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【45万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第269話 ブリジット vs.ビビアーナ④ ──豆だらけの美しい手──

ビビアーナの視界は、嵐に満ちていた。


轟音。雷鳴。風圧。


それらすべてが、自分の身体の延長として暴れ狂っている。




「はあああああッ!!」




喉が裂けるほどの叫びとともに、ビビアーナは鞭を振るう。

同時に、背中の奥──否、今や同化した相棒そのものとなったカフェラッテが吠えた。




『ウオオオオオオン!!』




その咆哮に呼応するように、雷が迸る。

ビビアーナの鞭に絡みつき、青白い稲光となって鞭条を走り抜ける。


鞭が空を裂く。

雷が空間を焼く。


床を蹴り、壁を蹴り、柱を踏み台にしながら、二人一体となった身体がダンジョン空間を立体的に駆け抜ける。

上から、横から、死角から。

あらゆる角度から、災厄の一撃を叩き込む。




「どうよッ!!これが──アタシとカフェラッテちゃんの、本気なのねぇッ!!」




だが。


そのすべてが、届かない。

龍のように宙をうねる、異様な“胴長の影”、フレキ。その背に跨る、白銀のツノを戴いた少女。


フレキが、低く呟いた。




「……”大犬天衝壁(シリウス・ヴェール)”。」




次の瞬間。光が、咲いた。

黄金と白銀が混ざり合ったような輝きが、球状の障壁となって二人を包み込む。

ビビアーナの鞭が叩きつけられる。

雷撃が炸裂する。


──だが、弾かれる。


まるで、水面に投げた小石のように。

音だけを残して、すべてが無力に散っていく。




「……ッ!!」




ビビアーナは、奥歯を強く噛みしめた。




(ありえない……こんな……こんな事……)




認めたくない。

認められるはずがない。




(アタシと……カフェラッテちゃんが……!!)




必死に鞭を振るう腕が、わずかに震える。

その視界の先。

胴が異様に長い、化け物じみたフェンリル(?)の背に跨りながら──

ブリジットは、あまりにも落ち着いていた。


ため息が出るほどに、美しい少女。

長い金髪が風を受けてなびき、澄んだ瞳は、戦場の只中にあってなお曇らない。

巨大なハンマーを、まるで子供の玩具のように軽々と操り、


ピコッ。ピコッ。


軽い音を立てながら、ビビアーナの鞭を弾き、

カフェラッテの爪の斬撃すら、ことごとく打ち払っていく。




(……なんなのさ)




ビビアーナは、思わずブリジットの“目”を見た。

そこにあったのは、怯えでも焦りでもない。

次に何をするべきかを、絶えず考え続けている──

冷静で、聡明な眼差し。




(違う……)




胸の奥が、きしりと軋む。




(アタシとは……違う)




自分は今も必死だ。

どうすればいいのか。

どうやって倒せばいいのか。


必死に考えているのに──

何も、思い浮かばない。




(……バカだねぇ)




自分の頭の悪さが、嫌になる。

鞭を振るう腕に、知らず力が入りすぎる。

視界が、滲んだ。

悔しさが、熱となって目に溜まっていく。




(──かわいくて、頭もよくて、公爵家のお嬢様で……)




思考が、止まらない。




(おまけに……強いスキルと、強力な従魔まで……)




唇が、歪む。




(この子は……アタシとは違う)


(生まれついての──お姫様なんだねぇ)




なのに。




(──なのに、どうして)




胸の奥に、黒い感情が蠢く。




(王子様の求婚を……断ったりしたんだろうねぇ)


(アタシなんかじゃ……ひっくり返っても、手に入らないものなのに……っ!!)




涙が、頬を伝いそうになるのを、必死に堪える。

フェンリルと同化した身体が、怒りと悔しさに呼応して吠える。

それでも、鞭を止めることはできない。




(アンタみたいな……初めっから、ぜんぶぜんぶ持ってるような子には……)



「……絶対に……!」




声が、震える。




「絶対に、負けられないのよねぇッ!!」




歯を食いしばり、叫ぶ。




「負けられない……負けられないのねぇ!!」




脳裏に浮かぶのは、領地の風景。

自分の活躍を信じて、祈ってくれている両親の顔。




「ロカ領で……アタシの活躍を祈ってくれてる……パパとママの為にも……ッ!!」




そして。

胸の奥に、何より強く刻まれた名。




「──ラグナ様の為にもッ!!」




叫びとともに、ビビアーナは再び鞭を振るう。

カフェラッテと心を重ね、力を重ね、

胴長の巨大犬に跨る、あまりにも眩しい少女へと、全力で、立ち向かっていく。


たとえ、この想いが。

この感情が。


自分を、どこかへ引きずり込もうとしているのだとしても。


ビビアーナは、まだ──

止まることができなかった。




 ◇◆◇




嵐の中心にいながら、ブリジットの心は、不思議なほど澄んでいた。


風が唸る。雷が弾ける。

ビビアーナの鞭が、視界を埋め尽くすほどの勢いで振るわれる。




「……っ!」




迫り来る一撃を、ブリジットはハンマーで受け流す。

ピコッ、と軽い音。

続けざまに放たれた雷撃を、今度は額のツノから放った銀色の光で打ち消す。

それでも、目は──自然と、彼女を追っていた。




(ビビアーナさん……)




鞭を振るうその姿は、荒々しく、必死で、だけど──




(本当に、凄い……!)




心の底から、そう思った。

あれほどの猛攻を繰り出しながら、少しも止まらない。

痛みも、疲労も、恐怖も──すべて飲み込んで、前へ出続けている。




(あたしの力は……)




ハンマーを振るいながら、ふと考える。




(あたしだけで、手に入れたものじゃない)




胸の奥に浮かぶのは、優しい声。

厳しくも温かい言葉。

背中を押してくれた人たちの顔。




(アルドくんや……みんなが、与えてくれたもの)




力を授けてくれた存在。

守ってくれた存在。

信じてくれた存在。

でも──




(ビビアーナさんは、違う)




ふと、先ほどの光景が脳裏に蘇る。

吹き飛ばされそうになった彼女を、思わず抱き止めたあの瞬間。

視界の端に映った、彼女の手。




(……豆だらけだった)




鞭を握り続けた証。

何度も、何度も、血が滲むまで鍛えた手。




(あの手は……)




ハンマーを振るう腕に、力がこもる。




(努力してる人の手だった)




きっと。

これだけの強さを手に入れるまで──




(家族のために……好きな人のために……)




命懸けで、戦ってきたんだ。




(自分の力で……すべてを、勝ち取ってきたんだ)




胸が、きゅっと締めつけられる。




(ビビアーナさん……)




嵐の向こうで、必死に歯を食いしばる彼女を見つめながら、思う。




(あたしは……あなたみたいな女の子に、なりたかったのかも)




その想いが、胸の奥に静かに落ちる。


──でも。




(──でも……!)




ブリジットは、ハンマーを握る手に、ぐっと力を込めた。

胸の内に、かつての光景が浮かぶ。

厳しくも誇らしげな父の笑顔。

優しかった母の横顔。

少し照れながら頭を撫でてくれた兄の背中。


そして。




「ブリジットちゃんの隣に立つ男は、俺だって──皆に、証明してみせるよ!」




そう言って、まっすぐに笑った少年。




(……アルドくん)




その笑顔が、はっきりと脳裏に焼きつく。




(──違う!!)




心の中で、強く否定する。




(あたしが……アルドくんの隣に、立てる女の子だって……証明しなきゃ、いけないのっ!!)




ブリジットは、深く息を吸い、吐いた。

フレキの背の上で、姿勢を正す。

視線を、真っ直ぐ──ビビアーナへ向ける。


そこには、迷いも、憧れも、すべてを受け入れた覚悟があった。




「……ごめんだけど」




声は、静かだった。

でも、芯がある。




「あたしも……負けられないんだ!!」




ハンマーを高く構える。




「勝たせてもらうよっ!!ビビアーナさんっ!!」




嵐と雷の向こうで、二人の視線が交錯する。

尊敬も、羨望も、譲れない想いも──

すべてを胸に抱いたまま。

ブリジットは、前を向いて立っていた。




 ◇◆◇




カフェラッテの喉奥から、焦燥を孕んだ唸り声が漏れた。




『な……何なのだ……!?あの胴長の化け物は……!?』




雷を纏った巨体が、わずかに揺らぐ。




『まさか……本当に、我と同じ──フェンリル族だと言うのか……ッ!?』




その声には、疑念と同時に、はっきりとした“恐れ”が混じっていた。

その瞬間。




「フレキくんはねっ……!」




嵐の中で、ブリジットの声が、凛と響いた。




「フェンリルの──王様なんだよっ!!」




宙を舞う、異様に長い胴体。

その背に跨ったまま、ブリジットは巨大なピコピコハンマー"ピコ次郎"を、天へと掲げる。


その仕草は、まるで──

雷神に祈りを捧げる巫女のようだった。




「いきますよっ!ブリジットさんっ!!」




フレキが、はっきりと叫ぶ。

その直後。空が、歪んだ。


フレキとブリジットの頭上に、

雷の塊のような巨大な光球が、ずず……と形を成していく。


白でも、青でもない。

重く、圧倒的で、威圧的な雷光。




「な……何なのねぇ……その力は……ッ」




ビビアーナは、呆然と呟く。

視界が、眩暈のように揺れる。

フレキは、堂々と胸を張り、吠えた。




「父上直伝……”天穿・雷砲(テンウガツ・ライホウ)”っ!!」




次の瞬間。


ズドォォォォンッッ!!


光球から、一本の雷が落ちた。

否。“落ちた”のではない。

光の柱が、一直線に──

ブリジットの掲げたハンマー目掛けて、降り注いだのだ。




「!?」




ビビアーナの喉が引き攣る。




「自分達に向けて……雷撃を!?」


『何ッ!?』




カフェラッテも、明らかに動揺した。




『”天穿・雷砲(テンウガツ・ライホウ)”だとッ!?そ、その技は……ッ!?』




だが、ブリジットは一歩も引かない。




「”電伝太鼓(でんでんだいこ)”っ!!」




叫ぶと同時に。

銀色の魔力を帯びた"ピコ次郎"を、

雷が直撃するその瞬間に──


バァァァァンッ!!


凄まじい轟音。


雷と白銀の魔力が衝突し、

圧縮され、爆ぜ──

巨大な雷撃の衝撃波となって、四方へと解き放たれた。




「う、うあああああッ!?」




ビビアーナの悲鳴が、嵐に掻き消される。




『グアァァァッッ!!』




カフェラッテの咆哮が、空間を引き裂く。

雷撃の衝撃波が、合体状態の二人を、正面から叩き潰した。


ビビアーナの身体に、限界が来る。


ズルリ──と、フェンリルの背中から、下半身が抜け落ちた。ダメージの影響で、合体が解除される。




「……っ!!」




宙に放り出される感覚。

カフェラッテは、雷撃に焼かれ、傷だらけのまま吹き飛ばされていく。

ビビアーナもまた、重力に引かれ、空中を落下していく。




「あっ!!」




ブリジットが、思わず叫んだ。




「ビビアーナさん!!危ないっ!」




反射的に、手を伸ばす。

その光景が──

ビビアーナの、霞みゆく視界に映った。




(……ああ)




意識が、ゆっくりと薄れていく中で、思う。




(また……アンタは、敵であるアタシに……手を、差し伸べようとするのねぇ……)




悔しさが、胸を締めつける。




(悔しい……悔しい……ッ)




涙が、視界を滲ませる。




(こんな……何の苦労も知らない、お姫様みたいな子に……負けるなんて……ッ!!)




その瞬間。


空気が、ひやりと冷えた。


ビビアーナの周囲に、

黒いモヤのような魔力が、静かに渦を巻き始めた。


重く、粘つくような感覚。

胸の奥の、どす黒い感情に呼応するかのように。




──だが。




次の瞬間。

ビビアーナの目に、

伸ばされた“手”が映る。

ブリジットの手。


それは──


自分と、同じだった。


豆だらけで。

皮膚が硬くなって。

それだけじゃない。


ペンだこ。

勉強と、領地経営の書類に向き合い続けた証。




(……なんだ)




心の中で、ぽつりと呟く。




(この子も……頑張ってたのねぇ)




黒い感情が、揺らぐ。




(アタシ……また、間違えちゃうところだったねぇ)




その瞬間。

ビビアーナを包んでいた黒いモヤは、

音もなく──霧散した。


何も残さず。

まるで、最初から存在しなかったかのように。

力が、すとん、と抜ける。

ビビアーナの唇に、

かすかな笑みが浮かんだ。


悔しさも、羨望も、

すべて抱えたまま──




「……ああ……負けちゃった、ねぇ……」




その声は、どこか──

少しだけ、晴れやかだった。


そのまま、ビビアーナの意識は、静かな闇の中へと落ちていった。

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