第273話 アルドvs. 巨神像 ──アルド(デチューン版)思い切り暴れる──
地下四十九階。
白い橋の上で、俺は立ち止まり、ゆっくりと息を吐いた。
目の前の水面が、ざわり、と揺れる。
いや、揺れているのは水面だけじゃない。
水の中から半身を現したそいつらが、重い質量を伴って動いたせいだ。
ギリシャ神話の彫刻みたいな、神々しい巨像。
ゼウスだの、アレスだの、アテナだの……そんな名前が自然と浮かぶ造形。
一体一体が、軽く見積もっても八十メートル級。
クソでかい。ロボットなら、リアル系よりスーパー系って感じのサイズだ。
肩を動かすだけで水柱が上がり、足を踏み出すだけで湖面がうねる。
「……でっけぇな、しかし」
思わず、素直な感想が漏れた。
見上げる首が痛い。
あれが全部、俺に向かって“向き直ってる”って事実が、地味に笑えない。
神像たちの視線が、一斉にこちらを捉える。
無機質なはずの石の目が、確かに“俺”を認識したのが分かった。
「うーん……どうするかなぁ」
顎に手を当て、少しだけ考える。
正直に言えば、対処法はいくらでもある。
本気を出せば、こんなのは手間ですらない。
① ブレス吐いて一掃。
② "竜渦"でまとめて亜空間送り。
③ あるいは、単純に暴れて全部粉砕。
どれも一瞬だ。
時間もかからない。
問題は──そこじゃない。
「……多分さ」
俺は、ふっと天井の暗闇を見上げた。
「これ……外から、見られてるんだよなぁ」
競技場。観客席。
地下に潜る前、あれだけ堂々と“観る側”が用意されていたんだ。
中継されてないわけがない。
「ここで真祖竜パワー全開で暴れ回ったら……」
想像する。
観客席、一斉に静まり返る光景。
ドン引き。というか、悲鳴。
「……うん、間違いなく空気凍るよね。」
それは、ちょっと、いや……かなりマズい。
そもそも、今回の統覇戦って、ブリジットちゃんが頑張ってる姿を、大学の人達やご両親に見せる
っていう目的も、ちゃんと含まれてるわけで。
そこで俺が、
『はい、最強生物です。ちょっと通りますよ。』
みたいなムーブをかましたら、全部台無しになるかもしれない。
「……まあ、地下四十九層まで全力ダッシュしちゃった時点で、既に目立ちまくってる気もするけど」
それはそれ。
これ以上、余計な“異常”を積み重ねるのは、流石に良くない。
「そこら辺の空気読むくらいは……俺でも、分かる」
本当だよ?
だから、考えた。
どうすればいい?
手加減する?
──いや、無理だ。
俺は演技が上手いタイプじゃない。
自分では抑えてるつもりでも、周りから見たら
『いや、何その威力』ってなる未来が、容易に想像できる。
「……そうだ」
そこで、ふと思い至った。
「手加減が下手なら……」
抑え込めばいいじゃん。
最初から。
「──"身体強化魔法"……!」
呟いた瞬間、俺の身体を魔力の光が包み込む。
淡く、柔らかく、それでいて安定した輝き。
はたから見れば、どう見ても“身体強化魔法”。
観客席から見ても、
『ああ、あの人、強化かけてるな』
という認識で済むはずだ。
──だが。
「……っと」
内心で、にやりと笑う。
実際にかけているのは、"身体弱化魔法"だ。
筋力、瞬発力、耐久力、反射神経。
全部、強制的にデチューン。
上限を決めて、そこから先に出ないように、がっちり抑え込む。
「俺さ、演技が下手なんだよね」
自覚はある。
手加減してる“つもり”で、
普通に人外ムーブかましてしまう自信がある。
「ならさ……」
最初から弱くしておけば、
思いっきり動いても、ダンジョンごと壊したりしない。
これだ。
「……我ながら、天才的閃きじゃない?」
自画自賛しつつ、問題点も整理する。
あんまり弱くしすぎると、今度は普通に無様な姿を晒す可能性がある。
それはそれで、嫌だ。
俺は俺で、ブリジットちゃんの横に立てる男だってとこを、皆に示さなきゃいけないのだ。
「だから……このくらい」
俺は、イメージを絞る。
ヴァレン。リュナちゃん。紅龍さん。
強いけど、真祖竜ほどじゃない存在。
ここら辺の強さを基準にする。
「その辺を基準に……っと」
魔力の出力を微調整する。
じわり、と身体が重くなった感覚。
ああ、これだ。
悟空さやピッコロさんが着てる『重い服』みたいな感じだね。本気出す時に脱ぐやつ。
全力を出せば外れるけど、
今はちゃんと“縛り”になってる。
「……うん、いい感じ」
スレヴェルドで戦った時の紅龍さん。
あの時の強さ、あの時の動き。
そこまで、程よくパワーダウンできた感触がある。
「これなら……」
目の前の巨像たちを見上げる。
「このデカブツ達くらいなら、楽々倒せるし」
しかも、観客席から見ても
『何だアイツ!?強すぎない!?』
ってレベルには……ならない、はず。
多分。きっと。おそらく。
「演技っぽくならずに舐めプするには……ちょうどいいな」
よし。
俺は肩を回し、腕を伸ばし、ぐぐっと柔軟をする。
首を鳴らし、軽く屈伸。
準備体操、完了。
その間にも、数体の巨像が動き出していた。
水面から上半身を乗り出し、巨大な拳を振り上げる。
迫力?ある。
威圧感?ある。
でも──恐怖は、ない。
俺は、水面から迫るその巨像たちに向けて、
手のひらを上に向け、指をクイクイッと曲げた。
完全に、かかって来いの合図。
そして、独り言みたいに、呟く。
「──時間にも、まだ余裕あるしさ」
口角が、自然と上がる。
「このデカブツ達をぶっ壊して……」
拳を、軽く握りしめる。
「ちょっとでも、ポイント稼いでおこうかな……!」
水面が、大きくうねった。
巨像たちが、ついに踏み出す。
さあ。程よく本気で、行こうか。
──────────────────
最初に動いたのは、最前列に立つ巨像だった。
雷霆の王を思わせる威容。
堂々たる体躯に、髭をたくわえた厳めしい顔。
まるでゼウス神の彫像が、そのまま意思を持って動き出したかのような存在。
巨像は、水面を大きく割りながら一歩踏み出す。
その一歩だけで、湖全体が揺れ、白い橋が軋んだ。
次の瞬間。
巨像の右拳が、アルド目掛けて振り下ろされる。
それは“攻撃”というより、
高層ビルそのものが落下してくるかのような一撃だった。
風が唸り、圧力が空気を押し潰す。
拳が落ちる軌道上の水面が、先に凹み、逃げ場を失う。
だが──
アルドは、微塵も怯まなかった。
「……っと」
軽く、足首を返す。
次の瞬間、彼の姿はふわりと宙へ浮いた。
跳躍というにはあまりにも軽く、自然な動き。
巨像の拳は、アルドがいた場所を叩き潰す。
ドォォォンッ!!
白い橋が粉砕され、水柱が爆発的に吹き上がった。
水飛沫が数十メートルまで達し、視界を白く染める。
その中で……
アルドは、巨像の右腕の上を走っていた。
スタタタッ──!
濡れた石の腕を、まるで平地のように駆け上がる。
拳から前腕、肘、上腕へ。
あっという間に、肩口へ到達したアルドは、そこで一度、踏み切った。
「よっと!」
空中に跳び上がり、身体を前に傾ける。
次の瞬間。
「あーたたたたたたたたッ!!」
両拳が、嵐のように叩き込まれた。
拳、拳、拳、拳──
目にも留まらぬ速度で放たれる連打が、巨像の顔面を直撃する。
ボゴォッ!
ボゴォッ!
ボゴォォッ!!
石の顔に、次々とクレーター状の凹みが穿たれていく。
神の威厳を宿していたはずの顔が、見る影もなく歪む。
そして──
ビシィィッ!
巨像の首元に、一本の亀裂が走った。
アルドは空中で身体を捻る。
「ホォォーーーッ!!」
目にも止まらぬ速さの
回転。
「ホワチャァァッ!!」
放たれたのは、鋭い回転蹴り。
その一撃は、首の亀裂を正確に捉え──
ボキィンッ!!
巨大な首が、あっけなくもぎ取られた。
吹き飛んだ首は、流星の様な直線を描き、少し離れた位置にいた別の巨像の胸元へと直撃する。
ドォンッ!!
胸部に大穴を開けられたその巨像は、後方へとのけぞり、そのまま水面へ倒れ込んだ。
ズザァァァァン!!
凄まじい水飛沫が上がり、フロア全体を揺らす。
だが、戦いは終わらない。
後方から、別の影が迫っていた。
戦士風の巨像。
全身を鎧で覆い、両手には全長数十メートルはあろうかという巨大な両手剣。
その剣が、唸りを上げて振るわれる。
横薙ぎの一閃。
空中にいるアルドを、真っ二つに切り裂かんとする一撃。
──直撃。
……したかに、見えた。
だが、次の瞬間、そこにアルドの姿は無かった。
剣を振り切った巨像は、そのまま動きを止める。
石の顔だけが、きょろきょろと左右に動き、獲物を探す。
すると。
巨大な剣の先端──
その刃の上に。
ちょこん、と。
アルドが立っていた。
顎に手を当て、どこか考え込むような仕草。
「──紅龍さんの強さをイメージしたからさ」
呟きは、やけにのんびりしている。
「それに引っ張られて……どうも動きが中国拳法っぽくなっちゃうな」
軽く肩をすくめる。
「ま、別にいいんだけど」
次の瞬間、アルドは、剣の上を走り出した。
スタタタタッ!
刃から峰、峰から柄へ。
一瞬で距離を詰める。
巨像が、剣を引き戻そうと動くが──
「遅いのよねっ!」
アルドの声と同時に、両脚が閃く。
ボゴォッ!!
ボゴォッ!!
左右の手首が、同時に砕け散った。
両手首から先を失い、巨像の剣が力なく傾く。
戦士風の巨像は、状況を理解できず、戸惑ったような動きを見せる。
その隙を逃さず、アルドは、落ちかけた巨大な剣の柄を、両手でガシッと掴んだ。
そして──
戦士風の巨像の顔面を、両足で踏み締める。
ダンッ!
一瞬、脚に力を溜め。
グググッ……!
次の瞬間。
ドンッ!!
巨像の顔面を踏み台に、真上へと跳躍した。
踏み抜かれた衝撃で、巨像の首は不自然な角度に折れ、そのまま巨体が崩れ落ちていく。
だが、周囲では、さらに四体の巨像が迫っていた。
アルドは、空中で巨大な剣を握り直す。
「ハァァァーー………」
両腕に力が籠もり、ビキビキと筋肉がきしむ。
「イヤァーーーハァァァッ!!」
次の瞬間。
アルドは、剣を握ったまま、空中で高速回転を始めた。
まるで、巨大なプロペラ。
剣が唸り、空気を切り裂く。
ドゴォォッ!!
ドゴォォッ!!
ドゴォォッ!!
ドゴォォォッ!!
四体の巨像の顔面が、次々と打ち抜かれる。
石の頭部が吹き飛び、身体がバランスを失い──
ズザァァァァン!!
巨大な水飛沫と共に、次々と水面へ倒れ込んだ。
アルドは、剣をポイッと放り投げる。
そのまま、垂直に落下。
壊れた巨像の破片の上に──
スタッ。
音もなく着地した。
その直後。
『モンスター、6体討伐。ブリジット・チーム、10×6=60ポイント獲得。』
無機質なアナウンスが、フロアに響き渡る。
アルドは、一瞬、きょとんとした顔になり。
「……えっ」
ぽりぽりと頭を掻いた。
「このデカいのも……一匹10ポイントなの?」
周囲に倒れ伏す、山のような巨像の残骸を見回す。
「……こりゃ確かに」
苦笑気味に呟いた。
「ポイント稼ぐなら、浅い階層の方がお得みたいだね」
そう言って、アルドは何事もなかったかのように、次の巨像へと視線を向けた。
──────────────────
競技場の観客席は、異様な静けさに包まれていた。
数万人は収容できるはずの巨大なスタンド。
先ほどまで、応援や歓声、どよめきが渦巻いていたその場所は、今や──
息を呑む音すら憚られるような沈黙に支配されている。
理由は、ただ一つ。
宙に浮かぶ無数の水晶球。
その中でも、ひときわ多くの視線を集めている一つに映し出される光景。
巨大な神像型ゴーレムが、音を立てて崩れ落ちる。
水柱が天井近くまで噴き上がり、破壊の余波が画面越しにも伝わってくる。
そして、その中心に立つ──
“銀の新星”。
アルド・ラクシズ。
あまりにも小さな人影が、あまりにも大きな破壊を成し遂げていた。
誰かが、喉を鳴らした。
「……な……」
次に続く言葉が、見つからない。
やがて、震えるような声が、ぽつりと漏れる。
「……何だ、アイツ……?」
それを皮切りに、ざわめきが波紋のように広がった。
「つ、強すぎるだろ……!?」
「いや、待て……あのサイズだぞ? 八十メートル級だぞ!?」
「身体強化魔法を使ってるとはいえ……あれを……体術だけで……?」
誰もが、信じられないものを見る目で水晶球を見つめている。
別の観客が、絞り出すように呟いた。
「あれが……ラグナ殿下と双璧を成すと言われている……“銀の新星“の力……?」
その言葉に、別の誰かが首を振る。
「……いや……ひょっとすると……」
一瞬、間が空く。
「……ラグナ殿下よりも……」
その言葉が空気に溶けた瞬間、観客席のあちこちで、息を呑む音が重なった。
特別席の一角。
召喚された高校生たちのエリアでは、別種の空気が流れていた。
「いやー……相変わらず、アルドさん……パないわー……」
乾いた笑いを浮かべる者。
目を見開いたまま、現実逃避気味に画面を眺める者。
「なんかさ……一人だけ、出る作品間違ってるキャラって感じしない?」
その言葉に、別の生徒が即座に頷いた。
「分かる……俺ら、洗脳されてたとはいえ……」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
「……よく、あの人に喧嘩売ろうとしてたよな」
一拍。
「……生きててよかった……」
心の底からの実感が、そこにはあった。
その少し後ろ。
別の特等席では、二人の存在が水晶球を見下ろしていた。
ヴァレン・グランツは、引き攣った笑みを浮かべている。
「おいおい……やり過ぎだろ、相棒……」
声は軽い。
だが、その目は、画面に釘付けだ。
隣で、リュナはポップコーンを摘みながら、呑気に言う。
「えー? そう?兄さん、だいぶ手加減してるっしょ。あれでも」
ポリッ、と軽い音。
ヴァレンは、肩をすくめた。
「まぁな……恐らく、俺やリュナ、紅龍あたりを参考にして……」
水晶球に映るアルドの動きを、冷静に追う。
「自分の力を、意図的に抑えて戦ってるんだろうが……」
ため息混じりに、続ける。
「そもそもの話、だ。俺らだって、曲がりなりにも“世界最強の一角”に数えられてるんだぜ?」
ククク、と小さく笑う。
「そこまで落としたって……十分すぎるほど、目立ってるよ。相棒……」
その瞬間だった。
ヴァレンの視線が、ふと別の水晶球へと移る。
「……おっと」
声のトーンが、変わる。
「遂に……追いついたか」
リュナが、そちらを覗き込む。
水晶球に映っているのは──
地下四十九層へと到達した、もう一つの人影。
ラグナ・ゼタ・エルディナス。
「おー……兄さんに追いつくとか……」
リュナは目を丸くする。
「アイツ、マジで結構すごくね?」
ヴァレンは、口元の笑みを消した。
(さて……どうなるか……)
視線は、水晶球の中の二人を行き来する。
(相棒……)
心の中で、静かに呟いた。
(その王子様は……少しばかり、要注意かも知れないぜ……?)
観客席の喧騒が、再びざわめき始める中。
水晶球の中では、二つの“異常”が、同じ階層へと集まりつつあった。




