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【45万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第298話 世界を断つ一秒

森の空気が、ぴたりと止まった。

偽アルドは、自分の右腕を見下ろしていた。

黒い筋の浮かぶ腕。その上を、赤い血が細く伝っている。滴り落ちた血が、土に染み込んでいく。

痛みが遅れて脳に届いたのか、肩がびくりと震えた。




「……バカな……!?」




声が掠れる。




「余の……"銀の新星(シルバー・ノヴァ)"の肉体が……」




指先が、震える。




「ただの斬撃で……ッ!?」




その瞳には、明らかな困惑と否定が浮かんでいた。

完璧であるはずの肉体。

模倣とはいえ、“あの男”と同等の器。

それが、斬られた。

その光景を見ていた流星が、目を見開いたまま声を上げる。




「す、スゲェ……!!」




思わず一歩、前に出てしまう。




「偽物とはいえ……アルドさんがダメージ受けてるとこ、初めて見たぜ……ッ!!」




その言葉に、ザキはわずかに目を細めた。




(──いやいや)




頬を伝う自分の血を、親指で拭いながら。




(仲間でもダメージ受けたとこ見た事ないて、アルドくん……)




額に、じわりと汗が浮かぶ。




(君ぃ、どんな化け物やねん……)




内心でツッコミながらも、視線は決して逸らさない。

雷人も、驚愕に目を見開いていた。




(し……信じられない……!)




喉が鳴る。




(僕や乾の“神器”で傷一つつけられなかった偽者のアルドさんを……)




視線が、ザキへと向く。




(ただの剣の一振りで……ッ!?)




胸の奥がざわつく。




(これが……ザキ・クローバーのスキルの力なのか……!?)




だが。偽アルドの表情が、ゆっくりと変わっていく。

困惑から、怒りへ。


血の流れる右腕を、ぐっと握り締めた。

筋肉が、みしりと音を立てて収縮する。

黒い筋が一斉に脈打つ。

次の瞬間、裂けていた傷口が、ぴたりと閉じた。

赤い線が、まるで最初から無かったかのように消える。




「……フン」




鼻で笑う。




「マグレで薄皮一枚斬った程度で、調子に乗らん事だ……ッ!!」




瞳が、ザキを射抜く。




「そんな刀一本で……この肉体を、傷付けられるものかッ!!」




ドンッ!!


地面を蹴る音。

土が爆ぜる。

一直線に、ザキへと突進。

右腕を鋭く伸ばし、貫手で喉笛を穿たんとする。


空気が裂ける。


だが、ザキは動じない。

静かに、腰を落とす。

鞘に収まった羽々斬に、右手を添える。

呼吸が、すう、と整う。




「──三葉流(さんようりゅう)居合術(いあいじゅつ)二式(にしき)……」




低く、囁くように。




「"螺殲(らせん)"ッ」




キン──


音は、一瞬。

ザキと偽アルドが、交差する。


次の瞬間。

偽アルドの右腕に、螺旋状の傷が走った。

皮膚を巻き込み、肉を捻り裂くような軌道。

血が、ぐるりと円を描きながら噴き出す。

赤い飛沫が、空中に螺旋を描いた。

同時に、ザキの頬にも浅い傷が走る。


掠った。

だが、明らかに──

ダメージは偽アルドの方が深い。




「ぐ……グアァァアアアッッ!?」




右腕を押さえ、苦痛の声を上げる。

黒い筋が乱れ、蠢く。

ザキは、すっと振り向いた。


キンッ、と澄んだ音。


刀が鞘へと収まる。




「マグレやないねんて」




肩越しに、静かに言う。




「自分、分かっとらんなぁ」




細い目が、更に細まる。




「言うたやん」




ゆっくりと、偽アルドを見据える。




「『俺の居合いは、何でも斬れんねん』て。」




その声音は、軽い。

だが、その奥には揺るがぬ確信があった。

雷人は、その姿を見つめながら、息を呑む。




(ザキ・クローバー……本物の実力者だ……!)




強い。間違いなく、強い。

だが、胸の奥に、何かが引っかかる。




(だが、何だ……!?)




目を細める。




(この、何とも言えない“違和感”は……?)




ただの高威力スキルではない。

圧倒的な魔力量でもない。




(彼の強さ……)




喉が鳴る。




(ただの“強力なスキル”とか、そういうものじゃない……!)




その違和感の正体を掴めぬまま。

森の空気は、さらに張り詰めていく。

血の匂いと、黒い魔力の気配の中。


ザキは、静かに次の一太刀の間合いを測っていた。




 ◇◆◇




偽アルドは、裂かれた右腕を見下ろしていた。


螺旋状に刻まれた傷。閉じかけてはいるが、確かに肉を抉られている。黒い筋の浮かぶ皮膚の下で、筋肉がひくりと痙攣する。




「何故だ……ッ!?」




声が震える。




「何故、この肉体が……こうも容易く……!?」




信じられない、といった表情で、傷だらけの腕を握り締める。

その様子を見ながら、ザキは口元に余裕の笑みを浮かべていた。

だが、その内心では。




(──とんでもない速度と威力や)




頬を伝う汗が、冷たい。




(予選会、第49、50階層で見たアルドくんの動き……)




脳裏に蘇る、あの戦闘。

マリーダ教授を相手に圧倒した拳速。

ラグナと渡り合った踏み込み。




(あれと遜色ない拳速や)




喉の奥で、息が詰まる。




(直撃すれば、一撃でアウトやね)




笑っているのは、ただの演技だ。

一歩でも間違えれば、首が飛ぶ。

ザキは居合いの構えのまま、ゆっくりと偽アルドへ向き直る。

鞘に添えた左手に、わずかに力がこもる。




(せやけど……)




細い目が、わずかに細まる。




(やっぱり、コイツはアルドくんやない)




にぃ、と笑う。




(“攻めの構成”があかんわ)




偽アルドは、確かにアルドと同等のスペックを得ている。


だが、戦い方が浅い。


予選会で見たアルドは、常に相手の動きを読み、次の一手を組み立て、空間そのものを掌握していた。


この男は違う。

表層だけをなぞっている。

強さを“持っている”だけで、使いこなしていない。


だから、特別留学生の二人を攻めきれなかった。

だから、自分を仕留めきれない。

ここにこそ、勝機がある。


ザキは、背筋を走る武者震いを抑え込み、意識を一点へと集中させた。

偽アルドが、歯を食いしばる。




「おのれ……!」




黒い筋が、より濃く浮き上がる。




「おのれェェッッ!!」




ドゥンッ!!


震脚。地面が爆ぜ、周囲の木々が浮き上がる。

根ごと持ち上がった大木が、軋む音を立てる。

偽アルドはそれを足場に跳躍した。


バババッ!!


空中を、弾丸のように飛び回る。

浮いた大木、地面に根を張る木、幹から幹へ。

縦横無尽に駆ける黒い影。

流星が思わず息を呑む。




「速ぇ……!」




だが、ザキは動かない。

居合いの構えのまま、微動だにせず。




「──それも、予選会のアルドくんの動きの猿真似やん」




ぽつり、と呟く。

偽アルドの動きが、わずかに乱れる。

ザキは続ける。




「あんな。それはな、ラグナが宙を自由に飛び回ってるから、それに対抗する為のアルドくんの策やねん」




視線は、上空を駆ける偽アルドを追わない。

ただ、気配だけを読む。




「地に足つけてジッとしてる俺相手に、そんな無駄な動きしてどないすんの?」




雷人が、はっと目を見開いた。




(……見えているのか)




目で追っていない。

だが、動きを“理解している”。

偽アルドが叫ぶ。




「黙れ黙れェッ!!」




速度をさらに上げる。




「どんな能書きを垂れようが……この動き、貴様に見切れるものかッッ!!」




空気が裂ける音。

距離が、詰まる。

ザキは、静かに言う。




「ザイード……アンタな」




声が、冷える。




「強力なスキルに頼り過ぎる癖が出来てもうてんねん」




浮いた大木の影が、ザキの頭上を横切る。




「生まれ持った手札が強いから、札の切り方が雑過ぎんねん」




次の瞬間、上空から急降下。




「せやから……」




ザキの声が、低く響く。




「“手札の弱い(・・・・・)”俺みたいなんに、何度も足元掬われんねんで」



八式(はちしき)……"神隠(かみかくし)"。」




静かに、呟いた。


ドォォォンッ!!


偽アルドの飛び蹴りが、真上からザキのいた位置へ突き刺さる。

地面が弾け飛び、数メートルのクレーターが生まれる。

土砂と木片が、雨のように降り注ぐ。

流星が叫ぶ。




「こ、こりゃやべぇっ!!」




だが雷人は、目を凝らす。




「いや……これは……ッ!?」




砂煙がゆっくりと晴れていく。

クレーターの中央に、偽アルドが立ち上がる。

黒い筋が蠢く。


だが、そこに、ザキの姿は無い。




「な……ッ!?」




偽アルドの瞳が揺れる。




「ど、何処へ消えた……ッ!? ザキ・クローバーッ!?」




周囲を見回す。

上も、前も、横も。


その時、流星と雷人は、見た。


偽アルドの背後。

完全なる死角。

まるで影のように、そこに立つ男。

背を合わせるように、呼吸を重ね……

静かに、鞘へと刀を収める姿。


キィン──


澄んだ納刀音。


次の瞬間。


ブシュウウウッ!!


偽アルドの背中から、血と黒い煙のような魔力が噴き出した。

赤と黒が、空中で混ざり合う。




「バカ……な……ッ!?」




膝が崩れる。

片膝をつく。

背中に走る、深い斬撃。

ザキは、肩越しに振り返った。

細い目で、見下ろす。




「どや?」




低く、冷たい声。




「見えへんかったやろ……?」




 ◇◆◇




偽アルド──ザイードは、膝をついたまま自らの背に走る激痛を噛み締めていた。


熱い。


背中を裂かれた感触が、遅れて全身を焼くように駆け巡る。




「あり得ぬ……あり得ぬ……ッ!?」




震える声で、己の両手を見下ろす。

黒い筋が浮かぶその肉体。

完璧であるはずの器。




「“銀の新星(シルバー・ノヴァ)”の肉体を得た余が……」




拳を握る。

筋肉が軋む。




「よりにもよって、ザキ・クローバーに……手も足も出ぬなど……ッ!!」




その言葉は怒りというより、混乱に近かった。

敗北の感触を受け入れられない者の声。

ザキはその姿を、静かに見下ろしていた。

口元には、いつもの薄い笑み。


だが。




(──『手も足も出ない』……?)




額を一筋の汗が伝う。




(簡単に言うてくれるな。こちとらギリギリやっちゅーねん……!)




偽アルドの攻撃は、どれも一撃必殺。

掠れば終わり。

受ければ砕ける。

これまで培ってきた戦略と戦術で、辛うじて主導権を握っているだけ。

一歩間違えれば、即死。


表情には出さない。

だが、神経は張り詰めきっていた。


その時。




「アアアアアアアァァアア!!」




絶叫が森を震わせる。




「妬ましい……嫉ましいッ!!」




黒い魔力が、ザイードの身体から噴き上がる。




「貴様のその……"何でも斬れる剣"が……ッ!!」




どろり、とした闇が腰元へ集束していく。

雷人が、はっと目を見開く。




「!?」




黒い魔力が、形を持つ。


鞘。柄。鍔。


見慣れた輪郭。




(ザキ・クローバーの剣が……顕現された……!?)




心臓が強く打つ。




(まさか……ザイードが『羨んだもの』が、実際に形を持っているのか……!?)




流星も息を呑む。

ザキの細い目が、わずかに揺れた。




「それは……俺の“羽々斬(はばきり)”……?」




偽アルドの腰に、瓜二つの刀が差さっている。

ザイードは顔を押さえ、笑い出す。




「……ククク……」




肩が震える。




「クハハハハッ!!」




狂気を帯びた笑い。




「貴様のその『何でも斬れる剣』のスキル……」




ゆっくりと、鞘から刀を抜く。

ぬらり、と黒光りする刃。




「貰ったぞ……ッ!!」




空気が震える。

流星が叫ぶ。




「アルドさんの力だけじゃなく、あの剣も……!?そんなの、アリかよッ!?」




雷人は固唾を飲む。

もし、本当に同じ能力なら……


偽アルドが、剣を振りかぶる。

ビキビキと腕の筋が盛り上がる。

アルドの膂力。ザキの剣。

最悪の組み合わせだ。




「貴様自身の力で……両断されるが良いッ!!」




ドンッ!!


地面を蹴る。

凄まじい速度で間合いを詰める。

振り下ろされる刃。


その瞬間。


ザキは、静かに呟いた。




「──『何でも斬れる剣』?」




目を細める。




「何勘違いしてんねん」




腰を落とす。

呼吸が止まる。




「俺のスキルは、そんなええもんやないよ」




偽アルドが、制空権へ踏み込んだ、その刹那。




十式(じゅっしき)……"無我絶界(むがぜっかい)"……!」




静かな宣告。


ザキの腰の剣が、一瞬だけ光を放つ。

白銀の閃光。


その光は──


ザイードの脳裏に焼き付いていた。

予選会の最中。

“神林牙獣”と化した己を切り裂いた、あの絶対の一閃。


同じ光。

同じ静寂。

同じ死の気配。


ザイードの瞳が、見開かれる。

剣を振り下ろしたまま、身体が止まる。




「……そんな……」




刃が、わずかに震える。




「バカな……ッ」




次の瞬間。


パキン──


偽の羽々斬が、粉々に砕け散った。

黒い破片が空中に舞う。

同時に、偽アルドの胸元に、横一文字の斬り傷が走る。


ブシュウウウッ!!


血と黒い魔力が噴き出す。

赤と闇が混じり、森の空気を染める。

ザキは、静かに納刀した。

キィン……と澄んだ音が響く。

偽アルドは、呆然と立ち尽くしたまま、崩れ落ちる。


胸から噴き出す血を押さえながら。


その瞳には、初めて──


“理解できない強さ”への恐怖が宿っていた。




 ◇◆◇




森に、静寂が落ちる。


黒い魔力の煙がゆらゆらと立ち上り、胸を裂かれた偽アルドが、崩れ落ちる寸前の姿勢で硬直している。


ザキは、ゆっくりと息を吐いた。


その横顔はいつも通り、どこか気だるげで、余裕すら漂わせている。

だが、その胸の内では、今も心臓が激しく打ち続けていた。


──"刹那之宝剣(せつなのほうけん)"。


それが、ザキ・クローバーが女神から授かったスキルの名。


かつて、神殿の白い空間で、神官が困ったような顔で言った言葉を、ザキは覚えている。




『あなたのスキルは……その……ちょっと扱いが難しいかもしれません』




与えられた能力。

自身の剣に“何でも斬れる”という祝福を授ける。

聞こえだけは、最強。

だが、その続きがあった。


祝福の効果は──鞘より抜刀してから、たったの1秒(・・)


たったの、1秒。

剣を鞘から抜いてから、一秒経てば、祝福は消える。

二撃目は、ただの刀。

三撃目は、ただの鉄。

連撃は不可能。

鍔迫り合いも不可。

受け流しも、間違えれば終わり。


当時のザキは、思わず笑った。




「なんやそれ」




一秒。

戦場では一瞬。

呼吸一つ分。


剣同士の3合にも満たない。


周囲の若者たちは、派手な魔法や身体強化、分身や無敵結界などを授かっていた。

それに比べて、自分は"一秒"だけの最強。

ハズレスキル。

誰もがそう呼んだ。


だが。


ザキは、考えた。

一秒しかないのなら。

その一秒で、決めればいい。


居合い。


抜いて、斬って、納める。

その一連の動作に、全てを賭ける。

抜刀から斬撃までを、限界まで短縮する。

刃が空気を裂く軌跡を、無駄なく最短へ。

踏み込みを、呼吸を、視線を、神経を、全て一秒に収束させる。


一秒という制限は、やがて枷ではなくなった。

それは、覚悟の時間になった。


“迷いがあれば、終わり”


だからこそ、迷わない。

ザキは、居合いを極めた。


何百回。何千回。何万回。


刃を抜き、振り、納めた。

指先の皮が裂け、血が滲み、夜を越えても、ただ刀と向き合った。

一秒を、永遠のように研ぎ澄ました。


そして今。


胸を裂かれた偽アルドが、崩れ落ちる。

ザキはその姿を見下ろす。

目は静かだ。

だが、奥に灯る光は鋭い。




「……“何でも斬れる剣”やて?」




小さく、鼻で笑う。




「そんな大層なもんちゃう」




刀を軽く振り、血を払う。

赤い雫が地面に落ちる。




「俺のはな」




声が、低くなる。




一秒だけ(・・・・)、何でも斬れるだけや」




偽アルドの膝が、完全に地面につく。

黒い魔力が、煙のように抜けていく。

ザキは、最後に一歩だけ近づいた。

その背を、静かに見下ろす。




「“1秒”や」




ぽつりと、告げる。




「アンタを斬るのに、それ以上の時間はいらん」




キィン……


澄んだ納刀音が、森に響く。

それは、決着の音。


ザキは振り返らない。

ただ、背中で語る。

一秒に全てを賭ける男の、矜持を。

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