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第35話 笑顔の帰還と、黄金の絆

あぁ〜、やっと一息つけたなぁ……。



俺はカクカクソファにごろんと寝転がり、天井をぼんやりと見上げていた。


カレーの匂いがまだほんのり残る、あったかい空間。


誰もいない静かな家。


昼下がりの、最高に平和な時間だった。


 


——ドドドドドドドド……!


 


「……ん?」


 


耳の奥に、妙な音が飛び込んできた。


最初は小さな振動みたいだったのに、だんだんと大きく、重たく響いてくる。


 


「地鳴り……?」


 


反射的に身を起こす。


何かヤバい奴でも来たかと警戒しかけて——


 


「……あ、ブリジットちゃんとリュナちゃんか!」


 


すぐに気付いて、ふっと肩の力が抜けた。


そうだ、二人はフェンリル族との交渉に行ってたんだ。


何事もなければ、もうそろそろ戻ってくる時間だ。


このドドド音は、たぶんその帰り道の効果音エフェクトってわけだな。


 


「おかえり〜!」


 


のんきな声で、俺は玄関を開けた。


 


ぱぁっと開け放った先——


そこに広がる光景は、想像を超えていた。


 


「……えっ、何あれ」


 


思わず素で声が漏れる。


 


荒野の彼方から、巨大な犬たちが、雲のような土煙を上げて突っ走ってくる。


しかも、5匹とか6匹どころじゃない。


パッと見、軽く100匹はいる。


 


しかも、先頭にいるのが——


5m級のダックスフンドに乗ったブリジットちゃん!


5m級のパグに横座りしてるリュナちゃん!


さらに、その後ろには8mを超える銀色の狼が、誇らしげに走ってる!


 


「えぇぇぇぇぇえええええ!?」


 


これ、俺の予想してた「ただの交渉」の帰りの姿じゃなかった!


ていうか、どう見ても征服した側みたいなノリなんだけど!!乗ってるし!!


 


……でもまあ、よく見ると、みんな笑顔だ。


犬たちも、耳をピンと立てて尻尾振りながら走ってるし、明るい雰囲気だ。



……なんかリュナちゃんが、乗ってる巨大パグの頭をゲシゲシ蹴ってる気もするけど。


でも蹴られてる巨大パグはなんか嬉しそうだから、多分大丈夫なんだろう。


気持ちはちょっと……分からなくもない!



(……やっぱ思った通り、フェンリル族って、犬種いろいろいたんだな!)



興奮しながら、俺は呆然とその行進を見つめ続けた。


 


そして——


ついにブリジットちゃんたちは、カクカクハウスの目の前までやってきた。



「アルドくーーん!!」


 


元気な声と共に、ブリジットがフレキから飛び降りた。


ふわっと舞う金髪。


次の瞬間、俺の胸に飛び込んできた。


 


「わっ、わぁぁっ!」


 


ぐえっ、と変な声が出たけど、ぎゅっとしがみつかれて、抵抗できなかった。


 


「よかったぁー!!アルドくん、無事だったんだねっ!」


 


顔をうずめながら、ブリジットは泣きそうな声をあげた。


その小さな手が、服をくしゃっと掴んでるのがわかる。


 


(な、なんだこれ……めちゃくちゃ、可愛いんだけど……)


 


だが、同時に疑問も湧いた。


 


「えっ、えっ、ちょっと待って、ブリジットちゃん!? 何でそんな心配モードなの!?」


 


俺、普通にここでカレー作ってただけなんだけど。


留守番してた俺が心配される側とはどういうこと?


俺、赤ちゃんか何かだと思われてるのかな?


 


後ろでは、フレキくんも飛び跳ねるようにやってきて、


 


「アルドさん!無事でよかったですー!!」


 


と、巨大な尻尾をぶんぶん振りまくってた。


地面が揺れる勢いだ。


 


リュナは5mパグから軽やかに飛び降りて、黒マスクの下でにやっと笑った。


 


「ま、兄さんなら、心配いらないとは思ったっすけどね」


 


ふぅ……と、ようやく抱きしめられていたブリジットが一歩離れる。


赤くなった目で、安心したように微笑む彼女を見て、こっちまでホッとした。


 


「ほんと、二人とも……おかえり」


 


俺はそう言いながら、照れくさく笑った。


荒野に吹く風は優しくて、すごく、すごく気持ちよかった。


 


(……さて。なんか色々あったっぽいけど)


(とりあえず、無事に帰ってきたなら、それでいいか)


 


そんなことを思いながら、俺は小さく伸びをした。




 ◇◆◇




ブリジットちゃんがまだ袖口で涙を拭ってる横で、リュナが俺に近づいてきた。


黒マスク越しでも分かる、軽い笑み。

 


「兄さん、あーしらが留守の間、誰か来たりしませんでした?」

 


リュナは、軽く訊くようなトーンだったけど、その目はどこか鋭かった。



「うん、来たよ」



俺は、ありのままを答える。



「ベルザリオンくんって子がね」



「ベルザリオン……?」



リュナが眉をひそめた。


隣で聞いてたブリジットちゃんも、ぱちぱちと目を瞬かせている。


フレキは巨大な頭を傾げ、興味津々って顔だ。


 

「そいつ、どうしたんすか?」



リュナがぐいっと顔を寄せてくる。


わ、近い。ドキドキしちゃう!


俺は、頭の中で簡潔な説明を組み立てた。


事実を並べるだけなら、きっと短いはず。



「お腹減ってたみたいだから、カレー食べさせてあげたら、若返って泣いて感動して帰ってったよ。」

 


「…………」

 


リュナも、ブリジットちゃんも、フレキも、みんな目を丸くして固まった。


 

「え、何すかそれ」


 

リュナが、超真顔で聞き返してくる。


 

「俺もよく分かんない」

 


俺は素直に答えた。


本当によく分かってないからね。


 


「でもさ、彼、すごくいい顔してたよ」


「仕事辞めて新しい生き方探す!って、イケメンフェイスで言ってたし」


 


カレー一杯で人生を変えるとか、マジで予想外だったけど。


たぶん、彼には、それだけのタイミングだったんだろうな。


 


リュナは一瞬きょとんとしてたけど、やがて、ふっと目を細めた。


マスクの下で、きっと笑ってる。


 


「兄さんらしいっすね」


 


なんか、ちょっと嬉しそうな声だった。


 


「えへへ、えへへ……」


 


ブリジットちゃんも、袖口で口元を隠しながら、くすくす笑っている。


よかった。無事に帰ってきてくれたし、ちゃんと笑顔になってくれてる。


 


俺も自然と笑みが浮かんだ。


……平和って、いいなあ。




 ◇◆◇




そんなほんわかムードに包まれていたら——



「リュナ様!!」



でっかい声が響いた。



俺が振り向くと、そこには——



銀色の毛並みを持つ、まさに”フェンリル”って感じの巨大な狼と。


ちょっと小さめだけど、やたら態度がデカいパグっぽいフェンリル(?)が立っていた。


こいつ、さっきリュナちゃんに蹴られて喜んでたやつじゃない?気が合うかも。



「誰ですか、この馴れ馴れしい小僧は!」



パグ狼が、怒った顔で俺を睨んでいる。

やっぱ気が合わないかも知れない。


背筋がピーンと伸びた感じが、なんか小学校の風紀委員長みたいだ。


 


「リュナ殿に、そのような気安い態度を取るとは——!」


 


銀狼も、重々しい声で俺を見下ろしてくる。


うわ、こっちはこっちで、威厳すごいな。


これぞ"異世界で仲間になる伝説のフェンリル"って感じだ!


他の子達はぶっちゃけ全員でかい犬だし。


 


「ああ、こいつらっすか?」


 


リュナがあっさりと言った。


マスクの下で、絶対ニヤニヤしてる。


 


「こいつらは、マナガルムとグェル。

フレキっちの、父ちゃんと弟っす」

 


「へぇー、仲直りできたんだ。よかったね。」



フレキくんの家族なんだね。

あんまり似てないけど。犬種も違うし。


 


と呟いた瞬間、パパ銀狼と弟パグの眉間がピクッと動いた。


いや、犬だから眉間ないか。まあ、そんな感じ。


俺が弟パグをチラチラ見てたら、

ふと、パパ銀狼の銀の胸毛が目に入った。


すごい、もっふもふ。


フレキくんと同じで、めちゃくちゃ撫でたくなるやつ。ここは遺伝なのかもね。


 


俺は、そろーりと手を伸ばした。


そーっと。


そーっと。


 


けど、銀狼はサッと一歩引いた。


そして、低く唸る。

 


「勘違いするな、人間よ」

 


「我らはブリジット殿とリュナ殿には降ったが、すべての人間に心を許したわけではない」



……あ、ちょっとショック。


もふもふ、したかったな……。

 


巨大弟パグも、ギャーギャー騒ぎ出す。

 


「そうだそうだ! 矮小な人間が、ブリジット様やリュナ様にそんな馴れ馴れしくするなど!

うらやまし……じゃなくて!けしからんっ!!」


 


今うらやましいって言ったよね? ごまかせてないからね?


やっぱり、同志っぽい空気を感じるな。

このパグくん。

 


どうリアクションすべきか迷ってた、そのとき。

 


リュナが、サラッと言った。


 


「ちなみにこの人、あーしやブリジット姉さんとは

比べ物にならないくらい強いっすからね。

あんま怒らせないよーに。」

 



パパ銀狼と弟パグ、ぴたっと止まる。


そして、同時に——

 


「「えっ」」

 


小さな、けれど確実な声が漏れた。

 


間。

 


そして——

 


ドサァァ!



パパ銀狼が、バサッと腹を出して倒れ込んだ。

 


「どうぞ、思う存分……我が胸毛をご堪能あれ……」

 


なんかすっごい覚悟決めた目してる!

そこまでしなくていいのよ!

ちょっと触ってみたかっただけだから!


って言うか、息子達が見てる前でその感じ、

父親としてつらくない!?なんか……ごめんね!?

 


弟パグも、急にヘコヘコしながらすり寄ってくる。

 


「ですよね〜! ボクは一目見た時から只者じゃないと思ってましたよ、坊ちゃん!!」

 


めっちゃ媚び売ってきてる。


しかもハッハッハッって、息切れしながら笑ってるの、何。

 


俺は二匹を見下ろして、心の中で思った。



(……サラリーマンだったら、出世しそうだな、この二匹。)



もうなんか、いろんな意味で、賑やかになりそうだ。




 ◇◆◇




カクカクハウスの前に、みんなが集まった。


 


ブリジットちゃん、リュナちゃん、フレキくん、マナガルムさん、グェルくん。


それから、その後ろに控えてる——


 


100匹超の、巨大フェンリルたち。


 


5m級のシェパードとか、6m級の柴犬とか、7m級のゴールデンレトリバーとか、もう色んな犬種がごちゃまぜ。


あれだね、でっかいドッグショーだね、完全に。


 


ちなみに。


フェンリルたちは、カクカクハウスの正面じゃなくて、ちょっと離れた平地で遊んでる。


全員で集まられても場所取って仕方ないからね。

 


遊び道具は——俺が土魔法で作った、超特大フリスビー。

 


ドスンッ!


バサァン!


ドスドスッ!

 


5m超のパピヨンとかが、フリスビーを前脚でバシバシ投げて、


6mのグレートデーンとかがジャンプして口でキャッチする。

 


……めちゃくちゃシュールな光景だ。


荒野にでっかい犬がフリスビーでキャッキャしてる。


幻想的な光景とも言えるし、高熱の時に見る悪夢みたいな光景とも言える。可愛いのか怖いのか判断できないよ。


 


でもまあ、楽しそうだし、いっか。


 


そんな微笑ましいカオスを背に、フレキが一歩、前に出た。


俺たちのほうを、真っ直ぐに見据えて。


 


「改めまして!」


 


キリッと声を張るフレキ。


立ち姿も、めちゃくちゃ堂々としてる。


 


「フェンリル族の長となりました、フレキです!」


 


「ボクたちフェンリル族は——」


 


「ブリジットさんが作る“ノエリア領”の、領民として!」


 


「共に暮らさせていただくことに、決めました!!」


 


ぱちぱちぱちぱち!


 


俺は、素直に拍手した。


リュナもにこにこしながら手を叩いてるし、ブリジットちゃんも満面の笑みだ。


さすが、ブリジットちゃん。


きっと、暴力なんかに頼らずに、平和的に、

ちゃんと話し合いでまとめたんだろうなぁ。

 


領民が一気に100匹超え!


しかもみんな超大型犬!


超癒される!!

けどこれ、領地として成立してる?


 


「でも結局、この秘宝の力って……何だったのかな?」


 


ブリジットちゃんが、ポーチから小さな物を取り出した。


大きめサイズの、骨型の犬用ガム風の秘宝。


相変わらず、どう見てもおやつにしか見えない。


まあ、異世界だし。


何が秘宝で何がゴミか、素人目には分かんないよね。


 


ブリジットちゃんが不思議そうな顔で犬ガムを手に持っていると、フレキが一歩進み出た。


そして、にっこり笑った。


 


「秘宝の力に頼らなくても」


「ブリジットさんたちと“絆”を結べたことのほうが、ボクにとっては——」


「一番の宝物です!」


 


そう言って、ハッハッハッと息を弾ませながら笑う。


大きな身体で、子犬みたいな表情して。

 


ブリジットちゃんも、パッと顔を輝かせた。


 


「うん! あたしも、そう思うよ!」


 


眩しいくらいの笑顔だった。


いや、かわいいな、ほんと!


この子はマジで天使か何かなのか?




その瞬間——


 


秘宝が、光り出した。


 


「……えっ」


 


俺は思わず声を漏らした。


 


骨型のガムが、ぶわっと金色に輝き始めたんだ。


ただの犬のおやつじゃなかったんだ、やっぱり!!


 


そして、その光は——フレキにも伝った。


 


「え、ええええっ!?」


 


フレキの全身が、金色に包まれていく。


もっふもふの毛並みが、光を反射してきらっきらしてる。


 


後ろで遊んでたフェンリルたちも、ぽかんと口を開けてる。


グェルもマナガルムも、目を見開いて動けない。


 


そして、重々しく、マナガルムが呟いた。


 


「……こ、これは……!」


 


「フレキと、ブリジット殿との間に生まれた“絆”が——」


 


「フェンリル族の秘宝の封印を、解いたというのか……ッ!!」

 


そんな、まるで伝説の一幕みたいな台詞を呟く。

わかりやすい解説ありがとう!

 


「……」



俺は、発光するフレキくんを見つめながら、思った。

 



(さっきも似たような光景、見たな……)

 



ベルザリオンくんが、カレー食った時もこんな感じだったね。



異世界の人(犬)達って、事あるごとに発光するものなのかな。

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