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【45万PV感謝!】真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます  作者: 難波一
第六章 学園編 ──白銀の婚約者──

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第260話 side.ブリジット・チーム① ──追跡、逃走、そして……──

────────────────────


──(さかのぼ)る事、数ヶ月前。



渓谷の底──空が細く切り取られた、巨大都市の"底面"。


魔都スレヴェルド。


何十階建てという黒いビル群が両側から迫り、谷間のように陰を落とす広場は、昼であっても薄暗い。

ひび割れたアスファルトの上には、崩れた看板の破片、砕けたガラス、焼け焦げた金属片が散らばり、魔力の残滓が紫の火花となって時折パチパチと弾けていた。


その中心に──"それ"はいた。


二十メートルを超える巨大なティラノサウルス。


鱗の一枚一枚がまるで装甲のように分厚く、首筋から背中にかけては黒曜石を削ったような艶がある。

呼吸するたびに胸郭が持ち上がり、吐息は白い霧となって広場の埃を押し流した。

顎の隙間から覗く歯列は、刃物を並べたように鋭い。


その化け物の足元で、四人の高校生が必死に踏ん張っていた。


久賀レンジは膝をついた姿勢から、肩を怒らせて対物ライフルを構える。

頬に汗が伝い、指先は震えている。

けれど瞳だけは、焦点を外さないまま獣の頭部を捉え続けていた。




「クソッ……! いっけぇぇぇっ!!」




引き金が引かれた瞬間、空気が裂けた。


バチィン──ッ!


爆ぜるような衝撃音。

弾丸が生む衝撃波がビルの壁面に反響し、ガラスの破片が雨のように降る。

弾はティラノサウルスのこめかみに吸い込まれるように突き刺さり、火花が散った。


……だが。


巨体は、ほんの僅かに首を揺らしただけだった。

まるで、飛んできたのが小石だったかのように。


その黄金の目が、ゆっくりと久賀たちへ向けられる。


ギロリ、と。


視線だけで"重み"がある。

心臓を鷲掴みにされるような圧迫感が、四人の背骨を伝って身体の奥に沈んだ。


そして──野太い、けれど妙に艶のある声が広場に響いた。




「アラッ! ヤダわぁ〜」




巨体に不釣り合いな、乙女口調。


ティラノサウルスは短い前脚を、わざとらしく前に出し──指先のように曲げた爪を"チッチッチ"と左右に振る。




「ダメよ、キャワイイ男子達〜。レディの顔に、そんな石礫ぶつけちゃッ!」




言い方だけは軽い。だが、目が笑っていない。

久賀レンジの喉が鳴った。唇が乾いて、言葉が掠れる。




「……う、ウソだろ……?」




顔が青ざめていく。

撃った本人が一番分かっている。

今の一撃は、対物ライフルによる狙撃。

人間相手なら身体の一部が"無くなる"威力だ。


なのに。




「……全然、効いてねぇ……!」




隣で、西條ケイスケが慌ててライフルに次弾を装填する。

手が震えて、薬莢(やっきょう)がカチカチと金属音を立てた。

普段なら冗談を言う余裕のある男が、今は唾を飲むことすら忘れている。




「な、何なんだよ……!? このティラノサウルス……!」




彼は息を吸い、吐くたびに声が上ずる。




「他のモンスター達と、強さが段違いじゃないか……!?」




"段違い"どころじゃない。規格が違う。

ゲームのボスでも、ここまでの“理不尽”はそうそうない──その言葉を飲み込んで、ケイスケはライフルに魔力を注いだ。

銃身に淡い光が走り、刻印のような魔法紋が浮かび上がる。


だが、それを見てティラノサウルスが怯む気配はない。


むしろ、面白がっている。


石田ユウマは半歩下がり、眼鏡を押さえた。震える手でスキルを発動する。




「……"天啓眼(アナライズビジョン)"……!」




瞳の奥に淡い光が灯り、視線がティラノサウルスの全身を走査する。

魔力の流れ、筋肉の密度、鱗の硬度、骨格の強度、生命力の飽和量──理解できる範囲で"数値化"されていくはずだった。


しかし。


ユウマの顔から血の気が引く。




「だ……ダメだ……!」




喉が引きつって、声が震える。




「特に弱点らしい弱点も無ぇ……!」




彼は必死に情報を拾おうとする。

どこか一箇所、関節。目。鱗の継ぎ目。内臓。脳──


それらすべてが“同じ強度”で守られている。




「ただ単純に……肉体の強度が高すぎるんだ、このティラノサウルス……!!」




言い終えた瞬間、ティラノサウルスが妙に素早い動きで、短い前脚を胸元に寄せた。


ササッ、と。


まるで乙女がドレスの胸元を隠す仕草。




「キャーーーッ!! ヤダッ!!」




野太い声が、なぜか悲鳴として成立してしまうのが余計に恐ろしい。




「乙女の身体をスキルで覗き見るなんてッ!! デリカシーが無くてよッ!!」




ピシャリと叱るように言われ、ユウマは反射で頭を下げてしまった。




「えっ!? ご、ごめんなさい!!」




その瞬間、四人の間に“妙な静寂”が落ちた。


──謝ってる場合か。


全員が心の中で同じツッコミを入れたのが分かる。だが、それすらも“この化け物”のペースに飲まれている証拠だった。


藤野マコトは、汗で前髪を額に張りつかせながら、丸い身体を必死に揺らして詠唱──いや、彼の場合は"捕獲"の準備をする。

手のひらには野球ボールほどの魔力球がいくつも浮かび、ぐるぐると回転していた。




「せ、拙者の『サモンボール』も通じませんぞ!?」




彼は声を張り上げるが、喉が震えている。恐怖を誤魔化すように、語尾だけがいつもより丁寧だ。




「や、やはり……もう少しダメージを与えてからでないと、捕獲はムリですぞ!」




"捕獲"。それは、彼らがこの戦いを始めた理由でもある。


スレヴェルドを落とす。フォルティア荒野へ繋がる“道”を確保する。

そのためには、この広場を塞ぐ“守護者”を退ける必要がある──そう、教え込まれていた。


思い込まされていた。


その言葉が、久賀レンジの胸を刺した。


洗脳下にあるからこそ、恐怖の中でもなお"使命"が、まるで呪いの様に、消えない。

命が縮むのに、足が勝手に前へ出ようとする。


久賀は歯を食いしばり、銃床を肩に押し当てた。

肩が悲鳴を上げているのに、構えるのをやめない。




「クソッ……!」




声が掠れ、涙腺が熱くなる。

逃げたい。帰りたい。叫びたい。


それでも。




「あ、諦めてたまるかよッ!!」




久賀は銃口を上げる。

狙いはもう分からない。

どこを撃っても意味がないのなら──せめて、撃ち続けるしかない。




「このスレヴェルドを落として……フォルティア荒野へ繋がる"道"を確保するんだ……!」




言葉を口にすることで、自分を縛る。自分を奮い立たせる。


そして、最後の一言は、願いに近かった。




「そして……っ!!」




胸が痛い。喉が詰まる。目の奥が熱い。




「帰るんだ!! 必ず……!! 元の世界に……ッ!!」




彼の"帰る"は、希望の叫びであり、同時にこの場にいる全員の祈りだった。


だからこそ──


その祈りを、踏みにじるように。

ティラノサウルスは、じっと静かに彼らを見ていた。


笑っているようにも、哀れんでいるようにも見える。

だが、黄金の瞳の奥には確かな意志が宿っていた。

人間の言葉を理解し、なお自分の役割を手放さない意志。




「アナタ達にも、引けない事情があるのは分かったわッ……」




声が少しだけ低くなる。冗談の温度が一段下がる。




「でもねッ……!」




足が、一歩前へ出た。


ズシーン。


アスファルトが沈むようにひび割れ、埃が舞い上がる。ビルの壁面が震え、どこかの非常階段がギギギ、と軋んだ。




「ギャタシも、“強欲四天王”カワイイ担当としての責務があるの……!」




もう一歩。


ズシーン。


距離が縮まるたびに、四人の視界が“化け物”で埋まっていく。巨大な影が、空を覆う。




「お嬢のこの街を守るという、責務がねッ!!」




ティラノサウルス──ジュラ姉は、胸を張るように首を持ち上げた。


その姿は、滑稽なほど乙女ぶっているのに。

圧倒的に、強い。


そして何より──"守る"と言い切った。


オタク四天王は、息を呑む。恐怖で膝が笑い、指先が冷える。


けれど同時に、彼らは悟る。


この戦いは、ただの“討伐”じゃない。


この巨体の奥にあるのは、単なる本能ではない。役割と責務──つまり、意志だ。


意志を持った怪物ほど、厄介なものはない。


久賀レンジは、銃口を僅かに下げそうになる腕を、必死に戻した。涙が一粒、頬を伝って落ちる。




「……来るぞ……」




誰かが呟いた。

四人は、逃げない。

逃げられない。


ビルの谷間の広場で、轟音だけが世界を満たしていく。


ズシーン、ズシーン──


ジュラ姉が、彼らを"踏み潰せる距離"まで近づいてくる。




 ◇◆◇




「ひ、ひえぇっ……!」




誰かの情けない悲鳴が、ビルの谷間にこだました。


久賀レンジが腰を抜かし、その場に尻餅をつく。

西條ケイスケも、石田ユウマも、藤野マコトも、もはや足が言うことをきいていなかった。

巨大な影が迫り、黄金の瞳が見下ろす。その距離が、彼らの理性を容赦なく削り取っていく。


もう、限界だった。


次の一歩で踏み潰される──誰もがそう確信した、その瞬間。



────ドンッ!!



空が、落ちてきた。


いや、違う。落ちてきたのは“人影”だった。


紫色の魔力が、彗星の尾のように引き伸ばされ、ジュラ姉の巨大な頭上から一直線に叩きつけられる。

魔力で形成されたバットが、燐光を放ちながら振りかぶられている。




「オラァァァッ!!」




怒号。


野生の獣が咆哮するような、喉の奥から叩きつけられる叫び声と共に、その人影は急降下した。


ジュラ姉の黄金の瞳が、カッと見開かれる。




「──マッ!?」




驚きの声が、確かにあった。




「新顔の男子かしらッ!?」




巨体に似合わぬ反射神経だった。


ジュラ姉は、ほぼ反射だけで首を引っ込める。

二十メートル級の頭部が、信じられない速度で後方へ退いた、その直後──


ドゴォォォンッッ!!


紫色のバットが、アスファルトを叩き割った。


衝撃波がリング状に広がり、地面が陥没する。

コンクリートが砕け、半径数メートルに渡ってクレーターが生まれた。

衝撃でビルの窓が一斉に割れ、ガラス片が雨のように降り注ぐ。


粉塵の中に、人影が着地する。


鬼塚玲司だった。


紫色の魔力を纏い、肩で息をしながら、ゆっくりと顔を上げる。

鋭い目つき。荒々しい口元。

全身から、剥き出しの闘志が立ち上っていた。




「……チッ。外したか」




低く、吐き捨てるように呟く。

藤野マコトが、目を見開いたまま声を漏らす。




「お、鬼塚氏……!?」




その声に反応するように、鬼塚は背後を一瞥した。


尻餅をつき、呆然と自分を見上げているオタク四天王。その視線を真正面から射抜き、鬼塚は牙を剥くように言い放つ。




「弱ぇヤツらは、俺の後ろに下がってやがれ!」




怒鳴り声が、粉塵を切り裂く。




「ザコどもがッ!!」




言葉だけを聞けば、容赦ない罵倒だった。

だが、その立ち位置は明確だった。

彼は、四人と巨大なティラノサウルスの“間”に立っている。


オタク四天王は、一拍遅れてそれに気づき、「ヒッ!?」と小さく悲鳴を上げると、蜘蛛の子を散らすようにササササーッと後方へ下がった。

誰一人として、鬼塚の背中から視線を外せない。


ジュラ姉は、その様子を見下ろしながら、黄金の瞳を細めた。




(……なるほどねッ)




短い前脚が、わずかに揺れる。




(口調は荒いけど……ちゃんと、あの男子達を庇ってるじゃない)




その事実が、彼女の中で"評価"として刻まれた。




「アラッ!!」




声が弾む。




「ワイルド系男子じゃない!!」




巨体が、くるりと鬼塚の方を向く。




「アナタが、今宵のギャタシのダンスのお相手ってワケかしら……!?」




野太い声で、乙女口調。

だが、視線は完全に“戦士のそれ”だった。


鬼塚は、鼻で笑う。

その目は冷たく、感情の奥に鋭い刃を隠している。




「何がダンスのお相手だ……」




低く、噛み殺すような声。




「人間サマの言葉でゴチャゴチャとウルセェんだよ、化け物がよ……!!」




紫の魔力が、じわりと濃くなる。




「俺は……俺たちは……帰らなきゃならねぇんだ……!」




言葉に、重みが宿る。




「そのためなら……どんな化け物とでも、戦ってやるよ……!」




覚悟が、言葉の端々から滲み出ていた。


鬼塚は、静かに魔力を集中させる。空気が変わる。

紫色の粒子が、彼の周囲に集まり始め、重力を持ったかのように渦を巻く。


ジュラ姉の背筋に、微かな緊張が走った。




(このワイルド系男子……)




黄金の瞳が、僅かに細まる。




(とんでもない覚悟の決まり様ねッ……!)




巨体でありながら、呼吸が深くなる。




(これは……いくらギャタシといえど、油断ならないかもしれないわ……ッ!)




鬼塚は、腰の辺りに視線を落とした。

次の瞬間、空間が歪み、腰に金属音と共に"それ"が現れる。


歯車が幾重にも噛み合った、異形のバックル。


鬼塚は、親指でその歯車を掴み──




「“神器解放”……!」




ギュイーンッ!!


回転音が、耳を刺す。




「“獏羅天盤(ばくらてんばん)”……ッ!!」



「──変……身……ッ!」




鬼塚が短く呟く、次の瞬間。


紫色の魔力が爆発的に噴き上がり、鬼塚の身体を包み込む。光が渦を巻き、装甲の輪郭を描き出していく。


そこに立っていたのは、もはや"生身の高校生"ではなかった。


紫色の装甲に全身を包み、角を思わせる意匠を持つ兜。

筋肉のラインに沿って形成された装甲は、力強く、獣のような威圧感を放っている。


──魔装戦士(ストラディアボラス)・パーフェクトフォーム。


ジュラ姉は、思わず感嘆の声を漏らした。




「へぇ……」




黄金の瞳が、輝く。




「アナタ、“神器使い”系男子だったのね……!」




彼女は、ティラノサウルスの巨体を屈めて、姿勢を低くする。

脚の筋肉が隆起し、ビキビキと音を立てて力が溜まっていく。

地面が、じわりと沈む。




「フフフ……」




口角が上がる。




「少しだけ、楽しみになってきたわッ……!」




呼吸が、戦闘用に切り替わる。




「アナタに、ギャタシの本気が受け切れるかしらッ!?」




鬼塚は、装甲の内側で汗をかいていた。




(──ヤベぇ……)




視界いっぱいに広がる、圧倒的な存在感。




(このティラノサウルス……とんでもねぇ化け物だ……!!)




今まで戦ってきた敵とは、明らかに違う。

空気が重い。近づくだけで、骨が軋む。




(だがよ……)




鬼塚は、歯を食いしばる。




(俺は、もう負ける訳にはいかねぇんだよ……ッ!!)




紫色の魔力が、脚部に集中する。




「うおおおぉぉぉぉッッ!!」




鬼塚が地面を蹴る。


同時に──




「オラアアァァァッ!!」




ジュラ姉が、巨体を前へ投げ出す。


飛び蹴りと突進。


人と怪物。


ヤンキーと恐竜。


二つの"意志"が、正面から激突しようとする、その刹那──


世界が、白く弾けた。




────────────────────



「うおおおぉぉぉぉッ!?」




獣の咆哮のような叫び声が、ダンジョンの石壁を震わせた。


魔力で構成された族車風のバイク──"特攻疾風(モヴ・ゼファー)"が、迷宮の通路を爆走している。

紫色の魔力のラインが車体を縁取り、轟音と共に地面を蹴り、跳ね、滑るように疾走していく。


ハンドルを握る鬼塚玲司の表情は必死そのものだった。

歯を食いしばり、前方を睨みつけながら、アクセルを限界まで捻り切っている。




「いや!!いくら何でも多過ぎだろこれ!?」


「──ッ何なんだよ、この魔物の大群はッッ!?」




必死にハンドルを握る、その背後──。

そこには、悪夢のような光景が広がっていた。


大型の蜘蛛が壁を這い、巨大な蠍がハサミを振り上げ、ムカデのような節足の魔物が床を埋め尽くす。

さらにその上空を、翼を広げた蝙蝠型の魔物が黒い雲のように覆い尽くし、地面では狼型の魔獣や、粘液を撒き散らすスライムがなだれ込む。


多種多様。

数は、常軌を逸していた。


通路の幅いっぱい──いや、天井から床までを完全に塞ぎ、まるで"生きた壁"が迫ってくるかのようだ。その勢いは、まさにスタンピード。


鬼塚は内心で舌打ちする。




(──本気出せば、ぶっ潰せねぇ数じゃねぇ……)


(だが……ここで魔力を浪費するのは、悪手ってヤツだろ……!)




背中に伝わる振動から、二人の存在を強く意識する。


鬼塚の背後には、前向きにしがみつくブリジット。

そのさらに後ろ──バイクの最後尾に、逆向きに跨り、信じられないほど安定した姿勢で座る長身の美女。


ジュラ姉だった。


風に煽られても髪一つ乱さず、むしろ優雅に後方を見据えている。


ブリジットは、背後の惨状を振り返り、息を呑んだ。




「……ああっ!?」


「他の皆が……他の挑戦者達が、魔物の群れに飲み込まれちゃってるよ!?」




遠くで、悲鳴が上がる。


逃げ遅れた挑戦者達が、波のように押し寄せる魔物に呑み込まれ、あっという間に姿を消していく。

その光景に、ブリジットの声が震えた。


しかし──


最後尾のジュラ姉が、ピシャリと声を張り上げる。




「ブリジットさんッ!!」


「他人の心配をしてる場合じゃなくってよッ!!」




その声は、騒音の中でも不思議とよく通った。


ジュラ姉は、すっと背筋を伸ばし、胸を張る。そして、大きく息を吸い込む。


スゥゥゥゥゥ──。


空気が、引き寄せられる。


鬼塚は一瞬だけ、バックミラー越しにその様子を確認した。




(……やるつもりかッ!ジュラ姉!)




「──“暴君の一喝(タイラント・ハウル)”ッッ!!」




轟ッッッ────!!


咆哮。


それは声というより、衝撃そのものだった。


ジュラ姉の口から放たれた音の奔流が、目に見える衝撃波となって通路を逆流する。

空気が歪み、床と壁がビリビリと振動する。


魔物の群れの最前列。


蜘蛛、狼、スライム──それらが一斉に……


パァン!!


と、破裂した。

肉片と魔力の残滓が飛び散り、一瞬、追撃が止まる。


だが──次の瞬間。


その奥から、さらに、さらに。

何事もなかったかのように、新たな魔物の群れが高速で押し寄せてくる。


まるで、尽きることのない洪水。


ジュラ姉は、その光景を見つめながら、

「ふーん……」と小さく呟いた。


顎に指を当て、思案するように首を傾げる。

その表情には、焦りも恐怖もない。

ただ、純粋な"観察者"の目。


鬼塚は、前を見据えたまま、怒鳴る。




「おい、ジュラ姉!!」


「アンタなら、真っ向からあの魔物の群れも、全部ブッ潰せるんじゃねぇのか!?」




返事は、即座だった。




「アラッ!!イヤよ、そんなのッ!」




あっさり。




「服が汚れちゃうじゃない!」




鬼塚の眉が、ピクリと跳ねる。




「……そんな理由かよッ!?」




思わず叫びながらも、アクセルを緩めることはしない。"特攻疾風(モヴ・ゼファー)"は壁際をギリギリで抜け、瓦礫を跳ね飛ばしながら、なおも疾走する。


その時──


ブリジットが、前方を見て、はっと息を呑んだ。




「!! 鬼塚くんっ!」


「前を見てっ!広い部屋に出るみたいっ……!」




指差す先。

通路が、急激に開けている。

天井が高くなり、空間が一気に広がるのが分かる。


鬼塚は、歯を食いしばり、叫んだ。




「っしゃ!!」


「捕まってろよ、二人ともッ!!」




エンジンが唸りを上げる。


魔力が一段階、強く燃え上がり、"特攻疾風(モヴ・ゼファー)"が加速する。

床を蹴る音が、甲高く跳ねる。


三人を乗せたバイクは、そのまま──


ダンジョン内の、広大な広間へと、飛び込んだ。




 ◇◆◇




バイクは広間の中央で、甲高い音を立てて横滑りした。


──ザザーーーッ!!


鬼塚は体重をかけてハンドルを切り、ギリギリのところで制動をかける。

紫色の魔力の軌跡が床に弧を描き、最後にふっと霧散した。




「……っし。」




鬼塚が低く息を吐く。


次の瞬間、車体を縁取っていた魔力が霧のようにほどけ、"特攻疾風(モヴ・ゼファー)"はその場で静かに消滅した。


残ったのは、重く、異様な静寂だけ。


そこは、あまりにも無機質な空間だった。


壁も床も天井も、すべてがコンクリートの打ちっぱなしのような灰色。

装飾は一切なく、ただただ広い。

天井はやたらと高く、視線を上げても、遥か上で闇に溶け込んでいる。


そして、等間隔に立ち並ぶ四角柱状の柱。


太さも高さも均一で、どこまでも規則正しい。

それが、だだっ広い空間の奥まで、無言で並んでいる。


鬼塚はゆっくりと立ち上がり、首を巡らせた。




「……何だァ? この部屋は……」


「まるで映画で見る、デスゲームの会場みてぇな部屋だな、こりゃ」




声が、広間に吸い込まれるように反響する。

その響きが、やけに冷たかった。


ブリジットも周囲を見回す。

さっきまでの逃走の緊張が抜けた分、余計に違和感が際立っていた。




「──ねぇ、二人とも」




彼女は、背後の通路をちらりと振り返る。

そこには、もはや何もいない。




「さっきまで、あたし達を追って来てた魔物の群れ……」


「この部屋に入った途端、追ってこなくなったよね?」




鬼塚も気づいていた。

あれほど執拗に、雪崩のように迫ってきた魔物達の気配が、ここでは完全に途切れている。


ブリジットは、不安そうに続けた。




「──まるで、あたし達をこの部屋まで、誘導してたみたい」




その言葉に、空気が一段、重くなる。

すると、ジュラ姉が、ゆったりと一歩前に出た。


巻き髪のポニーテールを、ファサッと肩越しにかき上げる。

その仕草は、まるでこの状況すら楽しんでいるかのように余裕に満ちていた。




「──それは、正解かもしれないわよッ!ブリジットさん」




鬼塚が眉をひそめる。




「……どういう事だよ、ジュラ姉」




ジュラ姉は、くるりと振り返り、人差し指を立てた。




「思い出してごらんなさいッ!」


「さっき、追ってくる魔物の群れを、ギャタシが“暴君の一喝(タイラント・ハウル)”で蹴散らしたとき……」




ビシッ、と指を突き出す。




「“魔物討伐のポイント”、入らなかったでしょッ?」




その一言に、ブリジットの目が見開かれる。




「……っ!」




確かに。あれほど派手に魔物を吹き飛ばしたのに、アナウンスは流れなかった。




「言われてみれば……ほんとだ!」


「どういう事?ジュラ姉!」




ジュラ姉は、満足そうに頷いた。




「考えられる可能性は二つ……」




一本目の指を立てる。




「まず一つは、ギャタシの“暴君の一喝(タイラント・ハウル)”が、思ったより非力で……魔物を仕留めきれていなかったという可能性」




鬼塚は思わず、鼻で笑った。




「いや、そんなことあるか? パァン!って弾け飛んでたじゃねぇか」




呆れたような声。

ジュラ姉は、肩をすくめながら、二本目の指を立てた。




「……でしょうねッ。だから、二つ目」




声のトーンが、少しだけ低くなる。




「──あの魔物の群れが、『ダンジョン産のもの』では無く……『誰か他の挑戦者によって、別に呼び出されたもの』であったという可能性……!」




その言葉が落ちた瞬間。

ブリジットと鬼塚は、同時に息を呑んだ。




「……それって……」




ブリジットが、喉を鳴らす。




「つまり……さっきの魔物の群れは……誰かが召喚したモンスターだった、ってコト?」




ジュラ姉は、静かに微笑んだ。




「ええ。十分に、あり得る話よッ」




鬼塚は、周囲の柱を睨みつけながら、低く呟く。




「──だとすると……アイツらに追われて、この部屋に逃げ込んだ俺らは……」




その続きを言う前に。


ゆらり。


柱の影が、動いた。

一本、また一本と、柱の隙間から、人影が浮かび上がってくる。


武器を構えた者。

詠唱の姿勢を取る者。

明らかに、こちらを待ち構えていた視線。


鬼塚は、その光景を見て、口の端をニッと吊り上げた。




「──まんまと、この部屋に……おびき寄せられた……って訳かよ」




ジュラ姉は、背筋を伸ばし、凛と立つ。

長身のシルエットが、無機質な空間の中央で、やけに映えた。




「──どうやら、正解だったみたいねッ」




ブリジットは、一度だけ大きく息を吐く。

胸の奥に溜まった不安を、ゆっくりと吐き出すように。




(アルドくん……)




心の中で、名前を呼ぶ。




(あたしも……あたしも、頑張るからねっ……!)




彼女は小さく拳を握り、前を見据えた。


灰色の広間。

無数の柱。

そして、姿を現した敵意。


静寂の底で、次の戦いの幕が、確かに上がろうとしていた。

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