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【45万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第311話 ルシア vs. メガロ・スペクトラ④ ──わたしの事を、どうか……──

白蛇の翼を広げたメガロ・スペクトラの周囲で、くすんだ白色の魔力が濁流のように渦巻いていた。


神々しさにも似た白さだというのに、その実、まとわりつく気配はどこまでも粘ついていて、不快だった。

澄んだ光ではない。誰かの胸の奥で腐りきった感情だけを煮詰め、無理やり輝きの形に固めたような、醜悪な魔力。


砕けた白い石床の上で低く構えたルシアは、その圧を真正面から受け止めながら、細く息を吐いた。




(凄まじい魔力出力……)




額に生えた二本の銀角が、ぴり、と小さく震える。

真祖竜であった頃の己に比べれば、今の身体はあまりにも脆く、あまりにも小さい。


だが、それでもなお分かる。


目の前の存在は、もはや先ほどまでの“魔王”ではない。

空間そのものを支配する、権能そのものの権化。




(でも、これ程の異様な魔力……)




ルシアの銀の瞳が、わずかに細められる。




(ヴァレン・グランツや咆哮竜ザグリュナ、それに……アルドが、気付くはず)




気付かないはずがない。

これほど露骨に歪んだ魔力の奔流を、あの規格外たちが見逃すとは思えなかった。

特にアルドなら──たとえ遠くにいたとしても、この異様さには必ず眉をひそめる。


そのはずだった。


だが次の瞬間、その希望を嘲笑うように、メガロの全身を覆う白蛇たちがざわりと波打った。




「ふ……外へ助けを求める顔をしておりますな、ルシア・グレモルド」




白蛇に覆われた顔の奥から、くぐもった声が落ちてくる。




「もし、誰かがこの戦いに気付くかも……などとお考えであれば、それは無駄な望みというものなれば……」




直後、メガロの背から生えた無数の白蛇が、洪水のように一斉に放たれた。


びしゃり、と何かが弾けたような音とともに、白が空間を埋め尽くす。

一本一本が独立してうねり、牙を剥き、鎌首をもたげる。

細いものも太いものも関係なく、そのすべてが殺意を持った生きた鞭のように、ルシアへ襲いかかってきた。




「……っ!」




ルシアは床を蹴った。

砕けた石床が弾け、銀髪が翻る。

最初の三本を紙一重で躱し、右から迫った一匹の顎を拳で打ち抜く。

鈍い破裂音とともに白蛇の頭部が霧散したが、消し飛んだ端から後続が穴を埋めた。


ルシアはそのまま身を沈め、頭上を横薙ぎに薙ぎ払った大蛇を回避する。

すれ違いざま、脚を振り上げて顎を蹴り砕き、着地と同時に再び前へ。


だが、蛇の数が多すぎる。

上から、横から、足元から、まるで白い濁流そのものが意思を持って襲ってくるようだった。




愚禿(ぐとく)が権能は“嫉妬”」




メガロの声は、戦場の中心にありながら妙に静かだった。




「嫉妬とは、二者が相互に認識して初めて生まれる感情……。片方だけでは成立せず、互いが互いを見て、初めて芽吹く心の歪み」




ルシアは迫る蛇の群れを掻い潜りながら、壁際へ跳ぶ。

そこへ四匹の白蛇が同時に食らいつこうと大口を開けた。

ルシアは壁面を踏み台に逆方向へ跳ね、空中で身をひねり、回し蹴りで一匹を弾き飛ばす。その胴体を踏みつけ、さらに上方へ。


だが逃げ場を読むように、そこへ別の蛇が待ち構えていた。

牙が眼前へ迫る。


ルシアは咄嗟にその上顎を左手で押さえ込み、噛みつきを逸らす。

ぎり、と牙が掌を掠めたが、そのまま右拳を叩き込み、頭蓋ごと打ち砕いた。




「この権能領域は、“嫉妬”を完全に支配した空間」




メガロの白蛇たちが、まるで説明を補強するように一斉にうねる。




「この中にいる者は、愚禿(ぐとく)が認めた“嫉妬”以外を受け付けない。外界の認知、観測、気配、視線……そのすべては、この領域にとっては無価値」




ルシアは着地と同時に駆けた。

足元の石床を這ってきた二匹を踏み砕き、左手側から襲いかかった三匹の頭を連続の手刀で弾く。


しかし右側面から伸びた蛇尾が鞭のように脇腹を薙ぎ、ルシアの身体が大きく流れた。




「つまり」




メガロがゆるやかに両腕を広げる。




「この空間は、外界からの認知(にんち)の輪から隔絶されている……。誰にも気付かれないどころか、認識すらされない」




その言葉を聞いた瞬間、ルシアの瞳が鋭く細められた。




(そういう事か……!)




蛇の隙間を縫うように走りながら、頭の中で点と点が繋がる。




(この権能領域の中にいる間、メガロ・スペクトラは誰からも認知されない、という事……!)




だから捕まえられなかった。

だから、この魔力の異様さを誰も捉えられなかった。




(これが、わたしやアルド、ヴァレン・グランツが、コイツの魔力を捕捉できなかったカラクリ……!)




次の瞬間、白蛇の群れが一斉に進路を絞った。

逃げ場を読まれた。

ルシアは即座に進行方向を変えるが、左右から迫る蛇の壁に押し込まれる。




(“竜渦(ドラグ・ボルテックス)”と“傀儡演舞(ククロセアトロ)”が使えないのが厄介……!)




今の身体では、あの二つの切り札は発動出来ない。

真祖竜の力を前提に置いた戦略は、悉く封じられている。

だからこそ、今は肉体だけで押し返すしかない。


歯噛みしたそのとき、メガロが白蛇でできた両手をすっと持ち上げた。


五指がそれぞれ、ぐにゃりと長く伸びていく。




「──"欠影の指(ディート・ウンブラ)"」




呟きと同時に、左右の五指がすべて巨大な白蛇へ変じた。

十本の大蛇。

それらは指の延長でありながら、独立した生き物のようにくねり、牙を剥き、空を裂いてルシアへ殺到する。


先ほどの群れとは違う。

一本一本が太く、速く、獰猛だった。


ルシアは咄嗟に走る。

正面から受ければ押し潰される。

左から迫る一本の噛みつきをギリギリで躱し、その胴体を踏み台に右へ。

そこへ別の一本が真横から突っ込んでくる。身を沈めて回避し、そのまま滑るように床を走る。

白蛇の巨体が背後で石壁へ叩きつけられ、激しい破砕音が響いた。

次の一本が天井から落ちてくる。


ルシアは転がるように身を翻し、跳ね上がる破片の中をすり抜けた。

遅れて落ちた牙が、さっきまで彼女のいた場所を深々と抉る。


だが、十本は止まらない。

左右、上下、死角、足元。

まるで巨大な手に追い回されているような圧迫感。


ルシアは走りながらも、呼吸を乱さぬよう唇を引き結ぶ。

そして、一本の追撃が背後から迫った。

振り返る間もない。

咄嗟に身体をひねる。


白蛇の牙が頬先を掠め、そのまま肩口へ――来る、と判断した瞬間、さらに深く身を沈めたことで致命傷は避けた。


しかし。




「……!」




右腕に、ひやりとした感触が走る。

浅い。ほんの浅い裂傷。

だが、その傷口から、ずるり、と何かが入り込んできた。


黒い。


どす黒い靄のような魔力が、血と一緒に肌の下へ滲み込んでいく。




(!? この、どす黒い魔力は、一体……)




ルシアが腕を見た、その次の瞬間だった。

ドクン、と全身が脈打った。




 ◇◆◇



心臓とは別の場所で、何かが拍動したような、不快な衝撃。

ルシアの視界が一瞬だけぶれる。

そこへ、何の前触れもなく映像が流れ込んできた。


──陽だまりのような笑み。


ブリジットと笑い合うアルドの顔。


自然な距離で並び、穏やかな空気を共有する二人の姿。


そして。




『──何故、ただの人間のあの子が、アルドラクスの隣にいるの?』




自分の声だった。

耳元で囁かれたのではない。頭の中から響いた。

ルシアの足が、一瞬だけ鈍る。




『わたしは、生まれた時からアルドラクスの隣にいたのに』




白蛇の牙が、さらに背後から迫る。

ルシアは反射で跳んだ。かろうじて躱したものの、着地の軸がぶれる。




『アルドラクスには……アルドには、わたししかいなかったはずなのに……』



「……っ」




喉の奥から、かすかな息が漏れた。

それは外へ出したくなかった感情だった。

認めたくもない言葉だった。




(──これは、嫉妬の魔王の権能による精神汚染……!?)




ルシアはぎり、と歯を噛み締める。




(まずい!)




意識を掴み直す。

これは幻だ。増幅された感情だ。見せられているだけの像だ。そう理解し、無理やり視界の端へ押しやる。


だが、傷口から侵入した黒い魔力は止まらなかった。

右腕の裂傷から、今度は白い蛇のような紋様が浮かび上がってくる。

生き物のように(うごめ)きながら、皮膚の下を這い、腕を、肩を、内側から侵食していく。

メガロの声が、甘く囁いた。




「──白蛇(はくだ)の毒牙が侵すは、身体に非ず」




大蛇たちは一度距離を取るように周囲を旋回し、逃げ場を塞ぐ。

まるで獲物が苦しむのを待っているようだった。




「貴女様の心、そして魂……」




白蛇の翼をゆるやかにはためかせながら、メガロは愉悦の滲んだ声で続ける。




「嫉妬の心に蝕まれた魂は、やがて愚禿が支配下となるのです」




ルシアは右腕を押さえた。

皮膚の下を這う紋様を、銀の魔力で押し返そうとする。体内の流れを整え、侵食をそこに留めるために、細かく制御をかける。


止まれ。それ以上、入るな。


そう命じるように魔力を送り込む。


だが、次の瞬間。

また、視界がぶれた。


──アルドとブリジットが、笑いながらハイタッチしている。


ぱん、と小気味のいい音。


その何気ない仕草が、胸の奥を焼いた。




『どうして、あの子ばかり』


『どうして、あの子だけが』




白蛇の紋様が、ぐっ、と一気に胸元まで伸びる。




「……ぅあ……っ……!」




堪えきれず、ルシアの唇から苦しげな声が漏れた。

その瞬間を、メガロは待っていた。


空を巡っていた一本の白蛇が、一直線に飛び込んでくる。

ルシアが反応するより早く、その巨大な胴体が彼女の腰へ巻き付き、さらに二本、三本と肩と脚へ絡みついた。




「――くっ!」




締め上げられる。骨が軋む。

肺から空気が押し出され、足が床から浮いた。

白蛇は生きた鎖のようにうねりながら、ルシアの身体を持ち上げ、そのまま床へ叩きつけた。


ドンッ! と重い衝撃音。

白い石床がひび割れ、粉塵が舞う。

白蛇はそのまま締め上げを強めた。

腕は動かせない。

脚も、胴も、ほとんど自由を奪われている。




「ふ……ふふふふふ……!」




メガロが、翼を広げてゆるやかに降下する。




「真祖竜である貴女の存在は、愚禿が舞台にとって最上位に警戒すべきものでした……」




白蛇に覆われた顔の奥で、喉が震える。




「それを、ようやく心の隙をつき、人の身へと落とし……手中に収められる……幸甚の至りなれば……」




ルシアは答えない。

息は苦しい。

胸の内を這う紋様も、まだ侵攻を続けている。


アルドとブリジットの像が、何度も何度も明滅する。


けれど、その瞳だけは死んでいなかった。




(……まだ)




締め上げに軋む喉の奥で、ルシアの意識が研ぎ澄まされる。




(まだ、終わってない)




身体は封じられた。

心も侵されている。

それでも、ひとつだけ残っている。


口。喉。

吐き出すための器官。


ルシアはごくわずかに顎を動かした。

白蛇の拘束に埋もれるようにして、唇の前へ、キィィーン……と高い音を立てながら、銀色の魔力が集まり始める。


最初は小さな光点だった。

だが次の瞬間、それは圧縮され、収束し、眩い刃のような輝きへ変わる。


メガロの動きが止まった。




「何……ッ!?」




白蛇の翼がざわりと逆立つ。

ルシアはまっすぐにメガロを見た。

その銀の瞳には、怒りも苦悶もなく、ただ冷たい決意だけがあった。




「──消えろ」




直後。

口元から、銀色の奔流が放たれた。

レーザーにも似た極細の光。

だがその実態は、あまりにも高密度に圧縮された真祖竜のブレス。


放たれた瞬間に空気が蒸発し、進路上の白蛇たちが存在ごと消し飛ぶ。


メガロは反射で身を捻った。

それがなければ、頭から胸まで貫かれていた。

だが回避はわずかに遅れた。

銀の光が、メガロの右肩から右胸を削り飛ばす。

白蛇の肉が、鱗が、ローブめいた構造が、一切の抵抗もなく蒸発した。




「ぐうぅ……ッ!?」




メガロの身体が大きく吹き飛ぶ。

白蛇の翼がばらばらに乱れ、空中で姿勢を崩した。


拘束していた蛇たちも一瞬だけ緩み、ルシアが床へ落ちる。

膝をつき、荒く息を吐きながらも、視線だけは逸らさない。


向こう側で、半身を抉られたメガロが、壁際でかろうじて踏みとどまっていた。

右肩から胸にかけて、大きく消失している。


だが、その傷口を覆うように、残った白蛇たちがうねり始めた。




「よもや……ただの加護を受けただけの人の身で……これ程の出力のブレスを放出出来ようとは……ッ!?」




その声には、痛みに混じって、確かな驚愕があった。

そして次の瞬間には、それすら歪んだ愉悦へ変わる。




「真祖竜とは、かくも強大な存在なのですね……ああ、嫉ましい、妬ましい……!」




白蛇たちが傷口へ群がる。

肉を編み、骨を織り、失われた肩と胸を再構成していく。


その再生はあまりにも気味が悪く、それでいて妙に滑らかで、美しかった。


ルシアは静かにそれを見つめる。




(──ダメか)




肺の奥が焼けるように熱い。

今の一撃は、拘束された状態で絞り出せる最大出力だった。




(しくじった)




淡々と、そう判断する。


通ると思った。

少なくとも、首から上までは吹き飛ばせると読んでいた。


だが、メガロは避けた。

そして再生した。

それはもう、ひとつの敗北宣言に等しかった。


そのときだった。


ブレスの余波に焼かれたせいか、メガロの顔を覆っていた白いヴェールが、はらりと落ちた。

覆いの内側が、露わになる。

ルシアの瞳が、見開かれた。

そこにあった顔は、この場にいるはずのないものだった。


見覚えがある。


ここで“嫉妬の魔王”として立っているなど、あり得ないはずの人物。




「──その顔……」




ルシアの喉が震える。




「お前は……!!」




メガロが、はっとしたように片手で顔を隠した。

その仕草だけが、初めて人間じみていた。




「──見ましたね」




低く落ちた声は、今までのどの囁きよりも冷たかった。


次の瞬間、もう片方の手がルシアへ向けられる。

残っていた白蛇たちが、一斉にルシアへ殺到した。

腕に、脚に、首に、胴に。

今度は拘束ではない。覆い尽くすための動きだった。


白が、ルシアの視界を埋める。




(“嫉妬の魔王”の正体がアイツなら……)




ルシアの思考が、急速に繋がっていく。




(恐らく、この“統覇戦”の本当の目的は……)




けれど最後まで答えを形にする前に、白蛇が胸元まで巻き上がってきた。

傷口から侵食していた紋様が、内側からも呼応するように脈打つ。


逃げられない。


もう、この場で覆される手は残っていない。




(──でも、ダメ)




ルシアはゆっくりと瞼を伏せる。




(逃げ出せない。わたしは、ここまで)




白蛇が肩を覆う。

頬を覆う。

口元へも迫る。




(このまま、わたしの魂が“嫉妬の魔王”の支配下に置かれる様であれば……)




胸の奥で、ぞくりと嫌な確信が走った。




(下手すると、わたし自身が“特異点”になる可能性すらある……)




それは、最悪の未来だった。


敵に利用されるだけでは済まない。

己が歪みの核となり、もっと大きな災厄の起点になるかもしれない。


もしそうなれば。


もし本当に、怪物として誰かを喰う側に落ちるなら。


そのときは──




(……アルド)

 



心の中で、その名を呼ぶ。

嫉妬も、独占欲も、執着も、すべて見透かされた後でなお、最後に浮かぶのはその人だった。




(もしそうなったら……その時は、アルド……)




白蛇が、視界の端まで覆っていく。




(わたしの事を、どうか“滅ぼして(・・・・)”ね)




助けて、ではない。

救って、でもない。

終わらせて。


それが、今の自分があの男に託せる、最後の願いだった。




(アルドにしか、出来ない事だから)




白が閉じる。

ルシアは、静かに目を閉じた。

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