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【45万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第263話 side.ブリジット・チーム④──大嫌いなヤツに頭下げてでも──

紫の魔力が、煙のようにゆっくりと立ち上っていく。


それは炎のように荒々しくもなく、霧のように頼りなくもない。

重く、粘つき、空気そのものを圧迫する色だった。

その中心から、一つの人影が歩み出る。


──鬼塚玲司。


"魔装戦士(ストラディアボラス)"パーフェクトフォルム。


全身を覆う装甲は紫を基調とし、関節部には淡く脈動する光のラインが走っている。

仮面状のフェイスガードは表情を完全に覆い隠しているはずなのに、なぜか「笑っている」と分かってしまうのが不気味だった。


周囲を囲む二十名ほどの挑戦者達が、はっきりと息を呑む。


さっきまでの勢いは消え失せ、誰もが無意識に半歩、また半歩と距離を取っていた。

剣を構える手に、微かな震えが走る。


鬼塚はゆっくりと首を傾け、首元に手を当てる。

ゴキリ、と骨の鳴る音が、やけに大きく広間に響いた。




「……どうした?」




低く、だが妙に軽い声音。




「そんな大勢で囲んどいてよ……一人相手に、ビビってんのか?」




挑発するような言葉とは裏腹に、その立ち姿には一切の力みがない。

重心は低く、足の位置は自然体。まるで、嵐の中に立つ一本の杭のようだった。


その空気に耐えきれなくなったのか、挑戦者の中の一人──年若いが、筋骨隆々の男が一歩前に出る。




「お、おい!皆!そんなビビる事ぁねえぞ!!」




声は大きい。だが、その裏返った響きは、彼自身の動揺を如実に物語っていた。




「──知ってんだぜ!?特別留学生さんよ……お前……"戦いの無い平和な世界"から来た異世界人らしいじゃねぇか……!」




その言葉が発せられた瞬間、鬼塚の動きが、ぴたりと止まった。

紫の魔力が、一瞬だけ、脈打つ。




「──あ?」




仮面の奥から漏れた声は、低く、短い。

それだけで、空気が一段階冷えた。


男は一瞬たじろぎながらも、引き返せなくなったように言葉を続ける。




「異世界人はよォ!この世界に落ちてくる時に、強力なスキルを宿す事が多いって聞くぜ……!」


「どうせお前も!!平和な世界で、ぬくぬく暮らしてやがったんだろ!?」


「冒険者でランクAまで上がれたのも……!ブリジット・ノエリアのチームに拾ってもらえたのも……!」




唾を飛ばし、指を突きつける。




「たまたま運良く身につけた、その“チートスキル”のおかげなんだろ!?ああッ!?」




罵声が広間に響く。

鬼塚は、何も言わない。

肩も揺らさず、拳も握らず、ただ静かに相手を見つめている。その沈黙が、かえって周囲の神経を逆撫でした。




「……そういう訳だ!!」




別の男が、同調するように叫ぶ。




「皆!ビビる事ぁねぇぞ!!強力なのはスキルだけで……こいつ自身は、素人も同然のハズだッ!!」




周囲の挑戦者達が、武器を握り直す。




「小さい頃から魔物と戦う訓練を受けてきた俺達が……負けるはずがねぇッ!!」




その号令と同時に、四人が飛び出した。

両手剣、片手剣、細剣、戦斧。

男三人、女一人。左右から挟み込むように、完璧な連携で斬りかかる。

刃が風を切る音が、重なり合う。


その中心で、鬼塚は──動かない。

静かに、息を吐き。




「……ああ」




仮面の奥で、確かに“思い出す”ような間を置いて。




「その通りだよ」




ぽつりと、そう呟いた。

次の瞬間、その親指が、腰のバックルに触れる。


ギュイン。ギュイン。


歯車が二度、甲高い音を立てて回転した。




『インカネーション!!ブチブチ!ブッチ斬リ!!』




機械的で、どこかふざけた音声が鳴り響く。

鬼塚の両手に、メリケンサック型の兵装が顕現する。拳を覆う装甲の側面から、紫色に輝くビームブレードが展開した。




「そんなちっぽけな刃で!!四人同時の攻撃を捌けるかよォォーッ!!」




挑戦者達が叫び、刃を振り下ろす。


だが──

鬼塚は慌てない。

視線すら動かさず、静かに両腕を交差させた。




「“形状進化(フォルム・ネクスト)”……ッ」




その低い声と同時に、ビームブレードが変形する。

二枚の三日月型の刃が、互いに噛み合うように組み合わさり、中国武器・鴛鴦鉞(えんおうえつ)を思わせる異形の姿へと変わった。


交差した両腕。

その“隙間”に、四つの刃が──


カンッ!!

ギィィィンッ!!


金属とエネルギーが衝突する、重く鋭い音。

四人の攻撃は、すべて止められていた。

左右の拳、それぞれに二つずつ。

完璧な角度、完璧な間合い。




「……何ッ!?」




驚愕の声が、同時に漏れる。

その瞬間、鬼塚の口元が、確かに歪んだ。

仮面の下で──笑ったのが、はっきりと分かった。




 ◇◆◇




交差した刃と刃が、わずかに震えた次の瞬間、

鬼塚の身体が、ふっと“流れる”。


それは剣道の踏み込みでも、空手の打撃動作でもない。腰から背中、肩、肘、手首へと力を連ねて伝える──どこか中国拳法を思わせる、円を描くような動きだった。




「──ッ!」




両手が、同時に捻られる。


ギャリィンッ!!


ビームブレードに引っ掛けられていた四つの武器が、悲鳴のような金属音を立てて砕け散った。

両手剣は根元から折れ、片手剣と細剣は刃が弾け、戦斧は刃頭ごと宙を舞う。




「な……ッ!?」




驚愕が声になるより早く、鬼塚の身体は回転していた。

軸足を中心に、ひと回り。

紫の軌跡が、円を描く。


シャッ、シャッ、シャッ、シャッ──


一瞬。

本当に、瞬き一つ分の時間で、四人の胸元が、同時に裂けた。

ネームプレートが、音もなく切断される。




「何だよ……」


「今の……達人みたいな動き……」




膝を折り、崩れ落ちながら、男の一人が呆然と呟く。




「全然……」


「素人じゃねぇじゃねーか……」




次の瞬間、四人の身体は光に包まれ、

バシュウウウン──と、まとめて転送消失した。

残されたのは、床に転がる武器の残骸と、沈黙。

鬼塚は、回転を終えた姿勢のまま、静かに息を吐いた。




「……お前らの言う通りだよ」




その声は、驚くほど穏やかだった。




「俺は……“平和な世界”で、ぬくぬく暮らしてた。

──その事に気付かねぇまま……」




仮面の奥で、目を伏せる。




「自分が、この世で一番不幸みてぇな顔して……な」




その言葉の余韻を、踏み砕くように、鬼塚は前に出た。

次の標的──屈強な戦士の懐へ、一気に踏み込む。


ドゴォッ!!


鳩尾に突き刺さる、鋭く重い蹴り。




「ぐ、がッ……!?」




肺の空気を吐き出させられ、戦士の身体が折れ曲がる。その鳩尾を、鬼塚は"足場"にした。

踏みつけるように、ぐっと体重を乗せる。




「──ッ!?」




戦士の肩へ駆け上がり、そのまま跳ぶ。

空中で、身体をひねる。

紫の刃が、舞う。


シャアアアッ──


回転しながら、三人分。

正確無比な斬撃が走り、三つのネームプレートが、ほぼ同時に砕け散った。




「……ッ」




空中で一瞬、静止したかのように見えた鬼塚の身体が、軽やかに着地する。

その背中越しに、三人の挑戦者が、言葉もなく消えていった。


鬼塚は、ゆらりと立ち上がる。




「──前までの俺は、卑怯者だった」




低く、噛みしめるような独白。




「元の世界でも、こっちに来てからも……手前(てめ)ぇの不幸を、周りのせいにして……ただ、()ねてるだけの、な……ッ!」




拳が、ぎゅっと握られる。




「だがよ……」




顔を上げる。




「そんな俺を、救ってくれたヤツらが……いたんだよ……!」




その瞬間、鬼塚の脳裏に……アルド、ブリジット、リュナ、ヴァレン、フレキ、マイネ、ベルザリオン──次々と、この世界で出会った恩人達の顔が浮かぶ。




『ネームプレート破壊、クリア。ブリジット・チーム、10×8=80pt獲得』




無機質なアナウンスが、広間に響いた。

残された十三人の挑戦者達が、無意識に喉を鳴らす。


ゴクリ。


誰もが、もう"スキル頼りの素人"とは思っていなかった。


その中から、一人──獣人の武闘家が前に出る。虎の耳をピンと立て、両手に鉤爪を構えた男だ。




「ひ、怯むな!!」




自分を叱咤するように、叫ぶ。




「あんな曲芸……!虚仮威(こけおど)しだッ!!」




虎のように腰を落とし、拳法の構えを取る。

鬼塚は、ゆらりと構えを返した。




「その人達に、恩を返す為にも……」




静かだが、芯の通った声。




「今度こそ……大事なモンを、手前(てめ)ぇで守る為にも……」




紫の魔力が、関節部で脈動する。




「俺は……もっともっと、強くならなきゃならねぇんだよ……ッ!!」



「ガァァッッ!!」




獣人が雄叫びを上げ、鉤爪を振るって突進する。

鬼塚は、一歩も退かない。

鴛鴦鉞(えんおうえつ)型のビームブレードが、するりと鉤爪を受け流す。


カンッ、と軽い音が響く。

次の瞬間、鬼塚は懐へ──"入って"いた。




「──な、何だとッッ!?」




驚愕する獣人の視界が、急激に近づく。

鬼塚は、重心を深く落とした。




「──たとえ」




一瞬の静止。




「大ッ嫌いなヤツに、アタマを下げて、教えを請う事になったとしても……」




背中を、獣人に向ける。




「……なッッ!!」




ドンッ!!


背面体当たり。

八極拳の鉄山靠(てつざんこう)を思わせる一撃が叩き込まれた瞬間、鬼塚のアーマーの関節部から、紫の魔力が噴射される。


衝撃が、跳ね上がる。


獣人の男は、空を飛んだ。




「──ッ!?」




凄まじい勢いで吹き飛び、背後の挑戦者達を巻き込み、壁へと叩きつけられる。


ドガァァァン!!


壁が、クレーター状にへこむ。

獣人の男を含む四名が、ほぼ同時に光に包まれ──


バシュウウウン。




『ネームプレート破壊、クリア。ブリジット・チーム、10×4=40pt獲得』




アナウンスが、淡々と告げる。

鬼塚は、ゆっくりと振り返った。

仮面の下で、口角が上がる。




「──ハッ。どうだよ」




紫の刃を構えたまま、呟く。




「俺が……この世界に来て、一番初めに喰らった技(・・・・・・・・・・)の威力は、よ?」




その笑みは、挑発であり、誇りであり、そして──

確かな覚悟の証だった。




────────────────────


──時は少しだけ(さかのぼ)る。



夜のカクカクシティは、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。

ネオンの名残がアスファルトに滲み、遠くで走るフェンリル達の足音が、風に溶けて消えていく。


コンビニ──『ドラゴン・マート』。


シャッターの前に立つ紅龍は、慣れた手つきで鍵を回していた。

紅の中国拳法着を思わせる装束は、"制服"のように身体に馴染み、弁髪(べんぱつ)にまとめた黒髪も、夜風にわずかに揺れるだけだ。


──その背中に、気配が重なった。


紅龍は振り返らない。

だが、その声には、確かな確信があった。




「──貴様が儂に用とはな。どういう風の吹き回しだ?鬼塚玲司」




ガシャン、とシャッターが完全に下りる。

その背後で、鬼塚は軽く鼻を鳴らした。




「相変わらずだな。"ベルゼリアの紅き応龍"さんよ。随分と、コンビニ店員が板についてきたじゃねえか」




からかうような口調。だが、そこに昔ほどの刺はない。

紅龍は鼻で笑い、鍵を外して腰元に収める。




「フン。今の儂は応龍に(あら)ず。"フォルティアの紅きバイトリーダー"よ。」




どこか誇らしげに言い切るその横顔に、鬼塚は一瞬だけ言葉を詰まらせた。




「……まあ、アンタがそれでいいなら、いいんだけどよ」




言いかけた何かを、飲み込む。

紅龍はゆっくりと振り返り、月明かりに照らされた鋭い目で鬼塚を見る。




「で、何の用だ?儂とて暇では無い。端的に話せ」




空気が、張り詰める。

鬼塚は一歩、前に出た。

視線を逸らさず、真正面から紅龍を見る。




「──アンタに頼みがある」




短く息を吸い、




「俺を……鍛えてくれ」




その言葉は、夜に溶けることなく、はっきりと落ちた。

紅龍は一瞬、動きを止める。

首だけで振り返り、横目で鬼塚を見た。




「──ほう」




口元が、わずかに歪む。




「面白い事を言う」




夜の公園へと場所を移す二人。

街灯の下、遊具の影が長く伸び、芝生は露に濡れていた。

紅龍は腰の後ろで手を組み、ゆっくりと歩きながら言う。




「──ベルゼリアに召喚された(わらべ)どもの中で、貴様だけは、儂の戦闘訓練への参加を、断固として拒否しておったな」




振り返り、薄く笑う。




「鬼塚玲司」




鬼塚は肩をすくめた。




「まあな。俺だけは洗脳が効かなかった……正気だったからな」




一拍、置いて。




「あの時は……意地でも、アンタから何かを学ぶ気にはならなかった。それだけだぜ」




紅龍は歩みを止め、腰の後ろに手を組んだまま、淡々と問いかける。




「ほう。では……今、儂に教えを請う貴様は──正気ではない、という事か?」




皮肉が、刃のように込められていた。

鬼塚は、静かに笑った。




「──ああ。そうかもな」




視線を落とし、低く呟く。




「正気を失っても、意地を捨ててでも……強くならなきゃならねぇ理由が、今の俺にはあるんだよ」




その言葉に、紅龍の眉が、わずかに動いた。

鬼塚は続ける。




「……アルドさんとブリジットさんが参加する“ルセリア統覇戦(ドミナンス・カップ)”。アルドさんのチームの四人目として……参加出来る事になった」




静かな告白だった。

だが、その瞬間、紅龍の目が、見開かれる。




「……何?アルド師父の……?」




息を吸い、次いで──




「くくく……貴様が、アルド師父の“チームメンバー”だと?」




愉快そうに、喉を鳴らす。




「それは(いささ)か、力不足というものではないか?鬼塚玲司」




鬼塚は、迷いなく頷いた。




「ああ、そうだ」




その即答に、紅龍の笑みが消える。

代わりに浮かんだのは、真剣な眼差しだった。

鬼塚は拳を握りしめる。




「俺は……あの人に比べたら、あまりにも弱ぇ……ッ……! 今の俺がアルドさん達のチームに入ったところで……せいぜい、頭数合わせくらいにしかならねえ……ッ」


「だがよ……ッ!」




唇を噛み、顔を上げる。




「あの人は……アルドさん達は、恩人なんだ……!」




声が、震える。




「ここで恩を返さなきゃ……男じゃねぇだろッ!!」




紅龍は、何も言わず、その言葉を受け止めていた。

鬼塚は一歩前に出る。




「俺は強くならなきゃならねぇ……ッ! その為なら……」




次の瞬間。

鬼塚は、地面に膝をついた。


バッ、と。


土下座だった。

芝生に額を押し付け、身体を折る。

紅龍の眉が、はっきりと跳ね上がった。

鬼塚の声は、地面越しに響く。




「アンタには、正直まだムカついてる。完全に許した、とは言えねぇ」


「だけどよ……そんな大嫌いなアンタに頭下げてでも……強くなりてえ……!」




額を、擦り付ける。




「強くならなきゃならねえんだ、俺はッ!!」




そして、叫ぶ。




「この通りだ!!俺を……鍛えてくれッ!!」




声が、夜に滲む。




「アルドさんに追いつけるなんて思っちゃいねぇ……だがよ……」


「せめて、アンタやリュナ姉、ヴァレンさんの立つステージの端っこくらいには……」




震えながらも、強く叫ぶ。




「俺も立ちてえんだ……ッ!!」




紅龍は、その姿を、じっと見下ろしていた。


やがて──


ほんの一瞬だけ、その厳しい眼差しが、柔らぐ。

月明かりの中、何かを思い出すように、目を細める。

それは遠い過去の影──遥か昔、別の世界に置いてきた、幼かった自分自身の残滓。

ただ、紅龍は静かに息を吐き、




「……」




何も言わず、鬼塚を見つめ続けていた。

夜の公園に、風が吹き抜ける。

その沈黙こそが──

鬼塚の人生を変える“始まり”であるかのように。




 ◇◆◇




紅龍は、しばし無言で鬼塚を見下ろしていた。

月明かりが、土下座した背中を淡く照らす。

やがて、低く、落ち着いた声が響く。




「顔を上げろ、鬼塚玲司」




その声音に、命令の色はない。

だが、逆らう余地もなかった。


鬼塚はゆっくりと額を地面から離し、顔を上げる。

草の露で濡れた頬に、夜風が当たった。


紅龍は腕を組み、呆れたように息を吐く。




「貴様……儂や咆哮竜、大罪魔王の立つ舞台まで上がる事を『せめて』、だと?」




一拍置き、可笑しさを隠しきれない様に言う。




妥協(・・)で、世界最強の一角と肩を並べるつもりか?……随分と豪胆な事よ。」




クックッ、と喉を鳴らす笑いが漏れる。

だが、それは嘲りではなく──どこか、楽しげですらあった。


鬼塚は思わず身を乗り出す。




「あっ……!い、いや!そういうつもりで言った訳じゃ……!」




慌てて言い訳を始めるが、紅龍は手をひらりと振った。




「構わん」




その一言で、空気が切り替わる。




「アルド師父に()すれば、我らの力とて、赤子のようなものよ」




さらりと言ってのけるその言葉に、鬼塚は目を見張る。




()(かく)、だ。貴様が強くなる事が、アルド師父に利すると言うのなら……それは、儂にとっても、利すると言ってよかろう」




その瞬間、鬼塚の顔が、ぱっと明るくなった。




「そ、それじゃあ……ッ!」




希望を掴もうと、顔を上げた──が。




「……?」




視界に、紅龍の姿が無い。




「え?」




次の瞬間。

ゾクリ、と背筋を冷たいものが走った。


──上だ。


満月を背に、宙を舞う紅龍の姿。

いつの間にか両手には、紅く妖しく輝く双刀の宝貝(パオペエ)──"緋蛟剪(ひこうせん)"。

月光を裂きながら、刃が振り下ろされる。




「ッ──!!」




鬼塚は反射的に叫んだ。




「おわッ!?!?」




土下座の姿勢のまま、身体を捻り、転がる。

ゴロゴロッ、と地面を滑った直後、さっきまで頭があった場所を、鋭い斬撃が薙いだ。

地面が抉れ、芝と土が舞い上がる。

鬼塚は息を荒げながら、跳ね起きた。




「て、てめえッ!!いきなり何しやがる!?」




紅龍は着地すると同時に、ニィッと口角を上げる。

剣先を、ぴたりと鬼塚に向けたまま。




「『何をする』、だと?これこそが、貴様が望んだ事であろうよ」




鬼塚は一瞬きょとんとし──次いで、口元だけで笑った。




「……いきなり、かよ?」




その笑みには、恐怖よりも──高揚が滲んでいた。

紅龍は鼻で笑う。




「まさか、手取り足取り、懇切丁寧(こんせつていねい)な指導を受けられるとでも思うたか?」




不敵な声音。

鬼塚は肩をすくめ、ゆっくりと腰を落とす。




「いーや。そんなもん、ゾッとしねぇな」




両拳を構え、喧嘩殺法の姿勢を取る。




「こっちの方が、俺向きだぜッ!!」




紅龍は満足そうに目を細めた。




「──“ルセリア統覇戦(ドミナンス・カップ)”とやらまでは、時間が無いのであろう?」




双刀を軽く回しながら、淡々と告げる。




「なれば、今日から毎日だ。夜は儂との鍛錬……」




鬼塚の目が、僅かに見開かれる。




「時間は、儂のバイトのシフトが終わる二十二時から、翌朝の五時までの七時間。」




ぴたり、と紅龍の視線が鬼塚を射抜く。




「──休憩はナシだ。文句はあるまいな?」



「…………えっ」




鬼塚の口から、思わず素の声が漏れた。




「お、俺……大学の講義も、冒険者ギルドの仕事もあるんスけど……」




冷や汗が、額を伝う。

紅龍は露骨に眉をひそめた。




「なんだ?始める前から、もう泣き言か?」




吐き捨てるように言う。




「イヤなら、辞めてもいいのだぞ?」




鬼塚は慌てて首を振る。




「い、イヤってわけじゃねぇけどよ……!それ、いつ寝りゃいいんだよ!?」




紅龍は即答だった。




「貴様のスキルには、状態異常耐性もあるのであろう?寝不足くらい、それで何とかしろ」




あまりにも冷酷な切り捨て。

鬼塚は一瞬、遠い目をした。




(……頼む相手、間違えたかも知れねぇ)




だが、すぐに歯を食いしばる。




「……ッシャァッ!!」




拳を握り、前に踏み出す。




「やってやるよ!!アンタの強さを喰らって、俺はもっと強くなってみせるッ!!」




拳を突き出し、叫ぶ。




「すぐに追い越してやるぜ、紅龍さんよッ!!」




紅龍は一瞬だけ、驚いたように目を瞬かせ──

次の瞬間、フッと笑った。




不知天高地厚ブージーティエンガオディーホウ(ナマイキな)……!」




低く呟き、双刀を構える。




「この儂を超える……?やれるものなら、やってみよッ!!」




一歩、踏み込む。




「鬼塚玲司ッ!!」




殺気が、夜を裂く。

鬼塚は腰に手を当てる。

紫の光と共に、神器──"獏羅天盤(ばくらてんばん)"が顕現した。




「やってやるぜッ!!」




歯車に、親指を掛ける。




「変身……ッ!!」




ギュイン、と力強く歯車が回る。

紫の魔力が噴き上がり、二人の影を包み込む。


こうして、かつて敵対しあったヤンキーと仙人の、不可思議な師弟関係が、幕を開けたのだった。


────────────────────

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