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【45万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第265話 ビビアーナ・ロカ ──少女が見た王子の背中──

エルディナ王国北西部、王都ルセリアから遠く離れた地に、ロカ家の治める領地はあった。


そこは、エルディナ王国と北方王国ラインハルトを結ぶ国道──"テュールの道"と、魔物が跋扈(ばっこ)するフォルティア荒野との、ちょうど中間に位置している。

交易路を守る盾であり、同時に荒野から溢れ出る脅威を食い止める(くさび)

それが、辺境伯ロカ家に課せられた役割だった。


ゆえに、ロカ家の跡取りに求められるものは、極めて明確だった。

強大な魔物を退けるだけの強靭な肉体。

部下を束ね、戦況を読み切る聡明な頭脳。


剣と知略、その両方を兼ね備えた者だけが、この地を継ぐ資格を持つ。


──だが。


ロカ家の長女、ビビアーナ・ロカは、その条件を半分しか満たしていなかった。


幼い頃から、彼女の身体は丈夫だった。

風邪を引いてもすぐ治り、転んでも泣き止むのが早い。

体力もあり、外で駆け回るのが好きな子だった。


けれど、その一方で──

察しが、致命的なほど悪かった。


言外の意味を汲み取れない。

教えられたことを、別の形で応用することができない。

一度理解したはずのことを、翌日には忘れている。


貴族学校での座学の成績は、常に最下位だった。

算術は途中で式が迷子になり、歴史は固有名詞が覚えられず、戦術論に至っては何が分からないのかすら分からない。


魔力自体は人並み以上にあった。

だが詠唱が覚えられない。

順番を間違え、語尾を噛み、肝心なところで言葉が抜け落ちる。


結果、魔法は発動しない。

あるいは、暴発する。


教官のため息が、次第に増えていった。


最初のうちは、両親も辛抱強く付き合っていた。

家庭教師を増やし、課題を細かく分け、何度も繰り返し教えた。


だが、年を重ねるごとに、変化は訪れなかった。


やがて、食卓での会話が、少しずつ弟中心になっていく。

報告されるのは、弟の成績、弟の訓練、弟の将来。


ビビアーナが話しかけても、「後でね」と返されることが増えた。

視線が合わない時間が、長くなった。


二つ下の弟に、期待と愛情が集まっていくのを、彼女は肌で感じ取っていた。


けれど──


ビビアーナは、そこで腐る子ではなかった。




「……アタシが、いろいろ出来ないから……」




ある夜、ひとり部屋で、ぽつりと呟く。




「頑張り方を、間違えちゃったから……だから、パパとママは、アタシの事を見てくれないのねぇ」




その声には、恨みよりも、納得に近い響きがあった。

そして、次の瞬間には、ぱっと顔を上げる。




「だったら、もっともっと頑張って……出来ない事を、出来るようにしていくしかないねぇ!」




どこまでも前向きで、どこまでも不器用な思考だった。


だが、彼女なりに、少しずつ気づき始めてもいた。

どれだけ机に向かっても、頭に入らない。

頑張っても、頑張っても、同じところでつまずく。




(……もしかしたら、アタシ……お勉強は、向いてないのかも知れないねぇ)




実際には、そこまで言語化出来たわけではない。

ただ、胸の奥で、ぼんやりとした違和感が芽生えただけだ。


ならば、と。


ビビアーナは、戦闘訓練に身を投じた。


剣は重く、動きが遅れる。

槍は距離感が掴めない。

斧は身体が軽過ぎて振り回される。


だが──鞭だけは、違った。


しなやかにしなる感触。

狙った場所に、吸い込まれるように伸びる軌道。

音と共に、空気を裂く快感。


教官が、初めて眉を上げた。




「……ほう」




その反応だけで、胸が高鳴った。

これだ、とビビアーナは思った。

これが、自分に残された道なのだと。


それからは、ひたすら鞭を振り続けた。

朝も、昼も、夜も。

腕が上がらなくなるまで。


手のひらに豆ができ、潰れ、血が滲んでも、やめなかった。

包帯を巻き、その上から、また鞭を握る。


痛みよりも、怖かったのは──

「何も出来ない自分」に戻ることだった。


だから、彼女は笑いながら、今日も訓練場に立つ。


誰にも見られなくても。

褒められなくても。


それでも、信じていた。


──これを続けていれば、いつかきっと。

──アタシも、ロカ家の役に立てるって。


その想いが、彼女を支え、

同時に、後戻りのできない道へと、静かに導いていた。




 ◇◆◇




ロカ家の名を冠する招待状は、社交界において決して軽いものではなかった。


それでも──

その夜のビビアーナは、胸を張って会場に立つことが出来なかった。


十四歳。

初めて両親に伴われて出席した、本格的な貴族の社交会。


煌びやかなシャンデリア。

磨き上げられた大理石の床。

絹と宝石に身を包んだ令嬢たちと、気取った微笑みを浮かべる嫡男たち。


その中で、ビビアーナは自分の両手を、無意識に背中へ隠していた。


分かる人には分かってしまう。

訓練で出来た、固い豆。

何度も潰れて、治って、また出来た、武骨な手。


案の定だった。




「……まあ」




鈴を転がしたような声が、耳に届く。




「見て、あの手」


「なんて……汚らしいの……!」




くすくすと、笑いが広がる。

視線が集まる。


ビビアーナは、ぴくりと肩を震わせた。




「辺境伯家のお嬢様だっていうのに……」


「やっぱり荒野育ちは、品がないのね」




胸の奥が、ぎゅっと縮む。




(……あ)




その瞬間、頭の中に、嫌な考えが浮かんだ。




(アタシ……また、努力の仕方……間違えちゃったのかも、ねぇ)




剣も魔法もダメ。

だから鞭を振った。

役に立とうと、必死に。


──でも、それが、今度は「笑われる理由」になってしまった。


視界が滲む。

ぐっと唇を噛みしめる。




(泣いちゃ、ダメだねぇ……ここで泣いたら、もっと……)




そのときだった。




「おや?」




場違いなほど、穏やかで、よく通る声が響いた。




「今の社交界では、一人の令嬢を寄ってたかって貶める遊びでも流行っているのかい?」




ざわ、と空気が揺れる。




「それなら、僕も混ぜてくれよ」


「ただし──」




声は、少しだけ低くなる。




「貶める側じゃなくて、そんな輩から、令嬢を守る側として、だけどね」




ビビアーナは、はっと顔を上げた。


そこに立っていたのは──

今まで見たこともないほど、美しい少年だった。


淡い金色の髪が、光を受けてきらめいている。

整った顔立ち。

細身だが、芯の通った立ち姿。


年齢は、自分より少し上だろう。

十五、六歳くらい。


だが、その存在感は、場の空気を一変させるほどだった。




「……っ」




誰かが息を呑む。




「ラ、ラグナ……殿下……?」




その名が、囁きとなって広がった瞬間──

先ほどまで嘲笑していた令嬢たちと嫡男たちは、青ざめた。


ラグナ・ゼタ・エルディナス。

エルディナ王国、第六王子。


“女神の祝福”にて、とんでもなく強力なスキルを授かったという噂の──

今、最も注目されている王族。


ラグナが一歩前に出るだけで、空気が張り詰める。




「……さて」




彼は、にこやかに微笑んだまま、視線を巡らせる。




「誰が、彼女を笑ったのかな?」




その声は穏やかだったが、

背後に、抗いがたい圧を孕んでいた。


次の瞬間。




「い、いえっ!」


「そ、そんな……!」


「し、失礼しました!!」




蜘蛛の子を散らすように、貴族たちは逃げていった。

誰も、振り返らない。

取り残されたビビアーナは、しばらくのあいだ、呆然とその場に立ち尽くしていた。


ざわめきが引いていった社交会場の中央。

さきほどまで自分を囲んでいた嘲笑と視線は、嘘のように消え失せている。


──なのに。


胸の奥だけが、やけに騒がしかった。


ラグナの背中を、ただ見つめる。

金色の髪が、シャンデリアの光を受けて淡く輝き、ゆっくりと遠ざかっていく。


どくん。どくん。


心臓の音が、やけに大きい。




(──王子様だねぇ!!)




思わず、そんな間の抜けた言葉が、頭の中に浮かんでしまう。


……まあ、実際に王子様なのだから、間違ってはいないのだが。


ビビアーナは、両手をぎゅっと握りしめた。

手袋の下で、豆の感触が伝わってくる。




(さっきまで……みんな、アタシの手を見て、笑ってたのにねぇ……)




それが、一言でひっくり返った。


たった一人の言葉で。

たった一人の、存在で。


ラグナは、数歩進んだところで、ふと立ち止まった。

そのまま、誰に向けるでもなく、ぽつりと呟く。




「……そうか。まだ、この段階では──」




低く、考え込むような声音。




「“魔獣姫(ドマドルビア)”にも目覚めていない。だから、皆……彼女の価値に気付いていないんだな……」




意味は、まるで分からなかった。




(……どま、どるびあ?)




聞き慣れない言葉。

でも、不思議と怖くはなかった。


──自分のことを、何か「大事なもの」として見ている。

それだけは、直感で分かったからだ。




「あ、あの……!」




気づけば、声が出ていた。




「あ、アタシは……」




喉が、ひくりと鳴る。

何を言おうとしたのか、自分でも分からない。

けれど、ラグナは自然に振り返った。


その表情は、さっきまで周囲を威圧していた王子のものではなく──

年相応の、柔らかな笑顔だった。




「……キミは、ビビアーナ・ロカだね」




名前を呼ばれた瞬間、胸が跳ねる。




「僕は、ラグナ・ゼタ・エルディナス。この国の第六王子なんだけど……知ってるかな?」




問いかけは、穏やかで、優しい。

ビビアーナは、顔が一気に熱くなるのを感じながら、こくこく、と何度も頷いた。


声は、やっぱり出なかった。




(し、知ってるに決まってるねぇ……!!)




ラグナは、その様子に満足そうに頷くと、続けた。




「いいかい、ビビアーナ。キミの今の“キャラビルド”は、間違っていない」




(……きゃら、びるど?)




頭の中に、はてなマークが浮かぶ。


言っている意味は、よく分からない。

けれど──




「そのまま、鞭の技巧とフィジカルを中心に、訓練に励みたまえ」




その言葉は、はっきりと、胸に届いた。


──今までやってきたことを、否定されなかった。

──笑われなかった。




(肯定、された……)




胸の奥が、じんわりと温かくなる。

ラグナは、さらに言葉を重ねる。




「来年の“女神の祝福”で、キミは……僕ほどではないけれど──」




一瞬、ほんの少しだけ、いたずらっぽく笑ってみせる。




「非常に強力な“祝福(スキル)”を授かる。僕には、分かる」




その瞳は、冗談を言っているようには見えなかった。




「キミの力は、我が国にとっても大きな利益を生む。素晴らしい力だ」




そして、静かに。




「是非、エルディナ王国の為に……僕の為に、励んでくれたまえ」




その一言は、

ビビアーナの心に、深く、深く刻まれた。


ラグナは、それ以上何も言わず、背を向ける。

金色の髪が、光の中に溶けていく。

ビビアーナは、その背中を、ただ見送ることしか出来なかった。


声も、足も、動かなかった。

胸が、いっぱいだった。


その瞬間から──


ビビアーナは、ラグナの『ファン』になった。

信者、と言ってもいい。


翌年。


ラグナの言葉通り、ビビアーナは“女神の祝福”で、“魔獣姫(ドマドルビア)”という、強力無比なスキルを授かる。


自身が力で従えた魔物を、いくらでも亜空間にストックし、好きな時に、好きなだけ呼び出し、操り、力を借りられる。


サモナー系スキルの頂点と言っていい力。


フォルティア荒野を隣に控えるロカ家にとって、

喉から手が出るほど欲しかった能力だった。


両親は大喜びし、

再び、ビビアーナへ期待の視線を向けるようになった。


ビビアーナも、素直に嬉しかった。


──認められた。

──役に立てる。


そして何より。


自分の才能を見抜き、

道を示してくれたラグナの存在が、

心の中で、少しずつ“特別”になっていく。


お近づきになりたい、などとは思わない。

自分のようなバカが、ラグナの隣に立つなど、解釈違いだ。


だからこそ。




(ラグナ殿下の力になる事こそ……アタシに出来る、精一杯の恩返しだねぇ!)




そう、信じた。


やがて、ラグナのルセリア中央大学入学の知らせが届く。


ビビアーナは、その報せを胸に、

意気揚々と参考書を開いた。


文字は、相変わらず難しい。

内容も、ほとんど分からない。


それでも。


ページをめくる手は、止まらなかった。


──彼の為に。

──エルディナ王国の為に。


そう信じて、彼女は、机に向かい続けたのだった。

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