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【45万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第299話 絶対不可視の目撃者

森に、ようやく静寂が戻ってきた。


黒い魔力の残滓が、薄い霧のように漂い、裂けた大地からはまだ熱が立ち上っている。

幹を断たれた木々が軋み、遅れて倒れ、枝葉が擦れ合う音が、遠くでくぐもった。


その中心に、ザキ・クローバーは立っていた。

ゆっくりと、刃を振る。

血を払う動作は、まるで儀式のように無駄がない。

キィン……と澄んだ音が、森の空気を震わせる。

鞘へと収まる刀身。

それを包み込む左手の指先は、わずかに白くなっている。だが、すぐに力を抜き、自然体へと戻る。


背筋を伸ばし、足を揃え、呼吸を整える。

そこにあるのは、戦いの余韻ではなく、完成された“型”だった。


流星は、その姿を呆然と見つめていた。

胸が、妙にざわつく。

言葉が出ない。

ただ、目が離せない。




(……綺麗だ)




戦場のど真ん中で、そんな言葉が浮かぶ自分に戸惑う。

だが、確かにそうだった。

無駄がない。力みがない。

圧倒的な強さを見せつけた直後だというのに、そこに誇示はなく、慢心もない。ただ、在るべき姿に戻っただけという静けさ。


その立ち姿を見ていると、ある男の背中が脳裏に浮かんだ。


洗脳されていた頃、自分を叩き伏せた、あの執事剣士。


強欲四天王・ベルザリオン。

自分の本気の炎を、一刀に伏した一太刀。

だが、どこかで美しいと感じてしまった剣筋。




(──似てる……)




流星の喉が、わずかに鳴る。




(アイツの剣筋と……!)




力任せではない。

技術だけでもない。

“積み重ね”の重みがある剣。

ザキの背中に、それを見た。


一方、雷人は違う角度から見ていた。

目は細められ、思考が高速で回転している。




(凄まじい剣だ……!)




偽アルドの肉体。あれほどの強度。

自分と流星の神器で傷一つ付かなかった相手を、居合い一閃で裂いた。




(“統覇戦”は、アルドさんの圧勝だと考えていた)




ラグナ第六王子が、どこまで食い下がれるか。

それが雷人の中での予想だった。

しかし。




(ザキ・クローバー……)




視線が、ゆっくりと彼の背へと向く。




(彼の剣は……下手をすれば、アルドさんの命にすら、届き得るかもしれない……)




胸の奥が、ひやりと冷える。

それでも雷人は、感情を表に出さない。

一歩前へ出て、静かに頭を下げた。




「助かりました。ザキ・クローバー。」




声は落ち着いている。

ザキは振り返り、ひらひらと手を振った。




「ええよええよ。ちゅーか……何なんやろね、この偽アルドくん。」




いつもの気の抜けた笑い。

戦場の中心に立っていた男とは思えない軽さ。

雷人は倒れ伏す偽アルドに視線を移す。




「分かりません……とにかく、大学関係者に報告をしないとですね。」




事務的な口調。

だが、内心ではまだ整理しきれていない。

流星が、ぱっと駆け寄る。




「いやぁー、アンタ凄いね!!偽物とは言え、アルドさんを斬っちまうなんてさ!!」




純粋な感嘆。瞳が輝いている。

ザキは肩をすくめる。




「ハハハ。本物ならこうはいかんかったやろね。」




そう言いながら、横目で倒れた偽アルドを見やる。

 

その瞬間。


雷人が、何気ない調子で言った。




「ご謙遜を。凄まじい腕前でした。」


「“鞘から抜いて1秒以内なら何でも斬れる”……みたいなスキルですか?」




森の空気が、凍った。

ザキの目が、わずかに見開かれる。

ほんの一瞬。

だが、確かに動いた。




(──このボン……)




心臓が、どくりと強く打つ。




(俺のスキルを……見抜いた!?この短時間で!?)




戦闘時間は僅か。

斬撃は数度。

それだけで、ここまで辿り着くか。




(どないな頭しとんねん……!?)




計算外。完全に、計算外だ。

雷人は無表情のまま、しかし観察している。




(当たった……?)




ほんの推測。

だが、今の反応で確信に近づいた。




(マズい……)




ザキの内側で、冷たい思考が芽生える。




(今の段階で、俺のスキルの詳細をここまで見抜かれたのは想定外や……)




喉の奥が、冷える。




(──“口止め”するか?)




その瞬間。

空気が、変わった。

流星の肌が、粟立つ。

雷人の背筋に、氷が走る。

ザキの周囲から、目に見えぬ圧が滲み出す。


殺気。


それは、作為のない本能の漏出だった。

雷人は即座に重心を落とす。

膝を緩め、いつでも動ける体勢へ。




(しまった!口が滑った……!)




鼓動が速まる。




(スキルの内容……当たっていたのか!?)




冷静であろうとするほど、危機感が強まる。




(何だ……この殺気……!?)




ただの剣士ではない。

戦場を幾度も越えてきた者の気配。




「お、おい……?」




流星も一歩退き、身体を沈める。




「何だよ、いきなり……ッ!?」




その声で、ザキははっとした。




(──しもた!)




自分から漏れ出たものに気付く。




(つい反射的に……殺気が漏れてもうた!!)




舌打ちしそうになるのを堪える。




(この子ぉらはアルドくんの仲間や……)




アルドの顔が、脳裏に浮かぶ。

あの底知れない存在。




(口封じなんかできひん言うのに……!)




それに。




(……アルドくんに嫌われたないしな。)




ほんの一瞬、戸惑いが浮かぶ。

どうする。どう誤魔化す。

その緊張が、森を再び張り詰めさせていた。




 ◇◆◇




その緊張を、引き裂くような唸り声が森を震わせた。




「お……オオオオオオオォォォオオオ……ッ!?」




人の喉から出たとは思えぬ、低く濁った咆哮。

ザキ、雷人、流星の三人は、同時に振り向いた。


倒れ伏していたはずの偽アルド──ザイードが、ゆらりと立ち上がっている。


だが、その姿は、もはや先ほどまでの“人型”とは違っていた。

黒い筋が、以前よりも濃く、広く、全身へと這い広がっている。

胸元に浮かんでいた白い蛇の紋様が、じわりと動いた。


それは模様ではなかった。

生きている。

蛇は、ザイードの身体を締め上げるように、胸から肩へ、腕へ、首へと這い回る。




「……余の……身体が……」




ザイードは、自らの両手を見つめる。

指先が、崩れ始めている。

皮膚の内側から、黒い霧のようなものが漏れ出す。




「バカな……き、消えゆくと言うのか……?」




声が、震える。

怒りではない。恐怖だ。




「余は……余は……」




胸を押さえ、膝が折れかける。




「“豊穣神の加護(アシュタロス)”で……ジュナザールに……永遠の豊穣を……」




言葉が、途切れる。

白い蛇が、ぎり、と締め上げる。

骨が軋む音。

ザイードの瞳が、揺れた。




「……違う……」




その声は、か細い。




「……余は……ただ……」




喉が詰まる。




「父上に……認めて……もらいたかった、だけ……なのに……」




その瞬間。

白蛇が、完全に目を開いた。


ギュルルルルッ……!


蛇はザイードの身体に巻きつき、締め上げる。

肉体が、ねじれる。

骨が軋み、皮膚が歪む。




「ぐ……ぁ……ッ!!」




ザイードの身体が、細い紐のように圧縮されていく。

腕が縮み、脚が引き裂かれ、胴が捻れ、一本の黒い帯へと変わる。

空間が、歪む。

その歪みの中心へと、圧縮された肉体が吸い込まれていく。




「や、やめ……」




最後の言葉は、音にならなかった。

次の瞬間。

パァン、と乾いた音と共に、ザイードは、消えた。

跡形もなく。

森に残ったのは、抉れた地面と、黒い残滓だけ。

そして……


ドゥン。


空間が脈打った。

目に見えぬ黒い波動が、円状に広がる。

それは風ではない。衝撃でもない。

もっと内側を叩くもの。


ザキの心臓が、ドクンと跳ねる。


雷人の視界が、一瞬だけ白く霞む。


流星が、思わず胸を押さえた。


波動は、彼らの身体を通り抜け──

そして、静まった。

森は、再び静かになる。


ザキが、眉をひそめた。




「あ……?」




視線が宙を泳ぐ。




「何や……これ……俺は、今まで何を……?」




喉の奥が、妙に乾いている。

目の前の地面が、ひどく抉れている。

木々が倒れ、枝が折れ、焦げた匂いが漂う。




「……?」




流星が、きょろきょろと辺りを見回す。




「うおっ!?森がめちゃくちゃじゃねぇか!?何これ!?爆破テロ!?」




腕を動かすと、鈍い痛みが走る。




「っつ……!?なんで身体こんな痛ぇんだよ……!」




雷人も、周囲を見渡す。

首を傾げる。




「……確か、僕達は……」




記憶を辿る。

だが、途中で途切れる。




「乾の無くしたピアスを探して……」




そこで、止まる。

それ以上、何も繋がらない。

胸の奥に、空白がある。


戦った。叫んだ。斬撃が走った。


──はずなのに。

何も思い出せない。

雷人は、ふとザキに気付く。




「あの……貴方は……ザキ・クローバー……?」




声は、探るよう。

まるで初対面の相手にかけるそれ。

ザキは、瞬きをする。




「……君ぃは……確か、特別留学生の……?」




同じく、曖昧な認識。

流星が頭を掻く。




「何なんだよ、マジで……なんか知らねーけど、身体中痛ぇし……」




互いの目が合う。

だが、その視線の奥に、“さっきまでの共闘”はない。

ただ、困惑だけがある。


三人の間に、奇妙な沈黙が落ちた。

確かに何かがあった。

だが、それは霧の向こう。

触れられない。掴めない。

森は、何事もなかったかのように風を通す。


戦いは、消えた。

記憶ごと。


そして三人は、互いを初めて見る者のように、ぎこちなく立ち尽くしていた。




 ◇◆◇




三人が困惑したまま大学の方角へと歩き出すのを、木々の陰からじっと見つめる影があった。


いや──正確には、“そこにいるはずなのに、誰の認識にも映らない存在”。


影山孝太郎は、息を潜めたまま立ち尽くしていた。

彼の周囲の空気だけが、わずかに歪んでいる。


彼の持つ、SS級スキル"絶対不可視(イグノーシス)"。


視界に入っていても、認識されない。

音を立てても、意識に残らない。

存在そのものが、世界の“観測対象”から外れる。


だからこそ、彼だけが、覚えていた。




「……何だったんだよ、今の……」




喉の奥で、乾いた声が漏れる。

目の前では、ザキと雷人と流星が、まるで何事もなかったかのように会話を交わしている。

ぎこちない初対面のやり取り。




「特別留学生の……?」


「ザキ・クローバー……?」




さっきまで命を懸けて戦っていたとは思えない空気。

その“断絶”が、何よりも不気味だった。

影山の背中を、冷たい汗が伝う。




(さっきの……偽アルドさん……)




脳裏に蘇る。

黒い筋。白い蛇。

圧縮され、吸い込まれる肉体。




「……ザイード、とか言ってたよな……?」




予選会で見た、性悪皇子。

"豊穣神の加護"を持つ存在。

父に認められたかった、という言葉。


あれは、確かにあった。

夢じゃない。




(それに……皆、戦ったよな……!?)




ザキの居合い。雷人の分析。流星の驚愕。

全部、確かに目の前で起きていた。


なのに。




(何で……何で忘れてるんだよ……!?)




胸の鼓動が早まる。

視界の端が、わずかに揺れる。

彼らの身体には傷が残っている。

地面は抉れたまま。

木々は倒れたまま。


“結果”だけが存在している。

だが、“過程”が消えている。


影山は、ゆっくりと息を整える。




(落ち着け……)




自分に言い聞かせる。




(俺は……スキルを発動してた)




絶対不可視。

世界の認識の外側。

もし、あの黒い波動が“観測された者”にだけ作用する類のものなら。




(……俺は、対象外だった?)




喉が鳴る。




(だから……記憶改竄を受けなかった……?)




あくまで仮説だ。だが、辻褄は合う。

影山は、そっと拳を握る。

爪が掌に食い込む。

痛みがある。現実だ。


その時。


ザキの殺気を、思い出した。

 

あの一瞬、雷人がスキルを言い当てた直後。

空気が凍った。




(……あれ、本気だったよな)




あの目。あの温度。

一歩間違えば、本当に斬られていた。




(ザキ・クローバー……)




ただの剣士じゃない。

ただの大会参加者じゃない。

底に、何かがある。

それも、相当深い。


影山は、視線を三人から逸らす。

森の奥。さっきザイードが消えた場所。

空間は、もう静かだ。

だが、何かが残っている気がする。


“視線”のようなもの。




(統覇戦……)




ただの大会じゃない。

ただの学生同士の競技でもない。




(裏で……何かが起きてる……?)




確信に近い直感。

背筋がぞくりとする。

影山は、歯を食いしばった。




(分からない事が多すぎる……!)




ザイードの最後。

白い蛇。記憶改竄。

ザキの殺気。


全部が、一本の線で繋がっている気がするのに、その線が見えない。




(でも……一つだけ、間違いない)




目を閉じ、深く息を吸う。




(このまま黙ってちゃダメだ)




知っているのは、自分だけ。

今この瞬間、真実を握っているのは、自分だけだ。




(アルドさん……)




あの、底知れなくも、誰よりも優しい存在。




(……もしくは、ヴァレンさん)




どちらかに、伝えなければならない。

自分一人で抱え込める話じゃない。

影山は、静かに一歩、後退る。


枯葉が踏まれる音。

だが、誰も振り向かない。

彼は、世界から外れている。




(はぁ……また俺、こんな役回りかよ……ッ!?)




覚悟を決める。

三人が去っていった方向とは逆、森の奥へ。

そして、大学の中心部へと繋がる近道へ。

姿を消したまま、影山は駆け出した。

足音は、風に紛れる。

呼吸は、木々のざわめきに溶ける。

だが、その胸の内だけは、激しく燃えていた。




(何か何だから分からない……ただ、このままじゃマズい。それだけは、分かる……!)




忘れられた戦いを。

消された記憶を。




(だったら……俺が、動くしかねぇ……っ)




統覇戦の裏で動く“何か”。

その正体を、暴くために。

影山孝太郎は、誰にも知られぬまま、真実へと走り出した。

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