第258話 アルド vs. ザイード…? ──優勝候補2位と3位──
ダンジョン内、ジャングルフロア。
先ほどまで鬱蒼と生い茂り、牙を剥いていたザイードの植物群が、まるで命の糸を断たれたかのように、ぱきぱきと乾いた音を立てて崩れ落ちていく。
太い幹は内部から腐り、蔦は力なく垂れ、巨大な葉は灰のように風に散った。
その光景を、ザキ、ロール、ディオニス、ギュスターヴの四人は、しばし無言で見つめていた。
『ネームプレート破壊、クリア。ザキ・チーム、10×2=20pt獲得』
無機質なアナウンスが、ジャングルに反響する。
「……あれっ!?」
最初に声を上げたのはザキだった。素っ頓狂な声で目を瞬かせ、ぽりぽりと後頭部を掻く。
ロールが不思議そうに振り向くと、ザキはどこか申し訳なさそうに笑う。
「やってもうたな〜。あの木のバケモン、バカ皇子チームの四人が中に入っとったからなぁ」
肩をすくめて言った。
「二人、討ち漏らしてもうたみたいやね」
まるで買い物で小銭を落としたかのような軽い口調だった。
その背中を見つめながら、ギュスターヴは内心で息を呑む。
(──これガ……裏の世界で名を馳せタ……
『天魔三剣』として、”至高剣”、”断鬼“と並び称される、”要塞斬り”のザキ……!)
あまりにも自然体で、あまりにも軽い。だが、あの一太刀がもたらした結果を思えば、背筋が冷たくなる。
(敵でなくて良かっタ……今は、そう思わせて貰うとしよウ……)
一方、ディオニスもまた、ザキの横顔を盗み見る。
(──なんつう太刀筋だよ……報告で聞いてた以上じゃねぇか……!)
軽薄そうな外見。染めた髪にたくさんのピアス。
だが、その奥に潜む剣の本質は、一切誤魔化されていない。
(──しっかし、予選から、こんな強敵に当たっちまったのは、ちと予定外だな。……しかも、ザキの大将。見た目変えてはいるが……)
視線を伏せ、眉を顰める。
(予選を見てる“上”の連中の中でも……気づく奴は、気づいちまっただろうな)
(”要塞斬り”の存在に、な……)
だが、次の瞬間、ディオニスは肩の力を抜いた。
(──ま、俺も“勇者”の力、見せちまったし?
“依頼主サマ”に怒られるのが、俺一人じゃなくなっただけマシか)
そう楽観的に結論づけると、マジックバッグから新しい酒瓶を取り出し、親指で軽く弾く。
その間に、ロールは新しい包帯を取り出していた。
白地にびっしりと描かれた呪印。
丁寧に、それを目元へと巻き直しながら、平静を装った声でザキに小さく告げる。
「……か、勝手な事をされては困ります」
わずかに声が震えた。
「曲がりなりにも、貴方は我々のリーダーです。ターゲットとの交戦を前に……自ら切り札を、衆目に晒すなど……」
視線を逸らし、最後はほとんど囁きだった。
ザキは少し困ったように笑い、頭を掻く。
「いやぁ〜、ごめんなロールちゃん。腹立ってもうてん。堪忍なぁ」
軽く肩をすくめる。
「こりゃ、“あの人”に大目玉喰らってまうなぁ」
冗談めかした口調。
それを聞いて、ロールは一瞬、言葉を失った。包帯の奥で頬が熱くなるのを感じながら、ザキにも聞こえないほどの小さな声で呟く。
「……でも……」
一瞬、呼吸を整え、
「……私の為に、怒ってくださって……ありがとうございました」
ザキは首を傾げる。
「ん? 何か言うた?」
「な、何も言ってません……!」
ロールは慌ててそっぽを向き、耳まで赤く染める。
ザキはそれ以上追及せず、また頭を掻いた。
「──ザイードも、仕留められたかどうか分からんしなぁ」
視線を崩れ落ちた植物の残骸へ向ける。
「色々やらかしてもうたわ」
それでも、口元には薄い笑みが浮かぶ。
「ま、俺はこれから深度ボーナス狙いで、深くまで潜るつもりやし……」
「またダンジョン内で見かけたら、斬ったったらええか」
その言葉は、あまりにも静かで、あまりにも自然だった。
ロールは、その横顔を“視る”。
スキルが捉えたザキの魔力は、驚くほど穏やかだった。暖かく、柔らかく、人を包み込むような色。噂で聞いていた“要塞斬り”のイメージとは、まるで違う。
(……”要塞斬り”のザキ。もっと……怖い人だと思っていたのに……)
胸の奥が、少しだけ緩む。
(とても優しくて……温かい、“魂の色”……)
だが、その次の瞬間。
ロールの肩が、びくりと震えた。
魂の奥。
さらに深く。
その温もりのさらに奥底に──
ぞっとするほど冷たい、“憎悪”の色。
(──何……!? この……魂の芯から冷える様な、“憎悪”は……!?)
息を呑み、思わず身を固くする。
(ザキさん……貴方は……一体、どんな人なの……?)
見えない眼で、ロールはザキの背中を見つめていた。
その背中は、何も知らぬ顔で、次なる深層を見据えていた。
───────────────────
闘技場のような迷宮の一室。
石造りの床は広く、円形に近い。
天井は高く、ところどころに設えられた松明が赤黒い光を揺らしている。
その中央で、俺は頭を抱えていた。
「……迷宮、めっちゃ広いんだけど……」
思わず、心の声がそのまま零れる。
視界の端では、巨大な戦斧を構えた牛頭の巨人が二体、こちらを挟み込むように立っている。
筋骨隆々の体躯。血走った眼。
鼻息は荒く、蹄が石床を踏み鳴らすたび、低い振動が腹に響く。
──普通なら、緊張感MAXの場面だ。
でも、今の俺には、正直それどころじゃなかった。
「……全然、下への階段、見つからねぇ……」
ゲッソリと呟く。
ブリジットちゃんたちに向かって、
『みんなを信じて、俺は深度ボーナス狙いで、できる限り下層まで突っ走ってみるよ』
なんて、キリッとした顔で言ったのは、ついさっきの話だ。
なのに。
ぶっちゃけ、分かれてから進めたの、まだ二フロアだけ。
いや、俺なりに一生懸命なんだよ?
本気で走り回ってる。
でもさ、このダンジョン、異様に広い。広すぎる。
一フロア一フロアが、下手な街一つ分くらいあるんじゃないかってレベルなのよ。
「おかしいな……」
確か、聞いたことがある。
こういう巨大迷宮は、左手を壁につけて進めば、いつかはゴールに辿り着くって。
だから左手を壁につけて、ひたすら走った。
曲がって、戻って、また曲がって。
……結果。
全然、下り階段に辿り着かない。
途中で、他の挑戦者っぽい人やモンスターを何人か跳ね飛ばしてしまったらしく、そのたびにポイントが入るアナウンスが鳴ったけど、違う、そうじゃない。
俺の役割は雑魚散らしじゃない。とにかく下へ行くことだ。
俺が深刻に頭を悩ませていると、両脇に立つ二体の牛頭の魔人のうち、一体が、下卑た笑い声を上げた。
「ヒヒヒ! タンクにいちゃん!」
片方が指をさしてくる。
「この人間、俺らに出会った恐怖で、おかしくなっちまったみたいなんだな!」
もう一体が、腹を揺らして尊大に笑う。
「フハハ! そうだな、シオニー! 我が弟よ!!」
うるせぇな。
正直、今は考え事してるから、ちょっと静かにしててほしい。
でも、そんな俺の事情など知る由もなく、二体のミノタウロスは、息を揃えて戦斧を構えた。
「我らはマリーダ様の僕!」
「運悪く、この『血闘の間』に入り込んだ挑戦者共を屠る役目を授かりし、迷宮の守護者!」
「兄タンクと弟シオニー!」
「我ら二人の戦斧に断てぬ物無し!」
「人呼んで──恐怖のタンシオ・ブラザーズ!!」
いや、名乗り長いな。
そんで、何そのユニット名。
「哀れな小さき者よ!!」
「貴様の迷宮探索は、ここで終了だァァ!!」
二匹同時に、巨大な戦斧が唸りを上げて振り下ろされる。
……だから、今それどころじゃないんだってば。
内心でため息をつき、俺は少しだけ苛立った。
「うるさいな!!」
声を張る。
「ちょっと今、考え事してるから、静かにして!!」
ほとんど反射的に、左手を伸ばした。
──パン。
軽く払った、ただそれだけ。
次の瞬間。
ガシャアアアアンッ!!
二本の戦斧が、まるで紙細工のように粉砕された。
「「ぐっはアアアアァァあああッ!?!?」」
断末魔が、迷宮全体に響き渡る。
二体の巨体は、そのまま勢い余って跳ね上がり──
ドゴォン!!
『血闘の間』の天井に、頭だけが突き刺さった。
首から下は力を失い、プラーンと垂れ下がる、なんとも間抜けな格好。
そのまま、バシュウウウン……と音を立てて、二体の姿が消失する。
『モンスター、2体討伐。ブリジット・チーム、10×2=20ポイント獲得』
無機質なアナウンスが、淡々と流れた。
「……うーん」
顎に手を当てる。
「やっぱり、深度ボーナスってのじゃないと、一撃で大量ポイント獲得は難しいのかもな……」
そんなことを考えていると、さっきの二体の断末魔──
「「ぐっはアアアアァァあああッ!?!?」」
が、いまだに迷宮の奥の通路で、やまびこのように反響しているのが耳に届いた。
その瞬間。
──ピーン!
頭の中で、何かが弾けた。
「……あ」
思わず、声が漏れる。
「そうだ……!」
胸の奥から、じわりと興奮が湧き上がる。
「これなら……!この手なら……!」
マッピング魔法を使わなくても、このフロアの全貌を把握できるかもしれない。
音。反響。距離。方向。
昔、編入試験の数学のテストで、カンニングスレスレのアレをやったときの感覚が、ふっと蘇る。
俺は、自然と口元に笑みを浮かべていた。
──よし。
これ、試す価値あるぞ。
迷宮の奥で、まだ俺は“探索”の入口に立ったばかりだった。
───────────────────
木製の獣が、迷宮の石床を駆けるたび、乾いた軋み音を立てた。
四メートルはあろうかという、虎に似たその獣は、樹皮と蔦で形作られた異形の存在だ。
関節が軋むたびに葉が揺れ、内部を流れる魔力が淡く脈打つのが、外からでも分かる。
その背に跨り、前屈みになってしがみついているザイードは、肩で荒く息をしていた。
「クソッ……クソッ……!!」
喉の奥から、掠れた声が漏れる。
額からは脂汗が滲み、黒色の髪は頬に張り付いている。高貴さを誇っていたはずの顔は、今や苦痛と焦燥に歪み、歯噛みするたびに唇が血で染まった。
「よくも……余の左脚を……ッ!!」
左脚。
そこには本来あるはずの肉体はなく、膝から下は樹木の蔦を絡め合わせた即席の義足が、無理やり繋がれているだけだった。
踏み込むたびに、蔦が軋み、激痛が脳天まで突き抜ける。
「本当に……迷宮から出れば……重篤な欠損は、治療されるのであろうな……ッ!?」
誰に向けるでもない問いを吐き出し、ザイードは唇を噛み締めた。
──あの男。
脳裏に浮かぶのは、あの居合の一閃。
(ザキめ……!)
胸の奥に、どす黒い怒りが渦巻く。
(よもや……“神器”の解放にまで至っていようとは……!)
一瞬でも、己の配下に加えてやろうと考えた過去を思い出し、ザイードは自嘲するように鼻を鳴らした。
(……気が変わった!!)
眼が、ぎらりと光る。
(余の左脚を奪った罪……八つ裂きにして、償わせてやらねば気が済まぬ……!)
怒りは、やがて冷たい計算へと変わる。
(かくなる上は……)
視線を走らせながら、ザイードは歯を食いしばった。
(手頃な挑戦者を、我が植物の贄とし……魔力を蓄え……)
(今度こそ……強化した“世界樹人”にて、屠ってやるぞ……!!)
その時だった。
迷宮の通路の先が、ふいに開ける。
広間──いや、闘技場を思わせる、円形のフロア。
天井は高く、柱が規則正しく並び、中央にはぽつんと、人影が一つ。
ザイードは、咄嗟に木製の獣を止め、入り口付近の巨大な柱の影へと身を潜めた。
荒い息を抑え、目を細める。
(……あれは……)
視界の中央に立つ、銀髪の少年。
(“銀の新星"……アルド・ラクシズ……!?)
胸の奥で、嫉妬と苛立ちが弾ける。
(余を差し置いて……『優勝候補第2位』と呼ばれる、生意気な小僧……!)
ザイードは、柱の陰から、じっとアルドを観察した。
少年は、警戒する様子もなく、ただ一人で佇み、何やら考え込んでいるようだった。
(何故……一人で、こんなところに……?)
一瞬、疑念が過る。
だが、すぐに、口元が歪んだ。
(……いや、考えようによっては……これは好機……!)
記憶が蘇る。
(あやつは……前回の編入試験の実技で、二万九千近いスコアを叩き出したと聞く……!)
喉が鳴る。
(ヤツを捕え……“巨樹人”の苗床にすれば……一気に……大量の魔力を得ることが出来る……!!)
ザイードの口角が、にたりと吊り上がった。
アルドは、まだ気づいていない。
柱の影から、その背を見据えたまま、ザイードは小さく呟いた。
「“潜茎樹”……!」
次の瞬間。
木製の獣が、ぐにゃりと形を崩し、ザイードの身体を包み込んだ。
樹皮が肌を覆い、蔦が絡みつき、そのまま獣は迷宮の床へと根を張る。
音もなく、土と石の境界が歪み、獣は地面と同化するように姿を消した。
そのまま、地下へ。
見えぬ場所を、地下茎が這う。
迷宮の床の下を、静かに、確実に。
やがて、アルドの背後へと回り込む。
地面が、盛り上がる。
バキ、バキ、と低い音を立てながら、巨大な樹が地上に現れた。
枝が伸び、幹が捻じれ、魔力が凝縮されていく。
(──出し惜しみはせぬ……!)
ザイードは、歯を食いしばり、ありったけの魔力を注ぎ込む。
(全力で……こやつを捕え……)
(ザキや……ラグナを倒す糧にしてくれよう……!)
形作られるのは、忌まわしき切り札。
“世界樹人”。
一方、その頃。
アルドは、背後で起きている異変に、まるで気づいていなかった。
呑気に、両足を揃え、背筋を伸ばし。
「スゥゥゥーーー……」
深呼吸するように、大きく息を吸い込んでいる。
(……?)
ザイードは、一瞬、眉をひそめた。
(バカめ……!)
嘲りが胸を満たす。
(呑気に……深呼吸などしおって……!)
(何も気づかぬまま……余の“世界樹人”の糧となるがよいわ!!)
巨大な腕が、静かに持ち上がる。
音を立てぬよう、慎重に。
そして──
アルドの頭上へと、振り下ろされる、その刹那。
「──ワッッッッ!!!!!」
とんでもない音量の叫び声が、迷宮に炸裂した。
空気が、爆ぜた。
衝撃波が、アルドを中心とした円状に広がり、床と壁と天井を同時に叩く。
ビシビシビシッ!!
フロア全体に、ひび割れが走る。
“世界樹人”の巨体が、衝撃波
晒され──
パァァン!!
破裂した。
枝も幹も、葉も、樹皮も、耐えきれずに弾け飛ぶ。
中にいたザイードは、目を剥いたまま、
「もんげぇえええぇぇっ!?!?」
という、もはや意味不明な悲鳴を上げながら、天井まで吹き飛ばされた。
ビターン!!
天井に張り付いたかと思えば、
ベチャッ。
力なく、床に落下。
耳から血を流し、口から泡を吐き、白目を剥いて、完全に気絶する。
──だが。
アルドは、その一部始終に、まったく気づいていなかった。
自分の叫び声が迷宮に反響する音に、真剣な顔で耳を澄ませている。
「──よし、成功!」
小さく、ガッツポーズ。
「反響音で……このフロアのマップが、立体的に感じ取れた!」
声が、弾む。
「よかったぁ〜……!このやり方なら、マッピング魔法とか封じられてても……次のフロアに降る階段、簡単に見つけられそうだよ……」
「……って……えっ?」
背後に、気配を感じる。
アルドが振り返ると、そこには。
地べたで、ピクピクと痙攣する、ボロボロの青年。
「……誰?この人」
首を傾げる。
近づいて、様子を見る。
血。
義足。
明らかな重傷。
「あー……」
ぽん、と手を叩いた。
「……ははーん」
勝手に納得する。
「さては……何かのトラップにかかって、怪我を負いつつ……この部屋まで飛ばされて来た、他の参加者って訳だな」
周囲をキョロキョロと確認し、誰もいないのを確かめると、アルドはしゃがみ込み、ザイードの胸元に付いたネームプレートを、指でつまむ。
パキン。
軽い音。
次の瞬間。
バシュウウウン……。
ザイードの身体が、光に包まれ、消えていった。
アルドは、その様子を見送りながら、ぽりぽりと頬を掻く。
「──まぁ、ダンジョンで失格になれば、外に出されて大怪我は治るらしいし……」
「これも、人助けって事で」
立ち上がり、ぐっと伸びをする。
「よーし!」
声が弾む。
「このやり方で……どんどん深部を目指すぞー!」
元気よく、飛び跳ね、
てってってっと、迷宮の奥へと駆けていく。
静まり返ったフロアに、最後に残ったのは──
『ネームプレート破壊、クリア。ブリジット・チーム、10×2=20pt獲得』
『──ザイード・チーム、四名脱落。失格』
無機質なアナウンスだけだった。




