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【45万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第261話 side.ブリジット・チーム②──"魔獣姫"ビビアーナ・ロカ──

柱の影から、ゆっくりと男達が姿を現した。


コンクリートの床を踏みしめる足音が、だだっ広い広間に反響する。その先頭に立っていた三人の男を見て、鬼塚は目を細めた。




「……お前らは……」




一瞬の沈黙の後、鬼塚は鼻で笑う。




「ハッ。そうかよ。あの時のリベンジって訳か」




その三人は、以前──“統覇戦(ドミナンス・カップ)”のエントリー時。

アルドとブリジットに絡み、次の瞬間には鬼塚の魔力の鎖でまとめて地面に転がされ、屈辱を味わわされた連中だった。


男の一人が、悔しさを噛み殺したように歯を剥き出しにする。




「あの時はな……油断してたから、不意打ち喰らっただけだァ」


「正面からなら、お前なんかにゃ負けやしねぇんだよ!」




その言葉に、鬼塚はわざとらしく肩をすくめた。


柱の影から、さらにゾロゾロと挑戦者達が現れる。数は十を超え、二十に近い。

四方を囲むように、じわじわと距離を詰めてくる。


鬼塚はその光景を一瞥し、呆れたように吐き捨てた。




「三人を、こんな大勢で囲んどいて、何が『正面からなら〜』だ。ザコスケどもがよ。」



「う、うるせぇ!!」


「前評判の高いチームには、複数チームで組んで当たるのが、"ダンジョン・サバイバル"じゃあ定石だろうが!!」




噛みつくように叫ぶ男達。

そのやり取りを、少し後ろで聞いていたブリジットは、きょとんと首を傾げた。




「……そうなの?」




隣に立つジュラ姉へ、素直な疑問を投げかける。

ジュラ姉は、赤い唇に軽く笑みを浮かべ、肩をすくめた。




「ギャタシは前大会のこととか、詳しく知らないからハッキリとは言えないけど……まぁ、戦略的に考えたら、そうなるでしょうね」




その言葉に、ブリジットは小さく頷くと、赤い髪留めにそっと指を触れた。


次の瞬間。


彼女の背後に、巨大な影が現れる。


魔力の光をまとって顕現したのは、ブリジットの愛用武器──巨大ハンマー"ピコ次郎"。


その重みを確かめるように柄を握りしめ、ブリジットは一歩前に出る。




「──でもね」




柔らかな微笑みを浮かべたまま、彼女は前を見据えた。




「これだけ大勢の人達が、あたし達を狙うってことは……」


「それだけ、あたし達のチームが“有望視されてる”ってことでもあるんだよねっ……!」




その声には、怯えはなかった。

むしろ、誇りと前向きな覚悟が滲んでいた。

鬼塚は、ポケットに手を突っ込んだまま、ニヤリと笑う。




「流石、ブリジットさん。いい事言うぜ」




一方、ジュラ姉はというと、どこからともなく赤いマニキュアを取り出し、爪先にちょんちょんと塗り始めていた。




「さっきの魔物達じゃ、ポイントが入らなかった事だし……この男子達で、ポイントを稼がせてもらおうかしらッ!」




そう呟き、艶やかな笑みを浮かべる。


その瞬間だった。

ブリジットの背後──少し離れた壁面に、歪んだ光が生まれる。


まるで、サーカスのライオンがくぐる火の輪のような、円形のゲート。


次の瞬間、そのゲートの向こうから、魔物の大群が雪崩のように溢れ出した。

獣、虫、異形──数え切れぬほどの魔物が、一直線にブリジットへと殺到する。




「何ッ!?」




鬼塚の反応は、ほんの一瞬遅れた。

だが、ジュラ姉は違った。




「!? 危ないッ!!ブリジットさんッ!!」




叫ぶと同時に、ジュラ姉はブリジットの身体を思い切り突き飛ばした。




「!! ジュラ姉!?」




空中で手を伸ばすブリジット。

その視線の先で、ジュラ姉はニッと笑った。

そして──次の瞬間。


ドドドドドッ――!!


魔物達の奔流が、ジュラ姉を丸ごと飲み込んだ。

押し潰すような質量が、壁へと叩きつけられ、鈍く、重い衝撃音が広間に鳴り響き続ける。




「じゅ……ジュラ姉……!!あたしを、庇って……っ……!」




ブリジットの声が震える。

だが、鬼塚は彼女の肩を強く掴んだ。




「ブリジットさん! 呆けてる場合じゃねぇ!!」




鬼塚の視線は、すでに別の場所を捉えていた。




「──そこだッ!!」




叫びと同時に、鬼塚は紫色の魔力で形作った投げナイフを放つ。


狙いは、四角柱の一本──その上部。




「お、鬼塚くん!?」




ブリジットが驚きの声を上げた、その瞬間。


パァン!!


乾いた鞭の音が響き、ナイフは空中で叩き落とされた。


柱の上部、薄暗がりの中。

何者かが、ゆっくりと姿を現す。

女性の声が、楽しげに、そして残酷に響いた。




「──優勝候補第2位の、ブリジットチームの連中を……処刑場までおびき寄せてやったのは……どこのどいつだぁ〜い……?」




次の瞬間。

ムチが地面を叩きつける。


パァン!!




「──アタシだよッッ!!」




照明の下へ、ついにその姿が現れる。

派手な豹柄のレオタード型アーマー。

豹耳のカチューシャ型ヘッドギア。

肩に掛けられた極大のファー。

そして、腰まで届く巨大な三つ編みを二本、荒々しく揺らす──ワイルド系美少女。


その存在感は、敵味方問わず、空気を一変させた。

ブリジットは思わず、素直な感想を口にする。




「わぁ……派手な子だねっ」




その隣で、鬼塚は半目になり、額に汗を浮かべながら呟いた。




「こ……こりゃまた……強烈なヤツが、出て来やがったな……」




広間の空気が、静かに、しかし確実に──戦闘の色へと変わっていった。




 ◇◆◇




鞭が鳴った、その余韻が空気を震わせる。

次の瞬間だった。


ブリジットと鬼塚を取り囲んでいた挑戦者達──ざっと二十名ほどが、一斉に柱の上を見上げた。




「うおおおおぉぉーーッ!!」


「ビビアーナ様ァーッ!!」




歓声が、だだっ広い大広間を揺らす。熱狂、陶酔、信仰にも似た感情が、声となって爆発していた。


柱の上に立つ少女──ビビアーナは、片手で鞭を持ち上げると、楽しげに一振りする。


パァァァン!!


鋭く乾いた音。

それだけで、嘘のように歓声が止んだ。

誰一人、声を発さない。ざわめきすら、ぴたりと消え失せる。


鬼塚は、その異様な光景を目線だけでぐるりと見回した。




(……他の連中が、ヤツの鞭の音ひとつで黙りやがった)


(間違いねぇな。アイツが、この複合チームの(アタマ)だ)




内心で冷静に判断する。

その間にも、ビビアーナは柱の縁に片足を掛け、余裕たっぷりに身を乗り出していた。


細めた瞳。

口元に浮かぶ、甘くも挑発的な笑み。




「──アンタが、噂のブリジット・ノエリアで、間違い無いねぇ?」




声は、驚くほど可愛らしかった。


敵意を孕んだ視線と、その声音のギャップが、逆に不気味さを際立たせる。


ブリジットは、戸惑いながらも一歩前に出ると、ぺこりと丁寧に頭を下げた。




「はじめましてっ!ブリジット・ノエリアです!

──あなた……あたしの事、知ってるの?」




首を傾げる、その仕草はあまりにも素直で、あまりにも無防備だった。


次の瞬間。




「……知ってるに決まって○!※□◇#△!!!」




ビビアーナの声が、突如として爆発した。

可愛らしさは跡形もなく、激情だけが剥き出しになる。


言葉の後半はもはや音の塊で、何を言っているのか全く聞き取れない。ただ、怒りと怨念と情念が、声量だけで叩きつけられてくる。




「っ!?」




ブリジットは思わず肩を跳ねさせ、鬼塚も反射的に身構えた。


鬼塚は、口を手で隠しながら、ヒソヒソ声で囁く。




「な、なんかアイツ……めっちゃキレてねぇっスか?

ブリジットさん、知り合いっスか?」




ブリジットは困惑したまま、小声で返す。




「え、えぇー……!?

た、たぶん……初対面だと思うんだけど……」




そのやり取りを見下ろしながら、ビビアーナはフンッと鼻を鳴らし、鞭をシュルルルルと腕に巻き付けた。




「──アタシが誰なのか、気になる様だねぇ……」




一拍置いて、胸を張る。




「アタシは、ビビアーナ・ロカ。辺境伯ロカ家の一人娘──」


「“魔獣姫(ドマドルビア)”のビビアーナさッ!!」




名乗りと同時に、周囲の挑戦者達が誇らしげに息を呑む。


ブリジットは、睨みつけてくるビビアーナを真正面から見返し、穏やかな声で問いかけた。




「ビビアーナさん、あたし、やっぱり貴女とは初対面だと思うんだけど……あたし達に、何か用事なのかな?」




その隣で、鬼塚はポケットから両手を抜き、周囲を囲む挑戦者達へ警戒の視線を向ける。いつでも動けるよう、足の位置をわずかに調整する。


ビビアーナは、ブリジットの言葉を聞いた瞬間、顔を歪めた。




「何を白々しい事、言ってるのかねぇ!?」




そして──指を突きつける。




「──ブリジット・ノエリア……!」


「今やアンタは、この大学中の女子生徒を敵に回したと言っても、過言じゃないんだねぇッ!!」



「え、えぇっ!? なんでっ!?」




ブリジットの驚きは、心底理解できていないものだった。


だが、ビビアーナはその反応を見て、さらにヒートアップする。




(とぼ)けるんじゃないねぇ!!この○×※□◇#△!!!」




そして、絶叫。




「アンタが!!ラグナ殿下のプロポーズを受けて!!」


「あまつさえ、それを断ったとこを、アタシ達は見てんだよねぇぇぇええ!!」




広間に、怨嗟の叫びが反響する。

ブリジットは、一瞬ぽかんとし、それから半目になった。




「──ああ……そういう感じのやつなのね……」




悟りの境地。


その呟きとは正反対に、柱の上のビビアーナは、全身をわなわなと震わせていた。


肩に掛けた極大のファーが、感情に引きずられるように小刻みに揺れる。

握り締めた鞭は、力が入りすぎて革鳴りを上げそうだった。激情が、言葉になる前に身体から溢れ出している。




「アタシはねぇ……」




低く、噛み殺すような声。

だが次の瞬間、その声は一気に跳ね上がる。




「何年も前から、ラグナ殿下ガチ勢として追っかけやってんだねぇ……!」


「講義の合間も、夜中も、殿下の戦績、演説、視察記録、全部追ってねぇ……!」


「殿下のお近づきになりたくて、勉強苦手なのに、一生懸命(いっしょうけんめい)猛勉強して……!」


「ルセ大に受かるまで、寝る時間削って、歯ァ食いしばってねぇ……!」




言葉を吐くたび、ビビアーナは自分の胸を指で叩く。誇りと執念と自己陶酔が入り混じった仕草だった。




「ファンクラブだって1桁台だねぇ〜……ッ!!」


「古参も古参、ガチ古参!!新規に古参マウント取れるレベルだよねぇえ!!」




熱弁は止まらない。止まる気配すらない。




「そんなアタシを!!」


「そんな!!アタシを!!」




二度、叫び。




「差し置いて!!アンタみたいな、どっから湧いたかも分かんないポッと出の女に!!」


「推しが!!公!開!プ!ロ!ポー!ズ!して!!」




喉が裂けそうなほどの声量。




「しかもだねぇ!?しかもそれを!!」


「フラれた姿まで!!見せられた、アタシの気持ちがァァァァァ!!」




最後は完全に絶叫だった。




「アンタに分かるの○!※□◇#△!!!」




後半は、もはや言語ではない。怨嗟と嫉妬と執着が混ざり合った、ただの感情音だった。


その嵐を真正面から浴びたブリジットは、ぽかんと口を開け、しばらく瞬きを繰り返してから、小さく、弱々しく呟いた。




「え……えぇー……」




理解が追いついていないというより、理解したくないという顔だった。


隣の鬼塚は、完全に一歩引いた位置で状況を見ていた。眉は引きつり、口角は引き攣ったまま動かない。




(な、なんだそりゃ……)


(話聞けば聞くほど、同情できねぇ……完全に逆恨みじゃねぇか……)




内心で最大級に引きながら、最後に結論を出す。




(ヤベェな、この女……)




ビビアーナは荒い呼吸を繰り返し、肩で息をしながらも、ギラついた目でブリジットを睨みつけた。そして、指を突き出す。




「ハァ……ハァ……そんなわけで、だねぇ」




ようやく少しだけ落ち着いた──ように見えたが、それは嵐の前の静けさに過ぎない。




「アタシは、第六王子派を集めて──ブリジット・ノエリア……」




名前を呼ぶ声音が、妙に低く、粘つく。




「アンタに復讐してやろうって、決めたって訳なのよねぇ!!」




宣言。


それに呼応するように、周囲の挑戦者達がヘヘヘ……と下卑た笑い声を漏らす。獲物を追い詰めたつもりでいる捕食者の笑いだった。


だが。


その光景を前にして、ビビアーナはふと口を閉じた。

指を突きつけたまま、ブリジットの顔を、まじまじと見つめる。




「……そもそもの話……」




声音が、わずかに変わる。




「何で、ラグナ王子は……アンタみたいな女に、あそこまで入れ込んでるのかねぇ……?」




視線が、ブリジットの顔立ちをなぞる。髪の色、瞳の形、表情の柔らかさ。




「いくら公爵令嬢とは言え……こんな……大して可愛くも無い、普通の女……」




言葉が、途中で詰まる。




「……大して…………可愛くも……」




ビビアーナの語尾が、急速に萎んでいく。

そして、沈黙。

その場にいる誰もが、次の言葉を待った。


そして。




「いや、めちゃくちゃ可愛いじゃないかねぇーーー!?!?」


「は!?何この顔!?反則じゃないかねぇ!?」


「1000年に1人の美少女かねぇ!?!?」


「ビジュ(つよ)!!!ビジュ()っよ!!!」




感情の急旋回。


柱の上で、ビビアーナは両手で自分の頭を抱え、「ガビーン!!」という擬音が聞こえてきそうなほど分かりやすくショックを受けた。


ブリジットは目をぱちぱちと瞬かせ、急な称賛に戸惑いながら、少し頬を染めて俯く。




「えっ!?あ、ありがとうございマス……」




控えめで、素直なその反応。

それを見た瞬間、ビビアーナの目がカッと見開かれる。




「ハーーーー!?!?リアクションも、かわヨ!?!?」


「なにそれ!?計算!?天然!?アンタ何なのかねぇーー!?!?」




そして、叫ぶ。




「ラグナ王子だけでなく!!アタシまでときめかせようって寸法なのかぁーーい!?!?」




もはや論点は完全に迷子だった。

鬼塚は、額を伝う冷や汗をそのままに、心の底から思った。




(──ダメだコイツ、情緒不安定すぎるだろ。)




張り詰めていたはずの殺気は、いつの間にか、奇妙で不安定な空気へと歪んでいく。


だが、その歪みは──笑って済ませられる類のものではない。


それは、感情が爆発する直前の、危険な揺らぎ。


この先に待つのが本当の戦闘なのか、それとも別種の地獄なのか──誰にも、まだ分からなかった。




 ◇◆◇




周囲を取り囲んでいた挑戦者達が、ざわりと一斉に動いた。




「び、ビビアーナ様!!」


「ちょ、ちょっと一旦落ち着いてください!!」




誰かが慌てて声を張り上げる。




「目の前にいるのは、ラグナ王子を籠絡しようとしてる──憎きブリジット・ノエリアでしょう!?」




その言葉が火種だった。

柱の上のビビアーナは、ぴたりと動きを止め、次の瞬間、はっとしたように目を見開いた。




「あっ……」




そして、ぐいっと自分の額を叩く。




「……そうだったねぇ〜!!このアタシまで籠絡しようとするなんて……!」




悔しそうに、唇を噛みしめる。




「とんだ魔性の女だねぇッッ!!」




完全に方向を見失った断罪だった。

その様子を見上げながら、ブリジットは困ったように眉を下げ、苦笑混じりに呟く。




「え、ええと……あたしは別に、何もしてないんだけど……」




言い訳というより、純粋な疑問だった。

鬼塚はすっと距離を詰め、ブリジットの耳元に顔を寄せる。




「ブリジットさん、コイツ、絶対ヤバいっスよ。」


「……あんま相手しない方がいいっスよ。マジで」




極めて真面目な忠告だった。


──その瞬間。




「クルァ!!」




空気が裂ける。

ビビアーナの鋭い視線が、一直線に鬼塚を射抜いた。




「そこのツッパリハイスクールロケンロー!!」


「ビビちゃんの地獄耳にはねぇ……」




パァンッ!!


両手で鞭を引き絞り、叩きつける。

乾いた破裂音が、広間に響き渡る。




「お前の陰口も!!バッチリ聞こえてるねぇ!!」


「八つ裂きにしてやろうかねぇ!?!?」




殺気というより、癇癪に近い圧だった。

鬼塚は眉をひそめ、露骨に嫌そうな顔をする。




「……やっぱマジヤベェ奴じゃねぇか……」




呟きながらも、視線は一切逸らさない。

ビビアーナは口角を歪め、楽しげに笑った。




「そんな訳で、だねぇ?アンタらブリジット・チームには……」




鞭を高く振り上げ、


パシィンッ!!




「ここで消えてもらわないと!!ビビちゃんの怒りも、収まらないってもんなのよねぇ!!」




次の瞬間。

ビビアーナの周囲の空間が、ぼうっと赤く歪んだ。


円形に揺らめく火の輪──まるでサーカスの火の輪くぐりのようなゲートが、次々と空中に出現する。


そこから──


狼型の魔獣が、低く唸り声を上げて飛び出す。

虎型の巨躯が、床を砕きながら着地する。

昆虫型の異形が、翅を震わせ、脚を鳴らす。

数は、ひとつやふたつではない。




「アタシのスキル……"魔獣姫(ドマドルビア)"は……!」




ビビアーナは、陶酔したように両腕を広げる。




「使役した魔物を……いつでも!!どこでも!!どれだけの量でも!!」




鞭を振り抜き、叫ぶ。




「自由自在に召喚出来る能力なんだねぇ……!!」




魔獣の群れが、低く咆哮した。




「たった二人で!!この連合チームと!!ビビちゃんの魔物軍団に!!」




嘲笑を含んだ声。




「勝てるとでもお思いなのかぁーい!?」




その問いに、ブリジットと鬼塚は、ほんの一瞬だけ視線を交わした。


言葉を交わすまでもない、短い確認。

互いに同じ答えを持っていると、確かめ合うためだけの一拍。




「……二人?」




ブリジットが、小さく首を傾げる。




「……三人っスよね」




鬼塚が、間髪入れずに続けた。

どちらも視線は前に向けたまま。

目の前にいる敵から、わざわざ目を逸らす価値すらないという態度だった。


鬼塚は肩をすくめ、淡々と呟く。




「……数も数えられないんスかね、アイツ」




その一言に──

空気が、ぴしりと軋んだ。


柱の上に立つビビアーナの眉が、ぴくりと跳ね上がる。




「ハーーー!?」




声が裏返り、感情が一気に噴き出す。




「アンタ達こそ、何言ってるのかねぇ!?」




苛立ちを隠すことなく、腕を振り上げ、指先を突きつける。




「アンタ達の仲間!!ジュラシエル・バーキンは!!」




その指が、勢いよく壁際を示した。




「さっき、ビビちゃんの魔物達が!!ぎっちぎちに!!押し潰して……!?」




言葉の途中で、声が止まる。


──違和感。

ビビアーナ自身が、最初にそれを感じ取った。

壁際に積み重なるように押し寄せていた魔物の群れ。

さながら巨大な肉と殻と魔力の塊。


その“塊”の内部で──

何かが、動いた。


ズリッ。


嫌な音が、空間に染み込む。


次の瞬間。


ギギギギ──ッ!!


金属を引き裂くような、骨を削るような音が連続して響いた。


魔物の塊の表面に、一本、また一本と──

爪痕のような裂線が刻まれていく。


それは偶然ではなかった。

交差し、重なり、意図を持って走る破壊の軌跡。


ビビアーナの口が、ゆっくりと開く。




「──は?」




理解が、追いつかない。

その直後。


ドパァァァンッ!!


爆ぜるような轟音が、広間を震わせた。

圧縮されていた魔物の塊が、内側から破壊され、四方へと弾け飛ぶ。

肉片が舞い、殻が砕け、血と魔力の残滓が、雨のように降り注ぐ。


一瞬で──全滅。

それ以上でも、それ以下でもない、完全な壊滅だった。

広間に、重たい沈黙が落ちる。




「──な……ッ!?!?」




周囲の挑戦者達が、言葉を失い、息を呑む。

誰もが、今見た光景を現実として受け入れられずにいた。


その中で、鬼塚だけが、静かに笑った。

口角を上げ、楽しげですらある声音で、言い放つ。




「──ジュラ姉が……“凶竜”のジュラシエルが……

あの程度で、くたばるわけねぇだろ」




当然の事実を述べるように。

まるで、結果が最初から分かっていたかのように。


やがて──


ぼとり。ぼとり。


魔物の死骸が、床に落ちる音が、ぽつりぽつりと響く。


その向こう側から──

足音が、規則正しく近づいてくる。


ヒールの音でもない。

だが、確かに“優雅”と形容できる足取り。


現れたのは、血の雨を避けるように一本のパラソルを差した長身の女性だった。


返り血は、ない。

服の乱れも、息の乱れもない。


まるで、散歩の途中で立ち寄っただけのような佇まい。


ジュラシエル──

人の姿を取った、“凶竜”。




「ギャタシね……」




軽やかな声が、沈黙を裂く。




「バトルの時のネイルとリップの色は……」




ひらりと左手を掲げる。

赤く艶やかなネイルが、照明を反射する。




(ルージュ)って、決めてるのよねッ」




くるりと手首を返し、指先を顔へ近づける。




「だって……」




ぺろり。

ネイルに付着した僅かな血を、舌で舐め取る。




「その方が、返り血を浴びても……カラーコーディネートが、崩れなくて済むもの」




あまりにも自然な所作だった。

静まり返った広間。


その沈黙を、真っ先に破ったのは──

ビビアーナだった。


全身を、ぶるりと震わせる。




「ハーーーーーー!!」




叫び声が、甲高く響く。




「この人も、ヤバくないかねぇ!?!?」




両手をぶんぶんと振り回し、テンションが一気に跳ね上がる。




「よく見たら、すげー美女だねぇ!?!?」


「脚なっが!!羨ま!!」




完全に方向性を見失った感情の奔流。

ジュラ姉は、きょとんと瞬きをし、次いで胸を張った。




「マッ!?正直な子ねッ!?」




満更でもない様子で、にっこりと笑う。

その光景を前に、鬼塚は、深く長いため息を吐いた。




「驚くとこそこかよッ!?……マジで、何なんだよ、コイツ……」




ブリジットは、乾いた笑いを零すしかなかった。




「あ、あはは……」




戦場であるはずの広間に漂うのは、もはや緊張ではない。

理解不能な人物達が生み出す、奇妙な混沌。


──だが。


その混沌の底で、確実に、戦いの火種は燃え続けていた。

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