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【45万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第279話 "嫉妬"という名の迷宮

ダンジョン・サバイバル、地下50階層。


落下しているはずなのに、そこには“重さ”の感覚がなかった。

上下の概念が曖昧な、歪んだ空間。

壁と床と天井が、溶けたお菓子細工のように混ざり合い、パステルカラーの渦となって視界を埋め尽くしている。

可愛らしい色合いなのに、どこか胸の奥をざわつかせる、不快な違和感。夢と悪夢の境目を無理やり縫い合わせたような世界だった。




「おおお!? 何じゃこりゃ!?」




アルドは空中で手足をばたつかせながら、情けない声を上げる。




「インフルエンザの時に見る悪夢みたいな世界観!!」




そのまま、ひらりと身体をひねり、地面らしき場所へと落ちる。

カラフルな床は、ゴムのように一瞬だけたわみ──次の瞬間には何事もなかったかのように硬さを取り戻した。


スタッ。


軽やかな着地。

アルドは辺りを見回し、眉をひそめる。




「……いや、ほんとに気持ち悪いな、ここ。悪夢系ホラゲーの世界みたいな……」




一方、少し離れた宙では、ラグナ・ゼタ・エルディナスが落下の流れを風魔法で制御し、優雅に滞空していた。

金色の髪がふわりと揺れ、冷静な視線が周囲を走る。




(これは……マリーダ教授のいる、最終50階層……?)




胸の奥で、疑念が弾ける。




(巨神像の最後の一体は、あえて倒さず放置していたはず……なのに……ッ!?)




空間そのものが、強制的に“最終到達地点”へと引きずり落としたような感覚。

ラグナは舌打ちをしそうになるのを堪え、静かにアルドへ視線を向けた。


そのさらに離れた場所。


ドサッ。




「ぐぇっ!?」




少々情けない声と共に、ザキは地面を転がった。

着地と同時に、視界の端に飛び込んできたのは、異様なほど巨大なクマのぬいぐるみだった。

ボタンのような目、縫い目が強調された腹部、妙に愛嬌のある笑顔。




(……なんやねん、この悪趣味なフロア……)




転がる勢いのまま、ザキはぬいぐるみの陰へと身を滑り込ませる。




(これ……ひょっとして、俺のせいか……?)




額に、じっとりと汗が浮かぶ。

巨神像。あれを斬った瞬間から、嫌な予感はしていた。


ぬいぐるみの陰から、そっと顔を出す。

アルドとラグナは、互いに向き合い、まだこちらに気づいていない。




(──あの二人には、まだ気づかれてないみたいやね)




胸を撫で下ろしつつ、苦笑する。




(不幸中の幸いやったわ)




その時だった。

ラグナが、ゆっくりと地上へ降り立ち、アルドを見据えて不敵に笑う。




「さあ……続きといこうか……アルド・ラクシズ!!」




アルドは目を丸くし、思わず声を裏返した。




「えっ!? まだ、続きやる感じなの!?」




周囲を見回し、肩をすくめる。




「何か、すっごい気持ち悪い感じのフロアに落とされたんだけど!?」




そう言いながらも、無意識に身体は動いていた。

足を開き、拳を構え、即席のファイティングポーズ。


その瞬間。




「気持ち悪い感じのフロアで悪かったのぉ。小僧」




──可愛らしい声。


この場に似つかわしくない、どこか幼さを含んだ声が、空間の奥から響いた。




「!?」




アルドとラグナは、同時にそちらを振り向く。

ファンシーな色合いの玉座。

ハートや星を模した装飾が施され、その上に、足を組み、頬杖をついて座る小柄な少女──否、少女の姿をした老婆。


マリーダ・フォン。


怒りを含んだ笑みを浮かべ、二人を見下ろしていた。




「まずは……流石と言わせていただきますかな。ラグナ殿下」




明るい声色。しかし、その奥には確かな棘がある。

そして、視線がアルドへ移る。




「──じゃが……貴様がここまで来るのは想定外じゃったわ。アルド・ラクシズ……憎き、“好色の魔王”の使徒よ……!」




玉座から立ち上がり、バッと手を横へ振る。




「二人……いや、三人か?」




意味深な言葉を含みつつ、嗤う。




「まさか、こんなにも早く、ワシがいる最終階層まで辿り着くとはな……じゃが、まだクリアではない……!」




声が、空間全体に反響する。




「ダンジョン・サバイバルを、完全にクリアしたくば……このワシ、マリーダ・フォンを、倒さねばならぬのだ……!」




指を突きつける。




「ラグナ殿下……アルド・ラクシズ……! 貴殿らに……それが、出来るかなッ!?」




──しかし。


その仰々しい口上は、完全に空を切った。

アルドとラグナは、マリーダの存在など視界に入っていないかのように、互いに向かい合っていた。




「ほ、ホラ!!」




アルドが慌ててラグナに身振り手振りで訴える。




「マリーダ先生も何か喋ってるし? 今は俺らが争うとこじゃないっぽくない!? 空気的にさ!」




ラグナは、心底うんざりしたように眉をひそめる。




「ああ!? 地下50階層に到達した時の、マリーダ教授の口上だろ?」




吐き捨てるように言う。




「そんなもの、僕はもう聞き飽きた(・・・・・)よ!!」




一瞬、アルドを睨み据え、魔力を高める。




「そんな事より……!!」




さらに一歩、踏み込む。




「そんな事より……キミと決着をつける方が、よっぽど大事だッ!!」




アルドは、嫌な予感に背筋を震わせ、思わずマリーダの方を見る。


そこには──


"推し"であるラグナが、自分を完全に無視し、アルドだけを見つめている現実に、愕然と立ち尽くすマリーダの姿があった。


手元が、わずかに震えている。




(……えっ?)




アルドの喉が、ひくりと鳴る。




(な、なんか、ロリババア2号先生……めっちゃショック受けてるっぽいんだけど……)




視線が泳ぐ。




(こ……こいつは、マズい感じがするぞ……)




空気を必死に読み取り、アルドはオロオロしながらラグナに詰め寄った。




「い、いや、でも、ホラ! マリーダ先生って、このダンジョン・サバイバルのラスボス的存在なんじゃないの!?」




玉座を指差す。




「ホラ! なんか玉座みたいなのに座って、ラスボス感も出してくれてたし? ま、まずは、そっちの相手してからの方がいいんじゃないかなー……って」




ラグナは、ちらりとマリーダを一瞥する。

その視線は、あまりにも冷たかった。




「教授」




淡々と告げる。




「今、僕は忙しいので、後にしてもらっていいですか?」




マリーダの肩が、びくりと揺れる。

ラグナはすぐにアルドへと視線を戻し、熱を帯びた笑みを浮かべた。




「フッ……今この場に、キミと決着を着ける以上に大事な事など……あるものかッ!」




魔力が、渦を巻く。

アルドは脂汗を浮かべながら内心叫んだ。




(え……えぇー……何で急にそんな俺にご執心みたいな感じになってるの……!?)


(大学内じゃ、あんな思い切り無視してきてたのに……!)




一方で、マリーダは心の中で呟く。




(──何なのじゃ……ラグナ殿下……)




(ワシには目もくれず……そんな小僧に……何故、そんな目を輝かせて……)




世界が、色を失ったかのように感じられた。

クマのぬいぐるみの陰から、その一部始終を見つめるザキは、静かに思考を巡らせる。




(──さて。俺は……どう動こかな)




狂い始めた歯車の音が、50階層の奥底で、確かに鳴り始めていた。




───────────────────




エルディナ王国が国策として運営する育成機関──ルセリア中央大学。

その魔導学部を統括する教授、それがマリーダ・フォンである。


今でこそ、彼女の名を知らぬ者は少ない。

だが、すべての始まりは、決して輝かしいものではなかった。


──若き日の、マリーダ。


女神の祝福によって授かったスキルは、

"迷宮組曲(ラビュリントス)"。


指定した“場所”に根を下ろし、時間をかけて成長し続ける、巨大な迷宮を創り出す力。


迷宮の内部において、彼女はほぼ万能だった。

フロアの構造を変え、環境を操り、モンスターを生み出し、場合によっては人の生死すらも“管理”できる。


だが──

その力は、あまりにも不自由(・・・)だった。


一度設置した場所からは、動かせない。

別の場所に移せば、育てた迷宮はすべて失われ、

また一からやり直しになる。


育成には、膨大な時間が必要。

戦場に持ち出すこともできず、

即応性も、汎用性もない。


──要するに。




「……ハズレ、か」




周囲の囁きは、容赦なかった。


攻撃魔法に秀でた者。

回復や補助で頭角を現す者。

探索や諜報に向いたスキルを授かった者。


友人たちは次々と“役割”を見つけ、

進むべき道を定めていく。


その中で、マリーダだけが、立ち止まっていた。




(……ワタシのこの力は……一体、何に使えばいいの……?)




誰にも言えない不安。

誰にも見せられない焦り。




「すごいスキルだね」


「でも……実戦向きじゃないよね」




同情と失望が混ざった視線が、胸を刺す。


──ハズレスキル。


その言葉は、若きマリーダの心を、静かに、しかし確実に蝕んでいった。


そんな彼女の前に、

一人の青年が現れた。


グラディウス・ヴィエロ。


当時、貴族社会で“次代の中枢を担う男”と噂されていた、若き政治の天才。

穏やかな微笑と、鋭い洞察を併せ持つ青年だった。


彼のスキルは、

他人の魂の“色”を見ること。

その色から、その者が秘める可能性と、進むべき道を読み取る力。

彼は、迷い続けるマリーダを見て、こう言った。




「君の力はね、戦うためのものじゃない」




柔らかく、しかし迷いのない声。




「君のスキルは、後進を育てるために使うべきだ」




マリーダは、その言葉を、最初は理解できなかった。だが、彼は続けた。




「国が近く、新しい学び舎を立ち上げる。──ルセリア中央大学だ」




彼女の胸が、わずかに跳ねる。




「その建設地に、君のスキル"迷宮組曲(ラビュリントス)"の迷宮を設置してほしい。管理と運用も、すべて君に任せたい」




一瞬、時が止まったように感じた。




(……ワタシの……力を……?)



「死ぬことのない迷宮。何度失敗しても、やり直せる場所」




グラディウスは、まっすぐマリーダを見つめていた。




「それは、才能を育てるための、最高の環境だ」




その瞬間──

マリーダの中で、何かが、音を立てて噛み合った。




(……ああ……そうか……)




自分の力は、

誰かを“倒す”ためのものではない。

誰かを“育てる”ためのものだったのだ。


こうして、マリーダの"迷宮組曲(ラビュリントス)"による迷宮は、ルセリア中央大学の地下に根を下ろした。


学生たちは、迷宮に挑み、失敗し、倒れ、それでも立ち上がり、強くなっていった。

その成長速度は、他の追随を許さなかった。


ルセリア中央大学は、瞬く間に名門と呼ばれるようになり、マリーダの名もまた、広く知られることになる。


彼女は、迷宮に潜り続けた。

自身もまた、後進の恥とならぬよう、魔法を極めた。


副次効果として得た“不老”の身体。

見た目は十五歳の頃のまま。


だが、その内には、

何年分の経験と研鑽が、確かに積み重なっていた。


やがて彼女は、ルセリア中央大学・魔導学部の統括教授にまで上り詰める。


──すべては、自分の才能を見出し、導いてくれたグラディウスのおかげだった。


感謝は、やがて、淡く、甘い感情へと変わっていく。




(この人の役に立ちたい。将来、この国を導く人の……隣に、立てたら……)




叶わぬ願いを胸に秘め、それでもマリーダは、笑顔で彼を支え続けた。


だが。


ある日、その幸せは、音を立てて崩れ落ちる。


──グラディウスが、結婚した。


相手の名を聞いた瞬間、

マリーダの思考は、真っ白になった。


メリンダ・フォン。


──自分の、妹。


血の気が引き、

世界から音が消えた。




(……ああ……そう、か……これが……)




失恋。それは、あまりにも静かで、あまりにも残酷だった。


失意の底に沈むマリーダの耳に、

さらに一つの噂が届く。




「グラディウスの恋路を手伝ったのは……大罪魔王の一柱、“色欲の魔王”らしい」




理解できなかった。

何故、大罪魔王の一柱が、恋のキューピットの真似事などしているのか?

納得も、できなかった。


だが、心は──

理屈では動かない。




(……色欲の魔王……余計な……ことを……)




完全な逆恨み。

だが、失恋したばかりの乙女に、冷静さなど残っていなかった。


こうして、

マリーダの胸に、“色欲の魔王”への憎しみが刻まれた。


そして──


余談ではあるが。


彼女は、この頃から、

現実の恋愛を諦め、

代わりに“イケてる男子を推す”という、新たな趣味に目覚めていく。


それは、自分を傷つけない、安全な恋。

だが、その小さな逃避が、やがて──

今日の、歪んだ執着へと、繋がっていくことになる。


マリーダ・フォン。

迷宮を育て、才能を育て、

そして──自分の心だけは、育てきれなかった女。


その胸の奥で、今もなお、未熟な感情が、静かに、黒く蠢いていた。




───────────────────




マリーダ・フォンは、しばし──声を失っていた。


地下50階層。

自らの玉座が据えられた、この“最終階層”に。

推しであるラグナ・ゼタ・エルディナスが、確かに辿り着いた。


その事実だけでも、本来なら胸が高鳴るはずだった。

胸の奥が熱くなり、長い年月の努力が報われたような気持ちになるはずだった。


──しかし。


ラグナの瞳は、こちらを見ていなかった。


彼が向けているのは、

ただ一人。


アルド・ラクシズ。


あの小僧。

憎き“色欲の魔王”の使徒。


ラグナは、まるで世界にその存在しかないかのように、アルドだけを見つめ、アルドだけに魔力を向け、アルドとの決着に、すべてを懸けている。




(……な、なんじゃ……)




マリーダの喉が、ひくりと鳴った。


その光景が──

過去の記憶と、重なった。


──かつて。

自分がどれほど願っても、振り向いてくれなかった青年。


グラディウス・ヴィエロ。


彼が向けていた熱い視線は、

自分ではなく、妹メリンダへと注がれていた。


同じだ。


今、目の前で起きている光景は、

あの時と、あまりにも、同じだった。




(……また、か。またしても……)




胸の奥に、

どろりとした感情が湧き上がる。


それは、怒りでも、悲しみでもない。

もっと醜く、もっと生々しいもの。


──"嫉妬"。




「……色欲の魔王……」




マリーダの唇が、震える。




「ヴァレン・グランツ……」




そして、その使徒。




「……またしても……」




声が、次第に、掠れていく。




「またしても……ワシから……」




震える指先が、ぎゅっと握り締められる。




「……幸せを……奪おうというのかッッ!!」




叫びと同時に。


──黒い魔力が、噴き上がった。


もやり、とした闇が、マリーダの身体を包み込む。

甘く、粘ついたような魔力の気配。

肌の表面に、黒い痣のような紋様が、次々と浮かび上がる。

血管が浮き出るように、魔力が皮膚の下を走る。


胸元には、白い蛇のような魔力の紋様が、くっきりと刻まれた。


まるで──

絡みつく執着そのものを、形にしたかのように。


アルドは、その異変に真っ先に気づいた。




「ちょ、ちょっと!!」




思わず、声を張り上げる。




「なんか、マリーダ先生の様子、変じゃない!?

顔色悪いっていうか……いや、もうそれどころじゃないでしょ!?」




焦った視線を、ラグナへ向ける。




「見たことないレベルで、おかしな事になってる気がするんだけど!?」




だが、ラグナは眉を吊り上げ、苛立たしげに言い返した。




「くどいぞッ!!」




魔力を集中させながら、アルドを睨む。




「僕と決着をつけるのが、そんなに怖いのか!?」




ラグナは、当然の前提のように言葉を続ける。




「いいか!この50階層は、マリーダ教授とのラストバトルのフロアだ!あれは、その戦闘前演出で……」




そう言いながら、ちらりとマリーダを見る。




「……スキルの出力が上がるエフェクトが、光ってるだけで──」




言葉が、途中で止まった。

ラグナの瞳が、見開かれる。


そこにいたのは──

彼の“知っている”マリーダ教授ではなかった。


肌は、浅黒く染まり。

全身に黒い痣のような魔力痕が走り。

胸元には、白い蛇の紋様。


目は、充血したように真っ赤に染まり、

理性の色を失っている。


そして、膨大な魔力を、制御もなく放出しながら──




「……ケラ……ケラケラ……」




壊れたような笑い声を上げていた。




「ワシを……」




笑いながら、マリーダは叫ぶ。




「ワシの事を……」




魔力が、空間を歪ませる。




「……見ろォォーーッ!!」




その叫びは、

悲鳴にも、懇願にも、呪詛にも聞こえた。


クマのぬいぐるみの陰。

ザキは、思わず息を呑み、額に汗を浮かべていた。




(──な、何やねん……あれ……!?)




視線を逸らせない。




(あんなもん……聞いてへんで……!?)




計算外。

完全な、想定外。

その異常性は、隠れているザキにすら、はっきりと伝わってきた。


一方、ラグナは、状況をようやく理解し──

愕然とした表情を浮かべる。




「な……なんだ……これは……ッ!?」




声が、わずかに震える。




「マリーダ教授が……」




信じられない、というように首を振る。




「……見たこともない……おかしな事になってるじゃないかッ!?」




アルドは、ラグナの隣で、同じく青ざめていた。




「だから、そう言ってんじゃん!!」




両手を振り上げ、叫ぶ。




「何なの!?これ!?これ、どう見ても“演出”とかじゃないでしょ!?」




二人の視線の先で──


マリーダ・フォンは、

もはや教授でも、ラスボスの演出役でもなく。


ただ、“嫉妬”と“執着”に呑み込まれた存在として、

狂気の魔力を、空間に撒き散らしていた。


地下50階層。

ダンジョン・サバイバル最終地点。


その空気は、いつの間にか──

“試練”から、“事件”へと、確実に変わっていた。

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