第272話 分断された戦場、水底に眠る神々
瓦礫が散乱するフロアは、まるで崩れた遺跡の腹の中のようだった。
天井の裂け目から落ちる水が、床に張った浅い水面を打ち、くるぶしほどの深さの水が波紋を広げている。
光源は乏しく、魔力灯の残骸がぼんやりと周囲を照らすだけだ。
湿った空気は重く、獣の匂いと金属の臭いが混じり合っていた。
その中央で、二つの影が向かい合っている。
一方は、しなやかな肢体を持つ女──ジュラシエル。
ヒールのかかとが水面に沈み、わずかに水を跳ねさせる。
その姿は人型だが、立ち姿には捕食者特有の余裕があった。
視線は鋭く、だがどこか楽しげだ。
もう一方は、鱗に覆われた男──ギュスターヴ。
太い尾がゆっくりと揺れ、床の水を掻き分ける。
その尾の付け根に盛り上がる筋肉は、まるで圧縮されたバネのように張り詰めていた。
手には巨大な金棒。濡れた金属が鈍く光る。
次の瞬間。
ギュスターヴの尾が、鞭のようにしなった。
「"鰐丸"ッッ!!」
叫びと同時に、床が爆ぜる。
尾の筋肉を全力で解放した跳躍。
金棒を構えたまま、ギュスターヴの身体が縦に回転する。まるで巨大な車輪だ。
水面が円を描いて弾き飛び、瓦礫が宙を舞う。
回転の勢いを殺さず、そのままジュラ姉へと突っ込んでくる。
「──ッ!」
ジュラ姉は一歩も引かない。水を蹴り、身体をひねる。
「"暴君の尾鞭"ッ!!」
鋭い後ろ回し蹴り。
ヒールが描く軌道は、獣の尾の一撃のように無駄がなく、残像すら残した。
ヒールと金棒が、正面から衝突する。
ビシィィィッ!!
空間が軋むような、耳障りな高音がフロアに響き渡った。
衝撃波が水面をえぐり、同心円状に波が広がる。
瓦礫が震え、天井から細かな砂が落ちた。
ギュスターヴの回転が止まる。
目を見開いたまま、数歩、後ずさる。
金棒を握る腕がわずかに痺れ、鱗の間から息が漏れた。
「……ハッ」
驚愕。そして──喜悦。
牙を覗かせ、ギュスターヴはニィと笑う。
「俺の金棒を……蹴りだけで、防ぐとハ……」
視線が、ジュラ姉の姿をなぞる。
「そんな姿になっても……“凶竜”の力は、健在……という事カ……!」
その言葉に、ジュラ姉は一瞬だけ瞬きをした。
(……あら?)
内心で、首を傾げる。
(この男子……ギャタシの真の姿、知ってる……? 以前、どこかでお茶でもしたかしらッ?)
だが、すぐに口元が緩む。ヒールを水面から引き抜き、余裕たっぷりに微笑んだ。
「アラッ。褒めてくれるの?」
肩をすくめ、半身になる。両手を上下に構え、指をわずかに曲げる。
その形は──巨大な顎。ティラノサウルスの噛みつきを思わせる、原始的で凶暴な構え。
「この姿だって……捨てたものじゃなくてよッ!」
踏み込む。
「"牙王拳'"……!」
声が低く響く。
「"暴君の大顎"ッッ!!」
両手を転回させ、左右から振るわれる両腕。
空気が圧縮され、衝撃が形を持つ。
まるで巨大な顎が閉じるかのように、左右から同時にギュスターヴへと迫った。
「グオオォォッ!?」
ギュスターヴは咆哮し、金棒を横に構える。
つっかえ棒のように、全身で支える。
衝撃が金棒を通じて身体に叩きつけられ、鱗が軋み、足元の水が爆ぜた。
それでも──受け切る。
金棒が震え、ギュスターヴの膝がわずかに沈むが、倒れない。
ジュラ姉は目を細めた。
(マッ! なかなかやるじゃないッ!)
口元に、感心したような笑み。
(この爬虫類系男子ったら!)
二人は距離を詰め、打ち合う。
拳と金棒。蹴りと突き。
水が跳ね、瓦礫が砕ける。
その合間に、言葉が交わされる。
「それでこそダ……!!」
ギュスターヴが吠える。
「この力こそ……俺が、討ち倒すべき相手……!!」
金棒を振り抜きながら、叫ぶ。
「“強欲四天王”……“凶竜”のジュラシエルの力ッッ!!」
その名を聞いた瞬間、ジュラ姉の動きが一瞬だけ止まった。
だが、すぐに軽く身を翻し、攻撃をいなす。
「へぇ……」
目を細める。
「なるほどねッ」
内心で、思考が一気に加速する。
(これは……ギャタシの失態……)
金棒をかわしながら、距離を取る。
(まさか、ギャタシが“強欲四天王”だと知ってる男子が、学園内にいたなんて……)
ギュスターヴの動き。その視線。その憎悪。
(つまり……コイツは、“強欲四天王”としてのギャタシに、恨みを持つ何者か)
一歩、踏み込む。
(だとしたら、コイツがブリジットさんのチームを狙ってきたのは……ギャタシのせい)
答えは、ひとつ。
胸の奥に、熱が灯る。
(アルドきゅんの役に立つ為に来たギャタシが……逆に、アルドきゅんやブリジットさんの足を引っ張る要因になるなんて……)
そんな事、あってはならない。許せない。
(言語道断ッ!!)
ジュラ姉の足元の水が、ぴたりと止まった。
波紋が消え、フロアが異様な静寂に包まれる。
(責任持って……ここで、ギャタシが……コイツを、消す……ッ!)
その瞬間、立ち上がる殺気。
ギュスターヴの背筋が、ぞくりと震えた。鱗の間を、冷たいものが走る。
「……そうダ……!」
血走った目で、ジュラ姉を見据える。
「その殺気こそガ……!」
金棒を握る手が、わずかに震える。
「かつて、俺に絶望を味あわせた……“凶竜”の、ジュラシエル……そのものダ……ッ!!」
ジュラ姉は、静かに構え直す。
ティラノサウルスを模した形意拳の姿勢。腰を落とし、重心を低くする。
「ごめんなさいだけど……」
声音は、どこか申し訳なさそうで、しかし冷たい。
「ギャタシ……アナタの事、とんと記憶に無いのよねッ……!でも……」
視線が鋭くなる。
「アナタの標的が、ギャタシだって事は……理解したつもりよッ」
殺気が、さらに濃くなる。
ギュスターヴは、低く笑った。
「──無理も無イ……」
金棒を構え、姿勢を低くする。
「かつての俺ハ……お前の記憶の枝葉に引っかかる事も無イほど……矮小で、弱い存在だっタ」
水が、尾の動きに合わせて揺れる。
「だが、今ハ……」
ゆっくりと、顔を上げる。
「今の俺ハ……お前をも超える程の力を、手に入れたタ……」
一歩、踏み出す。
「この力を持って……お前を倒シ……」
ジュラ姉は、鼻で笑った。
「へぇ……?」
目が、鋭く細まる。
「ギャタシを倒して……かつての汚名返上でも、しようってワケかしらッ!?」
その問いに、ギュスターヴは一瞬、言葉を詰まらせ──
そして、叫んだ。
「──違ウ!!」
胸を張り、力強く。
「俺は……お前を上回るパワーで、お前を倒シ……!」
次の瞬間、声がひっくり返る。
「お前を……お前を……俺の妃として、迎え入れルッッ!!」
叫びと同時に、鱗に覆われた頬が、ぽっと赤く染まった。
沈黙が、場を支配する。
水が、ぽたり、と落ちる音だけが響く。
ジュラ姉は、しばらくぽかんと口を開けたまま、ギュスターヴを見つめていた。
そして。
「──は?」
間の抜けた声が、フロアに虚しく響いた。
─────────────────────
フロアの天井は高く、無機質なコンクリート状の柱が規則的に林立していた。
崩れた瓦礫が足元に転がり、床には浅く水が溜まっている。
遠くで水滴が落ちる音が、やけに大きく響いていた。
その柱の一本──四角柱の天辺に、ディオニスは悠々と立っていた。
長い脚を軽く組み、片手には酒瓶。
もう片方の足首には、紫色の鎖が絡みつき、魔力を帯びて鈍く光っている。
その鎖を見下ろしながら、ディオニスは困ったように肩をすくめた。
「おいおい……」
気の抜けた声。
「俺ぁ別に、お前らとここでやり合うつもりじゃなかったんだぜ?」
冗談めかした口調。
まるで、絡まれた酔客が場を収めようとしているかのようだ。
だが──
その下、濡れた床に立つ鬼塚玲司は、一切気を許していなかった。低く腰を落とし、視線を鋭くディオニスに向ける。
「……いきなり不意打ち仕掛けてきた側が言っても」
低く、唸るように。
「何の説得力もねぇんだよ……!」
拳を握る力が、わずかに強まる。
(コイツ……相当やるな)
鬼塚の直感が、警鐘を鳴らしていた。
(ビビアーナのヤツが集めたザコどもとは……空気が、まるで違ぇ)
ディオニスの立ち姿には、余裕がある。だがそれは慢心ではない。刃を隠した獣が、こちらの動きを測っている──そんな気配。
(ジュラ姉を下の階に叩き落としたやつの仲間みてぇだが……)
視線を巡らせる。
(チームメンバーの残り二人が、どこに隠れてるかも分からねぇ)
鬼塚は、ちらりと横目で後方を見る。
ブリジット・ノエリア。
緊張した表情でこちらを見つめている。
その足元では、ミニチュアダックスの姿をしたフレキが、低く唸りながら周囲を警戒していた。
(こいつを、ここで取り逃がして……)
鬼塚の胸に、最悪の想定が浮かぶ。
(ジュラ姉を襲ったやつと合流されたら……ジュラ姉が、やべぇ)
一瞬、歯を食いしばる。
(だが……)
胸の内には、さらに、悪い想像。
(一番最悪なのは……ジュラ姉がやられた上に、ここで俺とブリジットさんがコイツにやられるパターンだ)
ブリジットの力を、鬼塚は信じている。
(単純な戦闘で、ブリジットさんが負けるとは思わねぇ)
だが──
(コイツは……得体が知れねぇ)
ディオニスの軽薄な態度の裏に、底知れぬ何かを感じる。
(ネームプレートを割られちまう可能性……ゼロとは、言い切れねぇ)
三人同時脱落。
それこそが、最も避けるべき結末だ。
(そうなりゃ……)
背筋に、冷たいものが走る。
(アルドさんまで巻き込んで、失格だ)
拳が、強く握られる。
(それだけは……絶対ぇ、避けねぇとな……!)
決断は、早かった。
鬼塚は、ぐっと息を吸い込み、後ろを振り返る。
「ブリジットさん!フレキくん!」
張りのある声が、フロアに響き渡る。
「俺は、この野郎をぶちのめして……ジュラ姉を助けに行く!二人は先行って、モンスター退治や宝箱で、少しでもポイント稼いでおいてくれッ!」
ブリジットの目が、見開かれる。
「えっ!? で、でも……!」
不安と戸惑いが、声に滲む。
鬼塚は、いつものように──だが、どこか強がるように、ニッと笑った。
「ここは、俺一人で大丈夫だ!」
親指で、自分を指す。
「それよりさ……深度ボーナス稼いでるアルドさんに、少しでも援護射撃しときたいだろ?」
その言葉に、ブリジットは一瞬、唇を噛んだ。
胸に、迷いが浮かぶ。
だが、すぐに表情を引き締め、頷く。
「……分かった!」
声に、覚悟が宿る。
「ジュラ姉の事は……任せるよ、鬼塚くん!」
「ああ!」
鬼塚は力強く頷いた。
「任せろ!」
そして、フレキに目を向ける。
「フレキくん!ブリジットさんを頼むぜ!」
フレキは尻尾をぶんぶんと振り、元気よく鳴いた。
「任せてくださいっ!鬼塚さんも……お気をつけてっ!」
その言葉を背に、ブリジットとフレキは通路へと走り去っていく。水音が遠ざかり、やがて二人の姿は闇に溶けた。
静寂。残されたのは、鬼塚とディオニスだけ。
ディオニスは、その様子を眺めながら、肩をすくめる。そして、酒瓶を口に運び、ガブガブと豪快に飲み干した。
「なぁー……」
酒臭い息を吐きながら、気だるげに言う。
「俺も帰るって言ってるだろ?見逃してくれても……いいんじゃねぇのか?」
鬼塚は、ゆっくりと首を回し、拳を鳴らす。
ポキ……ポキ……
「……いきなり不意打ちかましてくる様なヤツの言う事を」
低い声。
「信じるヤツが、いるかよ」
ディオニスは、酒瓶から口を離し、プハッと息を吐いた。
「ったく……」
苦笑混じりに。
「面倒な事に、なっちまったな」
次の瞬間。
ディオニスの足元に、魔力が集束する。重く、粘つくような気配。
「"鋼酒"……」
低く呟く。
「"黒斬縞"。」
床が、裂けた。
ディオニスの足元から、黒い刃が、一本、二本、三本……計五本、音もなく立ち上がる。
液体のように揺らめきながら、鋭い刃先を持つそれらが、紫色の鎖へと走った。
ザンッ!!
鎖は、いとも容易く断ち切られる。
「何ッ!?」
鬼塚が叫んだ瞬間。
五つの黒刃は、ディオニスの立つ柱の側面を、するりと滑り降りる。
まるで、水面から顔を出したサメの背びれのように。
そして──
床に触れた次の瞬間、一直線に、鬼塚へと迫る。
「……ッ!」
鬼塚は、息を吸い込み、低く呟いた。
「……魔装戦士……ッ」
紫色の魔力が、鬼塚の周囲に渦を巻く。圧縮され、形を成し──
次の瞬間、六尺棒ほどの棍が、彼の手に顕現した。
「オラァァァッ!!」
雄叫びを上げ、鬼塚が棍を振るう。
その瞬間、棍は如意棒のように伸び──
バキバキィィッ!!
迫り来る黒い刃を、次々と叩き割る。
砕けた魔力の破片が、水面に散り、霧のように消えていった。
ディオニスは、目を細め、感心したように呟く。
「……ほぉ」
鬼塚は棍を構え、低く身を沈める。
二人の視線が、正面からぶつかる。
(コイツ……魔力を元に、武装を具現化するスキル……)
鬼塚の脳裏に、分析が浮かぶ。
(つまり……)
ディオニスもまた、同じことを考えていた。
(お互い……似たようなタイプの能力って訳か……)
空気が、張り詰める。
互いに──
警戒レベルが、一段階、引き上げられた。
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地下四十九階。
俺は、ひと気のないダンジョンの通路を、一人でてくてくと歩いていた。
足元を覆う浅い水が、くるぶしに触れるたび、ちゃぷ、ちゃぷ、と間の抜けた音を立てる。
その音だけが、やけに大きく響く。
壁も天井も、濡れた石の冷気を含んだまま、ただ無言で続いていた。
「確か、ロリババア2号先生……マリーダ教授の話だと、このダンジョンって地下五十階まで、だったよねぇ」
天井を見上げながら、独り言を零す。
もちろん、答えが返ってくるはずもない。
でも、一人が寂しくてついつい声を出してしまう。
視界の先は相変わらず薄暗く、どこまで行っても似たような通路が延々と続いている。
「ってことは……あと一階。もうちょっとで全クリ、って事だね」
口に出した途端、自分で少し可笑しくなる。
全クリ、だなんて。命が懸かってる状況で、我ながらゲーム感覚が抜けていない。
「ここまで来れば、“深度ボーナス”ってやつは……まあ、問題なく貰えてるとは思うんだけど」
歩きながら、水を踏み、ちゃぷちゃぷと音を鳴らす。
「いかんせん……深度ボーナスってヤツに関してだけ、何ポイント入ったとか、そういうアナウンスが一切無いんだよねぇ。地味に不安なんだけど」
腕を後ろで組み、ふうっと息を吐く。
ダンジョンは相変わらず無言だ。
こちらの成果を称えるでもなく、危険を警告するでもなく、ただ淡々と続いている。
無関心、というよりは、最初から俺の存在なんて想定していないみたいだ。
俺は歩みを緩め、少し上を見上げた。
「ブリジットちゃん達……大丈夫かなぁ」
ふと、仲間の顔が脳裏に浮かぶ。
真面目で、少し不器用なブリジット。
何だかんだ頼りになる鬼塚くん。
そして、余裕たっぷりで、どこかズレてるジュラ姉。
「まあ……鬼塚くんもいるし、ジュラ姉もいるし。大丈夫だとは思うけど」
そう口にしながらも、胸の奥が、わずかにざわつく。
根拠のない安心感ほど、信用できないものはない。
「……でもさ」
ぽつりと、声が落ちた。
「大丈夫だったとして……俺抜きで、三人で楽しくキャッキャウフフしてたら、それはそれで……ちょっと、さみしい気もする」
苦笑いを浮かべ、首を振る。
本当に、何を考えてるんだか。
こんな状況で、拗ねたみたいな感情を抱くなんて。
でもまぁ、ぶっちゃけ……
一人だけ別行動ってのは、寂しいよね!!
にんげんだもの!!
そんな取り留めのないことを考えているうちに、通路の先が、ふっと開けた。
「……お?」
足を踏み出した瞬間、視界が一気に広がる。
そこは、巨大なフロアだった。
天井は、はるか高く。
見上げても、暗闇の奥に溶け込んでいて、どこまで続いているのか分からない。
まるで星の無い夜空を、そのまま室内に閉じ込めたみたいな、底知れない空間だ。
床一面には、静かな水面が広がっていた。
湖のように穏やかで、微動だにしない水。
その上に、細く白い道が、橋のように延びている。無機質で、不自然なほど真っ直ぐな道だ。
「へぇ……」
思わず、感嘆の声が漏れた。
白い道は、途中でいくつにも枝分かれしている。
どれも等しく細く、どれも等しく、先が暗闇に溶けている。どれが正解かなんて、まるで分からない。
そして──
「おっと、これは……」
俺は、思わず足を止めた。
水面から、何かが突き出ている。
一つや二つじゃない。
視界に入るだけでも、何十体。奥の暗闇を含めれば、数えきれないほど。
それは、神像だった。
顔。肩。胸元。
水面から半身を出した、巨大な石の像。
苔や水垢に覆われ、長い年月、ここに沈んでいたのが一目で分かる。
全長は……ざっと見積もっても、八十メートルとか、百メートルとか。そのくらいは、余裕でありそうだった。
静まり返った水面に、無言で佇む、巨大な神々。
どの像も表情が異なり、怒り、慈悲、無感情──それぞれが、こちらを見下ろしているようにも見える。
「……いや、怖っわ」
思わず、率直な感想が口から出た。
「なんか……東北の山の中に立ってる、巨大仏像みたいなんだけど」
あれだ。
ニュースや特集番組でたまに見たやつ。
見た瞬間、誰もが『動き出して麓の街を破壊する姿』を妄想しちゃうやつ。
怖いですねぇー。
とはいえ、立ち止まっても仕方がない。
俺は肩をすくめ、意を決したように、白い道へと足を踏み出した。
「すげぇな……これも、マリーダ教授のスキルで作られた部屋なのかな……雰囲気あるわぁ……」
水面に映る神像の影を横目に見ながら、スタスタと歩く。
足音が、やけに響く。水面は相変わらず静かだ。
「……とはいえさ」
ふと、独り言が止まらない。
「俺、知ってるんだよ」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
「漫画とかアニメだと……こういう仏像的なやつって」
一歩、また一歩。
白い道が、静かに続く。
「大体、急に動き出して」
息を吸い、吐く。
「襲ってきたり、するんだよね〜」
──その瞬間だった。
ビガーンッ!!
耳鳴りがするほどの、強烈な光が走った。
周囲に林立する、無数の神像。
その両目が、同時に、灼けつくような光を放った。
「……あ。これ、余計な事言ったパターンのやつ?」
低く、重たい音が鳴る。
ギギギ……ギギギギ……
巨大な石が擦れ合う、嫌な軋み音。
まるで大地そのものが、悲鳴を上げているみたいだ。
水面が、ざわり、と揺れ、波紋が幾重にも広がる。
神像たちが──動いた。
ゆっくりと。
だが、圧倒的な質量を伴って。
首が回り、腕が持ち上がり、石の関節が無理矢理引き剥がされる。
その一つ一つの動きが、重く、確実だ。
無数の視線が、一斉に、俺へと向けられる。
俺は、白い道の上で立ち止まり、半目になった。
「……ほら、やっぱりね。」
ため息混じりに、そう呟いた。
静寂だったフロアは、もう存在しない。
巨大な神々が目覚めたこの場所で、俺は一人、地下五十階目前のフロアに立っていた。




