだけの実力を持っているのか、証明してもらう。そこに、試し斬り用の的がある。壊してみろ」



出されたのは──


ボコボコになった、明らかに重そうな鎧。


しかも、裏にはしれっと鉄板まで立ててあるというおまけ付き。


これはまた……ベタな展開になってしまったね。



俺はフレキくんをそっと下ろし、耳元で囁いた。



「フレキくん……悪いんだけどさ。それなりに強い技か何かを出して、あの鎧を壊せたり出来る?

ホント、付き合わせちゃって悪いんだけどさ……」



フレキはぴょこんと頷き、前足をくいっと上げた。



「わかりましたっ!ボクに任せてください、

アルドさん!」



そして、つぶらな瞳をキリッとさせて、的へと向かう。


周囲の視線が集まり、どこかざわつく空気が流れる。


(えっ、犬が喋った……?)みたいな反応もあったが、そのリアクションは前に俺が散々(こす)ったやつなので、ここはスルーでお願いします。



「今のボクなら……できる!」



フレキは小さく深呼吸し、低く構えた。


すると、フレキくんの周囲に黄金に輝く魔力が渦を巻き始める。



……えっ。ちょっと、フレキくん?



何でそんな、明鏡止水の境地に目覚めたみたいな感じになってるの?


そんな本格的な、奥義っぽい技とかは出さなくてもいいと思うんだけど……的の鎧壊すだけでいいのよ?



「父上直伝の奥義──!」



やっぱり奥義だった!嫌な予感しかしない!



「“王狼連爪撃フェンリル・ラッシュ!!”」



フレキくんは飛んだ。


そして──



しゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃかしゃか



まるで単二電池4本くらいで動く動物のオモチャのように、空中でその短い前足をシャカシャカと全力で振るうフレキくん。



──刹那。



ズシャァァァ─────ッッ!!



空中に、交差するように黄金の閃光が幾重にも煌めき、的の鎧が細切れになり───



ドゴォォォ!!



更に凄まじい破壊音が鳴り響く。



「………………」


「………………」


「……は?」



全員が固まった。


的の鎧は……跡形もなかった。


──いや、正確には、鎧とその後ろにあった鉄板、さらにその背後の壁まで、キレイに……吹っ飛んでいた。


空には穴。壁には亀裂。床には……粉々の鉄。


フレキは尻尾をぶんぶん振って、満面の笑みで振り返った。



「アルドさん! 僕、できました! フェンリルの秘宝の力で、父上の技が、ついに使えるようになりましたよ!」


「……そ、そうか。うん。すごいね……ほんと、すごい……」



フェンリルの秘宝に認められたフレキくん。


ついに父であるマナガルムさんに完全に追いついた日が来たんだね。


とてもめでたい!俺も自分の事のように嬉しいよ!


でもそれ、今じゃなくても良かったかな!



ドワーフ店長は、壁を見てしばし無言になった後、ぽつりとつぶやいた。



「……本当に、強力な従魔だったんだな……」



その言葉と共に、素材は無事、高額で買い取られることになった。



──あと、壁の修繕費はしっかり請求されたけど、それはまた別のお話。




 ◇◆◇




──素材王を出た時、俺たちの懐はホッカホカだった。


いや、比喩じゃない。


マジでホカホカだったのだ。


支払いに使った小袋の中は、火のそばに置いてあった金貨のぬくもりでほのかに暖かかったし、


店のドワーフ店長は最後に「また来な!」って言って笑顔で手を振ってくれた。



……壁の修繕費でゴリゴリに引かれたけどね!!



「アルドさん、見てください!ボクたち、お金持ちになりましたよ!」


「いや、ちょっと修繕代が痛かったから“お金持ち”は言い過ぎかもだけど……まあ、お祭りで遊ぶお小遣いとしては十分だよね」



「やりましたね!ボク、役に立てて嬉しいですっ!」



フレキがしっぽをちぎれんばかりに振ってはしゃいでる。


その耳の先っぽまでピコピコ動いてるの、反則級に可愛い。



それにしても、だ。


今朝までの俺は“無一文で大都会に放り出された男”だったわけで。


そこからの──


・素材持ち込みで疑われる

・ドワーフに詰められる

・フレキが壁を破壊する


というドラマティックな展開を経て、今やこうして、財布の中身も膨らんだ立派な異世界冒険者(仮)である。


 


「ふふふ……これぞ勝利の味……!」


「アルドさん!それじゃあ、ご褒美にお肉食べたいです!お肉の串焼き!」


「よっしゃ、食べ歩き開始といこうか!」


 


フレキと俺は、朝市で賑わう街の通りへと足を踏み出した。


商人たちが元気な声で呼び込みをしていて、屋台の鉄板からはジューッという音と香ばしい煙が立ち昇っている。


色とりどりの果物、ふわっふわの蒸しパン、謎のピンク色した団子、パリパリのチーズせんべい、青く光るゼリー……これ、朝食バイキングでブリジットちゃんが食べてたやつかな?


 


「アルドさん!あれ!焼き鳥みたいなの売ってますよ!」


「お、あれは……“風鶏ふうけい”の炭火串焼きって書いてあるな。行ってみよっか!」


 


金貨を一枚握りしめて屋台に駆け寄り、フレキと一本ずつ串をもらう。


焼きたての肉からは湯気とともに甘辛い香りが立ちのぼり、齧った瞬間──



「うまっ……!」


「おいしいですっ!」



ふたりで顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。


まさに、努力のあとに訪れる“幸せの報酬”ってやつだ。


 


通りを歩きながら、次に目をつけたのは、


「焼きトウモロコシの黒蜜がけ!?何それ……俺たちの世界にも逆輸入してほしい!」


「アルドさん、あっちは“ぱちぱちキャンディパン”です!口の中で爆発するらしいですよ!」


「よし、それも試そっか!」


 


気づけば俺たちの手は食べ物でいっぱいになっていて、フレキはもう口の周りをベタベタにしながら笑っていた。


ああ……なんだろうな、この感じ。


異世界に転生してから、俺、何のために生まれ変わったんだろ?って感じる瞬間があったけど、


こういう“何でもない日常”の中に、小さな感動を感じる為だったのかもしれない。


本当に、来てよかったな……って。


 


「アルドさん!この肉まん、甘いですよ!お菓子です!」


「それは普通の“まんじゅう”なんじゃ……まあいいか」


「もう一個食べてもいいですか?」


「……ああ、もちろん。今日は好きなだけ食べようか!」


 


そんなわけで、俺とフレキの“食べ歩き大作戦”は、陽が傾くまで続いたのだった。


 


なお、夕方には再び財布が軽くなり「無一文まであと数食」という状態に戻ったのは……また別の話である。




────────────────




石畳を、コツコツと音が響く。


人の波の合間を縫って、ブリジット・ノエリアは一人歩いていた。


さっきまでの朝食会場では見せなかった、どこか思い詰めたような面持ち。


唇をきゅっと噛みしめ、視線は真っ直ぐに前だけを見ている。


 


「……喜んで、くれるかな……」


 


ぽつりと、声に出た独り言。


誰にも聞かれることのないような小さな声だったけど、確かにそこには“決意”の色があった。


 


広場の向こうには、螺旋状にせり上がった巨大な建物── 通称、"螺旋モール"。


衣服、工芸品、武具、書籍、宝飾品、魔導雑貨、魔法植物、ペット用品。


あらゆるものが揃う巨大な市場であり、この国の“商業の塔”とも呼ばれる場所だった。


 


その頂上にある展望ラウンジでは、いくつかの高級店が軒を連ねており、貴族や上級市民が特別な贈り物を選ぶために訪れるらしい。


彼女が目指すのも、そこだ。


 

(……よし)



と、呼吸をひとつ整えて、階段を上がろうとした、その時。


 


「……おや、何かお探しかな?」


 


背後からかけられた声は、男のものだった。


低く、けれどどこか馴れ馴れしく、まるでずっと前から知り合いだったかのような響き。


ブリジットはぴたりと足を止めて、振り返る。


 


そこに立っていたのは――


 


サングラスに、サイド刈り上げのツーブロック。


長く伸びたトップの髪は、顔の右側を隠すように靡いている。


シャツの胸元を開け、ロングコートを肩に羽織るという不思議な“キメすぎてるのにラフ”な格好の男。


その口元には、飄々とした笑みが浮かび、目元──は、サングラスに隠れて見えない。


 


「よければ、相談くらいは乗るぜ? お嬢さん。」




サングラスの奥の緋色の瞳を輝かせ、


"色欲の魔王" ヴァレン・グランツは、


ブリジットを前に、楽しげに笑った。

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